31.ソウタ、パミーナ、ドラベッラ①
ソウタ、パミーナ、ドラベッラの3人は、大広間中央の扉から奥へ、石造りの長い通路を真っ直ぐに進んでいた。
彼らの腰に提げたランタンが、その歩みに合わせて揺れ、のっぺりとした通路の壁に複雑な陰影を作った。
「気味悪いなあ……」ソウタは肩を竦めながら、通路の奥に目を凝らす。
と、ドラベッラが「シッ……」と唇の前に指を立てた。「何かいるぞ」
「嘘やん、何にも見えへん」
「ウチはお前らヒュムより耳がいい」ドラベッラが剣を抜く。大きく湾曲した片刃の薄い刀剣が、ランタンの光を鈍く照り返す。
ソウタもそれにならって肩に担いだ矢筒から矢を抜く。「何にも見えへんけどな」
「あの、明るくする魔法があるので……」とパミーナが言うので、ソウタがちょっとやってみて、と頼む。
パミーナは「手のひらの、ちょっと先がすごく光るので、あんまり見ないで……その、すごく眩しいので」と注意して、彼らが肯くのを確認すると、顔に力を入れるような複雑な表情をした。
次の瞬間、手を前に差し出したパミーナの指の間から、目の眩むような光が閃いてソウタは思わず顔を背けた。
「おわっ! ホンマに眩しいな」片目をつむり、前方を見ると、100メートルほど先に人影がある。よく見ると、前身を覆う板金鎧が、剣を握ってじっとこちらを伺っているようである。「全然動けへんやん。ドラベッラ、何の音聞いてん」
「あの甲冑の関節が軋む音。おそらく、中身は空だ。『リビングアーマー』とかいう類のヤツだろ」
「凄いな。そんなんよう聞かんわ」
「中身が空なのに動くのは、どうして?」とパミーナは尋ねる。
「鎧の形した魔物なんちゃう?」ソウタは弓に矢を番え、じりじりと歩み寄りながら、相手が射程に入るのを待ったが、相手に動く素振りが無いのを見ると、急に不安に駆られた。「あれ、ホンマに射ってええんかな」
「このダンジョン自体、あのやべえ女の魔法だろ? 一般人ってこたねえだろ。一応聞いてみるか」とドラベッラは言って、声を上げた。「おおい! お前、一般人とかじゃねえよな。返事しねえと射っちまうぞ!」
しかし、鎧は何も答えない。
「まあ、いっとくか」ソウタは矢を放った。すると、これまで微動だにしなかったのが嘘のような機敏な動作で、鎧は矢をかわす。「嘘やん。避けよったで」
鎧はそのままこちらに駆け出した。ソウタは素早く次の矢を番え、それを放つとすぐに弓を地面に投げ捨て腰の片手剣を抜いた。
「来るぞ!」とドラベッラが駆け出す。
ソウタの矢は鎧の頭部に当たったが、そのまま弾かれ床に落ちた。
「せやったら何で一旦避けんねん!」と文句を言いつつドラベッラの背を追う。「速っ!」
ドラベッラの切っ先は、甲冑の首、鎧と兜の隙間を縫って貫く。が、敵は動きを緩めず、素早く逆手に持ち変えた剣をドラベッラに振り下ろした。しかし、そこにはすでにドラベッラの姿はなかった。
空を割いて振り下ろされた敵の剣を、ソウタが受け止めた。横に飛び退いていたドラベッラが、「お前、ウチを守ろうとしたのか?」と困惑したように言う。
「全然間に合うてへんの分かってんから、言わんでええねん。無かったことにしといてくれや」鎧の腹にソウタが前蹴りを入れると、敵は2、3歩後ろによろめいた。
「ソウタくん、退がって!」とパミーナが、叫ぶ。
「パミーナちゃん、そういう声出んねんな……」とソウタが言い終わる前に、パミーナは広げた手のひらを下に向けて魔法を唱えた。
「『ペザンテ』」
ソウタはその瞬間、何が起きたのか理解出来なかった。というより、何も起きなかったように見えた。ただ、敵が動きを止めただけのようである。
