39.攻撃的ゾンビ
水曜の夜のことである。
「緊急事態じゃ!」ピッポが慌ててソウタとイワオの部屋に入り込むなり『異世界スイーツプロジェクト』実行委員会に招集がかけられた。
「どないしてん」
娯楽室に場を移すと、ソファに腰を下ろしてソウタは尋ねた。
「上級生の奴らが、秘密基地を占拠しおった……!」ピッポは口惜しそうに言う。見れば、上着の袖や背中がひどく汚れ、左の頬が赤く腫れている。
この日の訓練は特に苛烈を極め、一歩動くのすらままならぬていのパミーナとフィオルディリージを気遣い、ピッポは一人、窯の組み立てを進めるため、すでに大方完成させていた秘密基地に向かった。
ランニングコースを歩いて15分、林道の湾曲した部分に差し掛かると、その藪から光が漏れている。
まさか、教官に見つかったかと背に汗をかきつつ、恐る恐る藪を分けて奥へと進んだ。その先には、木材に布を渡し、葉のついた枝を被せて擬装した彼らの秘密基地から、ランタンの光に混じって数名の忍び笑いが聞こえる。
「しっかしこれ、上級生の隠れ家だったらやべえよな」
「いや、俺は下級生と見たね。この学校のクソ生活も3年になりゃある程度自由がきく。こんな手間かけてまで隠れ場所作らねえだろ」
これを聞いて頭に血が登ったピッポは、火のついたように秘密基地へ殴り込んだ。その結果はピッポの佇まいを見れば明らかである。
「クソっ! 相手が一人じゃったらコテンパンにしてやったのにの!」ピッポは低く唸って奥歯を噛み締める。
イワオとソウタはおもむろに立ち上がって木剣を執った。
「殴り込みじゃ。いてこましたるわ」
「待て」とピッポは彼らを押し留めた。「奴ら、7、8人からおる。男ばっかりじゃ。殺す気でかかるんならともかく、単純な喧嘩じゃ勝ち目が無い」
「関係あれへん」
「まるで、男が女より強えみてえな言い草じゃねえか。ウチも行くよ。数なんか関係ねえ」とドラベッラも木剣を担ぐ。
「わ……私も、みんなの秘密基地なので……守るので……魔法を、『やっ!』とやるので……」パミーナもよろよろと立ち上がる。
ソウタが慌てて押し止める。「や、ちょっと待っとき。相手は『やっ!』じゃ済まへんから」
「俺も精一杯応援するぜ」と腕を組むフィガロに、ドラベッラは木剣を押し付けた。
「お前は、ここで男見せずにどこで見せんだよ」
「俺の『男』を見てえなら、もう少し人気のねえところでだな……」
フィガロの頭にドラベッラのゲンコツが落ちる。
「しょうもな……」イワオは木剣を握ったまま呟いた。
フィオルディリージはピッポの頬に手を当てて、回復魔法で傷を癒している。「あーしが、疲れて寝てたから、ピッポが酷い目に……ピッポだって、同じ訓練受けてたのに……」
「フィオのせいやあれへん。考えてみれば、遅かれ早かれこうなると、想像しとかなアカンことやった」ソウタはそう言って肩を回す。
フィガロがソウタの前に立ちはだかった。「あのな、戦後処理を考えねえとダメなんだよ。よしんば上級生をぶっ叩いて基地を取り返したとしても、騒ぎが見つかったら元も子もねえ。チクりが入るかもしれねえしよ。そういうことを考えるために、俺はコミカルなやり取りで身をもってみんなを一旦落ち着かせようとしたわけ」
「お前のはただのセクハラや」
「まあ、聞け。この学校は3年制、ピッポの聞いた、奴らの話、『この隠れ家は上級生のか、いや下級生のか』ってことは相手は2年だ。それが分かってれば大分絞り込める。
奴らだって、夜中抜け出して隠れ家でコソコソやってんだ。ただ好きな女の話してたわけじゃねえだろ。何か見つかりたくねえ悪事の一つや二つはあるはずだぜ」
「ほだら、そっちはお前に任せるわ」とイワオはフィガロの肩を叩く。
「おい、そういうのは無謀だっつうの。ちょっと落ち着けよ。俺が文明的なやり方っつうのをだな……」
