47.フィガロの目的
教官はいつものように、憮然とした表情で椅子に脚を組んでいたが、その語気はいつもより明らかに精彩を欠いていた。
「あれは相手がマヌケだった。詰まる詰まらんで言えば、ヤギの交尾でも見ていた方がまだマシだが、お前らは、戦術として間違ったことはしていない。まあ、考え方自体はあれでいいとして、あの戦法がいつも通用するわけではないというのは頭に入れておけ。環境破壊も甚だしいしな」
彼女は、作戦の立案については常に学生の主体性を重視するスタンスをとっていた。
この世界には、例えば小銃のような規格の統一された武器が無く、攻撃はもちろん、移動や補給といった要素さえ、スキルやジョブやステータスといった個人の能力や個性に依存する。
従って、画一的なメソッドで部隊を運用、あるいは教育するメリットがほとんど無いのである。
上級生9人(後から分かったことだが、相手は2年1ヶ月期生だったそうである)との間で戦われた第1回戦は、わずか20分ほどでカタがついた。
開始早々、パミーナの魔法で地形を削りながら攻撃、それと同時に仲間を前線へ走らせ、最も早く敵陣付近に到達した者と、パミーナの位置を、フィオルディリージの空間魔法で入れ替えて、またパミーナの攻撃魔法で殲滅、というシンプルな策が刺さり、パミーナ1人で9人の上級生を皆殺しにする大金星を挙げた。
もちろん、これには情報収集や作戦立案をしたフィガロ、通信魔法・空間魔法で攻撃を支援したフィオルディリージや、相手に気付かれず敵陣の側にいち早く到着したジェミマの功績があったが、それを含めても、この作戦に関与したと言えるのはたったの4人だけである。
「教官、グワァ来えへんかったな」演習場で、教官からごく簡単な指導を受けた後、ソウタは言った。
1回戦の舞台となった演習場の一地区は、パミーナの魔法によって、目算でも木々の3割が焼き払われ、地面のあちこちが気の毒なほどえぐれていたが、上級生がその担当教官から厳しい指導を浴びているのを聞くに、幸い人死には無かったようである。
「けなすほど失敗する前に勝ってもうたからな。教官もテンション下がってもうてんちゃう」
「俺もテンションだだ下がりや。魔法強過ぎんねん。物理系て教官くらいブッ飛んでへんと使いもんにならんのんちゃう? 他人の活躍妬むポジションにおるのも嫌やねんけど。こんなん、妬みからいらん事して味方を窮地に立たせる役のヤツやん」
「まあ、分かるわ。後で反省するけど、また憎まれ口叩くヤツやな。俺ら、フィガロみたいに軍師ポジに行くほど頭キレへんしな。弱いけど親切なお兄さんポジとかでええんちゃう」
「いや俺、普通に活躍したいねんけど」
「それやねん。『自分が活躍したい』っていう気持ちが、逆にチームプレーの障害になんねん。世の中、ままならんもんや。泰然とした心でおったらええ」
「イワオお前、『僧侶』が板についてきとんちゃうか?」
「ほんま? お前『狂戦士』がなかなか板につかんなあ」
などとやっていると、向こう側からフィガロが来て彼らに声をかけた。
「いやあ、悪いな、活躍のチャンスを作れなくてよ」
「別にお前のせいちゃうしな。お前がおれへんかったら、普通に負けとったんちゃうか? 相手がどのくらい出来んのか分からん内に勝ってもうたけど」イワオが答える。
「いや、実際、あそこで全員叩けなかったら、お前らがパミーナを守る役目だった。あの子の魔法は範囲がデカ過ぎて接近戦じゃ使えねえ。
俺らの同期って、何でこんな学校来たんだってくらい攻撃性低いしな。『薬師』とか、『何でも屋』とか、『アイテム士』とか、そんなんばっかだぜ。
ドラベッラとかお前ら2人みたいな、近接で戦えるヤツは意外と貴重なんだよ。次も頼むぜ」
頷きながらも、ソウタはふと疑問を感じて首を傾げた。「お前、何でそんなやる気出しとん? どっちか言うたらこんなん面倒くさがるタイプやろ」
「いやお前ら、ここは『帝立』の学校だぜ? この辺で一番金を持ってる。『競技会』と銘打って勝ち負け争うからには、当然『賞品』がある」
「お前、それめちゃ重要やんけ。何やねん」イワオとソウタは前のめりになって尋ねた。
「優勝チームには魔道具だな。通信魔法付きのイヤリングだとか、防御魔法付きのペンダントだとか。予算内ならフルオーダーで作れるらしい。だが、俺が狙うのはそっちじゃねえ。普通に無理だしよ」
「ほなら、何やねん」
「『審査員特別賞』だ。優勝は例年、普通に3年のどっかが獲る。単純に強えからな。けどそれじゃ面白くねえってんで、健闘したチームに贈られるんだが、これは実際俺たち向きだと思うんだよ。
さっきも言ったが、俺らの同期って、火力のあるヤツが少ねえだろ。その代わり、『薬師』だとか『アイテム士』だとか、フィオの魔法だとか、トリッキーな戦いが出来るわけ。
好きそうだろ、そういうの。普通に戦えばボロクソに負ける強敵を、知恵と工夫でやり込めるみたいな」
「なるほど。で、賞品何やねん」
「乳牛を一頭だ」
「いや、要らんやろ。餌代どないすんねん」と言ってから、ソウタは気が付いた。「いや、要るわ」
乳牛が一頭手に入るということは、当然、ケーキの材料として不可欠な牛乳、そしてクリームが大量に、しかも鮮度の高い状態で手に入るということだ。
「だろ? その気になりゃ、牛乳由来の材料は全部タダだ」とフィガロが胸を張ると、イワオは歓声をあげた。
「めっちゃええやんけ。牛乳がフリードリンクになんねやろ? お腹痛なるまで飲んだるわ」
「もう乳から直接いったれや」とソウタが言うと、フィガロが頭の後ろに手を組んで、空を見上げた。
「俺も、直接いきてえわ。ドラベッラのおっぱい」
「お前、ドラベッラ好きやな」イワオが呆れ半分に言った。
「だって、一番おっぱいでけえだろ」
「俺も男やから共感出来るだけに避けて通ってきたけど、敢えて言うわ。お前、最低やな」ソウタも苦笑する。
「何とかなんねえもんかね。先っぽだけいいから」
「その場合、先っぽがメインやんけ」
第2回戦のフィールドに、彼らが転送されたのは、それからおよそ15分後のことだった。




