第七十三話 さらば唐澤峯
「うおっと!!」
その巨体を構成していた部位をところどころ落としながら崩れ落ち、倒れ込んできたので思わず避けた。
「みなさーん、大丈夫ですか」
アキラちゃんと水面ちゃんも駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だよ。二人もありがとうね」
「あれ? おーい何やってるの?」
スンダマの頭部に近づいて何やら観察している水面ちゃんを花耶が気にした。
すると額の一部を焼き払って、
「あー、完全に壊れているね。もう復活することはなさそう」
どうやら埋め込まれていたという武器を確認したようだった。それを聞いてやっと終わった、そう思った時に、
ミチチ、グチャ……
そんな奇妙な音が聞こえてきた。
音のする方を咄嗟に見るとスンダマの胸に当たる部分が少し割れている。
どうやら肉がちぎれる音だったようだ。
その中から何かが動いて外に出そうになると、
「え、やだ」
「うぇ……」
「これって……」
その姿に少し引いてしまった。
「あれって、レッドワイバーン……ですよね」
アキラちゃんの言う通りそのモンスターだとは思う。実際にステータスを確認するとそう表示されているから。
ただ、原形はほぼ留めていないしその体から管やら繊維らしきものがはみ出していた。
スンダマの中でそれで何かとつながっていたことはなんとなくわかった。
ギャァアアッッ!!!
と叫びながらこちらを見て飛び掛かろうとする。
しかし、動きはあまりにも遅いし空も飛べない。そんなモンスターを葬ることはたやすかった。
襲ってくると思った瞬間に準備しても十分間に合ったのでそのまま刀の形状にした剣で切り裂き、消滅した。さらに身構えていると、
「警戒しなくてももう大丈夫ですよ。この子はもう動きません。レッドワイバーンがこの合成獣を最初に作った時の中心となったモンスターです」
いつの間にかすぐ近くにいたみやびさんがそう説明した。
無表情に近いがどこか寂しそうでぼんやりした雰囲気が漂っている。
「レッドワイバーンが中心…… 確かにこの辺りではたまに出現するみたいですけど」
「ええ、ただ本当は他の種類のモンスターを中心にしようともしました。そして行き着いたのがレッドワイバーンを起点とした合成獣です」
「え? 他にもあれみたいなのが複数いるって事? じゃあ……」
花耶の懸念はもっともだった。1体でもあれだけ苦労したのにもしも同じようなのが複数いたら、なんて不安が急に押し寄せてくる。
「いえ、そちらのほうも大丈夫です。あの武器はそもそも1セットしかありませし、他の個体は大部分は合成の途中で自己崩壊を起こしましたし無理そうなら途中でキャンセルの手順を踏みました」
続けて、
「ただ、武器を埋め込まなくても独立して動く個体も何体かはいて逃げ出してしまったのも事実です」
「あ!! あの時見たのは……」
炎山少年が発したのと同時に俺も思い出した。
「私の方でも見つけては倒したのですがそれも逃げた内の全てではありませんでした。それに私が関わっていると思われてはいけなかった状況だったので追跡も不十分のままでした……」
少し唇をかみ、
「なのでそういった合成獣の目撃もあったことでしょう」
「じゃあやっぱりそいつらも倒さなきゃいけないんじゃない? これみたいにあたりかまわず吸収していったら……」
「あ、いえ。そちらも大丈夫です。中途半端な合成は合成元よりもずっと弱くなってしまっていますしあの武器を埋め込んでいない場合はやがてはつなぎ目が外れて勝手に倒れてしまうので」
モンスターに同情するつもりはないがさっきのワイバーンの様子を見るとマッドサイエンチックさはどうしても気になってしまう。ただ、どんな状況が彼女にあってそういったことをしなければならなかったのか、それを身内にも話しにくくどんな想いで一人で抱え込んでいたのかは想像できない。
みやびさんが話し終えてしばらく沈黙が流れたがその沈黙を破ったのも彼女だった。
「では私はやることがあるので」と言い残しみやびさんは去っていった。
*
「じゃあ……いきます!!」
そう炎山少年が言いながら持っていた万能蘇生の秘薬を昏睡状態だった友人に使う。
