13.転移者は旧世界への帰還を目指すべきか
餃子を作るつもりで彼らが作り上げた料理は、小籠包だった。
「まあ、結果オーライやな」井戸で汲んだ水で蒸し器をすすぎながら、ソウタは言った。
「せやな。あとはニラが手に入ればちゃんとした餃子も作れるんちゃう」
「あとは釜戸やで。今まで外食しかしてへんかったから、自炊に必要な設備がないねん」
「ドワーフの職人に頼めば作ってくれるらしいで。金は要るやろけど」
「ええやん、ドワーフ。会いたいわ。小っちゃいおっちゃんやろ?」
「ところで、気になってんけど」すすぎ終わった蒸し器を掴んで家に戻り、中で待っていたバーバ・ヤーガにイワオは尋ねた。「『空間魔法』と『召喚魔法』を組み合わせて、バーバ・ヤーガの家から俺らの家に物運べんねやったら、この家から俺らが元いた世界に帰ることも出来るんかいな」
バーバ・ヤーガは少し驚いた表情をして、それから俯いた。
「出来ない」
「そうか」
「そらお前、帰ってもうたら離れ離れやんけ。出来ても出来ん言うわ」
「妾を舐めるな、下郎」とバーバ・ヤーガはソウタを睨む。
「その『下郎』ってやめようや。ホンマ苦手やそれ」
ソウタの抗議には耳も貸さず、彼女は続けた。
「もし我が婿を元の世界に返せるならば、妾もついて行けば良いだけの話だ。しかし、妾には、其方らの元いた世界、その星、その国の座標が分からぬ。何処から何処へ運べば良いのか分からぬ限りは、運ぶことは出来ぬ」
「そらせやわ」とイワオは頷いた。
「元の世界に帰りたい?」とバーバ・ヤーガは不安げに尋ねる。女性にしては大柄な彼女の姿が、ソウタには幾分小さく見えた。
「それが意外に、そうでもないねんな」イワオはあっけらかんと答えた。
「ああ、分かる。なんでやろな。思えば俺ら、異世界来てもうた時も、『別に』って感じやったわ」
「せやねん。俺ら別に、元の世界でいじめられとったわけでもないし、エグい感じで仕事させられとったわけでもないねんけど、じゃあ、どうしても帰りたいってほど元の世界になんかあるかっちゅうと、そういうわけでもないねんな」
「まあ、一言で言うと、おもんないねん」
「それやわ。清潔やし安全やし、便利やけど、全部出来上がってもうてて、もうどうしても俺らがやらなあかんことなんて無いって感じやねんな」
「自分自身のことでさえ、国の偉い人らがなんとかしてくれはんねやろ、みたいな感じや」
「まあ、有り難いことなんかもしれんけど、オモロいことはあれへんわ」
「その点、ここじゃ少なくとも自分のことは自分でやらなしゃあないし、それが案外丁度ええねんな」
「前の世界でも、そうやって何かにやり甲斐見つけてやっとった人らもおんねやろけど、俺らはそうではなかったっちゅうことやんな」
「そう考えれば、別に世界がどこかは関係あれへんねん。自分の置き所が見つけられるかどうかやな」
「お前、家族は?」とイワオは聞いた。「彼女とかおったやろ」
彼らには、元の世界に帰る強い動機になるほどの事情も地位も財産も無かった。あるとすれば、人と人とのつながりである。
「家族かあ。まあ、母子家庭やし、俺がおらんくなったら、オカンは心配すんねやろけどな。どの道、大人んなったら、家なんて出るわけやん。彼女もおったけど、お互い妥協で付き合うてたようなもんやし、そもそも大人んなって将来コイツと結婚するなんてお互い思てへんわ。おらんかったらおらんかったで、別の男見つけるやろ」
「エラい、ドライやな」
「そんなもんちゃう? お前は?」
「俺んとこは、家族が全然アカンしな。俺んとこ、親父もお袋も背小さいねん。俺だけめちゃデカなって、多分親父、俺が自分の子やあれへんて疑ってんねんな。けど、背も小さければ気も小さいから、お袋にそれ言われへんねん。
せやから家ん中で会話もあれへんし、めっちゃ居心地悪かってん。異世界来て丁度ええわ」
「うわ、最悪やな。結局、なんやかんやこっち来て良かったんちゃう」
「せやねん」とイワオは言って、バーバ・ヤーガの肩を抱いた。「俺は女と妥協で付き合えへんしな」
「お前らもう、結婚せえや。鬱陶しいねん」ソウタが吐き捨てるように言うと、バーバ・ヤーガは顔を赤らめた。
「俺が、もう少しまともに稼げるようになったらいう話してんねん。この人の力があれば2人食うてくくらいの金稼ぐのなんてワケない言うねんけど、そこは男の甲斐性やんけ」
「古風やな、考え方が」
「妾もそう言ったが、我が婿はこう言ってきかんのだ」
「もう、勝手にしたらええわ」
「そのためには、仕事仲間である其方にも強くなってもらわねば困る」
「俺を巻き込むなや」
「お前かて、ここで彼女作ってそれなりにやってくには強ならなアカンやん。Win-Winやろ」
「まあ……せやな。結局それやねんな」
「それならば、そろそろ転職を考えるべきではないのか?」とバーバ・ヤーガが言った。
「俺らみたいなん、雇ってくれるとこあるか? 何やるねん。中華料理屋さん?」ソウタは首を傾げる。そもそも、フリーランスの冒険者というのは職業と呼べるのだろうか。
「いや、そうやなくて、ジョブを変えた方がええんちゃうか、いう話やん」
「ああ、忘れとったで。そういうルール」
「頼むでホンマ」
「せやな。ほんならハロワ行こか」
そうして彼らは日を改めて、今度こそ、本来の用件で転職神殿に赴くこととなった。
「チートスキルでもあれば一発やねんけどな」バーバ・ヤーガが帰った後で、ソウタは言った。
「無いもん、あーだこーだ言うたかてしゃあないわ。俺らはこうやって、地道に一個ずつやってくしかないねん。かえって、全部出来上がってもうてるよりええんちゃう?」
「まあ、そういうもんか。ところでお前、彼女と住まんくてええの?」
「いや、まあ、せやねんけどな……」とイワオは言い淀んだ。
「何やねん」
「結構、キツいねん」
「何が?」
「夜が」
「お前ホンマ、ええ加減にせえよ」
この一月のうちに、彼女を作る。ソウタは固く心に誓った。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回は、「異世界に迷い込んだ人は、元の世界への帰還を志向するか」ということを自分なりに想像しました。
当然個人の抱える事情によって、方向性は違うでしょうが、自分の身に置き換えると、友達や恋人がいたとしても、案外本文中に書いたような感じで、異世界に留まることになるかもしれないな、と思って書きました。
あくまで、衣食住がある程度満たされて、身に迫る危険の度合いが本文中程度のものであれば、という前提ですが。
一部では、「異世界転移は旧世界への帰還を第一義にしなければ、リアリティを欠く」というような意見もあるようですが、個人的には上記のような条件下では、異世界に留まる選択もリアリティを損ねないと考えます。
それともう一点、「彼女のいるイワオが何故、女のところに転がり込まないのか」という点について、「彼女の性欲がエグ過ぎるから」という説明をこの部分で加えました。
この説明が本作では一番重要だと考えています。
こういう説明パートを面白く書けるようになることが今後の課題です。




