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44.スポンジケーキ試作壱号

「どや、どや?」はやる気持ちを抑えながら、『娯楽室』に入って来たイワオに向けて、ソウタは聞いた。平日の夜8時を回った頃、スポンジケーキの試作第一号が焼き上がったのである。


 しかし、それを皿に乗せて運んで来たイワオの表情は浮かなかった。「アカンわ。ぺそぺそ(・・・・)や」


「知らん擬音語やけど、不思議と伝わるな」


「ドジっ子メイドの作った消し炭みたいにならんかったのは救いやけどな。食うてみて」イワオはソウタの前のテーブルに、その試作品第一号を置いた。


「あれ何やろな。家事出来へんかったら、あいつは何をもってメイドやねん」


「営業マンかて契約取られへん人おるやろ。掘り下げんでええねん。早よ食えや」


 皿に乗った試作品は、どちらかと言えばパンケーキに近かった。どこかの工程に過不足があったものと見え、期待されるべき高さまで膨らまず、お世辞にも『スポンジ』などと呼べるようなものではなかったが、そこはかとなく、『食品』と呼んで差し支えない佇まいではある。


 ソウタはそれを少しちぎり、口に入れて咀嚼する。


「うわぁ〜! 不思議な食感〜!」


「しょうもない女子アナの食レポ真似せんでええねん」


「ホンマや。ぺそぺそやな。パンケーキと言い張るにも食感悪いで。味は何と無くケーキやけど」


「そこやねん。みんなで味見してんけどな、なまじ味がケーキなだけに、みんな『美味しい美味しい』言うて食うてんねん。逆に悔しいやんけ」


「ちゃんと『本物はこんなモンやあれへんで』て言うたか?」


「いや、みんな喜ぶもんやから、水差したないなと思って『あぁ……おぉん……美味しいな』みたいに言うてもうたわ」


「何してんねん。みんなこれで完成やと思ってまうやん」


「いや、あの雰囲気しゃあないて。逆に、変に期待高めてもうて、味覚ちゃうかったらどないする? フランス人てボケた林檎好きらしいねん。日本で売ってる林檎食うたら、『これ熟してへんねやんけ』言うて腹立てよるらしいで」


「上手くいってへん内から新たな問題提起してくなや。それはそれでしゃあないやんけ。まずは俺らのイメージするベストを作らな。そっから好みあんねやったら微調整したらええやんけ。トライ&エラーやで」


 それに勇気づけられたように、イワオは頷いた。「せやな。プロのパティシエかって、フランスに修行行くのに、俺らみたいなもんが、一発で上手くいくはずないねん。俺ら日本から異世界来てもうたしがない高校生やで。パリジェンヌが寿司握るようなもんや」


「お前何回フランス噛ますねん。スネ夫のオカンか」


「そんな甘ないわいう話やん」


「『ケーキは甘くても、ケーキ作りは甘ないで』いうことやな」


「語呂が悪いわ」


 かくして、この日のスポンジ第一弾は失敗に終わったが、ソウタはこの日の生地の配分や混ぜ具合、焼き時間と火加減などについて、詳細にメモを取った。


「これ、夏休みの自由研究に出したったら、ええとこ飾られるんちゃうか?」


「ないわ。工作じゃないタイプの自由研究て扱い悪いねん」


「あぁ……満を持しただけにショックでかいヤツや」


 それから、『娯楽室』に集まってきた同期に、ソウタは今回のスポンジ生地は失敗だったことや、本来あるべき食感や、以後の改善案について説明し、後始末にあたった。






「今さらやけど、異世界、意外と便利やんな」同期全員分の皿を集めて洗面所で洗いながら、イワオは言った。


 この寮では、上下水道が完備されている。こうした設備は、主にドワーフの技術者が設置し、また保守管理しているそうである。


「水道あんの有難いで。俺ら前いた家、井戸まで水汲みに行かなあかんかったやん」洗った皿をタオルで拭きながら、ソウタも頷いた。


「トイレも水洗やしな」


「ホンマ、これでウォシュレット付いとったら完璧やな」とソウタが言うと、イワオは顔をしかめた。


「ウォシュレットいらんわ」


「何でやねん。あったらええやんけ。お尻シャー洗えるやん」


「そのお尻洗った水どこ行くねん。あれ、ノズルに跳ね返っとんちゃうんか」


「それはお前、角度とか上手いことなっとるやろ。引っ込んだノズル洗う機能付いとるわ」


「全然信用出来へんわ。あんなん、前に知らんオッサン使(つこ)てたら、オッサンのお尻(あろ)た水、なんぼかノズルに付いてるやろ。ほいでお前のケツ洗う時に、またオッサンのケツ洗た水噴き上げとんねん。せやったらお前、オッサンと肛門で間接キッスしてもうてんちゃうん」


「世の中、知らん方がええ事ってあんねんで」


「それ、知っとかなあかんことやわ」


 いつものように愚にもつかない話をしているところに、教官が来て声をかけた。


「中々美味かったぞ。話によると、まだ美味くなるそうだな」


 彼女は日頃、学園の敷地内にある教員宿舎で生活しているが、このところ、明確な意図を持ってソウタたちの住む寮舎に顔を出すことが多くなっていた。


「はい。味は近いですけど、食感が全然ちゃいますねん。そんで、これに色々トッピングしていくんですわ」とソウタは簡単に説明した。


「なるほど。それは楽しみだな。そう、楽しみといえば、今週末の、『月期別競技会』だが……」


「え……何て?」とソウタは思わず敬語も忘れて聞き返した。


「『月期別競技会』だ。毎月、月末に行われる、各期対抗の競技会だろうが。2ヶ月間の『基礎錬成期間』を終え、貴様らは初参加になる」


「いや、初耳もええとこなんですけど」


「そりゃ、今まで言ってなかったからな」教官は当たり前のことのように言った。


「思いつきで無理くり差し込んできはったんやなく?」


「俺がいかに剛力といえど、学園の全校行事を思いつきで差し込めるほどの権力はない」


「いや、準備とか……」ソウタが唖然と呟くと、教官は得意そうに笑った。


「準備はしてきたさ。今までの訓練全てが、その準備だ」


 教官である【烈女】ハンナ・シュバルツには、このようにして、直前まで訓練や行事の予定を明かさないことが多々あった。


 これは軍人や冒険者に必要な即応性を涵養する目的の他、筋肉と根性さえ鍛えておけば、あらゆる事態に対応出来るという信念と、それに必要な訓練は課してきたという自信の表れであることを、ソウタやイワオは理解していた。


 しかし一方で、あまりに鋭角な話題の転換に、「ハハッ……なるほどぉ……」と言う以外の返答の言葉を、彼らは持ち得なかった。


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