緑色の光の粒が少しだけ舞う。
「ん……、あれ、炎山? 高野さん? それに、えーと……」
まだろれつは十分に回っていないが意識が戻った。
「あぁ…… 俺が分かるのか……?」
「そりゃ、まあ」
「うっ……体が重い。ってか今何時だ? 凄く長い間眠っていたような気がして……」
「それなんだがな、あっそうだその前にこの人達は」
「ごめん、俺達そろそろ行かなくちゃならないから」
「え?」
「まあさすがにこの時間までには出ないと次の目的地に着けないからね。でも本当に良かった」
「いや、まだお礼とか……」
「ああ、そういうのは大丈夫だって。俺達も君がいたから助かったところもあるし。お互い様」
「じゃあ私達もこれで」
「じゃあねー!!」
「あなた達も元気でね」
別れは自分でもびっくりするくらいにあっさりしたものだった。
つい数時間前まであの戦いをしていたなんて実感もない。
「はあ……」
病院の入り口を出た時に漏れた溜息を水面ちゃんに聞かれてしまった。
「何溜息ついているの?」
「いや、起きてから今に至るまで長かったなぁって」
「ああ、そういえばまだこの時間ですもんね」
「でもスケジュール的には今日はむしろこれからが本番ね」
「そうだな。この先いくつか乗り物があるとはいえ逆に乗り遅れたら大変だし」
「じゃあ急ぎですね」
「うぇー、このムシムシする中、急ぎかぁー」
「雨より晴れの方がずっといいわ。それに汗だって次の宿に着くまでの我慢よ。あ、そうだところでさ」
「ん?」
「さっきあの女の事何話していたの?」
「あー、それはね……」
*
「そんなことがあったのか。でもお前凄いな、そんなのと戦って倒しちまうなんて」
「いや、俺はまだまだだったよ」
「え、そうなのか?」
「ああ、強大なモンスターやそれと真っ向から戦うプレイヤーの人達との力の差を感じたって言うかさ、一歩間違えたら何があったかわからない戦いだった」
「そんなに強いのか。その……スンダマ様の正体は」
「うん、それはもう見たことが無いような強さだった。それでさ、悔しいけれども今までそれがこの町を守っていたんだよ。なのに倒した後になって急に不安になってきた」
「うーん、それじゃあ炎山君達がギルド作ればいいじゃん!!」
「いや、お前、そんな簡単に言うけど……」
「お姉ちゃんって凄いギルドに所属していたらしいから何かしら強いギルドの作り方とか知っているかもしれないよ」
「あ、そうだ! みやびさんってどうなったんだ!?」
「あの後、家に帰ったのは確かだけどその後は……」
「私なら問題ないわよ」
「あっ、お姉ちゃん!」
「ごめんなさいね。ノックしたんだけど聞こえなかったみたいで。それで藤堂君……」
「あー、まあ事情は何となく分かったことですし僕も結果的にはこうして起き上がれたのでその辺は……」
「えーーっと、あ! お姉ちゃんさ、ギルドについて教えてよ」
「いや、ちょっと待て。その前に宮山会は?」
「それなんだけど実質解体よ」
「え!?」
「まあ業務とかはそのままなんだけど今まで通りの発言権は無くなったわ」
「……なんで?」
「あの戦闘中にね、合成獣が見られてしまったのよ。他の人に。そして、その攻撃によって倒れてしまったあの人の事も。加えて副会長さんもやられてその説明の際に墓穴を掘っちゃってね。そんな噂は一気に広まって今まで不満を持っていた人もとうとう爆発しちゃったみたい」
「そうだったんですか……」
「だから私もまた後ろ指さされちゃうなーってね、ははは」
「でもそのおかげでお姉ちゃんは解放されたんでしょ」
「解放って…… 私もその一員だったのに変な言い回しね」
「うーん、じゃあ解放じゃなくて脱退かな?」
「いずれにせよ私の役目はもう終わったから呼び方はなんでもいいわ」
「えっと、みやびさん」
「?」
「さっきの話なんですけどギルドの作り方を教えていただけませんか?」
「別に作り方も何もないわよ、人が集まって目的を達成していくだけ」
「いや、そうじゃなくて運営とか」
「それはもちろん分かっているけどどうして?」
「どうしてっていうのは?」
「いや、私はついさっきまで町を守るという名目で人を傷つけてしまった。それなのにまた同じようなことをするなんて……」
