第五十六話 そして一夜明ける
扉を開けると男性が二人、なぜか口に貼り物をしていた。
こちらの姿を確認するとすぐに近寄ってきたので、剣を構える。
「待って、あなた達は……人?」
双剣を見て怯んだ彼らだったがそう言うと大きくうなずいた。
「どうやらさっきまで見ていたようなモンスターじゃなくて本物の人間みたいね」
「なんでこんなところに……」
疑問に思っていると彼らは気づいたように口に張られている茶色いテープのようなものを剥がした。
「イテテテ、あなた達が助けてくれたんですか!?」
「助けた? とりあえず事情が全く分からないので一旦部屋の外に出ましょう」
どうやら危害を加える様子はないみたいだ。ただ、何が何だかわからないので明るい待合室に一緒に行き、水を持って用意したところあわただしく飲んだ。そして一旦落ち着いて口を開く。
「えーと、どこから話せばいいものか」
「おい、それよりあいつらだよ」
「ああ、そうだ! あんた達、ここの宿で妙な二人組の女性を見ませんでしたか?」
「それってこんな人達ですか?」
戦闘ログを見せる。
「ああ、そうだこの人達! というかこの映像って……」
脳が理解を拒絶しているのかどうかわからないが少し混乱しているようだ。
「ええ、その人達はモンスターでした」
「!? じゃあ俺達はモンスターにやられたってことか?」
「そうみたいだな……」
「あの…… すみません。何があったんでしょうか」
まだ警戒しているのかアキラちゃんが恐る恐る質問する。
「ええ、実はその人達に誘われて俺達はこの宿に泊まることになったんです。少し時間があったから彼女達と一緒に討伐に行ったら急に襲われて途中で記憶が……」
「俺はうっすら覚えているんですがあの部屋に向って歩かされて自分でテープのようなものを口に貼ってその後気を失いました。隣にいる彼もそんなことをしていたような」
あの時の攻撃は催眠関連の物だったのか。もしも、やられていたら俺も……
「一応安心してください。その二人も宿の店主ももう討伐したので」
「店主? そんな人いたか?」
「あー、なんか声は聞こえたようなどうだったか? あまり覚えていないや」
「え?」
「え?」
思わず顔を見合わせた。
「ここの宿の主ですよ、おじいさんの姿をした」
「うーん、どうだったかなぁ。ここの宿に来て誰もいないから荷物は置いてとりあえずすぐに討伐に行ったような……」
どういうことだろう。ということはこの人達が来てから俺達が来るまでの間にあのおじいさんは出現したって事だろうか。まあそれも今となっては関係ない事だが一応聞いてみるか。
「あの、お二人がここに到着したのっていつでしたか?」
「到着は──そうだ!! 今は夜、日にちは…、やばいぞ! 俺達丸一日ここで眠らされていたんだ」
「本当だ……!? というかすまん、それよりもトイレ!」
一人がトイレに向かった。どうやら催眠でVRの時のように体の代謝機能が一気に落ちていたんだろう。もう一人は体の方は大丈夫そうだが何やら焦りが顔に浮かんでいる。
「もしかして予定とかあったんですか」
「えぇ、まあそんな感じです。事前にギルドに到着の連絡をしていたんですが日にちがずれてしまいました」
「お兄さんたちのギルドってこの辺り?」
「ああ、うん。一応近くだよ、魚崎市にあるギルドなんだ」
「あら、じゃあ同じ市のギルドね」
「え? そうなんですか? ギルド名、というか代表は!?」
「京極寺慧香って人よ」
「すまん、戻った」
「おい! この人達も俺達と同じギルドだ」
「本当か、なんて偶然だよ……」
そういえば聖慈さんも自分達のギルドでも遠出している冒険者がいるって言っていたな。その内の2人なんだろう、彼らは。
「あれ、じゃあ私達も一緒に事情を伝える連絡をしておけばよくない?」
「ああ、確かにそうだな」
「本当か!?」
両肩をガシっと掴まれた
「いや、まあそれくらいなら。それに京極寺さんはそんなことで怒ったりしないと思うんですが」
「それもそうですがあの人のそういったところに甘えるわけには…… それにあの人に心配をかけたくなくて」
なるほど。そういうことか。ならなおさら事情を一緒に説明しておいた方がいいな。
ギルドメッセージ機能を使い俺達からこの事件というか不可思議なモンスター関連の説明をどこまでするか考えながらなんとかメッセージを送った。
じゃあこれでひと段落だな。というかマジで眠くなってきた。あー、でもこの旅館って泊まっていいのか、ダメなのかわからなくなってきた。そんなことを考えていたら、
「おーい、大丈夫かぁ!!!!」
外から声がしてきた。
「あ、あの時の店員さんじゃないですか」
「本当だ、どうしたのかしら。それに他にもいるわね」
店員さんに加えてさっき見た女性ともう一人男性がいた。そしてどことなく誰かに似ているような……
「ハアハア、良かった。なんともないようだな。この人はアキさん、この辺りの組合に所属する腕っぷしが強い冒険者だ。そして、彼がこの宿の先代の主の息子さんだ」
「はじめまして、泉と申します。何やらここで異変があるということで私も駆けつけました」
