第六十二話 高野神社へ
「じゃあ祖父を助けてくれてありがとうございました」
「ここからは私らで大丈夫ですので。でもよろしいんですか、宿泊所と私らの家も近い事ですし送っていくことも問題ありませんが」
唐澤峯村には予定よりもずっと早く着くことができた。それもこれも歩き前提のところを車に頼ることができたからだ。町に着いたところで降ろしてくれと頼んだ俺達をおじいさんは了承してくれつつも一応は善意でもう少し送っていってくれるとは言っていたがそれも大丈夫だと伝える。
「いいえ、大丈夫です。時間にゆとりができたので少し町を見ていきたくて。僕達こそここまでありがとうございました」
そして、彼らを乗せた車が遠ざかっていく。彼らが住んでいる家は宿泊所が集まった所にあるということでもしかするとまた出会えるかもしれない。なんたってこの町の人口は約2000人とのことだから。人が少ないから出会いやすいって単純な話でもないが密集している場所よりは見つけやすいだろう、なんてことを人口に対して妙な土地的な広がり方をしているこの町の入り口に立ちながら思った。
「なんというか、ちょっと変わった雰囲気の場所ですね」
「うん、天気が悪いからってのもあるかもしれないけどこれは……」
まだ降らないとは思うが西側には落ちてきそうな鉛色の雲が見える。そんな曇りの天気の中、到着したわけだがここでの異様な雰囲気はこのような気象状況だけとは到底思えなかった。
「そういえば明後日までどうするの?」
「とりあえず滞在かな。それ以降はまた様子を見ながらって感じ」
「土砂降りがあったりなかったりってのが一応はここ数日の予報って言っていたかしら。まあこればかりは高地じゃしょうがないわね」
「魚崎とは気候が別物だしそもそも予報もあまりあてにならないからね、今はある程度余裕を持っておいた方がいい」
泊まる分の費用に関しては心配する必要はないが問題はいつまでその短い間隔の土砂降りが続くかという点だった。あまり長居をすると目的地に着くまでの時間が伸びてしまう。俺もそうだし水面ちゃんもそれは困るだろう。ただ、天気ばかりはどうしようもないので今は町の様子を少しでも知っておこうと思った。
少し歩き始めると町の地図を記した看板が見えた。
唐澤峯町。
周辺の山や地名から文字を取って新しくこのような名前が付けられた町だ。
元々は村だったが昨日泊った場所、そしてここまで来た通路が物語っているように国主導で地域一帯が大規模開発された。ただ、無作為に開発するのではなく、あくまで自然との調和を取りながら推し進めた計画とのことで人員や資材は至る所に待機したり置かれるのではなく一か所に集められ、そこを中心地として開発が始まったのだ。
その場所として選ばれたのが唐澤峯町の前身となる村だった。
コミュニティとしての機能はまだ保っていたがこのままでは衰退の一途をたどるのは目に見えていた矢先にこの話が持ち上がった。村に住む人々は喜び、莫大な助成金を受け、開発に携わる多くの人が一時的に住むことができる仮設住宅も建設された。ほとんどは計画の終了とともに撤去されたが一部は残り、今では冒険者の泊まる場所になっているとか。
また、働き口が新しくできたこと、開発に伴い住みやすくなり交通の便も良くなったことから計画で関わった一部の人は後に唐澤峯町と呼ばれるこの地に居ついた。あのおじいさんとその子供もそうやって移入したとのことだ。
ただ、そのおじいさんの孫の炎山少年が言うには新しく移入した家系の人と前々からこの町に住んでいた人の間では少しだけ隔たりがあるとのことで彼らの年代にはあまり関係のない事だがそれよりももっと上の世代はまたちょっと事情が違うようだった。この地が発達することを喜んでいたはずだがひとたび安寧を迎え、生活が一定以上に豊かになるとまた思うことも出てきたのだろう。前々からここに住んでいる人は権威などに必要以上に固執するとかなんとか。そんな人々の内の一つがここに昔からある神社の家系の人らしい。その神社を看板の地図で見つけ、
「ここが高野神社か」
「色んなご利益があるみたいだけど旅人の無病息災を祈願する、ね。ちょうどいいじゃない寄っていきましょうよ」
「そうだな」
宿に行く前に高野神社にお参りに行くことにした。大きく見ると高地ではあるがこの辺りは比較的平地かなだらかな斜面が多い。開発時にどうしてもそういった地形を作ったのも理由の一つではあるが元々がそういう場所だ。だからこそ前身となる村が選ばれたわけだがそのおかげで山と森の中にぽっかりと出現する不思議な所って印象を受ける。それに本来はもっと人が住んでいたはずの所なので冒険者が泊まる場所とは言え広さに対してはやや人が少なく感じて寂しい気もするがこれはこれで雰囲気はある。そのように町を観察しながら雑談をし、歩いていくと高野神社に着いた。
「ん?」
「どうしたの?」
俺のちょっとした違和感に花耶が反応した。
「いや、ここって400年以上前からあったって書いてあったけどそれにしては妙に新しい気がする。それに道路が変かな」
「変って?」
「こういうところってさ、多分神社を中心にして道路とか立派な家ができるはずなんだけどここはなんか微妙にずれているような……」
「ああ、大通りとかね。確かにここじゃなくて一本向こうのはずよね、でもその大通りも開発時に新しくできたんじゃないかしら」
「それもそうか」
「あんた達良い勘しているわね」
いつの間にいたのかわからないが俺達の会話が聞こえていたようで後ろにいた40、いや30くらいかもしれないが一人の女性がそう話しかけてきた。
