51.急襲的ツッコミ
「こないだ、教官にごっつ怒られてんやんかあ」夕食を平らげて茶をすすると、イワオは肩を落としながら言った。
ソウタは「うん」とだけ返事をする。
閉まる間際の食堂には、彼らの他、数えるほどの学生しかいなかった。この日は夕食後に訓練が無かったため、イワオとソウタは先に風呂を済ませてから食堂に入った。風呂は早く入った方が湯が綺麗で、食堂は料理の廃棄を防ぐために、遅く入った方が盛りが多い。こうしたことは、彼らがこの学園で生活するのに有用な知恵だった。
「俺、普通に凹んでんけど」
「分かるわ。『ぶっ殺すぞ!』て普通に言うてはったしな」
先日行われた月期対抗競技会第3回戦において、上級生に手も足も出ず敗退した同期たちは、教官の激怒に晒された。当然、これはただ敗退したという結果に対する叱責ではない。意識に集中を欠き、戦技に精彩を欠き、作戦に工夫を欠いたという体たらくに対する痛罵である。
「3回戦とか、小細工のきかん平地やったやん。ああいう時に、俺らみたいのが頑張らなアカンねん。ほんでな、俺、思ってんけどな、『必殺技』が必要なんちゃうか?」イワオは真剣な表情でそう提案した。
「おう、どうした。お前、そういうノリになんの珍しない?」
「いや、教官の強さとか、よう考えたら筋肉鍛えただけでは説明つかんやん。なんか補強するエネルギーがあって、それがステータスの大元やと思うねん。オーラでもチャクラでも霊力でもええねんけど、そういうのを外に出したら『魔力』、直接敵叩くのに使ったら『力』って言うことなっとんちゃうか?」
「なるほど、一理あるわ。ほんで、『必殺技』てどないすんねん」
「せやからな、魔法使う時、魔法の名前言うやん。必殺技使う時も、必殺技の名前言うたら出るんちゃうかと思ってん」
「そない『OK! グーグル!』みたいになれへんやろ。大体、何がOKやねん」
「いや、それは俺に言うても知らんやん。けど、要はイメージやねん。お前魔法使わんから分かれへんかもしらんけど、『こうしたい!』ってイメージに名前ついとる感じやねん。バーバ・ヤーガとか、オリジナルの魔法持ってんねんけど、それも自分のイメージに名前付ける感じやねんて。魔法やなくてもそれでイケるやろ」
「うーん……ほんだら、俺がめっちゃ凄いパワーで敵を一刀両断するイメージをしながら、『一刀両断!』て叫んだらええってこと?」
「乏しいなあ、イメージが」
「言うて、自分の必殺技の名前考えとんの、サブない?」
「しゃあないやんけ。ほんだら俺がお前の必殺技考えるわ。お前は俺の考えたらええやん」
「意味あるか? それ……」
「ものは試しや」
「せやったら、お前のヤツは、せやな……戦斧がキラリと光る感じで……トゥインクル……」
「ダサっ! お前、それ英単語で一番サブい響きやで。そんなん、魔法少女でギリやろ。ちゃうねん。まず、どんな感じの必殺技したいか考えんとアカンやん」
「何やねん。どんなんしたいねん」
「俺はなあ、武器が戦斧やし……めっちゃ凄い力で敵を一刀両断するみたいな」
一緒やないか……とソウタが言いかけた時である。
「オイィィィ! 一緒だから! 安い! 安いよノリが!」
ソウタとイワオはビクッと肩を慄かせた。
「何? 何やねん。びっくりするやんけ」とソウタがその声の方に顔を向けると、すぐ隣に、小柄で細身の女が、顔を真っ赤にしている。
女は襟元に下げていた布のマスクで口と鼻を覆い、「あの、キレのあるツッコミをするキャラがいないなと思って……」と俯きがちに言った。
「いや、キレがええとも思われへんし……まず、誰やねん」向かい側のイワオも呆気に取られながら尋ねた。
するとまた、女は口を覆ったマスクを下げ、「イヤイヤイヤ! 居たから! ずっと! 同期だから!」と叫び、また口元をマスクで隠す。
「……怖っ。何? どういうこと?」ソウタはその女を見下ろしながら、呆然とする。
「何なん?『実はもう1人いた』系の怖い話?」イワオが呟くと、女はまた口元のマスクを下げようとしたので、ソウタはそれを遮った。
「いや、ちゃうねん。求めとんのは、ツッコミやなくて説明やし、そのマスク上げ下げする動作挟むことでテンポおかしなっとんねん」
女は答える代わりに、懐から一枚の紙面を取り出し広げて見せた。それは彼ら同期の名簿である。女はその一点を指す。
「メグ……ペイジ……?」ソウタが読み上げると、女は無言で頷いた。
「私、ジョブが『暗殺者』だから、『潜伏』スキルのせいで、いっつも皆に気付いてもらえなくて、寂しくて……」
「そんで、ツッコミのポジションに、ハマり込もうと思ったん? 涙ぐましいな」
「いや、え、いつから居ったん?」イワオが顔を覗き込むようにして尋ねると、メグは恥ずかしそうに俯いた。
「2人が、お風呂入ってからご飯行こうって話してた時から……」
「嘘やん、ほだら、風呂も一緒に入っとったってこと?」イワオは目を丸くする。
「いや、それは流石に……」
「どういうことやねん。俺とイワオで、『先に風呂入って飯行こ』てなってる時に一緒におって、そっから別れて風呂入って、また合流して飯食いに来たってこと?」
「そう」
「誰にも気付かれんと?」
「うん」
「アサシンとしてはメチャクチャ有能やな」イワオは感嘆の声を漏らす。
「2回戦では4人殺った。誰も私だって気付かなかったけど……」とメグは俯きながら呟く。
「怖っ。言い方がガチっぽいわ」
「めちゃくちゃオフェンシブやんけ」
何となく事情を理解し始めた2人は、それに連れて、入学から3ヶ月も経とうというこの時期まで、彼女の存在を認識していなかったという事実に対する驚きが、徐々に湧き上がってくるのを感じた。
「つまり、俺らの同期やねんな」イワオが改めて確認すると、メグは頷いた。
「それは、マジでごめん。ホンマに申し訳ない」と2人は頭を下げる。
メグはまた、マスクを下ろして、叫んだ。「やめて! ガチで謝るのやめて!」
「いや、それ多分やり方合うてへんで」イワオは憐れみの視線をメグに向けた。
「ノリが合わな過ぎんねん」とソウタも付け加える。
「嘘……練習したのに……」と呟くメグの瞳に、失望の色がありありと読み取れた。
「可哀想やわあ。いたたまれへんわ」
イワオは腕を組んで唸った。「ホンマやな。3ヵ月一緒におって、同期ほとんど存在に気付いてへんねやろ? そう考えると、逆に行動起こすの遅ない? 方法論も謎やし」
「けど、ある意味成功してるやん。こうして俺らは存在に気付いてんねやから」
「ほんだら、お前ちょっとこの子プロデュースしたれや。得意やろそういうの」
「まあ、せやな。ちょっと作戦考えたるわ」
「でもあの……『必殺技』は……」とメグが申し訳なさそうに言ったことで、彼らはそれまで必殺技の話をしていたことを思い出した。
「そんなんもう後でええわ」2人は声を合わせた。




