43.イワオの休日
窯の完成を祝して、教官が狩って来た熊を同期みんなで焼いて食べたその席で、教官の【烈女】ハンナ・シュバルツは大胆にもソウタに日曜の予定を空けろと言い出した。
「いや、実は、出かける予定がありまして……」とソウタが恐る恐る言うと、教官は椅子の上で足を組んだまま、冷然と笑い飛ばした。
「俺はな、お前の日曜の予定を聞いたんじゃない。『その予定を空けろ』と言ったんだ」
「ちょいちょいちょい……! すんません、教官、ちょっと……」イワオが慌てて教官の脇に駆け付け、その腕を引いて連れ出す。
「何だ、多少強引に行ってもいいと言ったのは貴様だぞ」校舎の陰で教官は顔をしかめた。
「『多少』の範疇を、ちょっと、超えてますねん。『現実の男は、女の方から迫られたら60%落ちる』言うたのはホンマなんですけど、怯えさしてもうたらあきませんねん」
「加減が分からんな。『恋は戦い』だろ? なら、怯ませた方の勝ちだろ」
「相手も土俵もちゃうんすわ。言うたら、これは争奪戦ですねん。ライバルは他の女の子で、ソウタは戦いの相手やないんです」
「なるほど。要は、他の女からソウタを捥ぎ取るわけだな?」
「捥いだらあきません。無傷で持ち帰らな。これ、大事なとこやと思って聞いて欲しいんですけど、ソウタも、自分も、ライバルも、全員無傷。これが絶対条件です」
「戦いには、血が流れる。それは避けられん」教官は歴戦の記憶を遡るような精悍な表情で言った。
「いや、『戦い』は例えやから……」
────「と、万事この調子やねん」イワオは紅茶のカップを傾けながら言った。
日曜の昼下がり、帝都のバザールから少し外れた位置にあるオープンテラスである。毎週出涸らしになるまで搾り取られることを嘆くイワオに、「外でデートしたらええやんけ」というソウタのアドバイスはまさに目からウロコだった。
休日の昼下がりに恋人と街を歩く、こんな当たり前のことを新鮮に感じ、イワオは(大分感覚おかしなっとんな)と反省した。
ところが、テーブルを挟んだ向かい側、つい先程まで機嫌よく一緒に紅茶を飲んでいたバーバ・ヤーガの表情に、暗い影が射している。と、そのことに気付いた瞬間、周囲のティーカップやシュガーポットがカタカタと音を立てて震え始めた。
「これが、『相談女』……」バーバ・ヤーガは瞳に怒りを滲ませる。
イワオは慌てて彼女をたしなめた。「あかんあかん。魔法出てもうてるから。確かに相談は相談やけど、あれはまたタイプが大分ちゃうねん」
『相談女』とは、頼られることで気分を良くする習性を利用して男をモノにする女のことだが、そうした女は一般に自己肯定感が低く、反対に自己顕示欲が高い傾向があること、自身の精神的な弱さを強調して相手の気を引く、いわゆる『メンヘラ気質』であること、数ある手段の中からこの手口に辿り着くまでの恋愛経験があることなどといった特徴から、教官はこのタイプに当てはまらないことや、ターゲットを完全にソウタに絞っていることなどを説明し、やっとバーバ・ヤーガを落ち着かせることが出来た。
「【烈女】ハンナ・シュバルツ、妾、あの女と戦ったことがあるの」と、バーバ・ヤーガが唐突に言った。
10年ほど前、まだ孤独だったバーバ・ヤーガは少々やさぐれていて、天候を荒れさせ樹木を枯らし、農民に圧政を敷いていた領主を戯れに館ごと消し飛ばした。彼女にとってそれは、苛立ち紛れに地面の石ころを蹴飛ばすようなものだったが、これを重く見た軍の討伐対象となっていたそうである。
当時、新任の歩兵小隊長だったハンナ・シュバルツは、小隊を率いて彼女の住む森まで進軍したが、森の木々の荒れようにその魔女の強大さを知ると、部隊を残して単身乗り込んだ。
戦いは熾烈を極め、森は半径1kmに渡って禿山と化した。バーバ・ヤーガの魔法で隆起した岩山をハンナ・シュバルツが砕き、その飛礫は帝都にまで降り注いだという。
一昼夜に渡る激戦は、森の地形を大きく変化させたが、これほどの戦士をただ殺すのも惜しいと感じたバーバ・ヤーガが、以後人里に害をなさないことを約束し、兵を退かせたのだそうだ。
このことは図らずも、ハンナ・シュバルツの昇進に大きく貢献した。
(いやこれ、デートで女から聞く話?)とイワオは内心思ったが、紅茶のカップが互いに空になっていることに気付くと、「ほな、行こか」とだけ言って席を立った。
その後、2人はバザールを見て回り、イワオは目についた髪飾りを買ってバーバ・ヤーガにプレゼントすると、彼女はそれをとても喜んだ。
そしてその近くに小さな宿があるのを見つけた彼女は、結局イワオを出涸らしになるまで搾り取った。
別れ際、バーバ・ヤーガはイワオに耳打ちをした。「あの女が、貴方に粉をかけて来たら、すぐ妾に言うのよ。街ごと消し飛ばしてやるんだから」
「いや、なんで街を巻き込むねん」
寮に帰ると、部屋にはすでにソウタが帰っていた。
ソウタの都合と教官の誘いを折衷した結果、この日ソウタ、教官、ドラベッラ、パミーナ、フィオルディリージの5人でギルドの討伐任務にあたり、その報酬をケーキの材料に充てることになっていた。
「お疲れ。どやったん?」とイワオは聞いた。
イワオの見立てでは、パミーナとドラベッラもソウタに気があり、互いの友情とソウタへの恋慕に想いを揺らしている。フィオルディリージのソウタに対する感情は不明だが、彼女はドラベッラとパミーナに強い友情を求めており、仲間外れにされたくない。そこに、ことによれば全員皆殺しにしてソウタをもぎ取る構えの教官が加わる。
という、胸焼けのするような人間関係の中、ソウタはどう乗り切って生還を果たしたのか。
ソウタはこれで案外、経験豊富な男である。単純に顔が整っているのと、性格が明るいのもあって、この世界に来るまで、女に苦労したことはない。
彼女たちの好意にも、それとなく気付いているはずだ。
(鈍感系主人公みたいなんだけはやめてくれよ。それはお前、ほんまサブいで)と念じながら、答えを待つ。
「いやな、なんかガス状の魔物いうの出てきてな。視界塞ぐねん。小ちゃい弱点があって、そこ突かな消されへんねんけどな、消してもまたすぐ別の出て来よんねん。ほんま、エロサイトの広告か言うて……」
「ちゃうやん。誰がこの文脈から任務の詳細知りたがんねん。可愛い女の子3人と、エッグいお姉さん1人連れてどないやったんいう話やろ」
「あ、そっち?」
「お前わざとやってるやろ。サブいでほんま」
「率直な感想言うてええ?」
「おん。早よ言えや」
「正直、ごっつ楽しかったわ」
「お前ほんま、ええ加減にせえよ」
本来、雑で大雑把な人柄であるイワオの、こうした細やかな気配りによって、人知れず帝都の平和は守られているのである。