「あら、ごめんなさい。私勝手に話しかけちゃって。でもおせっかいなだけだから気にしないで、あんた達冒険者って人よね? ここは初めて? この神社にお参り?」
なんだかスイッチが入ってしまったようでマシンガントークが始まった。「はい」、「ああ、そうです」などと返事をするのが精いっぱいだった。
「それでね、ここの神社なんだけど新しくできたのよ、30年ちょっとくらい前にね」
「え? でも高野神社ってもっと歴史があるのでは?」
「それはそうなんだけど本物はあそこよあそこ」
指さした先は少し歩く必要がある場所だった。でもあそこなら確かに神社の中心と言われれば納得する、そんな気がする位置だった。
「この辺りはね、それはもう大きな工事をしちゃっていてね、あ、私はその時まだ小さな可愛い女の子だったんだけど、うふふ。あらごめんなさい。その際に地鎮祭とかを盛大にやるってことで国からもお偉いさんが大勢集まって大きな神社も建てられたのよ」
「なるほど、そういう経緯が」
「元々の高野神社はあくまで村人の健康と豊作を祈るためのものね。新しくなってからは工事に携わる人たちが無事でありますようにとか、ここから行き来する人たちの無病息災を願うこととかそういったご利益が加えられたの。あと大規模な工事もするけれども自然に感謝するために、そして必要以上に壊してはいけないということも関係者並びに後世に伝えるためにちょっと怖い戒めのような話も出来上がったりとそれはもう……」
それからもしばらく説明が続いたがこの人の語らいはちょっとしたドキュメンタリーのようで4人とも聞き入っていた。
「……というわけで元々あった高野神社よりもずっと立派なもんで今ではこっちが本殿扱いなのよ。でもね、やっぱりせっかくお参りに来てくれたんだからこっちももちろんだけれどもあっちも行ってあげて欲しいってことだけ冒険者さんに伝えたくてね。それだけよ、お邪魔したわね、うふふ」
「とても興味深い話でした。ぜひあちらもお参りさせていただきますね。ありがとうございました」
まるでナビゲーションのように説明をしてもらったおかげでこの神社について一層興味が湧いた。
「あ、そういえば、あれ?」
スンダマ様についても知っているかもしれない、そう思って少し図々しい気もするがさらに話を聞こうとあの人が立ち去った方向に振り返ると、
「あら、もういなくなっちゃったわね」
「どうしたんですか?」
「いやぁ、あの時の炎山少年が言っていたことを」
「あー、あれですね。でもそれはちょっと……」
「何か思うことがあるの?」
アキラちゃんの少しばかりの躊躇を俺もそうだが水面ちゃんも気にして訊いた。
「ああ、いえ、彼とおじいさんの言っていた様子からあまり深入りしない方がいい気がしまして」
そういえば二人は何か訳アリのようにスンダマ様について話していたな。好奇心猫を、とも言うし確かにテンションが妙に上がってついでに訊こうなんて思ってしまったがアキラちゃんの言う通りかもしれない。
そう、この時まではそう思っていたし、むやみに危険を伴うことは避けるべきであってほしかった。
*
さすがに神社でガイアを使うことはできるわけではなく久々に小銭というものに触れ、お参りを済ませた。
「うえええぇ」
神社を後にしようとしたところ水面ちゃんがそのような声を出した。
「変な声出しちゃって、どうしたのよ」
「あの絵見てよ」
気づかなかったが本殿の中にはまるで参拝客に見せるように大きな屏風が置かれていた。そこに描かれていたのは人、そして巨大な‟何か”だった。
人々が跪いている先に見えるそれは人間に比べてずっと大きく、長く太くずんぐりした躰とそれに見合った太さの脚を持ち、その脚を地面につけたりどういう訳か触手のように伸ばしたりしていた。体中が黒く、顔はお面を付けていて下顎から牙をのぞかせている。他にも背や尾も特徴的だが意図的にぼかしているのかはっきりとした姿ではなかった。そして、屏風に記された文字を見て花耶が、
「アレが……スンダマ様……」
「どうやらそうみたい」
「確かに強そうですけどこれはまた……」
この町を守るって言っていたけどもしもこんなのがいたらモンスターなんてひとたまりもないだろう。
ただ、果たしてこれほどの奇妙な存在がいるのだろうか。少なくとも生物学的にはいるとは思えない、地上であれほどの巨体を維持できないし毛は哺乳類に見えるが脚の付き方が哺乳類のそれではない……などなど考えを巡らせていた。やはりこれはあくまで信仰の対象のものなんだろう。そう勝手に納得したのは俺だけではなかったようでそのままもう一つの神社にも足を運んだ。
当たり前かもしれないがさっきの所よりもこじんまりしている。ただ、人の手は行き届いているようでこの場所も慕われていることが伺えた。こちらでも参拝を終えるとまた水面ちゃんがあるものを見つけた。
「あ、こっちのはかわいいね」
「あはは、本当だね」
小さな祠の中にてかろうじて見えたそれは木の板に墨で描かれていたものだった。ずいぶん古いようで板は黒ずんでいるが一応内容は確認することはできた。
小人のような妖精のような、そんな存在が人々と一緒に何かをしている。
健康と豊作。
ふとあの人の言葉を思い出すがなるほど、その二つに関連した動作が遊び心とともに描かれているようにも思えた。
少しの間だけ見てみんな満足そうになったあたりで、「じゃあ行こうか」と言って宿を目指した。
(あれ?)
(もしも、あの妖精みたいなのが健康と豊作を祈願して描かれたものだとしたらスンダマ様って一体……)
「ちょっとお兄ちゃん、遅れてるよー!!」
「ああ、ごめん!」
考え事をしていていつの間にか歩きが遅くなってしまった俺は小走りで3人に追いついた。




