28.フィオルディリージとドラベッラ①
入学から一週間と少し、20名いた同期の中からは早くも3名が脱落していた。過酷な体力練成と教官の厳しい指導、逃げ場の無い寮生活に耐えかねてのことである。
「流石に雰囲気おかしなってきたな」夜の課業を終えた寮の居室でイワオが言うと、ソウタも頷いた。
この一週間、彼らの課されたカリキュラムは常に過密だった。
朝食後すぐに持続走、筋力トレーニング、徒手格闘と立て続けにきて、昼食後はロープ昇降、障害走、野戦築城(敵の遠距離攻撃から身を守るための塹壕を掘る訓練)、夕食後は武器格闘、軽いランニング(15km)を終え、日が暮れ落ちて月が昇りきった頃、やっと寮に戻ることを許される。
もちろんこれはほんの一例に過ぎず、日によってメニューやその順序はばらばらだったが、共通するのは、1日の訓練が終わる頃には全員、死人も哀れむほどの情けない体で、寮の廊下を彷徨うことである。
「俺、こないだの休みにな──そう、お前が外出して彼女のとこ行っとった時──、上級生の人に聞いてんけど、最初の1ヶ月くらいはずっとこの調子らしいで」
「うわ、先長いわあ。この一週間だけでも死ぬほど長いのにや」
「理由聞いたら納得出来んこともないねんけどな。要はアレやて。ダンジョンの深層に、とりあえず行って帰って来れるだけの体力つけることが基本やねんて。
俺らが中層入った時みたいに、帰りの体力残ってへんようやったら、意味ないからな」
「いや、分かんねんけど、徐々にやん。誰が初日から20km、25km飛ばすねん」
「この世界じゃステータスがあるからな。考えてみ。元の世界で20km、あのペースで走れてた?」
「無理やな。運動部のそこそこやる奴でギリちゃう?」
「しかも途中からパミーナちゃんおんぶしてやで。元の世界帰るねやったら俺陸上部入るわ。ほいで、教官も言うとったけど、ここで耐えられへん奴ふるいにかけんねん。どうせ途中で辞める奴育ててもしゃあないいうことやん」
「エグいわあ。考え方がエグい」
「俺らこっちに身寄りもないから、飯も風呂もタダやいうことで何とかやっとるけど、そうでもないねやったら、残っとる奴の方が異常やで」
「みんな、何かしらワケありなんやろな」とイワオがしみじみ呟いた。「そういえば、俺らパミーナちゃんとフィガロ以外、そういう話ほとんどしてへんな。もう一週間以上経つのにやで」
「せやねん。あり得へんで。『キツいなあ』『喉渇いた』『ゲエ出るわ』くらいしか会話した記憶あれへんわ」
「そら変な雰囲気なるわ。そもそも、当初の目的はお前に彼女作ることやんけ。何してんねん。結構可愛い子おったやん。エルフの子らとか」
「いや、せやねんけど、もうみんな当初の面影残してへんねやんか。パミーナちゃんくらいやで。ずっとあの感じでおってくれんの」
「あの子ほんまええわ。ずっと可愛いわ。救われる。いや、変な意味やなくて」
「めっちゃ分かる。あんな小ちゃい子でも頑張ってんねやから、こっちもやらなアカン、助けたらなアカン思て頑張れんねん」
「ほいであの子も結局タフやしな」
「せやねん。体力はアレやけど、ぶっ倒れるまで絶対折れへんしな。教官も気に入ってはんのちゃう。あの子だけ、メスブタとか言われへんやん。例えがずっとカタツムリやねん」
「お前ようそんなん聞いとったな。いや、俺ら異世界来てちょっと期待しとったけど、お話の主人公はああいう子がなるべきやわ」
「しかも血統書付きやで」
といった話をしていると、不意にドアの外から大きな物音が聞こえ、続いて言い争う女の声が廊下を響いた。
驚いた2人が部屋のドアを開けて廊下に出ると、洗面台の所で2人の女が掴み合っている。フィオルディリージとドラベッラという2人のエルフである。
「あかんあかん、何してんねん!」ソウタは駆け寄って間に入る。
