第六十六話 出した結論と実際
地鳴りのような音がまだ続く。
草木の合間からじっと捕捉し続けている水面ちゃんの反応から‟それ”がまだいることは分かっている。
緊急脱出にも使用回数に限りがあり、同じ人物がそれぞれに対して使わないと互いを認識できなくなってしまう。
花耶が前に使っていたのは知っていたからこちらの効果が尽きれば彼女が使うだろう。だが、それからは?
アキラちゃんと水面ちゃんが二人とも持っていたとしてもそれらも上限が来てしまったらどうするか、そんなことを考えていた。
(もうすぐ持続時間が来るな)
再び緊急脱出をかけ直す。
(戦うか、いや、ダメだ)
あまりにも情報が少なすぎる。その巨大な何かもそうだがそれを‟取り巻いているであろう”ものについても多くある予想の一つが正しい保証もない。
下手に動くのは危険だ。
だから今は耐える。
そして、この4人が隠れるための万策が尽きた時にどうするか考えよう、と思っていたら、
ギュオウギュオウ、ギュッ……という鳴き声、そして一連の戦闘の音が後ろの方から聞こえる。この鳴き声は……、蜘蛛系の断末魔のように思える。ただ、どの種類だったかそこまでは記憶にない。
(もうそろそろ、次の効果時間も尽きるな)
さらに緊急脱出を使うがもう底が見えてきた。
後ろの方で花耶が少し動いたのが分かった。どうやら彼女も何かしらの準備をするみたいだ。どれほどの長丁場になるのだろうかと終わりの見えないこの状況についてうんざりしてきたら、
「あ……」
水面ちゃんが小さく声をこぼす。
「どうしたの?」
そう尋ねると、
「いや、さっきまで後ろにいたのがいなくなった。それも急に」
「そうか、ただ……」
「ええ、もう少しじっとしておきましょう」
「リョーマの緊急脱出が切れたら私のを使うわ。できる限り宿の近くに行くまでかけ続ける」
「わかった、じゃあそろそろ……」
「待って!!」
「えっ?」
「誰かいる……」
帰り道の方にある人影をいち早く察知したのは水面ちゃんだった。俺もそっちの方を見て誰がいるか確認したところ、
「みやびさんだ、他にもいる……」
「近づいてくるわね」
こうなってしまったら俺達を知覚できないとはいえカモフラージュのつもりで生やしたこの草木が怪しまれるかもしれない。なるべく周囲の植物と同じ種類のものを選択してアキラちゃんは生やしてくれたのだがもしも違和感を感じてしまったら、という不安が大きくなる。
だが、その一行は俺らがいる手前を少し歩みを緩めたようにも見えたが一応は素通りしてくれた。そして、滝の方へ向かっていく。
「みやびさん達があそこを曲がったら出よう」
「そうね、リョーマはあと何回使える?」
緊急脱出の事のようだ。
「4人分はあと1セット」
「じゃあ、今の効果が切れたらかけ直して。その後は私が引き継ぐわ」
「分かった」
そして、打ち合わせ通り急ぎ足でその場を退散する。久々に緊急脱出を使ったがこれほど安心できるとは思わなかった。途中に出くわすモンスターも俺達をスルーした。
*
「はあ」
宿の部屋に戻ったのと同時にため息が出た。さっきまでの異様な空気とはおさらばした安堵感と疲れが押し寄せた。
ここまで来たらひとまずはまともにみんなと話すことができそうだ。
「それで、後ろに何かいたんだよね」
「うん、全体像はよく見えなかったけど」
「ただ、凄く巨大ってのは分かりました」
「現れる予兆のようなものは無かったからモンスターなのかしら」
「うーん、ちょっと違うかも。あ、一応正解っぽいけど」
何やら水面ちゃんが気になる事を言う。続けて、
「ちょっとこれ見て」
さっきまで見ていたであろう映像を再生してくれた。こうやって、みんなと共有できる機能が付いているのもいいが何より、モンスターの詳細をリプレイできるのが素晴らしい。
俺達とは少し離れた場所の道というか空き地というか、そのような場所を歩いていた。木の間をそれはゆっくりと進んでいるのでやはり全体像は見えないが巨大ということは伝わってくる。でもそれ以上に奇妙なのは……
「ねえ、こんなにモンスターが大量に発生していた? これ1体だけだと思うんだけど」
「お兄ちゃんの言う通り1体だよ。ただ、大量に表示されているように見えているだけ」
「それってどういうことですか……」
「もしかしてここに来るまでに見たあの合成したようなモンスターってわけ?」
「あ、お姉ちゃんいい線行っているかも。でもそれよりも凄く複雑に合わさっているように思えるんだよね。アレは一応どこの部分が何かってことがわかるしそもそも原形をとどめていたから。でもこれはあまりそういうのが無いっていうか……」
確かににわかには信じることができないモンスターだ。でもこの類のものってどこかで見たような……
いや、花耶が言っていたあれもそうだがもっと前に……
