22.Diver down②
「クソ……ここでかよ」と吐き捨てるように呟いて、グラハムはソウタとイワオの袖を引いた。「悔しいが、本当に、噛み締めた奥歯がブチ折れそうだが、事情が変わった。引き返すぞ」
「いや兄さん、だって、すぐそこですよ」ソウタが食い下がる。
「ダメだ」とグラハムは言った。「魔物の大量発生だ。二層、三層ならいざ知らず、ここでのスタンピードはマジで命に関わる。中層でもこれが起きていれば、降りた時点で終わりだ」
「嘘やん……」とイワオも呟く。
「あの中級の連中も、この状況じゃ高位の足手まといだ。この階層まで来りゃ十中八九お前らの勝ちさ」
ソウタとイワオには、その言葉が直ぐには理解出来なかった。音は聞こえるが、意味が頭に入ってこない。
しかし、状況は彼らの理解を待ってはくれなかった。「グラハム! ダメだ、抑えきれない! そっちに魔物が抜けるぞ!」
その声が聞こえたかと思うと、続いてばたばたと忙しない羽音が、折り重なるようにして迫ってくる。
「クソが……」グラハムは剣を抜くと、指示を叫んだ。「インプだ! 小せえから俺のところも抜けるぞ! 魔法を使う前に叩き落とせ! 鶏ガラみてえな人差し指を立てたら魔法を使う兆候だ!」
蝙蝠のような羽を背から生やした赤ん坊のような魔物が、グラハムの頭上を抜けたのは、それから間もなくのことだった。
何十匹というインプの死骸がグラハムの足元を転がっては消える。それを尻目にさらに10匹、20匹が殺到し、洞窟の岩壁を塗り潰していく。
そして間も無く、ソウタとイワオは、致命的な光景を目の当たりにした。
大挙した何十匹というインプが、一斉に人差し指を立てたのである。
「『プロテクション』!」イワオは叫んだ。
イワオはこの防御魔法が、どのように発現したか確認することが出来なかった。直後爆風に煽られ、五十一階層へ続く竪穴の底へと、真っ逆さまに落ちていったからである。
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「イワオお前、ゴッツいで」ソウタの声で、イワオは目を覚ました。「お前の魔法、兄さん守ったで」
「ホンマ?」イワオはおぼろげな意識で、恐る恐る聞いた。
「マジや。一人ずつ囲って、魔法避けよった」
イワオはその光景を想像して、それからハッと、声を上げた。
「ちょお待て、ほだらなんで俺とお前はここ落ちとんねん。兄さんホンマは吹っ飛んだんちゃうんか。お前、俺を落ち着かそうとしてフカシこくなよ」
「ホンマや。俺も吹っ飛ばんかった。兄さんもや。俺は後から降りて来たんや。ただな……」ソウタはそこまで言って、目を背けた。
「何やねん」と身体を起こしかけた時、激しい痛みで思わず悲鳴を上げる。見れば、新調した胸当てが消し飛び、それがあったはずのところに深い裂傷が出来ている。「アカンやん! 俺、死んでんちゃう?」
「生きとるわ。お前、魔法使えや」
「ああ……、ああ! せやったわ。『ヒール』!」胸の傷がみるみる塞がっていくのにつれ、イワオは落ち着きを取り戻していった。「いや、なんで俺だけ守られへんねん。おかしいやんけ。俺の魔法やぞ」
「知らんけど、ちょっと失敗してもうたんちゃう?」
「クソ、何やねん」と、その時、ひたひたと足音が聞こえて、2人は息を飲んだ。「念のため聞くねんけど、ここ、何層?」
「五十一階層や」
「足音聞こえんねんけど、俺だけ?」
「いや、俺もや。俺、よう見らんねんけど」
2人は顔を見合わせ、タイミングを図って足音のする方へ顔を向けた。
「ニワトリやな」とイワオは言った。大きな鶏が一羽、こちらを窺っている。
「いや、尻尾ヘビやん」
「何やコイツ」
「コカトリスや。突かれたら石化すんで」
「どういう仕組みやねん。どうする?」
「いや、やるしかあれへんやろ」
「せやんな」イワオは地面を手で探った。戦斧の柄に触れ、握る。「ここまで来たんや。チートも何もあれへんカスやけど、みんなが連れて来てくれたんや。やったろやないけ」
「もう、勝負とかどうでもええわ。あの鶏シバいたらんと、ここまで連れて来てくれた人らに顔向け出来んのんじゃ」
「よっしゃ! バッツーンいったんでコラぁ!」
コカトリスの羽は硬く、ソウタの矢も、イワオの戦斧も通らなかったが、2人は幾重にも攻撃を重ね、そのトサカが弱点であることを突き止めると、ついにこれを討ち果たした。
