27.パミーナちゃんの頑張る理由
「いやいやいや……ほんま……」イワオはそれ以上の言葉が出なかった。この訓練の過酷さを表現する言葉が見当たらなかったためである。
演習場を走り回り、馬車の荷台から蹴り落とされた時、まだ午前中の訓練は終了していなかった。
各自武具を着けたまま腕立て伏せ、屈み跳躍ときて、そこから徒手格闘の基礎動作を教え込まれる。それまでの間に何人もの同期が倒れては、バケツの水をぶっ掛けられて叩き起こされた。
「何を休んでいる! これで終わりのつもりか? 昼食の前に軽いティータイムにでも洒落込もうってか? 戦意の無い奴は帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ! この甘えん坊将軍どもが!」
「甘えん坊将軍て。それ『暴れん坊将軍』ありきやんけ」とソウタが地面に手をついて漏らす。
「ある意味天才やな。それ知らずしてこの語感を生み出しよんねやから」
「あ? 何か言ったか?」と教官はソウタに詰め寄る。
「いえ、教官の美貌に、僕の下半身が『暴れん棒将軍』やいう話です……」
教官はソウタの顔面をしたたか蹴り上げた。
一瞬宙を翻ってひっくり返ったソウタに回復魔法をかけるイワオは、教官がその一瞬「もう……バカ……」と呟いたのを聞いた。
「アホお前、攻めすぎや」とソウタを窘めながら、イワオは内心、首を傾げた。
ふと、か細い呻きが聞こえた方を見ると、パミーナは両手両足を広げてうつ伏せに突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。何度も冷や水を浴びせかけられ、黒いローブがびっしょりと濡れている。ただ、それでも何かを成そう、何処かへ進もうとする意志だけが、気の毒なほど弱々しい呻き声となって、彼女の口から漏れ出しているようである。
ソウタはイワオの魔法で骨折から回復した鼻の下の血を拭い、声をかけた。「パミーナちゃん、無事か? 息しとるか?」
パミーナはその声に、よほど注意深く見ていなければ気付かないほど小さく、右手の人差し指を動かして答えた。
「貴様は持続走でも、いの一番に脱落したな。カタツムリでももう少しマシに動くぞ! それが出来んなら、葉っぱの上でツノでも伸ばしてろ!
貴様ら全員よく聞け! 貴様一人、弱くて死ぬのは勝手にしろ! しかし貴様が弱いために傷つき、死ぬのは貴様一人ではない。貴様が死ねば、貴様に背中を預けた仲間が死ぬのだ!」
「そない言わんでも……」と言いかけたソウタを遮るように、パミーナの嗚咽のような呻きが辛うじて言葉をなした。
「教官の……言うことは、ほんとうなので……私……弱いけど……頑張るので……」
「ならばすぐに立て!」と教官は怒鳴りつける。
パミーナは両手を地につき、がくがくと震えながら力を込めた。
ソウタとイワオはその様子を見守りながら、励まそうと口を開きかけたが、それも教官によって遮られた。
「励まそうなどと思うな! 自分で自分を奮い立たせられない奴は、どの道この先生き延びられん! 戦場で人に迷惑をかける前にここで死ね! 武勲を立てるコツを手取り足取り教えてもらえるとでも思ったか! とんでもない誤解だ。我々は、ここで貴様らをふるいにかけ続ける! そうであればこそ、我が校は戦士の世界において帝国の誇る最高学府であり続けるのだ! 立て! 立って前を向け! 己を奮い立たせ、戦い続けろ! それが貴様らの選んだ修羅の道だ!」
ソウタとイワオはいつの間にか、自分たちの疲労も忘れてその場に立ち、震える足で立ち上がろうとするパミーナを見つめて一心に念じ続けた。
やがてパミーナは、風が吹けば飛びそうなほど弱々しく、しかし確かにその場に立った。
「良くやった!」と教官は一層声を張り上げた。「貴様の身体は日照りのカタツムリのように貧弱だ! しかし、その殻の中に修羅の心を宿していることを証明した! 俺は、弱くとも強くあろうとする意志を尊重する!
いいか、よく聞け! 我が校の門戸は広い! 毎月数十名の新入生が、我が校の門をくぐる。しかし、無事卒業するのはその半数以下だ!
パミーナ・フォン・ナハトは今日、立った! しかしそれは今日立ったというだけのことに過ぎん! 明日も立てるという保証はないし、支えてやるつもりなど毛頭無い!
