30.人工ダンジョン『コロニー』
彼らが入学してから1ヶ月半くらいが過ぎたころ、日課とも言える朝の演習場のランニングの後、教官は初めて具体的なニュアンスで『戦闘』という言葉を口にした。以後は、戦闘における技能や戦術といった具体的なノウハウを教授するという宣言であり、またとにかく体力練成一辺倒という地獄の1丁目から、また次の地獄へ案内されるという合図である。
一週間ほどで3名の脱落者を出した彼らの同期はさらに2名が脱落、入学当初の20名から15名まで人員を減じていた。
「部隊の最小単位は、2〜6名程度を以って『組』とする。但し、戦闘の最小単位はあくまで『個人』である。チームワークとは、徹底した個人技の習熟の上に成り立つものだ。これより、小部隊での戦闘訓練に入るが、自分の短所を仲間に補ってもらおうなどという甘えた考えは捨てろ! それは共闘ではない。単なる足の引っ張り合いだ! いいか、どれだけの人数を揃えて戦いに臨もうと、最後は1人だ! 己1人で戦い抜く力、これを鍛え上げた先に初めて共闘の価値が生まれるのだ!
そして、貴様らがいかに弱卒といえども、この俺、【烈女】ハンナ・シュバルツの薫陶を受ける以上、部隊が壊滅し、独り取り残された場合にも、死に捕らわれ生を諦めることを禁ずる!
例え手足が千切れても、這いつくばって生き延びろ。以て1つでも多くの戦果と、仲間の死に様を持ち帰るのだ!」
入学から1ヶ月半、ひたすら体力練成に時間を費やしたのはこの理念によるところだった。死闘を演じ疲れ果てて地についた膝を、もう一度立てて生還への一歩を踏み出すための体力と精神力の養成である。
彼らは入学から1ヶ月半のこの時点で初めて、自己紹介をさせられた。自身のジョブ、使用する武器・魔法、戦闘のスタイルなどについてである。
「これまで、貴様らには徒手格闘と並行して各種の武器格闘を訓練してきた。剣は折れ、矢弾尽き果て、魔力を使い果たしても、倒れた仲間の屍から武器を取り、戦闘を継続するためだ。
貴様らの武器の扱いは、未だオランウータンのスプーン程度だが、握り方も分からないという状態からは取り敢えず脱した。当然これらの訓練は並行して継続するが、これからは、各自得意とする武器の携行を許す。
その上で、各自の戦闘能力、特性について情報を共有し、爾後の部隊訓練に資するものとする」
それから、彼らは3人ずつ5つの組に分けられた。
イワオの組には、エルフの『魔道士』フィオルディリージと、ピッポというドワーフの『アイテム士』、ソウタの組にはヒュムの『黒魔道士』パミーナと、ダークエルフの『魔剣士』ドラベッラが加わった。
「俺はあくまで実戦主義だ。前もってごちゃごちゃと御託を並べるつもりはない。まずはその3人で敵と戦え」
教官がそう言うと、彼らと並走してきた馬車の荷台から、痩せた中年の女性が覚束ない足取りで降り立った。
教官は馬車から降りてきた女性について紹介した。「これより、貴様らには仮想の人工ダンジョンに潜ってもらう。彼女は、その膨大な魔力で人工ダンジョンを構築、仮想敵を無尽蔵に生み出し、貴様らメス豚どもを苛んで下さる。【女王蟻】の二つ名を冠する魔女、マリアンナ・バルビエーリ女史だ」
マリアンナは彼らには目も合わせず、その頭上の辺りに蒼白い顔を向け、虚な表情でぼそぼそと喋り始めた。「私はダンジョンを、そして、たくさんの子どもたちを産み出す……そして、あなた達は、私の産み出した子どもたちを殺す……私は自分の生み出した子どもたちが、剣に裂かれ、炎に巻かれて死んでいくのを眺め続ける……」
「いや……あかんあかん……」とソウタは辛うじて呟いた。
教官は、マリアンナの背を撫でた。「大丈夫。マリアンナ。それはただの魔法に過ぎない。あなたの子どもではない。あなたの2人の息子さんは、どちらも帝都の宮中で立派に働いておられる」
「そう……そうよね。いけないわ。私ったら。息子が帰ってきたら、林檎のパイを焼いてあげるの。小さい頃から大好物で……」
