12.冬の魔女、その力の一端
「餃子と焼売やったら、どっちやねん」単独の採集依頼から帰って来たイワオが尋ねると、ソウタはほとんどノータイムで答えた。
「10:0で餃子やわ」
「嘘やん。半々で悩むラインのつもりで言うてんけど」
「勝負になれへんわ」
「うわぁ、焼売の肩持ちたなってくるわ。けどなあ……」
「何やねん」
「いや俺、普段は僅差で焼売やねんけど、ジャスト今の気分だけで言うたら餃子やねん」
「まあ、あるわ。そういうことも」
「正直、屋台の飯も飽きたやろ。美味いもん食いたない? そうなったら、やっぱり餃子やねんな。焼売も美味いねんけど、やっぱインパクトは餃子に軍配やわ。羽付きのな。皮がバッリィいうて、肉汁ジュッワァなって、ニンニクの匂いがムッワァなんねん」
「お前ほんま、どないしてくれんねん。口が完っ全に、餃子しか受け入れへん体勢に入ってもうたやんけ」
「俺もやねん。こないだ、オーク退治してんやんか」
「ああ、魔術師の人が魔法で挽肉にしよった時な。エグかったで。何お前、あれで餃子食いたなったん? 『あれ、餃子の皮に包んで焼いたったら美味そやなぁ』って? 怖っ。サイコやん」
「いや俺、あん時横からゴブリン来よって、オークがやられるとこ見てへんかってん。後でその結果の挽肉だけを見たわけや。して、それも魔物やからすぐ消えてしまいよるやん。挽肉の印象だけ頭に残ってるねん」
「元がオークやで。そうはならんやろ」
「いや、現実なってもうてんから、そこはもう、しゃあないねん。それでな、コレや」イワオは腰に提げた袋から、紙包を取り出す。
「何?」
「挽肉や」
「お前、なんで一旦オークのこと思い出さすねん。ほいでお前、肉だけあったかて。皮とかどないすんねん」
「俺がこれまで、何もせんとおったと思っとんか」
「いや知らんやん。何やねん」
「用意してるっちゅうねん。パン屋のおっちゃんに頼んでな、『こういう感じの生地作ってくれ』言うてんねん」
「その皮がどこにあんねん」
「もうすぐや」とイワオが言うと、丁度そのタイミングでノックが鳴った。
そこから現れた女に、ソウタは身構えた。【冬の魔女】バーバ・ヤーガだ。強大な力は畏怖と崇敬の対象であり、その存在は『冬』という概念の神話的表現とされる、千年の時を生きる魔女である。
彼女は最近、人の家に入る時はノックすることを覚えたらしい。
「イワオさん、これ……」女は紙袋を差し出す。
「ありがとうな」とイワオは軽く礼を言って、その紙袋を受け取り、中を検めて「おお、餃子の皮、ぎょうさんあるやん」と歓声をあげる。
「お前、誰をお使いに出しとんねん」
「黙れ下郎」バーバ・ヤーガはソウタを睨む。ソウタは直ちに口をつぐんだ。「これが如き些事、妾の手によらば造作もないわ。その気になれば国中の農奴どもより作物を全て差し出させることも難くない。されど、未来の我が婿、その御心深きを以て、ギョウザなる料理の材料のみをほんのわずか集めたのだ」
「いや、ホンマ、有難う」とイワオが言うと、バーバ・ヤーガは急激に語気を弱めて、もごもごと口籠った。
テーブルに餃子の皮を取り出す。
「いや、デカない?」ソウタは思わず声を上げた。普通の餃子の皮の倍はありそうだ。
「この世界の人、餃子知らんからな。まあ、デカい餃子作ったったらええやんけ」
「まあええわ。まずはタネやな」とソウタが頷くと、バーバ・ヤーガは目の前の、何もない空間に、水平に指先を動かした。
彼女の指先が輝き、その軌道が図形を描く。バーバ・ヤーガがその下に、木製の大きなボウルを差し出すと、図形の中から唐突に、バラバラと何かが落ちて山を作った。見れば、野菜のみじん切りである。
そこにイワオの持ってきた挽肉を入れ、混ぜる。
「これ、タネ足らんのんちゃう?」とソウタはイワオをうかがった。
「せやなあ。皮余すなあ」とイワオが腕を組むと、バーバ・ヤーガは再び指で図形を描き、そこから小さな鉄の鍋が現れた。
