25. 帝立ヘルメス騎士・魔法学園
『帝立ヘルメス騎士・魔法学園』といえば、冒険者や軍人といった、戦闘を生業とする人材を育成するための教育機関である。
隣接する3つの都市をまたぐ広大な敷地に演習場を構え、個人の戦闘技術の向上はもちろん、部隊行動を視野に入れた他職種との連携などといった実践的な訓練が施される他、校舎では魔物の特徴やダンジョンの仕組み、作戦行動の基礎などといった座学、また戦闘に必要な精神教育なども施される。
「いや、思ってたんとだいぶちゃうねんけど」夕方、寮に帰ると、ソウタはいの一番にそう言った。「何やこれ。軍隊やんけ」
「俺ら大体いっつもそうやけど、なんでこれが事前に想像出来へんねやろな。魔物と戦うこと教えとる学校が、キャッキャウフフなわけがあれへんねん」
彼らがこの学校に編入するにあたり、全く予想と違っていたことが2つあった。
まず、学校といっても、そこは戦闘にかかる訓練を積む場所、つまり軍事教練の場であって、彼らがかつていたような、甘っちょろい所ではないということだ。
そしてもう一つは、編入生というのは彼らだけではなかったということである。
「あの小ちゃい子、先生の話の後、裏で泣いとったで」ソウタが眉尻を下げる。
「かわいそやわあ。貴族の子やろ? あんなん言われ慣れてへんねん」
「いきなり放り込んできよったからな。『最初に言っておく! 貴様らの存在価値は、ババアの乳首と同程度だ!』て、俺、びっくりして、『そうなん?』て思ったわ」
イワオは力強くうなずいた。「ホンマやで。ババアに謝れや。ババアの乳首かて好んで吸いよるヤツもおるやろ」
ソウタは喉元まで出かかった「お前や」という言葉を飲み込んで、同意した。「せやで。ババア本人にとってはたった一つの大事な乳首やんけ」
「いや、二つや」
イワオとソウタを含む同期20名は、その日軍事教練の洗礼を受けた。
簡単な手続きの後彼らが教わったのは、まず『不動の姿勢』と呼ばれる、いわゆる『気を付け』の姿勢である。その後教壇に立ったのは、軍人上がりの教官で、彼らは、その教壇の上から止むことなく怒鳴り続ける教官の話を、不動の姿勢のまま聞き続けなければならなかった。
1時間に及ぶその講話の主な内容は、「お前らはクズだ」ということだった。これは、かつての世界でも、多くの軍隊が実際に採用している手法である。武器を扱う軍隊という組織にとって、最も重要なのは『規律』だ。そして厳しい規律は『徹底的な服従』の上に成り立つ。これを養成する下拵えとして、個人の自尊心を一つ一つ丁寧にへし折るのである。
「まあ、全寮制で、住む所は前よりだいぶマシやし、飯も出るからええけどな」イワオは定規で引いたように畳まれた布団を広げながら言った。
彼らはこの異世界に来て以来、これまでの常識、知識や経験が何の役にも立たないという挫折を味わってきた。そういう意味において、この訓練の第一段階である精神的な洗礼はすでに終えていたと言える。
「せやな。半分くらい女子おんのも、不幸中の幸や」
「こんな所やと逆に意外やけどな」
この世界の人たちにとって、戦うことは何も男性に限られた義務ではない。女性の方がむしろ、魔法の素養を示す者が多いためだ。また、この世界の人たちにとって、戦うことはごく身近なことだった。1つには、貴族がその勇気と栄誉を示すため、もう1つには、食い詰め者が日銭を稼ぎ、あわよくば成り上がるため、この世界の多くの人は、魔物と戦うのである。
教官の罵倒には、少なくともこの学園内において、身分の貴賤は通用しないということを、特に貴族の子息に向けて発信する役割もあった。
不意にノックの音が鳴った。それは、いかにも気弱で、控えめな鳴り方だった。
「あい」とソウタが気の抜けた返事をする。
開いたドアの隙間から顔を出したのは、身長150cmにも満たない、背の低い女の子だった。肌が白く、ぷっくりとした頬に赤みが指している。
「あの……こんばんは」と少女はこれもまた気弱な調子で言った。
「こんばんは」とイワオとソウタも返した。