「マリアンナ」と教官が声を掛けると、マリアンナは哀しげにため息をついた。「じゃあ、やるわね。『ピエタ・リスペット・アモーレ』……」
その声が、森閑とした木立の間を響いていったと思うと、次の瞬間、彼らは皆、石造りの大広間の中に居た。
「城……?」辺りを見回してイワオが呟く。
「城塞型の人工ダンジョン『コロニー』だ。マリアンナ女史が作り出した概念空間であり、実体は無いが、傷付けば当然痛みは感じるし、悪くすると死ぬ。本物のダンジョンより少しだけ安全というくらいに考えろ」
「それより、あの人大丈夫なんですか?」とフィガロが教官に尋ねた。「なんか、自分の魔法にかなり入れ込んでる雰囲気ですけど」
「ああ、彼女はああ見えて仕事とプライベートのオン・オフがはっきりしているタイプだ。家庭では非常に良い母親で2人の息子にも慕われている」
そういうレベルではないような気がする。ソウタは眉根を寄せた。「いや、メンタル大分いってもうてますやん……」
「魔法を使う前後はあんな調子だが、普段は普通にいい人だぞ。意外に結構明るい」
「嘘やん。全然想像出来へん」
大広間には、正面に1つ、左右に2つずつ、ちょうど5つの大きな鉄扉があり、そこを通る者の覚悟を試すように重く閉ざされていた。
中央には大きな丸い鏡があり、その前の椅子に教官は腰掛けた。
「各組、それぞれの扉から先へ進め。俺はこの鏡で貴様らの様子を見ている。それぞれの組が合流することはない。そういう構造になっている。奥まで進みきるか、進行が困難と判断した時点でその組はこの大広間に戻される。今回はほんの小手調べだ。難易度は最低レベルの設定になっている。では各組、前へ」
その号令に従い、彼らはそれぞれの鉄扉を押し開けた。蝶番が錆びた音をたてながら、重々しく扉は開き、その奥の沼のような闇に、大広間の壁にかけられた燭台から心許ない蝋燭の火が射した。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
前回のお話が学校に入学してから1週間後くらいの話で、そこからどの程度時間を経過させるべきか悩み、訓練をテーマにした今回のお話と、日常回を入れるのと2パターン書いてみたのですが、日常回の方のオチがつかなかったために今回の訓練のお話にしました。
定期的に更新しようとつとめていたのですが、間が空いてしまい、更新を待って下さっていた方がいらしたら申し訳ありません。
さて、訓練の内容を考えるにあたり、ちょっと困ったことがありまして、戦闘について教える学校なので、雰囲気は軍隊の新隊員教育に近くなるのではと想像して書いておりましたが、ファンタジー世界では戦闘と一口に言っても、魔法使いと戦士ではやり方が大分違うはずで、そうした個性を殺さず、訓練のカリキュラムを組むには、汎用性の高い武器を画一的な訓練で習熟させる現実世界の軍事教練とはまた勝手が違うはずだぞということにこの段で気付いてしまいました。先を考えずにノリで書いている弊害ですね。
当初、魔道士系と戦士系で学科が違うという設定にしようかというアイデアもあったのですが、それだと例えばソウタとパミーナの交流を書くのに苦労しそうだというのと、イワオのように前線で戦う回復役みたいなポジションはどっちに配置すべきかという問題があってボツにしています。
いずれにせよ、本文中に書いたような、まずは戦場に行って帰って来れる体力が基本であり、魔法が使えない局面でも武器を取って戦える能力が必要だというスタンス自体は間違っていないような気がしていますので、その点は現行のまま、効果的でかつ読んで面白い訓練が書けたらいいなと思っております。
ファンタジーに中途半端なリアリティを入れ込んで、そこで起きる齟齬みたいなものを笑いに変えていこうというのがテーマの1つではありますが、リアリティに傾注し過ぎてお話が詰まらなくならないようにすることには注意が必要ですね。
何事も大事なのはバランスということでしょうか。
宜しければご意見などお聞かせ下さい。
今後とも宜しくお願いいたします。