「それならなおさらまた誰かが代わりにモンスターから人々を守らなければなりません。酷なことを言っているのは分かっていますが、いますが……」
「うーん、じゃあお姉ちゃんさ、アドバイスだけ頂戴よ」
「アドバイス?」
「そう、炎山君と藤堂君がギルドを作るから」
「俺達!?」
「自分から言い出したんでしょ」
「いや、言い出したのはお前……」
「それでお姉ちゃんはもしもその気になったらまた参加して町を守ってよ、私も次は一緒に戦うから」
「合成獣はもう作れないわ。そんな私に戦闘面でできることなんて……」
「でもあの弓は……」
「あれは自分でも驚いたわ。まさか一撃で狙えたなんて、でもまぐれよ。まあ考えさせていただくわ。今は処理しなくちゃならないごたごたこともあるから」
「そうですか……」
「そんな顔しないの。それと、私が言えたことではないけど、その、本当に目覚めてよかったわ。そして、今までごめんなさい」
深く頭を下げ、そのまま病室を後にした。
「ギルド、ギルドかぁ……」
「まあどちらにせよ最初は自警団って感じになるな」
「だな」
「ところで宮山会の一人が俺と同じようになったって……」
「ああ、まあ自業自得だけどな。ただ、高位の状態異常回復薬が無いと昏睡状態のままだからなぁ」
「それなんだけど、ほら!」
杏子少女の手には万能蘇生の秘薬があった。
「なんでそれを持ってるの!?」
「実はね、アキラちゃんからもらったの」
『リョーマさんとさっき話したんですがこれを託します。どう使うかはあなたにゆだねるので』
「いつの間にそんなに打ち解けて……」
「あ、そうだ。それで思い出した」
「どうしたの?」
「いや、炎山君ってさあ、こういう髪型の身長はこれくらいでよくしゃべるおばさんって見たことある? 特に神社関連に詳しくて」
「それだけの特徴じゃあなんとも」
「そうかぁ。私の記憶に無いからひょっとしたらと思って。炎山君の家の周辺にはいない」
「そういった人はいないかなぁ。ってか神社に詳しいならお前の方が知っているはずだろ?」
「そう! だから気になったの。水面ちゃんとアキラちゃんと最後に少しだけおしゃべりした時にそういう人がいたって言っていてね、誰かなぁって思って」
「うーん、俺も思い当たらないや」
「どんなこと言っていたんだ?」
「もう一つのスンダマ様。というかそっちが本物だね」
「そんなの知らないな」
「私達の世代は基本的に知らないはずだからねぇ。それに最近は触れてはいけない扱いになっていたし」
「そんな中、よその人に話すなんて……」
「だから余計に気になるのよ。でもね、私思うんだけど今まで色んな人が言いたかったことをその人が代弁してくれたんじゃないかって」
「どういうこと?」
「どういうことって言われると難しいけど……、ただ、本当は隠さなきゃいけないことをその人が汲み取ってくれたというかなんというか……」
「ふーん、不思議な人もいるもんだな」
また部屋の扉が開いた。
「すみません、回診です」
「あ、はい。お願いします」
「じゃあ俺達はこれで。また退院したら会おう」
「おう!」
*
これからどうなるのか、そればかりが頭の中でぐるぐる重くのしかかっている。
ギルドなんて言っていたけど……
「あら? 巫女さん、こんにちは」
「あ、こんにちは」
私服なのにすぐに私のことが巫女だと気づいた。神社の関係者だろうか。ただ、見たことが無い。
「何か深刻な表情を浮かべていたからつい声をかけちゃったわよ」
「あ、いえそんな……」
「まあ迷いもあるかもしれないけれどもそんな顔されたら私達も悲しくなっちゃうから」
「あはは、ありがとうございます」
「じゃあね」
そうおばさんは言いながらそれぞれ歩いた方向をそのまま進む。
(誰だろう、見慣れない女性だ)
すれ違いざまに、
「それによく頑張ったね」
「え?」
思わず振り向いてしまったが、
「あれ? いない」
風が通り過ぎただけだった。
*
高地だから涼しくはあるが日差しは強い。
そんな道を歩きながらふと最初に唐澤峯町に着いた時に見た小さな神様を思い出した。
「何後ろ見てるの?」
「いや、なんだかんだ言っていい場所だったなって」
「えっ!? お兄ちゃんって結構、なんていうか……独特な趣味だね」




