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第七十五話 常識は通用しない

「凄い人だかり……」


 眼前に広がる景色には人、人、人。

 花耶も思わずびっくりしていた。

 俺個人の本来の旅の目的であった通貨の獲得。世の中がこうなってしまってもそれらの必要性は変わらない、それなのに今までのやり方だと制限だらけだったのでこうして直接金融商品を交換できる複合取引所にやってきたわけだが同じような目的の人は想像以上に多かった。


「あの、あっちの方って特に人が多くないですか?」


「本当だ、なんでだろう」


 よく目を凝らしてみるとそこで取引されているのはガイアだった。

 ゲーム内通貨であるガイアはメインストリームの暗号通貨と交換可能というのがかつての常識だったが驚いたことにここでは法定通貨と直接交換できるようだ。それだけ需要が高まったという事。

 確かにここまで来るのにガイアは至る所で使ってきたが実際にこのような光景を目の当たりにすると状況が大きく変わったのが実感できる。


「ねえ、あれってチャート……って言うんだよね? なんか凄い上がり方していない?」


「ああ、うん。出来高も相当上がっているけれど値段がとてつもないね……」


 自分で冷静に言っているつもりだが数字に理解が追い付くのがやっとだった。


「3か月前の5倍の価格か」


「え? ってことは私ってかなりお金持ちになったの!!??」


 ゲーム内の様々なイベントを進めることでガイアは発行されてプレイヤーは入手することができる。

 暴走後もそれは変わらずクエスト攻略やモンスターを倒すごとにガイアは増えていった。

 強いプレイヤーはその分多く獲得できる。水面ちゃんはもちろん花耶もアキラちゃんも、そして自分自身も道中それなりにガイアは使った以上に増えていった。


「まあそういうことになるね、しかもクエスト攻略すればさらにもらえるし」


「なんだか信じられないわね。確かにRMTは以前からあったけどそれは一部の間だけで行われていたものなのに」


「本当にね。それに他の金融商品の価格が下がっているからそれも影響しているっぽい」


 実際に株価や外貨の価格を見ると軒並み下がっている、と言っても今の世の中基準が判らないから円基準で見ているわけだがおそらく円の価値も下がっているのだろう。いよいよ金融面も混乱してきたように思えた。


 人だかりをかいくぐり何とかガイアと目的の通貨を交換し終えた。これで面倒くさい行政関連の手続きも大丈夫だろう。


「ん?」


 帰り際にふと気になったことがある。


「どうしたの?」


 取引所の端の方に移されるモニターを指さす。


「いや、あの銘柄って前にダムらへんで泊まったホテルのグループの株なんだけどかなり下がっている」


「このご時世どこも下がっちゃうものなんじゃないんですか?」


「うん、確かにそうなんだけど……」


 アキラちゃんの言う事は正しい。ただ、こんな状況になってもあそこの旅館はしっかりと経営していたどころかゲームによる変化にうまいこと合わせていた。

 それなのにこの下がり方は……


「セリングクライマックスか、よく見ると他にも……、ちょっとごめん。いくつか取引してくる」


「え? お兄ちゃん!? もう交換は済んだんじゃないの?」


「まあちょっと待ってましょう。いつものトレード癖だろうから」


「ああ、前にそんなこと言っていましたね」


 入り口付近の休憩所のような場所で3人は地図を取り出した。


「とりあえず今のうちに今後の予定を再確認しましょうか。この後はあなたの家に向かうんだけど位置はここで間違いないわね?」


「うん、そうそう。特区の近くの居住区ね」


「あの、そのあたりって大丈夫なんでしょうか、その……治安とか」


 少しだけ聞きづらそうにアキラが水面に尋ねる。


「うーん、多分大丈夫かな。この辺りはプレイヤーも多いはずだし中部総合ってすんごい強いギルドの活動範囲内だろうから」


「なら行きも安心できそうね」


 しばらく雑談をしていると離れたところから、


「待て―――!! おい、貴様ぁ!!!」


 怒号が聞こえてきた。何かを追いかけているようだ。


「うわ、なんか近づいてくる。あれって人……なんで?」


 モンスターを追いかけるプレイヤーは見飽きた。その逆も。

 だが、人が人を追いかけるのはPvPでもあるまいし何が起こっているのか見当もつかない。犯罪でも犯したのか、そんなことを思いながら自分達は関係ないだろうとどこか安心してしまった。


「え?」


 アキラはその追われながら近づいてくる人物、男と目が合ったが分かった。

 そして、ニヤリと笑ったようにも思えた。


「嘘!? 危ない!!」


 そう言いながらアキラを押して彼女のいた位置に代わりに収まる水面。


 直後にその男が水面に触れ、腕を掴みながら、


「まずは一人!!!」


 事情がつかめないのは一瞬だけ。すぐに危険な状況だと判断した花耶とアキラがその男に攻撃を加える。


「こんのぉ!!!」


 花耶が剣を振るうが、


 ガチン!!!


 弾かれた。かなり強いシールドを使っていたのがわかる。


「そっちがその気なら……」


 すぐに対抗して爆炎を繰り出そうとしたがすぐにその瞬間、男は離れて取引所の中に入っていこうとした。


 が、


「うぐっっっ!!!!」


 再び、外に飛ばされた。


 一部始終を見ていた。

 水面ちゃんが掴まれ花耶が攻撃していた。

 その後、こっちに向かってきたところをクラスソラスをハンマーの形状にしてそのまま叩き返した。

 いきなり出てきた武器にシールドは十分間に合わなかったようだ。


「貴様、なんてことを!」


 追いかけてきた人物、腕章を付けた男性はすぐにその男を取り押さえた。


「水面ちゃん、大丈夫?」


 どうやら男はその腕章を付けた男性に任せても良さそうなのですぐに彼女に駆け寄ろうとしたところ、


「来ちゃダメ!!!」


「……え?」


「どうやらね、感染しちゃったみたいなの。呪術系状態異常に」


「それって、どういう……」


 花耶も戸惑っていた。かなり特殊な状態異常でそんなものを使うことができるようなモンスターなんて数えるほどしかいない。それに普通ならそこら辺に現れないはずのモンスターだったから。


「そんな……私は別に……」


 アキラちゃんが小さくそう言ったように聞こえたがすぐに意識は次の人物の発言に持っていかれる。


「あなた達が取り押さえてくれたんですね、感謝します。私は阿藤、ギルド中部総合に所属しています。自己紹介は早々にこの状況を説明させてください」


 騒ぎを聞きつけて人が集まってきた。


「ちょっと話しにくくなるので場所を変えしましょう、とその前に……」


 何やらトランシーバーのようなものを取り出し、


「こちら阿藤。感染者を確保しました、愉快犯の。大量感染一歩手前でした。ただ、一人感染して……、はい、一応体力の方はしばらく問題ありません。ええ、取引所東300m付近でこの男をお願いします」


 確保された男は身動きが取れないように拘束用の武器で手足が制限されていた。

 それにシールドを重視していたようでスキルを使うためのSPはもう無いようだ。


 続けて阿藤から青白い光が放たれ俺達を包む。


「これは……特殊予防」


「はい、この状態異常を防ぐ手段の一つです。これが作用している間は彼女と一緒にいることができます」


「ちょっと待って、こんな感染があるってどういうことなの? これはVR内のレイドボス級以上しか使わないはずじゃ……」


「ええ、その通りです。そのレイドボスがARモードに現れてしまったんです」


 ここでも今までの常識は通用しないことを知った。

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