(そうだ! あの時の対抗戦のロボット、アレと似てはいる)
ただ、確信は持てない以前にそんなものがあるかどうかわからない。だから、ダメもとで聞いてみることにした。
「ねえ水面ちゃん、モンスターをさ……」
自分でも何を言っているのかわからないくらいおかしなことを訊いているのは分かる。だから、困った顔をするのもある程度予想できてはいた。
「ううーん。うーん。そんなのって……、いや! あるかも」
「本当?」
「もー自分で訊いておきながら何びっくりしているの? でもお兄ちゃんの言ったことを実現できる素材はあるかもしれないね」
「そんなことって……」
アキラちゃんも驚いてしまうがそれだけ突拍子のない事だった。
「ヘラジカ座大戦争の原因になった惑星の一つにそういうことができそうな素材が出るって噂があったんだよ。ただ、そんなのを実現できるってことまでは流石にわからないな……」
「ちょっと待って! ってことはあの戦争に参戦して素材を獲得した人がいるってことなの? この町に!?」
「そういうことになるね」
「でもここで強い人物って言ったら炎山少年や一哉少年やその仲間でしょ。彼らはそもそもギルドに入っていないし」
「うなんだよねー。そもそもここは中部総合から外れるし。一応単独でその戦争を乗り切った人もいるかもだけどそれほどの人物なら分かるんだけどなぁ。あとはアマテラス所属かな」
「アマテラスって言ってもギルドでしょ。推奨されていないこの地域の人が仮に入れたとしてもこの地域にあるギルドなのかわからないし……」
「いえ、ありえるわ。アマテラスは住んでいる地域ごとに発展するギルドが登場する前からあるの」
「そんな……、ってことはネットワーク型ギルド?」
「うん、それも国内最大規模の。まだその勢力は健在らしいよ」
その人はもうアマテラスを抜けたのだろうか。
それともアマテラスには入ったままなのだろうか。ただ、その場合は疎まれるのでは?
障壁なんて関係ない人物なのかそれか特権が許されているのか、様々な想像をしてしまう。
その後も互いに気になったことを伝え合ったりした末に一つの結論にたどり着く。
「とりあえず今日は早めに寝るとして明日はすぐに旅立とう」
明日になればこのゲリラ豪雨期間ともおさらばだ。だから気になることはあるがまずは安全優先。早めに出発することにした。
「はい!」
「ええ、そうね」
「まあちょっともやもやするけどそういう約束だもんね」
そして早めの就寝。
*
「…ューマ、リョーマ、起きて!」
体をゆすられながら花耶に起こされた。もう起きる時間か?
いや、外はまだ暗さが残っている。時間を確認するといつもなら寝ている早朝だ。
「どうしたの……」
抑揚も元気もない眠気が伝わる返事をする。
「さっき、宿の管理人さんがね、討伐して欲しいモンスターが出たって」
「今?」
「うん」
「あと下に炎山さんが待っていますよ」
どうやら炎山少年がこの宿に来て俺達に助けを求めたらしい。その際に管理人さんが仲介になったようだ。
*
急いで身支度を整えて外に出ると彼がいた。
「朝早く申し訳ありません。ただ、どうしても救援が必要だと……」
「まあ昨日は早く寝たからいいけど、でも救援って……」
「宮山会、あ、ここの町の行事とかを古くから取り仕切る集まりがあってそこからの要請です。どうも人手が非常に足りないようで」
ちょっと奇妙だな。わざわざそんなことを彼を使って俺達に言いに来るか。まあ、いい。ここはとりあえず、
「分かった。行くよ。みんなそれでいい?」
「ええ、大丈夫よ」
「ところで炎山さんちょっと嬉しそうですね」
「うん。ようやく僕のやってきたことが認められたと思ったら」
*
モンスターが出ると言われた場所に到着し、あっという間に倒した。
「あれ? これで終わり?」
水面ちゃんが肩透かしを食らったようだった。
「おかしいなぁ。もっと大変で急いでいる様子だったのに……」
炎山少年も腑に落ちないところがあるようだ。すると、
「炎山君!!」
杏子少女が駆け寄ってきた。
「ちょっと、どうしたんだよ? そんなに急いで。しかもこんな朝早く」
「逃げて! ここから!!」
「な、どういう……」
「あー、それなんだけどさ、もう遅いみたいだよ」
杏子少女が何を伝えに来たのかはその一行が現れたのを見てなんとなく理解した。
「みやび姉さん……」
苦虫を噛みつぶしたような表情を見せたみやびさん、そして滝につながる道や図書館で見たような人も一緒に来ていた。
「なんであの人達が」
炎山少年の困惑ももっともだが一つ分かることがある。
「多分ここに誘い込まれたのよ」
花耶の言う通りだろう。みやびさんは複雑そうだがそれ以外の一行からは残念ながら敵意が混じっているのが分かってしまった。




