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第五十五話 はずれの温泉宿 後編

「ねえ二人とも……」


「どうしたの?」


 宿の灯りが恋しくなってからもしばらく歩き続ける。確かにさっきからレッドワイバーンの鳴き声がするから出現ポイントのようだ。だが、それよりも今は気になることがある。


「いや、だからさ。アキラちゃんは?」


「え? それよりも討伐でしょ?」


 花耶がすっとぼけたように言う。


「いや、「それよりも」って…… 二人ともなんかおかしいよ」


「別に。おかしくないわ」


 水面ちゃんが淡々と返す。


 さっきから微妙に話がかみ合っていないのもそうだが花耶と水面ちゃんがアキラちゃんを何も言わずに置いてくることに違和感がある。それに口調も……


 ギャーーギャーー


「来た」


 討伐対象にあったワイバーンが現れた。しかも、2体。まあ、問題は無いのだが、


「じゃあ倒して」


「え? 二人は戦わないの?」


「なんでよ?」


「え……」


 やっぱりちょっと様子がおかしい。水面ちゃんはこういう時すぐに例の解析武器を取り出すし、花耶に至ってはいきなり斬りかかることも珍しくない。


 バサッバサッ ドッッッッ


 ただ、敵は待ってくれない。俺をめがけて飛び掛かかり鋭い爪をもつ脚で攻撃を仕掛けてくる。


「クッ……!」


 暗くてよく見えないがなんとか双剣で受けきる。とりあえず二人には聞きたいことがあるが今はそんなことを言っていられないようだ。もう片方も続けざまに近づいてきた。


 すぐに後ろに跳んで距離を取ったら羽をめがけて双剣の斬撃を飛ばす。まずは1体の飛行能力を奪い、その間にもう片方に急接近。連撃を喰らわせて倒した。


《カテゴリー2 レッドワイバーンを討伐しました》


(本当に援護も無しか……!? いや、別にこのモンスターなら問題ないが)


 そう思いながら二人の方をチラッと見ると暗闇のワイバーンよりもずっとゾッとしてしまう。直立をしたままこっちをただ見ているだけだった。二人とも、それも目を見開いて。だが、すぐに視線を戻す。


 飛べなくなり地をバタバタと這ってくるワイバーンはこちらが近づくまでもなく斬撃を飛ばし続けてあっけなく倒れた。


《カテゴリー2 レッドワイバーンを討伐しました》






「倒したよ」


 二人に向かってそう言う。もうさっきのような直立不動の姿勢ではなくなっていた。


「わかった。じゃあ戻りましょう。武器をしまって」


「……」


「戻りましょう。武器をしまって」


「……分かったよ」


 両手に持った双剣が光ながら空気中に溶けていく。すると二人の口角が上がった。邪悪というのはこういうことなのだろう、と思ってしまうような笑みを浮かべて。


 ザザッ


 花耶と水面ちゃんが爪を立てるような構えになり迫ってくる。指の先がどういう訳か変形し、鋭利に、そして長くなった。そのまま、俺の腹部を、腕を、首元を刺すのか斬るのかわからないが攻撃しようとしているのは分かってしまった。もはや武器となった二人の両手が体を引き裂き、貫いた。


 ガツンッ! ガッ! ギン!!


と思ったんだろう、向こうからしたら。


「な!?」


 驚いたりはするようだな。


 さっき戦ったワイバーンよりも二回り、あるいはそれ以上の大きさの白銀の双頭の竜が出現していた。先ほどの攻撃をその強靭な両翼で遮りながら。やはり、この武器の仕様も知っていない。


 プレイヤーの行動をコントロールしたり思考を体に伝達させにくくしたり、仲間を攻撃させるスキルを使うモンスターもレアだがいる。この二人はそういったモンスターにいつの間にやられていたのだろうか、そんなことを少し前から思っていたがどうやら違うみたいだ。言っていることと行動のセットがどのパターンにも当てはまらない。だから、


「お前たちは誰だ?」


 そう言ってみるとたちまち二人の顔が変化していく。いや、顔だけじゃない、体形も。それも一つや二つじゃない、いろんな顔や体にどんどん移り変わっていった。まるで人の写真をパラパラ漫画のように見せられているようだった。


 そして一連の変化が収まって見せた姿に驚く。さっき、話しかけてきたあの二人の女性だった。


 だが、再び花耶と水面ちゃんの姿になりゆっくり近づいてくる。


「ごめんなさーい。ちょっとふざけすぎちゃったみたい。だから、その武器をしまっt……」


 言い終わる前に別の聞き慣れた声が覆いかぶさった。


「人の顔で勝手に何してくれてんのよぉ!!!」


 突如として現れたもう一人の花耶。というかすぐにわかってしまった。こっちが本物だ。彼女が偽物に斬りかかるのと同時に爆炎が吹き上がった。


「お兄ちゃーーん、それ! モンスターだよ!」


「ISを起動してください!!」


 後ろから水面ちゃんとアキラちゃんの声もする。


 ワイバーンと戦い終わって切ったISを再びつけると驚く。さっきまで何も表示されていなかったが残った水面ちゃんの姿をした何かがモンスターとしてステータス表示されていた。


