45.始まりはいつも突然
「というわけで、今日は『月期対抗競技会』だ」
教官はさも「かねてから説明していた通り」というような言い方で告げたが、彼らは、ついぞ何の説明も無いまま当日を迎えた。
具体的な内容を何も聞かされず、校庭に呆然と立ち尽くす同期たちにとって、指示通りに持たされた各々の武装は、間の悪いジョークみたいに場違いに見えた。
【烈女】の通り名に相応しい、教官の気性の荒さと苛烈な指導は、同期たちに徹底した服従を強いていたため、皆この日が競技会であると知りながら、その説明をし求める勇気を持たなかったのである。
「ルールは単純だ。各月期が1チームとなり、相手を全滅させるか、制限時間内に多くポイントを残した方が勝ち。以上だ豚ども!」
(いや、説明足らんねん。いっつも。『ポイント』とか言うてもうたら配点気になるやん)そう思ったのはイワオだけではないだろうが、質問を許される空気ではなかった。
教官はそうした同期たちの疑問を汲み取ったのか、また荒々しく口を開く。
「ポイントなどというものは、統裁上の都合で定められたものに過ぎん。これはあくまで訓練である。敵を倒せば『討伐点』、制限時間を生き残れば『生存点』が付与されるが、生存点欲しさに、ケツの穴の小さい戦い方をするようなら、俺が貴様らのケツの穴を3倍に拡げてやる。
いいか。目的はセコセコ点数を稼いで競技に勝つことではない。敵を圧倒撃滅し、地点一帯を更地に変えてやることだ!」
結局新たな情報はほとんど得られないまま、ただただ教官の語気の強さに圧倒されていると、不意に背後から足音が聞こえて一同は振り返った。
蒼白い顔をした痩せた女が、悲しげな表情で、同期たちを見つめている。【女王蟻】の通り名を持つ魔女、マリアンナ・バルビエーリである。模擬戦闘訓練のための、人工ダンジョンを造り出した魔女だ。
「罪深い私は、貴方たちを戦場に運ぶ。そして、教え子たちが殺し合う叫喚の声を聴き、血と鉄の匂いを嗅ぎ、こぼれ落ちる臓物を眺めるの……」
(この人はまた、違うベクトルで怖いねんな……)と苦笑いをするイワオたちを尻目に、教官がマリアンナを慰めた。
「大丈夫だマリアンナ。コイツらには『不殺の呪い』がかけられるから、実際に死ぬことはない。まあ、ナメてかかれば怪我くらいはするだろうが」
「そう……そうよね。あ、そう、林檎のパイを焼いてるんだったわ。お腹を空かした子どもたちが、家で待っているから……」
「マリアンナ、息子さんたちは、もう成人して宮中で立派に働いておられる」教官はマリアンナに歩み寄ると、その背中を優しくさすった。
「ちょっと悪化してるやん」とソウタが耳打ちした。
「この仕事向いてへんねん。休ましたれや」イワオが応えた時、目の前の景色が前触れもなく変わった。
演習場の森の中である。林内の、植生がまばらな地点に、同期15人は揃って飛ばされたようである。
「嘘やん。こんな唐突に始まるん? 開会式とか無いんか」ソウタがきょろきょろと周りを見渡しながら声を上げた。
演習場に低い男の声が唐突に響いた。声の主はどこにも見当たらない。恐らく、これも魔法なのだろう。
「これより、『月期対抗競技会』第1回戦を執り行う。各隊は、命令下達文書の現出より15分間を以て、作戦を企画、展開し、『状況開始』の合図を待て。以上」
その声の残響が、木立の中に消えていくのと同じくして、彼らの目の前の空間に、文字が浮かび上がった。その内容は以下の通りである。
────────────────────────────────
『月期対抗競技会 第1回戦 命令下達』
【一般状況】
・9月28日、5時30分頃、『東の森』林内に部隊行動をとる魔物、1個分隊の出現を確認。
・同日6時00分、上記エリアを結界にて封鎖。7時30分、近隣町村の避難及び対魔法防壁の展開を完了。
・7時45分、派遣された掃討部隊、1個分隊+が同地区に到着。作戦待機中。
【敵情】
・1個分隊規模の魔物は地点Cに集結。以後林内に展開すると見られる。
・確認される員数は9体。編成の内訳は不明。
【命令】
・分隊+は8時00分までに作戦企画、展開を完了。
・8時00分、前進開始。遭遇時点より攻撃を開始。
・10時00分、行動を終了。
以上
────────────────────────────────
「雰囲気あるなあ。相手の学生を『魔物』と見立てとるわけやな」文書を読むと、ソウタは腕を組んで言った。
「相手9人て大分少ないで。上級生やない?」
「ほんだら、一人一人が強いやんな。こないだ喧嘩した時は、お互い木剣やったから無事やったけど、真剣やったら即死やで」
「時間一杯逃げきったら、どっちも『討伐点』ゼロの『生存点』勝負で俺らの勝ちやろけど、それやったらケツの穴持ってかれてまうしなあ」
「そもそも、どっちが何点やねん」ソウタは眉を寄せる。情報が少な過ぎるのだ。
「『生存点』が3、『討伐点』が2だ」出し抜けにそう告げたのは、フィガロだった。
「なんでお前、いきなり詳しいねん。おっぱい揉むだけの男ちゃうんかい」
「俺は『何でも屋』フィガロだぞ? おっぱいも揉むし情報も掴む」そう言うと、害意を含んだドラベッラの視線に肩をすくめる。
ドラベッラはため息を吐いて顔をしかめた。「まあいい。今は、細かいルールや仕組みを知るより、作戦を練るべきだ。15分しか無えんだからよ。乳揉み糞男、他にも情報があるんだろ? 関係ありそうなのだけ教えろよ」
「流石、理解が早くて助かるぜ。俺に考えがある」そう言うと、乳揉み糞男は笑った。