ここに入学した際に、イワオとソウタが「美人が多い」と真っ先に感じたのは、この2人の女がいたためだったが、その2人が今まさにいがみ合っていた。
2人は揃って、長く先の尖った特徴的な耳をしていて、ソウタにはそれがすぐにエルフだと分かったが、対照的なのは肌の色だった。片方のエルフ、フィオルディリージは透けるほど白い肌に煌く金色の髪を持っているのに対し、もう一人のドラベッラは日を照り返す小麦色の肌に、漆器のような黒い髪を編み込んでいる。
「外野は黙ってな!」とドラベッラがソウタを突き返す。「これはウチらダークエルフとこいつらクソエルフの問題だ」
と、その段になって気付いたが、2人の女の間には、パミーナが両手を突っ張って挟まり「あの……ケンカは、よくないので……ダメなので……」と耳をすましてやっと聞こえるような声で言い張っている。
「流石ダークエルフ。言うことに品がない」金髪のフィオルディリージがそう言うと、ソウタは彼女を後ろから羽交い締めにした。
「何を挑発しとんねん。やめろや」
そこに駆け付けたフィガロがドラベッラの方を引き離すと、その拍子に手が胸に当たったらしい。「テメエ、どさくさに胸触ってんじゃねえよ! ぶっ殺すぞ!」と激しい抗議を受けた。
「触ってねえよ。当たっただけだ。大体、胸くれえで騒ぐなよ。お前はケンカなんて下らねえもんに使う体力を明日に温存出来るし、俺は胸触れてWIN-WINじゃねえか」
「はあ? だったら触ってんじゃねえか。てめえ、表出ろ! ゼッテエ殺す!」
「それはフィガロが悪いやん。『ごめんなさい』しとき」とイワオが言うと、フィガロは何か抗議したが、一方ソウタの方も、白い方のエルフ、フィオルディリージと揉めている。
「離せ下郎。ヒュムの如き下等種族が、エルフに気安く触れるな」
「せやったらケンカすな。そういう差別的な態度がアカンねん」
「知ったようなことを。そもそも、我ら高貴なるエルフ族と、卑賎なるダークエルフを同じ部屋に入れる、この寮の部屋割りに問題があるのだ」
「そんなん初日に言えや」
「あの教官にか? 無理に決まっておろう。この下等種族は余程ものの道理が分からんと見える」とフィオルディリージは鼻で笑った。
「お前、弱気なら弱気なりの態度とれや!」ソウタも流石に苛立つ。
「とにかく、一旦落ち着こ。ケンカする2人は取り敢えず離したらええねん。ちょっと落ち着くまで別々の部屋にいとき」
フィオルディリージとドラベッラの2人はなおも闘う姿勢を崩さなかったので、ソウタとイワオはフィオルディリージをパミーナの部屋に、フィガロはまた別の同期とドラベッラを彼女たちの部屋に、力尽くで連れ去った。
「屈強な男たちに手籠めにされるー!」とフィオルディリージは叫んだ。
「喧しわアホ! お前みたいにお高くとまった女、こっちから願い下げじゃ!」ソウタもそう言い返したが、女性特有のいい匂いがすることだけは取り敢えず確認した。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
せっかく学園ものにシフトしたのに、訓練がキツいという話に字数を割きすぎてしまったので、そろそろ学園コメディを書こうと思います。
それと、いつ出そういつ出そうと思っていたエルフがここでやっと出せました。フィオルディリージとドラベッラの2人の名前も、モーツァルトのオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』からとっています。
この学園編では、モーツァルトのオペラから多く名前を借りてきていますが、私の個人的な好みとしては、実はそれほどモーツァルトが好きではありません。クラシックでいえば、器楽曲、声楽曲共に、ロマン派の音楽の方が好きです。例によって全然関係ありませんが。
よろしければ、ご意見などお聞かせください。
今後とも宜しくお願いいたします。




