第六十三話 研磨
土煙の匂いが空気中に漂い、大粒の一滴が地面に落ちたと思ったらすぐに窓の外からの風景があまり見えなくなるくらいには激しい雨が降り出した。
「あと10分ここに来るのが遅かったらびしょぬれだったね」
「本当、こんな急に降ってくるなんて。それにしても凄い雨」
そんな話を水面ちゃんとしていると、
「この時期は毎年こういった雨が集中するもんですから」
このように補足してくれたのが宿の管理をしている人の内の一人で俺達を部屋まで案内してくれた女性だった。
「あら、そうなんですか。どれくらい続くんですか?」
「そうですねぇ、早ければ3日とかだけれども長い時は1週間くらいかしら」
「1週間!?」
予想よりも長くて思わず聞き返してしまった。
「ああ、でも今年は長引くような感じはしませんので。まあ2、3日様子を見るのが安心ね」
続けて、
「それに1日中降りっぱなしってわけじゃないですからね。これだけの激しい雨ですし。空が黒くなってきたら降る合図だけれどもそれにさえ注意すれば外に出るのも問題ありませんよ。ただ、冒険者さんのような長い旅だと今は道中危険かしら」
「なるほど。ってことはやっぱり様子を見て滞在ってことになりそうだけれどもそれでいい?」
「うん、それが良いと思う」
「私も賛成です」
「この雨だとそうするしかないわね」
とりあえず全員の意見がまとまった。実際にここを下れば後は移動手段なんてすぐだ。まだ機能している山間鉄道も平地辺りまで続いていることだし。ならばここで無理に急ぐ必要はない。
「本来でしたら自然に触れるレジャー観光地としての唐澤峯を楽しんでほしい所ですけど今は長い間外に出にくくて心苦しいわ。ただ、付近では図書館や販売店も充実しているので滞在で困ることはないと思います。ここは一等地とは程遠い位置ですがそういった施設は私たちの憩いですので……」
交通の便が良く、様々な店もあるのに土地としての階級は低いみたいなことを言っていたことに疑問を思ったがどうやら昔から神社周辺が由緒正しい場所だとかなんとか。この辺りは新興の住宅地、と言ってもそこまで人が多いわけではないらしいが新参者の集まりという認識らしい。
「それに冒険者さんがいて心強いです。今はモンスターが出てきたら私達だけでは手が余るので」
どういうことだろう。時間によってはモンスターに怯える時とそうでない時があるような言い方だった。
「ここには冒険者、というかプレイヤーの方々は住んでいないんですか?」
同じような疑問を感じたようでアキラちゃんが尋ねる。
「ああ、もちろんいますよ。ただ、どうしても組織としては成り立っていないので手に余る状況が多いと言いますか。だから外から来る冒険者さんに退治してもらえると助かるのも事実です。それに今は巡礼中ですので」
「巡礼中?」
「ああ、ごめんなさい。いきなり変なことを言ってしまったわね。この神社の巫女様が定期的に町から出て巡礼しているの。この地の守り神様が普段は町をモンスターから守っているんだけど巫女様がいないとどうしても神様の力が弱まってしまうようでしてね、モンスターが現れてもなかなか退治してくださらなかったり出てきてもすぐに消えたりしてしまうって噂なの」
思わず4人ともそれぞれの顔を見合わせてしまい、俺が自然に口を開ける。
「それってスンダマ様の事……」
「ああ、ご存知? そうなの。この前も盛大にスンダマ様の祭りが開催されてね、それはもう大盛り上がり。だから、巡礼中は私達も不安でね。守られるのが神社周辺が優先されると言えどもたまに周囲の森の中まで行って退治してくれるから本当に広い範囲を加護してくださっているわ。ただ……」
「え?」
「……、ああ、いえ! なんでもないわ、気にしないで。明日になったら巡礼も終わって巫女様も帰ってくるからそれまでに何事も無ければいいんだけどね。もしも、何かあったら少しだけ力を貸していただけないかしら」
「もちろんそうするつもりです」
最初に花耶が応えた。