「ええねんフィガロ。ピッポ、ドラベッラも、悔しいやろけど、ここで待っとってくれ。そもそもこの話、言い出しっぺは俺や。これ以上仲間に怪我さすわけにはいけへん。俺とイワオでバツーンかましてくるさけな。基地はちょっと、作り直しなってまうかもせえへんけど許してや」
同期たちは皆、制止だったり、同行だったり、何らかの意見を示そうとしたが、ソウタが「頼むわ」と言うと、その意志の固さに屈したように口を閉ざした。
「あーしが空間魔法で基地まで送る」とフィオルディリージが申し出た。
「そら助かるわ」とソウタは微笑む。
「怪我しないでよ」
「天気ええなあ」とソウタが空を仰いで言った。厚く茂った森の木々の間に、ポッカリと口を開いた空には丸い月が(厳密に言えば、この天体を『月』と呼ぶことに些かの疑義はあるにせよ)、煌々と夜露に濡れた下草を照らしている。
「お前、喧嘩とかしたことないんちゃう?」
「小学校以来やな。けどまあ、言うて『狂戦士』やし」
「ええやん。木剣の刃のとこベロベロ舐めたったらええんちゃう」
「狂戦士いじりやめろや」
彼らは一分の迷いも無く藪の中を分け入り、秘密基地の入り口の布を捲って中に踏み込むと、その中をランタンで照らした。
「よお。さっきはウチの仲間がえらい世話なったらしいやんけ」イワオは折からの足音に灯りを消して息を潜めていた上級生たちを睨め回す。
「あ? てめえら何年だ?」その中の1人、中肉中背の短髪の男が、イワオに詰め寄る。
ソウタはそれを横から殴り飛ばした。上級生たちが一斉に立ち上がる。
「口ゲンカやったら、お前のエラ張った彼女とせえや」
ひっくり返った男はよろよろと立ち上がる。「別にエラ張ってねえよ。勝手に決めんな」
「俺らが何年か聞いてどないする? 一年早く学校入ったん自慢したいんか? 表出ろやボケ」奥でリーダー然と腕組みしている優等生風の男に、ソウタはランタンを投げつけた。
それから2人は、棒切れや木剣を取って先を争うように殴りかかってくる上級生たちを相手どり、大いに暴れまくった。
敵もまたこの学校で彼らより長く訓練を受けた上級生である。振り下ろされる棒切れを受ければ空いた腹に木剣が叩き込まれ、打ち掛かっては横から蹴倒されたが、彼らは一歩も退かなかった。
獣のように唸りながら、それでも固く握った木剣を振り回し、柄で殴り、足で蹴倒し、頭突き、噛みつきさえして戦い抜いた。
「こいつら、ゾンビかよ!」と誰かが叫ぶ。
それでも上級生たちの的確な打撃は、2人の体力と回復に費やすイワオの魔力を、着実に削り取っていく。
「キッツ……」とソウタが呟く。
「言うて、コカトリスん時よりマシや」
やがて、後ろで傷付いた者を回復していた白魔道士を叩きのめすと、上級生たちは戦意を急速に冷ましていった。「ダメだこいつら! イカれてやがる!」
「おお? これで終わりかコラ! 大したことあれへんのぉ!」血の混じった唾を地面に吐いて、ソウタが嘲ると、それに釣られてイワオも罵る。
「『一年坊2人に殴られたんですぅ』言うてセンセに相談しに行けや!」
「お前、言うてないで回復しろや」
「もう魔力が残ってへんねん」
「なんで言うてまうねん」
これに勢いを得た上級生たちが束になって襲いかかる。
「嘘じゃボケぇ!『ヒール』!」イワオが叫ぶと、上級生たちの手が止まった。
「お前、いきなり頭脳プレーやんけ」
「帰るぞ。キリがねえ」リーダー格と見える学生が吐き捨てるように言うと、従っていた上級生たちは、何か捨て台詞を吐きながら、列を乱して走り去っていった。
「帰ってマスかいとけアホンダラ!」「冒険者やめてまえ! 向いてへん!」2人は敗走する上級生たちの背中にひとしきり罵声を浴びせると、藪の中に、仰向けに寝転がった。
「アカン、一歩も動かれへん」イワオは肺の中の空気を全部吐き出すように言った。
「お前、最後の『ヒール』全然回復してへんやんけ」
「あれは嘘じゃボケぇ」とイワオが笑うと、特別面白かったわけでもないが、ソウタも釣られて笑った。
「天気ええなあ」月を見上げてソウタは言った。