《カテゴリー3 ビウィッチングダブル》


 聞いたことが無い、というのはもう慣れっこだがこんなタイプまでいるのか……


 そして、水面ちゃんの姿に変化していたそれはオリジナルと思われるあの時の姿に戻ってアキラちゃんと水面ちゃんに襲い掛かろうとしたが……


 ドシッッッ


 背を向けた瞬間、双頭の竜(AA)の尾がそのモンスターを貫いた。モンスターとはいえ、人の姿。ちょっと来るものがあるが前の姿じゃないだけかなりマシだった。


《カテゴリー3 ビウィッチングダブルを討伐しました》


 来てくれた三人の方を向いて、


「えっと、3人とも本物だよね……?」


「もちろんよ」「はい、そうですよ」「そうだよ! 勝手にいなくなっちゃって」


 ああ、本物だわ。そう思ったら、安心して眠気が押し寄せてきた。早く部屋に戻りたい。


「まあ事情は何となく察するし私もあんなのがいるなんて驚いたわ」

「誘われたっておじいさん言っていたけどどんなこと言われたの? 教えてよー」

「ま、まあ、とりあえずリョーマさんもお疲れでしょうしまずは宿に戻りましょう」



『行きはよいよい帰りは恐い』なんて言葉があるが今はその逆だな。暗い道でも平常心でいられる。そんな帰り道だが気になることがある。どうしてISに急に表示があったんだろう。条件があるとすると……、いや、ちょっと待てよ。その前に……


「ただいまーー!」


「ちょっと声大きいわよ、もう寝ている人もいるかもしれないし」


「えーー、でも誰もいなかったじゃん」


「私達が会っていないだけかもしれないでしょ」


「ああ、おかえりなさいませ。いいんですよ、今日はあなた達だけなんですから」


「あれ、リョーマさん、なんで入らないんですか?」


「ってか後ろにいるのって……」


 どうしても旅館に入ることができなかった。それどころかまるで威圧するように後ろにAAを立たせている。そして、すぐにロックオン準備に入った。


「はあ!? スキル!? リョーマ、あなた……」


「ねえ、おじいさん」


「はい、どうなさいました?」


「いましたよね、泊まっていた人」


「……」


「でもその人達は彼女達に姿を変えていた。そこにいる二人、花耶も水面ちゃんもその人達には一度も出会わなかったのに」


「……」


 俺の記憶を探って幻影を見せていたなら分かるが花耶にも同じように見えていた。人によって見え方が違うわけではなかったんだ。だが、その姿になるためには二人の外見の情報を何かが共有しなければならない。その何かというのが……

 でも、ここまではあくまで推理だ。そんな推理でも疑惑が積み重なれば1つの真実に向かっていく。

 あの時見た新聞。いかにもこういった旅館に相応しいものだがちょっとおかしかった。特区に本社が移転したはずの企業がまだ地元に残っていたり、そもそも飛騨新聞は2年前に日本中央に合併していた。こういった知識がまさかここで違和感の種になるとは思わなかったが今のおじいさんの発言、そしてさっきあのモンスターと戦ったことでほぼ確信に変わった。


「3人ともISを起動して」


「え?」「なんで!?」「リョーマさん……」


「お願い」


 そして、三人がISを使う。この時はまだ何も表示されていないはずだ。


「あなたは誰ですか? いや、あなたもモンスターですね……」


「それってどういう……、嘘!?」


《カテゴリー4 変幻自在の主》


 やはり。人間ではないと認識しそれを伝えた瞬間にモンスターとして表示されるんだ。だが、もう攻撃直前。カテゴリー4と言えども、ブレーザーレイを使えばかなりのダメージを……


《カテゴリー4 変幻自在の主を討伐しました》


「は? まだ……」


 そう、まだ攻撃していないのに討伐したことになっていた。ただ、その姿はうっすらとしているがまだ残っている。


「私の負けです。正体を見破られた時点であなた達の勝ちです」


 そう言って完全に姿が消えた。同時に宿の様子も変化した。さっきまで飾られていた装飾品が無くなっていったので。いや、これは本来無かったものがあったように見えていただけなんだろう。ずいぶんと質素な内装になってしまっていた。


「あの……これってどういう……」


「多分あのおじいさん、『変幻自在の主』がここをまだ経営している宿のように見せていたんだよ。ほら、このお知らせ。来たときは見えなかったけれど去年の10月で閉業している。再開は未定だって」


「でも温泉は入ることができたよ。それに電気も……」


「ええ、でも私達が入ったところは天然の露天風呂だったから。おそらく温度調整も必要無いような素晴らしいものだったんでしょう。電気はちょっとわからないけど、」


 花耶がスゥーッと受付台を指でなぞる。


「去年の10月に閉業した割には埃がほとんどつかない。どういう訳か人がいなくなっても機能自体はちゃんとしていたようね」


「でも従業員がいないってことはここに泊まる事ってできないの?」


「それはどうだろう、まずは持ち主に訊かないと。でも持ち主って言うと……」


 ぅ゛ーーぅ゛ーーぅ゛ーー


 どこからか聞こえるうめき声のような音で会話が途切れた。


「ねえ」


「うん、なんか聞こえるよね」


「まだモンスターがいるんじゃ……」


「一体どこから……」


 声のした方に警戒しながら、そしてゆっくりと近づいていく。


「ここからのようね」


「あれ? ここって扉あったっけ?」


「言われてみればこの廊下の向かって左側は何も無かったような……」


「ねえ、ひょっとして開けるの?」


「まあ一応。人の声にも聞こえるし」


「ねーやめようよー。怖いって!」


「とりあえず武器は出しておいた方が良さそうね」


「え? 何これ、本当に開ける流れ? ちょっと花耶お姉ちゃん、聞いてる!?」


「あははは、気休め程度ですが水面さんを身体強化しておきますね」


「こうなったら、お兄ちゃんの背中に隠れるから」


「準備できたようね、鍵はかかっていないみたい」


「じゃあ開けるよ、3・2・1」


 ガチャリ、バッ!!!



 そして4人のちょっとした驚嘆が漏れた。

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