「こういのを、混ぜたらどうかと思って……」鍋の蓋を開けると、そこには白いゼリー状の物体が窓から入る陽の光を照り返している。「鶏の骨を煮た、煮こごり……」
「めっちゃええやんけ! 熱でスープになんねやろ。こんなん見たことあるわ。これ混ぜたったら、ジューシーさがどエラいことになんで!」
「そ……そうか……?」ソウタの歓声に、バーバ・ヤーガは恥ずかしそうにうつむいた。
「けど、餃子の口から漏れるんちゃう?」イワオが言うと、3人は、めいめいに考え込んだ。
「下から上に包んだらええんちゃう?」
「そうか。袋状にして、上で口を閉じるのだな。下郎にしては良い考えだ」バーバ・ヤーガが頷く。
木の器に、玉ねぎと長ねぎ、生姜のみじん切り、挽肉、鶏の煮こごりを混ぜ合わせ、3人でせっせと皮に包む。
「その、何も無いところから物出すやつも魔法なん?」とイワオが尋ねると、バーバ・ヤーガは頬を赤くしながら、答えた。
「ええ……空間魔法と召喚魔法を組み合わせたもので、任意のものを、空間を超えて精霊に運ばせるの」
「めっちゃ便利やん」とソウタが言うと、バーバ・ヤーガは餃子のタネを皮に包みながら、得意そうに鼻で笑った。
「こんなものは、妾の力のほんの一端に過ぎぬ」
「俺にだけ、その口調でちょっとずつマウントとってくんの何なん? 別に勝とうとしてへんわ」
「ふん……。これを焼く時、一緒に炎に巻かれぬよう精々気を付けるのだな。其方が如き虫けら一匹巻き込まぬよう気を配るには、妾の炎は強過ぎる」
「せやったらアカンやん。ウチ、コンロ無いで」イワオが頭を抱える。完全にバーバ・ヤーガの炎の魔法をアテにしていたらしい。
聞けばバーバ・ヤーガは、その膨大な魔力で炎を起こすことは可能だが、力が強過ぎる上に専門外の魔法であることもあって、コントロールがきかないそうである。向こう三軒両隣を全焼する火力が最小だった。
「炎の魔石がある。だが、お湯を沸かす程度の力で、焼き料理には少々弱い」
「マジか。ここに来て?」ソウタは頭を抱えた。
「水餃子か?」
「いや、スープがもうあれへんで。せや、蒸し餃子があるやんけ」
「それや!」
2人はバーバ・ヤーガに、蒸し餃子というものを説明した。
「それであれば、藤の木で編んだ籠がある。蒸し器にするには良かろう」とバーバ・ヤーガは蓋のついた円筒形の籠を魔法で呼び出した。
餃子の皮で袋状に包んだものを、蒸し器の中に並べていく。
炎の魔石で沸かした鍋の上に蒸し器を重ね、蒸すこと10分。
彼らは顔を突き合わせて蒸し器の蓋を開けた。
半透明に透ける皮の中に、肉と野菜の色合いが透けて見える。誰の喉からともなく、生唾を飲む音が鳴った。
「めちゃ美味そうやな」ソウタは呟いた。
「もうアカンわ。食おうで」イワオはその一つを箸で(これは彼らがこの世界に来て間もなく、森の木の枝を削り出して作ったものだ)で摘み上げた。
柔らかく弾力のある皮が、具とスープの重みでタプンと揺れた。
「これ、噛んだら汁溢れよんで。スプーンやイワオ!」ソウタは棚から慌ててスプーンを3つ用意し、各々に配る。
それから3人は、まるでお互いを牽制するように顔を見合わせながら、ほとんど同じタイミングで、その料理を口に運んだ。
「うまっ! うんまっ!」
「熱っ! 口ん中、持ってかれんで!」
ソウタはふと、バーバ・ヤーガの顔を伺った。自分たちの世界の料理は、この世界の人たちに受け入れられるのだろうか。
「美味しい……」とバーバ・ヤーガは呟いた。「イワオさん、あなたと居ると、新しい気持ちが沢山生まれる。妾はそれが、嬉しい」
ソウタは、その光景を見て初めて、この常識外れな魔女と、友人との関係を祝福する気持ちになった。そして、一つだけ、どうしても抑えられない衝動に駆られて口を開いた。
「これ、小籠包ちゃう?」




