42.窯!
土曜の訓練に限り、教官の気まぐれで午前中に終了することがあった。この日もそれで、訓練を早く終えたソウタとイワオは、自室にこもってケーキのレシピ検討に余念が無い。
「なあ、そういえば、ジェミマどやった?」とイワオは聞いた。彼はこれで、結構な猫好きである。
「なんかな、金持ちの家の猫って感じやったわ。マタタビのあの感じはアカンけどな。なんかアカン薬やってもうてるようにしか見えんねん。けどな、マタタビやってちょっとキマったら、パミーナちゃんとこ甘えに行くねん。ほんで、あの子も慣れたもんで、顎んとこ撫でよんねんな。アレはなかなか、見応えあるわ。趣深いもんがあるな」
「うわ、ええなあ。俺も撫でたいねんけど。毛並みめちゃええやん。あの首んとこファッサァなっとる感じはあれ、ペルシャやな」
「お前、あの子撫でたら色々問題あるんちゃうん」
「せやねん。浮気認定やろな。帝都の人口半分じゃ済まんで」
「難儀やな」
「ほんま、かなんで。いや、猫可愛いらしなあ。あの、ちょっと生意気なとこがまた可愛いねん。アイツら、自分のこと、猫やと思ってへんねやんか」
「いや、それは思ってるやろ」
「ちゃうねん。人間と同格か、何やったら上やと思ってるようなとこあるやん」
「まあ、それはよう言うな」
「野良ならまだしも、飼い猫もやで。アイツら、面倒見さしたるくらいに思ってんで。『しゃーない、撫でさしたるわ』くらいの感じで来よるやん。そこがまた、可愛いねん」
「お前、大分キとんな」
「猫好きやねん」
「けど本人、猫とはちゃうからな。『猫』言うたら怒るらしいで。それ、俺らに『猿』言うのと一緒やからな」
「まあ、せやろなあ。あー、猫飼いたいわ。まあ、無理やけどなあ。ほいで、あれ、どやったん? ケーキの件は」
「どうもこうも、すごいであの子。クリームの話したらな、牛から採ったばっかの生乳置いといて、しばらくたったら上の方に白いの溜まんねんけど、それやろ言うててん。
今日、実際それに砂糖ちょん入れて泡立ててみたら出来たで。ホンマに。こないだクリームの話して、『牛乳から出来てて』『泡立てたらフワッフワなる』くらいの情報で一発やで。コナン君でもこないビターン当てられへんで」
「見た目は子猫、頭脳は大人やな」
「それも並の大人やあれへんで。古畑超え余裕や。『んー……』とか無しやで。マジで一発やから。
それもな、ただ置いといて待っとるだけやったら時間かかる言うて、瓶に紐付けてぶんぶん回し始めてん。びっくりして、聞くやん。ほだら、『遠心分離中の分散質の移動速度【ν】は……』とかなんか始まってん。『ちょいちょいちょい!』てなったわ」
「怖っ。回しながら?」
「せやで。宍戸梅軒も腰抜かすわ。回しながら物理の講義やからな。魔法の座学より何言うてるか分かれへんかったわ」
「ほえー、頭ええねや」
「スポンジのレシピも見てもろてんねん。これでかなり短縮なるやろ」
彼らが自室でそういう話をしていると、廊下に忙しない足音が響き、ドアが開いた。
「窯が完成したぞい!」ピッポが気色満面、その丸い目を一層丸く見開いて、駆け込んでくる。
「おぉ〜、なんやお前、可愛いのお。ええ? ほっぺぽちゃぽちゃやないかお前こら。どないなっとんねんコレぇ」イワオがピッポの頬っぺたをぽちゃぽちゃやる。猫を撫でたい欲がピッポに向いたようだ。
ピッポの頬っぺたがぷっくりして柔らかいというのは、このところ同期の間でもっぱらの人気だった。しかもこうして頬っぺたをぽちゃぽちゃやられるのを、ピッポはほとんど気にしない。
「周りを対魔法レンガの壁で囲わんといかんようになったから、少し時間は掛かったがの。周囲の防御もバッチリじゃ。パミーナが間違えてぶっ放しても、周囲が焼け野原になることはない」
今回窯を作るにあたり、学校側から条件として出されたのは、火入れは必ず魔法で行うという点だった。これをもって、窯は調理器具ではなく訓練器具として扱われることとなり、寮舎側への設置を許されたのである。
「言うて、窯自体はどやねん。パミーナちゃんのあの威力に耐えられるか?」とソウタは尋ねる。パミーナは、自身の高過ぎる魔法出力を調整する訓練に意欲的だった。訓練器具としての窯のヘビーユーザーになることは間違いない。
「彼女が全力でぶっ放せば無理じゃな。窯は壊れて対魔法防壁だけが残る。窯の方を対魔法レンガで造ってしまうと、魔法を吸収して窯の機能をなさんしの。じゃが、窯の組み方はもう頭の中に入っておる。仮に吹き飛ばされても、何度だって組み直してやるわい」
「うわ、お前めちゃカッコええやんけ。技術者の鑑や」とソウタが言うと、イワオも頷いた。
「これは早速見に行かな」
各部屋を回って同期を片っ端から呼び出し、寮の東階段を駆け下りて、勝手口を出る。そこから100mほど離れた位置に、レンガ壁でコの字型に囲まれた大きな窯はあった。
赤褐色のレンガを直方体に組んだ火床の上に、ドーム上の窯が載って、正面に大きな口を開けている。
「デカっ! お店のヤツやん!」
「せやんな! ピザ屋さんのヤツや! めっちゃカッコええ!」
イワオ、ソウタに続き、同期たちも次々に歓声を上げる。
「おう。出来たようだな」背後から声が聞こえて、同期は一斉に振り返った。教官が、毛むくじゃらの大きな獣を一頭、肩に担いでいる。
「いや……どないしはったんすか」呆気にとられたソウタがそう尋ねると、教官は肩からその獣を下ろした。巨大な熊である。
「狩った」
「熊を? 剣で?」
「いや、素手だが」
「パワー、エグすぎますやん……」
「ん? 野生の獣が、力で人間に敵うわけねえだろ」と教官はいまいち言葉の意図が読めないというふうに首を傾げた。
「これやから……」とイワオも呆れて苦笑する。
「焼くぞ」と教官が言うと、同期は一同に歓喜した。