「異変というかここに人の姿をしたモンスターがいて……」
事情を説明した。にわかには信じられないという3人だったが俺達の証言が全て一致していることとたまにこの付近で行方不明になる人がいてかなりやせ細って見つかるという事件、そうして戻ってきた人が温泉宿で休憩していたという噂話が繋がったようで納得していた。
「じゃああの人達はここでいったん休憩していたんじゃなくてこの場所で一定期間閉じ込められていたということなのか」
「まあ! 信じられない、そんなモンスターがいるなんて」
「そうか、まさかその場所がこの宿だったなんて」
「あの、すみません。あなたがこの宿の今の主ってことですか?」
「ああ、いえ。私は継がなかったんです。父が昨年に亡くなってそれでこの宿も閉鎖しました。自治体に売るかどうか考えていたら例の暴走があったのでうやむやになってしまって……」
「そうだったんですか」
そして、すっとある写真を見せてくれた。この宿がまだ活気に溢れていた頃と思われる写真、そして中央には……
「嘘!?」
「この人って……!!」
先に写真を見た花耶と俺が同時に驚き、その後、水面ちゃんとアキラちゃんも同じような反応をした。
「どうなさいました?」
「いや、この人ってさっきまでいたんですよ。モンスターの姿として。ほら!」
ログを見せる。ただ、そこに映っていたのは不定形の影のようなものだった。
「あれ? なんで……」
「これが本来の姿って事じゃない?」
「そういうことなのか」
「あの、父の姿をしていたんですか? そのモンスターが」
「ええ、はい。物腰柔らかくて穏やかそうな方でした」
「あと話し方も優しかったよ!」
加えて外見の特徴を簡単に説明する。
「まあ、源さんそっくりじゃない」
「そうですか、そんなことが……」
泉さんが手で少しだけ目頭を押さえ、その声がわずかに震えたように思えた。
たまたまその人に似ている姿の人にモンスターが変化していたのか、あるいはそういった人物がいたという情報をゲームが理解していたのかわからないが不気味さと怪しさに満ちていたこの宿が急に温かみがあるように感じられた。
フラッ
やばい、こんな時なのにめまいが……
「リョーマ、大丈夫?」
「うぅ、ちょっとね。あっ、そうだ泉さん、」
「あ、はい、どうしました?」
「あの、こんなことを今聞くのもどうかと思うんですがその……、ここに一晩泊まらせていただけないでしょうか」
「ああ! そういうことでしたらぜひ!」
その日は泉さんの計らいによって俺達、そしてあの二人もこの宿に泊まることができた。疲れからか深い眠りに就き、翌朝花耶が起こしに来てくれた。水面ちゃんは朝風呂でテンションが上がっていたり結果的にいつも以上に旅行気分を味わうことができた。
それに泉さん、店員さん、あとはアキさんも一緒にチャックアウトのため、そして昨日話しきれなかった内容を聞きにまたここまで来てくれた。支払いは宿を経営しているわけじゃないということで泉さんは嫌がったがそれはなんか気持ち的にすっきりしないし今の世の中ガイアがどれだけ重要かということを二人が説得してくれたのでなんとか受け取ってもらうことができた。
「ではここに泊まらせていただき、本当にありがとうございました」
「いえいえ、私こそここでの異変を解決してくれてありがとうございます。それにわずかな時間ですが父が帰ってきてくれたようでなんだか嬉しくて」
「こっちもなんと礼を言っていい事か。京極寺さんに逢ったらよろしく伝えておきますね」
「ええ、お気をつけて」
今日も快晴。先の道は緑が深まり、あの時のVR空間の樹海では味わえなかったリアルな自然の匂いを全身で感じられる、そんな日だった。
そして、俺達はまた南に向かってこの坂道を歩き出す。
*
「ねえ、それにしてもさ」
「ん?」
「どうしてあの変幻自在の主がカテゴリー4だったんだろうね。強さで言ったらカテゴリー1未満よ」
「ああ、それは多分……」
「多分?」
「あのタイプはどれだけ人らしいかどうかでカテゴリーのグレードが変わってくるんじゃないかな」
「あーなるほど」
おじいさんのモンスター、というかモンスターという表現は今となっては違和感があるが「変幻自在の主」はより会話が自然だった。途中まで本当にそういった人間がいるかのように。そう考えればカテゴリーも納得だ。
「もー、なにしんみりしてんの!」
水面ちゃんが少しだけ勢いをつけて背中を腰らへんを戦く。
「今日は始まったばかりだよ!」
「ああ、そうだな」
*
「この宿のモンスターの事は組合に一応報告だな、お、どうした? ズミさん、あの人達はもう見えないぜ」
「いや、彼らの笑顔は良かったなぁって思って」
「おいおい、そんなセリフまるで……」
「なあ、俺さ、いつまでこの事態が続くかわからないんだけどさ。組合の業務に加えて……」
「うふふ、あーはっはっは!」
「なんだよ、亜希子さん。まだ何も言っていないだろ」
「あんたの今の表情、」
「へ?」
「昔の源さんそっくりだったよ」