そこへ、けたたましい鶏の鳴き声が、十重二十重に重なって、身の毛もよだつような羽音とともに、一斉に押し寄せた。『スタンピード』は、やはりここでも発生していたのである。
「これは流石にあかんのんちゃう?」ソウタはイワオの顔色を窺う。
「もう、魔石一個取ってんから、逃げたらええやんけ」
「ところが、縄梯子がインプの魔法で落ちてもうてん」
「嘘やん」
コカトリスの群れはそうする間にも、彼らを取り囲み、徐々にその包囲の輪を狭めていく。
「しかも悪いことに、左腕が石化してんねん。弓が使われへん」
見ればいつの間に受けたものか、ソウタの左前腕に引っ掻き傷のようなものがあり、その傷口を起点に、皮膚が肘まで硬く灰色がかっている。
「ソウタ、俺の後ろにおれ」
「アホ。無理や。前出るわ。嘴だけ気いつけや。尻尾だの脚だのは、もろても回復したらええねん。嘴だけはあかん」そう言うと、ソウタは駆け出して先頭の一羽のトサカを狙う。しかし動きの素早いコカトリスは、これを躱して強靭な尻尾を振る。
防壁を張ってソウタを守るイワオのすぐ脇にも、また別のコカトリスが嘴を突き出す。これを戦斧で防ぐ間に、その頬を尻尾の一撃が捉えた。
イワオはコカトリスの群れの中へ放り込まれ、ソウタの左腕は肩まで石化し、どの拍子にか、上腕の辺りから亀裂が走っていた。
「イワオ! 俺の腕、ヒビいってもうてんけど!」
「すまんソウタ! そっち行ってやれへん!」
彼らはそれでも必死に抗った。戦斧を振り、剣を突き出し、倒れた敵の死骸を踏みしだいて、前も後ろも分からない嵐のような害意の中を、無二無三に斬り結んだ。
ソウタなど、遂には取り落とした剣の代わりに、石化して割れた落ちた腕を掴んで魔物の頭を叩き割ったが、ふと視線を上げると、見渡す限りに、金属のように硬い羽毛と、うねりのたうつ蛇の尻尾とが、一分の隙もなくひしめいている。
「こらアカンわ……」
「アホお前、諦めんなや!」イワオはそう叫んで、ソウタの周囲に防壁を張ろうと魔法を唱えたが、その声は岩壁の間を虚しく響いたきり、それさえ間もなく魔物の嘶きに掻き消された。魔力が切れたのだ。「クソっ……」
イワオが肩を落としたその時である。
────『地獄八景亡者戯』────
聴き慣れた、美しい声だった。
その声が聞こえた瞬間に、洞窟の床、岩壁、無数のコカトリス、今まで彼らを苦しめてきたもの全てが、音もなく消えた。後には、果ての知れない寂寞とした闇の中に、自らが寄る辺なく浮かんでいるのを、おぼろげに知覚出来るばかりである。
イワオの意識は、そのまま深い微睡の底へと沈んでいった。
────「我が婿を害する者、奈落の底へ沈むがよい」────
イワオは消え入るような声で「ここにおる人みんな、救ったってくれ」と願った。
因みに、クレッグとカーターの2人は、後方支援の女を欠いて、足手まといにしかならず、このはるか手前、三十階層付近で、とうに撤退していたそうだ。
この日、洞窟型ダンジョン『ヘカテー』は、この世界から消えた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回のお話は、彼らの勝負のために沢山の協力を得て、彼ら自身も頑張るんだけど、肝心のライバルは早々にリタイアしていたというのと、強い魔法使いが恋人のためにダンジョンそのものを消しとばしてしまうという、二重のオチだったのですが、ダンジョンで頑張る方に力を入れ過ぎて、読み返すとオチが弱すぎて自分でもびっくりしています。
特にクレッグとカーターの2人は、一度ブラウザを閉じると名前を忘れてしまいます。
『地獄八景亡者戯』というバーバ・ヤーガの魔法についてですが、私には、こういう書き物をしている時、必殺技の名前を考えている自分を俯瞰して恥ずかしくなってしまうという致命的な欠点があって、地名や魔法の名前はほとんど引用です。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、これは落語のタイトルで、初めて見た時「何て強そうな落語なんだ」と驚いて、いつか必殺技の名前にしてやろうと思っていました。
『八景』を『ばっけい』と読むところがめちゃくちゃカッコいいと思っています。
鯖を食べて食当たりで死んだ主人公が、地獄を見て回る話ですが、その地獄の描写を時代時代の時事ネタでイジるという内容の落語です。
宜しければ是非ご覧になってみて下さい。
そして感想はこちらへ。
今後とも、宜しくお願い致します。




