20.全面戦争
酒場で中級の冒険者と揉めた日から一週間後の朝、洞窟型ダンジョン『ヘカテー』洞口付近には、ちょっとした人だかりが出来ていた。
件の酒場には冒険者も多く出入りしていて、この騒動は思ったより詳細に伝わっていたらしかった。
それは単に「跳ねっ返りの駆け出し冒険者が格上に噛み付いた」というばかりでなく、「浅層で活動するベテラン冒険者を侮辱した若手の中級に対し、初級冒険者が異をとなえた」ひいては、「浅層のベテランと、いけ好かない若手中級の代理戦争」などと大袈裟に吹聴して回る者さえいたらしい。
「忘れ物ないか?」ソウタは地べたに腰を下ろして背嚢の中身をゴソゴソとやりながら、イワオの顔を見上げた。
イワオは、彼らが来た街の方を静かな表情で見据え、腕を組んだまま言った。
「来よったで」
イワオの視線の先を見ると、遠目にも手練れと分かるものものしい装いをした者たちが5人、ある者は腰に剣を佩き、またある者は弓を担いで、甲斐甲斐しい甲冑の関節をがちがちと鳴らしながら歩いて来る。
「おれへんやん」とソウタは呟いた。と、その一団の後ろに腰を低くしながら2人、牡丹の花の装飾のある胴鎧を付けて、細身の剣を腰に提げたのと、胸当てに手甲、腰と胸に数本のナイフを差した軽装の男とが、決まりが悪そうに付き従っている。
先頭を歩いていた屈強な剣士が、洞口近くの人だかりを認め、首を傾げた。「何だ。この人だかりは。今日は何かあったか?」
「アイツら、事情言うてへんな」イワオは呆れたように言う。
「下っ端の下らん喧嘩に付き合うてくれる高位冒険者なんておれへんのやろ」
一団の後ろにくっ着いていた2人が、イワオとソウタに気付くと、ハッとしたように屈めていた腰を伸ばして胸を張り、まるでその高位パーティーの一員であるかのように振る舞い出した。
「よお」イワオは彼らの通りがかりに、それと分かるように声をかけた。「絵に描いたような腰巾着やな」
2人の男は答えなかった。
「クレッグ、知り合いか?」と一団の弓使いが、牡丹の胴鎧に尋ねる。
「ええ、まあ……」と曖昧に返事をする剣士にソウタは聞いた。
「あの女はどないしてん」
酒場でこの剣士が必死に気を引こうとしていた、いけすかない気取った女が見当たらない。
「抜けたよ」と軽装の斥候の方が、立ち止まって答えた。
ソウタとイワオは声を上げて笑った。「ダッサいとこ見られて愛想尽かされてんねやろ! ザマァみさらせ! あの気取った女にも『何ええ女風に脚組んどんねん、ええとこ並の下じゃ』くらいのこと言うたれや!」
クレッグと呼ばれた剣士は忌々しげに顔をしかめる。「もういいかな。僕らは忙しいんだ。浅層をいつまでもウロウロしてるわけにはいかないんでね」
「心配すなや。ケツの穴は中層まで開発済みやんけ」ソウタは嘲笑った。
「その汚い口、ここで塞いでやろうか」と斥候が凄む。
「やってみろや」イワオが戦斧を担いだ。この一週間、ダンジョンに潜りまくって調達した新しい武器だ。
「おい。何モメてんだカーター。置いてくぞ」と高位の1人が声をかけると、斥候は地面に唾を吐いた。
「お前ら、二層までしか潜ってなかったんだってな。よくあんな大口叩いたもんだ。お弁当はちゃんと持って来たのか? 怪我しないようにピクニックでもして帰れ。お前らの慕うロートルどもと一緒にな」
周囲の人だかりが騒めく。
「いつの話しとんねん。『男子三日会わざれば』って言葉、こっちには無いんけ?」とソウタは笑った。
「あの人らが浅層で魔物狩ってくれはるから、俺ら初級は安全に経験積めるし、高位も楽に深層潜れんのじゃ。高位のケツにくっ付いとるだけの金魚のフンが、偉そうな口きくなボケ」
斥候は鼻で笑った後で、改めて地面に唾を吐くと、思ったより味方の一団と距離が離れていたことに気付き、慌ててその後に追いすがって行った。
「クレッグとカーター。名前覚えたぞ。まあ、すぐ忘れるやろけどな」
「ほな、行こか」イワオは背嚢を担ぐ。
「全面戦争や」とソウタも腰の剣に手を当てた。
「2人ずつしかおれへんのに全面て」
と、周囲の人だかりがごそごそと一斉に動き始めた。
見れば皆、手に手に得物を執って、戦でも始めるかのように殺気立っている。
そこへ、慌てて駆け寄って来る者たちの影を認め、ソウタは声を上げた。
「兄さんら!」
「よう! 準備に手間取っちまった。行くぞ!」とその人物は快活に言う。腰に剣を提げた中年の剣士と、戦斧を担いだ戦士、何色と言っていいのか分からない、くすんだ色のローブを被った魔道士である。
「いや、『行くぞ』て、兄さん。どないしはったんスか」
「アイツらだって、高位のケツにくっ付いて行くんだ。お前らが2人だけで行かなきゃならねえ道理はねえだろ」
「そういうことだ」と人だかりの中から、これもまた見るからに屈強な男が1人、進み出て言った。見れば、彼らが件の居酒屋にいた時、カウンターで見た覚えのある、額に傷のある男だ。「アイツらが2人だけで勝負するつもりなら、手出しする気はなかった。その方が勝敗がはっきりする。他のパーティーにくっ付いて行くのも、別に卑怯だとは思わねえ。ダンジョンってのはスポーツじゃねえからな。だが、俺たちがお前らに肩入れするのも別に卑怯じゃねえ」
ソウタは緩みそうになる口元を押さえながら呟いた。
「ホンマに全面戦争やんけ」
洞窟型ダンジョン『ヘカテー』は、彼らの勝負をその腹で味わおうと、縦3メートル、幅8メートルに及ぶ巨大な口を開けている。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
本当はこのお話の前に修行編を入れようと思ったのですが、半分くらい書いてみて全然面白くなかったのでカットしました。
お話の展開について、私は共産主義者ではありませんが、小林多喜二『蟹工船』みたいに、労働者が悪辣な資本家に立ち向かうであるとか、民衆が支配者に立ち向かうであるとかいったプロレタリア文学的な展開が好きです。
ただ、これは資本家と労働者、あるいは支配者と民衆どちらにも言えることでしょうが、お金持ちがお金持ちであるという理由だけで悪いわけではなくて、資本の多寡や立場の上下と、人間性の優劣を混同した時、そこに悪性が宿るのだと思います。
今回のお話で言うと、『ダンジョンに深く潜れる』という直線的な基準に基づいて、浅い層で活動していた冒険者たちを若手中級の冒険者が軽んじたというところに悪性を宿したつもりです。
また、人の心を動かして、たくさんの仲間を得ることも、また評価されるべき能力の一つなのだとも思います。
宜しければ、ご意見などお聞かせください。
今後とも宜しくお願い致します。