「さっきは、その……慰めてくれて、ありがとう。その、お礼を言おうと思って、それと、お名前をまだ、聞いていなかったので……あの、私は、パミーナです。パミーナ・フォン・ナハト」
教官の1時間に及ぶ講話の後、教室の陰でしくしく泣いていた女の子である。ソウタはその時、気の毒になって二言三言励ました覚えがある。
「いや、そりゃわざわざ……」とソウタは恐縮しながら名乗った。「俺はタカマツ・ソウタや。あ、俺らの場合苗字が最初にくんねん。せやから、ソウタでええよ。こっちのデカいのはゴズ・イワオや」
「イワオでええ。せっかく来てもうたのに、出すもんなんもないなあ。ソウタ、飴ちゃんとか持ってへんの?」
「ああ、干し葡萄ならあるけどなあ。食える? レーズン」とソウタは背嚢の中をゴソゴソやって、その中の皮袋を取り出して中身を広げた。「レーズンあかん人結構おるからなあ。俺も子どもの頃嫌いやってん。レーズン好きな奴も嫌いやったからな。ある時急に食えるようになってから大好きになってん」
「あ……いや、そのそんな、お構いなく。あ、そうじゃなくて、私もその、お礼に、お菓子を持ってきたので……」と言って、少女が手に持った紙袋を差し出した。
「いや、何を気い使てんねん。こんなん、同期やねんから、これからも助け合っていくねんで。お礼し合ってたらキリないで」と言いながらも、紙袋を差し出す姿勢から頑なに動こうとしないパミーナの意志の固さに屈し、その紙袋を広げた。中身は干し葡萄だった。「一緒やないか」
「あの……ごめんなさい……私……」
「ええねんええねん。怒ってんちゃうから」とイワオが擁護した。「俺ら育ちが悪いさけ、ちょっと言葉キツいかもせえへんけど、そないかしこまらんでええ」
「まあ、座り。一緒に食べよ」とソウタは部屋に備え付けの椅子を引っ張って勧めた。「お歳はなんぼなん?」
恐る恐る差し出された椅子に腰掛けたパミーナは、恐る恐る答えた。「あの、15歳」
「嘘やん。俺らと1個しか変わらんやんけ」
「せやけど、なんでそない小ちゃい子が、こんな所来てもうたん?」とソウタは尋ねた。
「あの、両親が、魔法使いなんです。お母さまは、【夜の女王】コンスタンツェ・フォン・ナハト、お父さまは、【昼の神官】ザラストロ・フォン・タグシュバー……」
イワオとソウタは、それが彼女にとってどの程度深刻な、あるいは重大なことなのか、何も察することが出来なかった。しかし、【冬の魔女】バーバ・ヤーガがそうであるように、いわゆる通り名のようなものがあるということは、彼女の両親が、どうやら一通りでない実力者であるらしいということを想像したのに過ぎない。
従って、彼らは腕を組み、低く唸るような声を揃えてこう言うのである。
「なるほど」
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回から本格的に、学園ものにシフトするにあたって、実際に冒険者や騎士などを育てる学校があったとしたら、雰囲気としては軍隊の新隊員教育に近くなるのではと想像して書いています。
この学園を『帝立』としたのは、お話にあまり関わりのない部分なので深く説明していませんが、彼らのいる場所が帝都である、つまり、この世界が『帝国』の中に多くの諸侯が領邦国家を治めているという政体に設定しているためです。
今回のお話に登場しましたパミーナは、モーツァルトの有名なジングシュピール(オペラみたいなヤツ)『魔笛』のヒロインです。
パミーナの母親が『夜の女王』というのは原典のままですが、彼女には名前が無いので、世界三大悪妻に数えられるモーツァルトの奥さん、コンスタンツェの名前をあてました。またザラストロというのは、原典では夜の女王の宿敵ですが、そもそも『魔笛』というのはあまり作りの良くない話で、結局夜の女王がザラストロに何の恨みがあるのかは不明なので、実は夫婦だったりしたら面白いなと勝手に改変しています。
全然関係ない話ですが、私は口笛を吹くのが得意で、この『魔笛』の『夜の女王のアリア』をかなり上手に吹きます。
といったところで、ご意見ご感想などありましたら、是非お聞かせ下さい。
今後とも宜しくお願いいたします。




