52. オシャレ初心者女子のための『モテ女講座〜ファッション編〜』
「取り敢えず、そのマスクやめよか」とソウタはメグの口元を指して言った。
座学教場の中段あたりに陣取って、ソウタとイワオはメグのイメージ戦略について話し合っていた。
メグは困ったように眉を下げる。「でも、これは『暗殺者』のトレードマークっていうか……」
「いや、『顔と名前だけでも覚えて帰って下さい』言うとる奴が、顔半分隠しとったら『ナメとんのか』ってなるやん」
「せやったら、訓練の時はそれでええから、訓練以外の時は外したら?」イワオが横から提案した。
「うーん……まあ、それなら」
「まずは見た目やろ。自分から『暗殺者』に寄せていってるやん。気付いてもらいたいねやったら、それ逆効果やで」とソウタが説得した。
彼女メグ・ペイジは、高度な『潜伏』『隠密』スキルを持った優秀な『暗殺者』である。代々、潜入や特殊工作を生業とするペイジ家の末娘として生まれた彼女にとって、そうしたスキルは任務達成に資する優れた資質であるのと同時に、ある問題を抱えていた。
1つには、彼女が仲間にさえ認識されないがために、作戦に組み込むことが出来ないという点、もう1つは、思春期の少女であるにも関わらず、他人に認識されないがために友達も恋人も作ることが出来ないという点である。
イワオは腕組みをして考えた。「言うて、授業中は制服やし、戦闘訓練は気付かれへん方がええねやろ。やっぱ、放課後に存在感出していくべきなんちゃう?」
「せやったら、部屋着をお洒落にしたったらええねんな。部屋着どんなん着てんねん」とソウタが尋ねた。
「黒い上下の、シャツとズボンを……」
「アカンアカン。また『暗殺者』意識してもうてるやん。そこは普通の女の子に戻らな」
「いや、黒がアカンわけではないやん。上下で色味揃えてんねやろ?」イワオがフォローを入れると、メグは頷いた。
「アカンわ。黒のズボンてあれやろ。ダボダボで、足首んとこだけキュッと締まっとるヤツ。『暗殺者』とかいうヤツ大体そんなん穿いてんねん。忍者みたいなヤツ。黒の上下は人選ぶねん。初心者が手出したらアカン」
「おい……なんか始まったで……」イワオはメグと目を見合わせた。
「オシャレ初心者女子のための『モテ女講座〜ファッション編〜』やんけ」とソウタは自信満々に言い放った。
「お前それ、どの立場から言うてんねん。『オシャレ初心者女子』て、よう噛まんと言うたな。早口言葉か」
「自分で言うのもアレやけど、俺はそこそこのチャラ男やで。ファッションの基礎くらいは押さえとるっちゅうねん。ええか? そこそこ出来上がっとる女子には大体彼氏おんねん。ほんだら、まだ手付かずのブルーオーシャンに漕ぎ出していくべきやろ。そうした時に、求められるのが、そういう原石女子の変身願望を叶えるプロデュース能力やねん」
「お前、途端に胡散臭いで。大丈夫なん?」
「試しに聞いといて損はあれへん。ええか? まず服選ぶには、『シルエット』『配色』『素材』この3つの要素を押さえることが基本やねん。これを分かっとらんヤツが、キャラ立てようとして変なマスクしよんねん」
ソウタの言葉に、メグは悲しそうに俯いた。「あの……マスクって、そんなにダメかなあ……」
「そうやで、ソウタお前、可哀想やろ。『暗殺者』のトレードマークやねんから」
「いや、俺も心を鬼にして言うてんねん。仕事でマスクすんのはええわ。それをいつまでしとんねんっちゅう話やろ。イワオお前、現場で働くお姉さんがデートにヘルメット被って来たら、『働くお姉さんは素敵やな』って思うか?」
「いや、『お前何被っとんねん。脱げや』って思うやろな」
「せやろ? 仕事終わったら速やかに脱ぐべきやねん。それは仕事の道具であってファッションちゃうねんから。メグの場合はマスクがそれやろ。
ほいで、まず、初心者は勝負するポイントを絞るべきやねん。慣れてへんのに、いきなり目の眩むような原色の柄物パーカーとか着て、ワケ分からんプラスチックの指輪とかしたら怪我すんねん」
「高校デビューでいきなり原宿系みたいになってまうヤツな」
「サブいやろ? まず、『配色』はモノトーンにプラス・ワンが限度って決めとくねん。これだけで怪我は防げるし、大体モノトーンって十分オシャレやねん。で、『素材』はそもそも、そない凝ったもん探す方が難しいから、ここも普通でええ。そう考えたら、もう勝負どころは『シルエット』って自ずと決まってくんねん。服装がダサいヤツは、大体シルエットがダサいねん」
「お前、ちょっとそれっぽいやんけ」
「せやろが。ほんだら、『シルエット』をどないしたらええねんいう話やけど、これも別にそない難しいことないねん。
要は『ピッタリめ』と『ゆったりめ』の組み合わせや。上から下までぴったりめの『Iライン』、上ゆったり・下ぴったりの『Yライン』、上ぴったり・下ゆったりの『Aライン』くらいを押さえとったらええ。
男の場合は『I』か『Y』、女はゆったりめのスカートで『Aライン』作ってもええし、上ゆったり・下もゆったりで腰だけ締める『Xライン』いうのもあるけど、これは締める位置1つでダサなったりして、ちょいムズやから、慣れるまではオススメ出来へんな」
ソウタが紙に描きながらそう説明していると、気付けば同期たちが興味深そうに彼を囲んでいた。
「ほんだら、シルエットさえ押さえれば、メグの黒一色もモノトーンっちゅうことなるんちゃう?」とイワオが尋ねた。
「モノトーンでも一色オンリーはレベル高いねん。『敢えて一色で勝負かけてきよったな』って感じが出てまうやん。それと、『何かに似てる』っちゅうのも避けなアカン。メグの場合、黒一色の部屋着見られたら、陰で『忍者』てあだ名付けられんで。白とかグレー入れて散らすべきや」
「まあ、あるかもせえへんなあ」と頷くイワオに、ソウタは真剣な表情で続けた。
「重要やで。俺ら前おった学校の近くに、いっつもヴィトンのバッグ持ってるオバはんおったん知らん?」
「知らんけど」
「オバはんからしたら、そのバッグが伝家の宝刀なんやろな。ジャケットからブーツから、全身ヴィトンに合わせて茶色やねん。ほんで、高級感出そうとしとんのか知らんけど、襟から袖からブーツから、ふぁっふぁ毛皮みたいの出しよんねんけど、あだ名『山賊』やで」
「もしかして、いっつもパチンコ屋並んどる?」とイワオは尋ねた。
「おう、ソイツやソイツ」
「……それ、俺のオカンやんけ」
「…………メグ、週末、服見に行こな」とソウタは話を逸らした。