しかし間もなく鎧の全身から金属の軋むような音が聞こえ出すと、まず肩当ての部分がひしゃげて外れ、次の瞬間、鎧全体がまるで紙細工のように床に潰れた。
「エグっ! これパミーナちゃんの魔法なん?」
「あの、ごめんなさい。私、まだ下手くそだから、潰す範囲を決めるのに時間がかかって……それに、あの……」と言い淀む。
「ウチの剣だろ?」とドラベッラが言うと、パミーナが頷いた。ドラベッラの剣は鎧の首に刺さったまま、パミーナの魔法でひしゃげてしまった。「しょうがねえよ。中身は空だって最初に気付いてたくせに、鎧の隙間縫ってどうすんだって感じ。ウチの判断ミスだ。剣は予備もある」
「いや、俺思ってんけど」と言うと、ソウタはひしゃげて潰れた鎧を足で選り分け、その中から、ドラベッラの剣を抜き出した。「これ、平らなとこでもっかい『ペザンテ』てやったら真っ直ぐなるんちゃう?」
パミーナはハッとしたように顔を明るくした。
が、実際そのアイデアを試したものの、やはり元通り真っ直ぐとはいかず、辛うじて鞘に収まる程度に曲がったものを、後日鍛冶屋で修理するということで落ち着くと、彼らはまた通路を進み始めた。
「ドラベッラは、何でこの学校来たん?」
「家が、代々冒険者だからな。ウチも小さい頃から剣とか魔法教わって育ってる。他にやりたいことも無いし、こういうのも別に嫌いじゃねえから、行っとくかって。お前は? 異世界から来たんだって?」
「ああ、せやねん」ソウタは、これまでの経緯を掻い摘んで説明した。この世界に来て、冒険者として辛うじて生計を立てていたこと、ひょんなことから中級冒険者に勝負を吹っかけ、スタンピードに巻き込まれた挙句ダンジョンが消滅したこと……案の定、イワオとバーバ・ヤーガの関係について、ドラベッラとパミーナは驚きを隠さなかった。
「お前のツレ、ちょっと頭やべーんじゃねえの?」
「まあ、関心あれへんことにはビビるくらい無頓着やねんな。そのくせ変なとこで引っ掛かりよんねんけど」
「でも、イワオくんは、バーバ・ヤーガを好きになって、それで、すぐに好きだって言ったので……私はそういうの、とても、あの……素敵だと……」
「せやんな。男らしいと思うわ」
「まあ、漢気はかうけどよ。お前はいねえのかよ。そういう相手」
「俺は全然アカンわ。誰か付き合うてくれや」とソウタは軽い気持ちで言ったが、2人は急に黙り込んだので、サムい下ネタでスベッた時のような冷や汗をかいた。
そして、その拍子にふとあることに気付き、声を上げた。
「いや、魔物は? どこまで続くねんこの通路」
ここまでお読み頂きありがとうございます。
このお話は、第一義にギャグを指向していますが、異世界の冒険ものという側面では、基本的に一般ユニットを地道に育てていくスタンスです。
学園編では、色々な特性を持った学生との組み合わせを楽しめるようにしたいと考えていますが、お話をバトルに振るか、ギャグに振るかはその時々の気分次第になると思います。
さて、前回のお話で、ダンジョンを生み出す魔法の呪文を『ピエタ・リスペット・アモーレ』としましたが、これはヴェルディのオペラ『マクベス』のアリアです。
この魔法を使ったマリアンナという名前も、『マクベス』初演時にマクベス夫人役を演じたソプラノ歌手から拝借しています。
オペラでは王道中の王道ですが、私はこの『オペラ王』ヴェルディが大好きです。
なお、パミーナの魔法『ペザンテ』というのは音楽用語で「重々しく」という意味です。重力魔法って強キャラ感あるなというのと、ギャップがあっていいかと思い、これにしております。
宜しければご意見・ご感想などお聞かせください。
今後とも宜しくお願いいたします。