それに続くように俺達も同じような心持ということを伝えた。
「ふふふ、心強いわ。ではごゆっくりどうぞ」
そう言って、管理人さんは部屋から去っていった。
*
それからは各々に休んだり窓の外を眺めたりまったりしながら夕食、そして一休みなんてしながら過ごしていた。
雨は日が沈むのに呼応するように収まり、湿気はあるはずだが高地特有の気温の下がり方で涼しさを感じるという新鮮な気分を味わっていたら外が騒がしくなる。
人の声だ。
「出たぞー!! そっちもだ!!」
大体事情は察する。俺達もすぐに外に出る準備に取り掛かる。
「そんなに都合よく平和ってわけにもいかないわね」
できれば今は出現して欲しくないというのがここに住む人の考えのようだが向こうはそんなのはお構いなしってことは分かっている。
「あら、あなた達!?」
武器を携えた管理人さんと入り口付近でばったりと会った。
「じゃあ行ってきますね」
「今日は多いみたいだから気を付けて! 私も出るけどあまり離れるわけにはいかなくて……」
「わかりました! 少しでも多く追い払いますね」
声がする方に向かうとなるほど、もう何人かがモンスターと戦っているのが分かるがどうやら同時発生してしまったようで明らかにプレイヤーよりもその数は多い。
「じゃあ私達も向こうから」
「ええ」
「あれ?、お兄ちゃんは…… ッ!!」
3人と別の方を向き、すでに臨戦態勢になっていた。
「先に行ってて、厄介なのも出現しちゃったようだからここは引き受けるね」
「リョーマ、そのモンスターって……」
「ああ、大丈夫。なんとかするから、じゃあまた後で」
「……分かったわ。またね」
加勢をしようとしていた三人だったが俺の様子を察してくれたのかこの場を引き受けさせてくれた。モンスターも集団で出現しているから連携を取りながらこっちも集団で戦うべきだろう。ただ、一匹狼のような奴も現われてしまった。いや、狼ではなく蠍か。だから、こっちはこっちでどうにかしなければならない。
【プテルススティング】
巨大な蠍型モンスター。硬い甲羅と一度挟まれたら致命傷も免れないハサミ、そして大ダメージと状態異常込みの尻尾の針が特徴の凶暴なカテゴリー4。
その巨大蠍が見た目に似合わない俊敏さで近づき、ハサミを前に突き出しながら襲い来る。
*
「おいおい、あんなのまで」
「なんて日だよ……、よりにもよって巫女様がいない日に」
「俺達も行くか?」
「いや、でも割って入るのは……」
離れた位置から巨大蠍との戦いを見ていた人もいるが迂闊には介入できなかった。
「それにあの兄ちゃん、しっかり攻撃を避けて防いで攻撃も入れているから」
「そ、そうだな。俺達は俺達にできることをするか。まずはあいつからだ」
敵と状況によっては1対多数よりも1対1の方が戦いやすい時もあるがそう判断した彼らの選択は正しいようで八雲龍馬も1対1前提に戦っていた。
*
剣で防ぎ、それでも難しい時はシールドを使い、割れる前に避ける準備をして斬撃を入れる。これでじわじわダメージを与えている。そして、いったん大きく距離を取る。
「はあ」
思わず溜息が出る。
(やっぱりいかんな)
この相手を一人で引き受けたのはその方が安全だし最も被害を出さずに済むと思ったからだ。それも事実。ただ、ここに来るまでの間、どうも集団戦に慣れてしまった。
それだけならいいが、必要以上に安全に、ここぞって時により他の人に頼る癖がいつの間にか身についていたのも薄々と感じていた。このままだと万が一の時に……
このようなモンスターとは以前にも戦ったことがある。その時よりもゲーム内ステータスは確実に上がっているし武器もずっと強い。ただ、あの時と比べて切れ味が鈍っているのが分かってしまった。剣の切れ味ではなく、自分の戦い方としての。
だから、今回は一人で相手にしようと思った。神経を集中させて、じっと見据え、向こうが再び動き出したのと同時にこっちも接近する。
ハサミが腕を狙いにくる。
(まだだ……ここ!)
