46.Mass Destruction
「状況……開始」
『状況』と『開始』の間に一拍置いた微妙な休符は、何かのメッセージであるとか、演出であるとか、そういう意図的なものに聞こえたが、その真意を推し量る術は無かった。
────「まずな、ソウタとイワオは林内を敵方に向かって全速で進んでくれ。その際、ここと、ここ……それから、この線上を通るな」
フィガロはそう指示しながら、地図上に何本もの線を引いた。
「お前、軍師気取りか」
「そのポジションめっちゃカッコええやんけ。セコいで」
ソウタとイワオは文句を言いつつも、その指示に従うことにした。
どうやらフィガロは競技会に先立って、そのルールやノウハウについて情報収集をしていたようである。ほとんど何の説明もなく送り出され、その上作戦を立てる時間も短いとあっては、内輪で主導権争いなどをしている時間は惜しむべきだ。
────背後から低く唸る地鳴りのような音が聴こえだすと、2人は、あらかじめ示された線上から、念のためさらに2、3メートル離れるように、左に逸れた。
「来るで……」とイワオが呟いたと思うと、後方から、彼らの右手をかすめるように、巨大な炎の柱が、前方へ轟々と逆巻きながら、そこに生い茂っていた樹々を、根を下ろしていた地表ごと、跡形もなくこそげ取っていった。
「怖っ……」
パミーナの魔法である。驚いたことに、これは『ファイア・ボール』という火属性魔法の内でも、最も初級の魔法なのだそうである。パミーナは、その血統に由来する膨大な魔力量と、出力を持っている。
「『不殺の呪い』や言うて、これ喰らって『アイタタタ』で済む? 全然イメージ出来んねんけど」ソウタが息を切らしながら、足を止めずに言った。
「大丈夫や言うてんねんから、大丈夫なんやろ。何年もこれでやってきてんから」
「いや、弟子殺し合わせるタイプの師匠おるやん。それやったらどないする? そんなん、芦田愛菜ちゃんでもやさぐれるで」
「鈴木福くんやったら?」
「それやったら大丈夫や。あの子抜き所知っとんねん」
「お前が福くんの何を知っとんねん」
「次、行くよ!」頭の中に、フィオルディリージの声が響いた。通信魔法というものだそうだ。エルフである彼女も、かなり大きな魔力量を持っているそうだが、パミーナとは違い、それを大出力で放つような魔法は苦手である。代わりに、空間魔法や通信魔法などといった、繊細なコントロールを要する技巧的な魔法を得意とする。
また後方から今度は彼らの100メートルほど左を、轟音と共に、炎の柱が伸びる。
────「俺たちの中で、一番火力があるのは文句なしでパミーナだ。コイツを使わねえ手はねえ」15分の作戦時間で、フィガロはそう説明した。
命令下達文書の中に『近隣町村の避難及び対魔法防壁の展開を完了』という文言があったが、これは、『魔法及び武器使用に際し制限を設けない』と読むべきもので、実際には、事故防止のため、設定された戦闘区域が魔法障壁で覆われているのだそうである。
以前、人工ダンジョンではその過剰な威力が問題になったが、今回は彼女の強力な魔法出力を存分に活かすことが出来るということだ。
「この競技会では、制限時間を1人生き残る毎に3点の『生存点』が入る。これは、上級生と下級生の実力を埋めるハンデだ。2ヶ月の間、ただ走って穴掘って、教官にバカスカぶっ叩かれてただけの俺たちが、専門的な訓練を1年2年受けてる上級生に、普通に戦って勝てるわけねえからな。
上級生が数の多い下級生に勝つためには、攻めに回って生存点を削るしかねえわけだ。
一方、数で優位な俺たちには2つ、選択肢がある。隠れて、逃げて、『生存点』で勝ちにいくパターンと、数で押して敵を叩きにいくパターンだ」
「『生存点』狙いの方が競技としてのリスクは低いけど、それだと後で教官にケツをシバかれるリスクがあるやんな」とイワオが言うと、フィガロはそれを否定した。
「教官のアレもそうだが、ただ逃げ隠れするってのは、実はそれほど安全じゃねえ。こっちを叩きに来てる上級生相手に、主導権を握らせて防御戦なんてのは、よほどの準備が無えとまず守りきれねえ。掩体や塹壕を掘る時間も無けりゃ、向こうの攻撃を破砕するほどの火力も俺たちには無えからな。主導権を握らねえとダメなんだよ」
そこでフィガロが考えた戦術とは、敵の隠れられそうな丘や木立を丸ごと粉砕し、地形的優位を独占するということだった。どの地点が破壊され、どの地物が残されるかということはこちらだけが知っている。────
────巨大な火柱は次々に森を喰いちぎり、残火の跡に立ち昇る陽炎が、森の色合いや距離感を、ゆらゆらと歪めていた。
「ジェミマだけど、敵の真横に着いたわ」
フィオルディリージの通信魔法を介して、ケット・シーの『薬師』ジェミマの声が聞こえた。
「速っ! 何でもうそんなとこおんねん」とイワオが声を上げる。
「枝の上とか飛び移んの得意なんやろ」とソウタがそれに答えた時、不意に前方の木陰から人の声が聞こえた。
「いたぞ! 2人!『戦士系』だ!」」赤い制服に身を包んだ上級生が6人、パミーナの魔法に追い立てられたものか、一塊になって、こちらに動きがあればすぐにでも防御魔法を発動する構えであろう、長い樫の杖を握った魔法使いの陰で陣形を取る。
「あかん、ごっつおるやん」
「思ったより進んでもうてたんや」
イワオとソウタが慌てて武器を構えたその時、
「トピカ!」フィオルディリージの声が響いた。
その次の瞬間、「インフェルノ!」パミーナの声と共に、イワオとソウタの鼻先をかすめるように、敵の6人は渦巻く炎の中に包まれた。
「うわ、何? 何なん?」煙を避けるように、炎に背を向けるソウタとイワオの耳に、低い男の声が、聞こえた。
────「Aブロック第1回戦、第1試合、状況終了」────
「いや、どういうことやねん」
最初に転送された位置に戻ると、フィガロや他の同期たちが待っていた。
「いや、俺もここまでパミーナの魔法がハマるとは思わなくてよ」とフィガロが言った。
パミーナは何か気まずそうに俯いている。
「パミーナの魔法で敵の隠れ場やルートを削りながら、俺たちだけ残された地形を有利に使って戦うくらいのつもりだったんだけどよ。最初の一発で敵3人潰して、残った連中も一塊りになってたわけ。そのすぐ横にジェミマが着いたから、フィオの魔法でパミーナと位置入れ替えて、魔法撃ったら皆殺しだったわ」
「いや、俺らは一体なんやってん。ちょっとイキリ顔で走ってもうたやんけ」とソウタは抗議した。
かくして、イワオとソウタは「敵目前まで走る」という以外何の活躍も無いまま、第1回戦を突破したのである。