自らの心に槍を突き立てろ! それにすがって、自らの力で何度でも立ち上がれ! そして戦い続けるのだ! 貴様らがここで生き残る術は、それ以外に何もない!」
そう言うと、教官は腰に提げた瓢箪の水筒を、プロレスラーのマイク・パフォーマンスのように地面に放って去って行った。それと同時に午前の課業終了を告げる鐘が鳴る。
水筒にはちょうど、20人の同期が一口ずつ飲めるかどうかというだけの水が入っていた。
「そこの女の子にやれよ」とパミーナを指して同期の1人が言った。フィガロとかいう、小柄な少年である。「水をばしゃばしゃ浴びせてくるからな。それ舐めてたら、そこまで喉は乾いてねえ。残りは飲みてえ奴で分けろ。どうせすぐ昼飯だ」
「何やお前、ええ奴やな」
「お前ら、持続走の時から目立ちやがって。助けなかった俺がダセエみてえだろ」
食堂には、揃いの制服に身を包んだ上級生たちが、新入生である彼らに値踏みするような視線を注いでいたが、午前中の訓練だけで半ば精魂尽き果てた彼らは、そうした視線に反応する余裕を持たなかった。
「あかんあかん。まず、人権っちゅう概念が無いねん」とイワオは嘆いた。
ソウタもフォークの先に、豚肉か何かのソテーを弄びながら呟く。「ホンマ、飯食われへんねんけど」
「分かるけど、無理にでも食っとかねえと、この調子じゃ午後保たねえぞ」フィガロが青白い顔で言った。彼もパンを無理矢理口に突っ込み、水で流し込んでいる。「ところで、パミーナっつったか? お前は何でこんな所にいるんだ? どう考えたって向いてねえだろ」
ソウタはその言い草に抗議しようとしたが、その前にパミーナは言葉を探すようにして話し始めた。
「あの、お父さまとお母さまが、離婚するかもしれなくて……」
「嘘やん。なんでなん?」とソウタが眉を下げる。
「お前、あんまそういうことぐいぐい聞くなや」とイワオは窘めたが、パミーナは「大丈夫」というふうに首を横に振った。
「お父さまは、【昼の神官】で、お母さまが【夜の女王】だから、その、生活が行き違いになって……それで、この前、喧嘩してるのを見たの。それから、2人とも、ほとんど顔を合わせてないから、私、離婚しちゃうって思って……」
「よく分からねえな。何で親が離婚すると、あんたはこの学校に来るんだ?」とフィガロは遠慮なく問いただす。
「お前、デリカシーどないなっとんねん。オカンの子宮に忘れてきよったんか? 大体まだ離婚してへんわ」とソウタは苦い顔で言った。
フィガロは悪びれる様子もなく答える。「俺は遠回しにダラダラやり取りすんのは嫌いなんだよ。はっきり聞かなきゃ分かんねえだろうが」
パミーナは2人の険悪な雰囲気を遮って、しかし遠慮がちに言った。「私は、2人の子どもだから……私が立派になったら、2人とも、『パミーナすごいね、パミーナすごいね』って、仲良くなると思って……」
それを聞いたフィガロは、急に目頭を押さえた。「お前……やめろよ」
「いや、どないしてん……」イワオとソウタは呆気にとられた。
「いや、俺こういうのダメなんだよ。健気さっつうか……」フィガロはそう呟きながら、袖で涙を拭う。「頑張れよ、お前……」
イワオとソウタは顔を見合わせる。「結局、ええヤツやねんな」
ここまでお読み頂きありがとうございます。
『学園もの』って何だろうと考えた時に、学園内の人間関係を起点に展開するキャラクターもののお話だろうなと思いましたので、まずはパミーナちゃんと教官の性格の掘り下げと、新キャラクターとしてフィガロに登場してもらいました。
フィガロというのは、モーツァルト『フィガロの結婚』、ロッシーニ『セビリアの理髪師』の主人公からとっています。当初は軽薄な女たらしキャラにしようかと思いましたが、それもまたありきたりかというのもあって、口は悪いが人情には厚い性欲は強いという微妙なバランスにしようと考えています。
次のお話からは、こういったキャラクターギャグで進めていければと思います。
宜しければ、ご意見ご感想などお聞かせ下さい。
今後とも宜しくお願いいたします。