遅れすぎでも早過ぎでもなく、抜群のタイミングで受け止める。徐々に敵の動きもゆっくりに見えるようになる気がした。
尾の付け根がヒクヒクと動き出し、上から降り下ろされるのを察知し、スレスレで避け、そのまま尾の甲羅のような表皮の薄い部分を連続で斬る。これで尾の動きは鈍る。
再度ハサミで応戦しようと俺の頭部を狙ってきた。それを下からかいくぐり、そのまま蠍の口元、眼、触覚を攻撃。さらに腕(鋏角)の付け根それぞれに斬撃を加える。
ビクっと怯んだ蠍に追撃を仕掛け、遅くなったハサミの攻撃を紙一重で避け、再び斬りつける。刃が直接当たれば実際は2回攻撃を当てているようなものなので敵へのダメージはどんどん蓄積された。
もうすぐで倒すことができる、そう思った時に最後の力を振り絞るように尾の針が頭上めがけて襲い来た。
ゆっくり針が落ちてくるようだ。
狙いは右肩と首の間だろう。
自然と剣を持っていくべき場所がイメージされる。
その時にはもう体が動いていた。
ガチンッ!!!
硬いもの同士がぶつかった音。ただし、不思議と鈍さは無かった。ブロッキングというタイミングが完璧な防御が成功したからだ。
剣からは針の衝撃も伝わらなければ毒が垂れる様子もない。
そのまま、蠍の脳天めがけてトドメを刺した。
《カテゴリー4 プテルススティングを討伐しました》
《【称号ブロッキングマスター】を獲得しました》
「あ、称号もか」
どうやらさっきのブロッキングで称号をもらえる回数に達したようだ。これで、えーっと称号は99個目か? 最近はあまり気にしていなかったがいざ貰えると嬉しいものだった。
「リョーマさん、倒したんですね!」
どうやら花耶、水面ちゃん、アキラちゃんも倒しきったようだった。
「なんとか。そっちも終わったっぽいね」
「まあ焼き払ったらまとめて倒せるようなのも多かったし」
*
「炎山君、待ってよ」
「いや、お前は家にいろって」
「でも……」
「モンスターが沢山出たみたいだから危ないって」
「あ、あそこじゃない。人だかりがあるし」
「本当だ!」
モンスター出現と聞き、その場に向かっていった炎山、そして一緒にいる少女が事情を尋ねると、
「ああ、もう終わったぞ。あれだけのモンスターが出現したから今日はもう大丈夫だな。良かったな、炎坊、今日は安心して寝られる」
「そ、そうですか……」
「しかも、あの凶暴蠍を一人で倒した人もいてなぁ。それもほぼ無傷で」
「え!? 誰ですか? そんなの一哉でも……」
「ああ、あの人だよ。今日泊りの冒険者さん」
「あの人って!?」
「炎山君知っている人?」
*
(やっとお開きになった……)
他の宿に泊まっていた冒険者やこの辺りに住む人と少しばかり戦闘後の話をしていざ宿に戻ろうとした時、
「あの、すみません!」
「?」「ん?」「ああ!」「そういえばこの辺に住んでいるって言ってたわね」
一緒にいる眼鏡をかけたおとなしそうな少女は分からないが声の主はあの炎山少年だとすぐに理解した。
「さっき、凶暴蠍、いえプテルススティングを倒したって……」
「あ、うん、そうだよ」
少しばかりの間の後、続けて
「明日、もしも時間があれば練習対戦をしていただけませんか!!」
「!?」
こうして明日の予定が一つ決まった。




