第五十四話 はずれの温泉宿 前編
『……ぃちゃん起きて!!』
『間もなく終点、下ノ滝駅。下ノ滝駅』
(あれ。ここは…… そうか、寝ていたのか)
最初はびっくりした揺れだったが昨日までの疲れもあってか気づけばバスの中で寝ていたようだ。同盟ギルドがある富川市から発車しているバスに乗り、最終駅まで進むという予定だった。重たいまぶたをゆっくりと開けて時間を確認してみると予定通りの時間だった。と言っても本当の意味での予定通りではないが皆で確認した通りに事が進んでいた。夕方前に駅に着くことができて何よりだった。
「ご乗車ありがとうございました」
「よいしょっと」「よっと」
慣れないバスの段差を降りてみるとカラっとした涼し気で緑の匂いがする空気を感じる。距離的には富川市とそう離れていないはずだがここからは今までとはまた違った場所になるという予感をさせてくれた。
「んんーー!! 私寝ちゃったみたい」
「俺もだわ。まだ体が重い」
「もう、これから結構歩きだっていうのに」
「あはは、でも逆に二人とも体力を温存できたわけですから」
そうだ。ここからは自分の足で結構歩いてそれから馴染みの無い旧式の乗り物を乗り継いで、そういったことをしながら南下していくことになる。それに道中何があるのかわからない、そういった不安が今になって少しずつ出てきた。でも、ここまで来たらそんなことを言っていられないな。
「よし、じゃあ行こうか」「ええ」
そう言って歩き始めたわけだが、
「ふぅふー」
「ちょっと……、お兄ちゃん、はあはあ、もしかして疲れた感じ?」
「う……、バレた?」
「いや、実際かなり歩いていますよ。1時間ちょっとくらいでしょうか、涼しいとはいえさすがに坂道なので…… それにリョーマさんは荷物が多いようですし」
「いや、まあ多く見えるだけだから。それにあとちょっとで休憩所に着くからそれまでの辛抱」
「よっし!!」
「急に元気になったね……」
「カーヤさんは、疲れていなさそうですけど」
「ああ、私? 今のところ問題ないわ」
ただ一人呼吸を乱さず一定のペースで水分補給しているのが花耶だった。彼女も結構荷物を持っているはずだがどうやら山道、ってほどでもないが勾配のある道でもいつも通りに歩いていた。
「あ! 見えた」
「おぉぉ、結構お店とかあるね」
「うん。思ったよりもずっと充実しているかも」
「でもなんか異様に賑わっていませんか?」
「そうね。一応この辺りから観光地だからってのもあるかもしれないけど、それにしてもこれだけの人が観光している余裕なんて……」
事前に地図で確認していたことだがここからは観光地帯の入り口として飲食店はもちろん、軽い日用品の販売店、それに宿泊所まで揃っているちょっとした複合施設だった。
ぐぐぅ~
美味しいにおいが漂ってきたら急に腹の音が鳴ってしまった。
「えっと……、みんなお腹空いていない?」
「あー、空いてますよ。どこか食べることができる場所は……」
「んーっと、私も実は腹ペコなんだけどどこも満員のようだね」
「私もそろそろ食べたいけれども、それにしても……」
「どうしました?」
「いや、やっぱりちょっと人が多すぎるなぁって」
確かに花耶の言うとおりだった。ここの様子は事前に調べたり人に訊いたりしたわけだがこうも混んでいるのは予想外だ。飲食店らしき場所はどこも外まで人が並んでいる。
「ねえ、確か今日泊まる場所って……」
「一応ここで宿を探すつもりだけれども……」
なんだか嫌な予感がしてきた。本当なら予約をしたいところだがあいにく今の世の中予約なんてできる宿は一握りしかない。でもなんだかんだ言ってどこかに泊まることができる、そういった状況になっているはずだった。だから計画に甘さが出たのかもしれない、そんなことを考え出してしまった。
「あっ! あそこは?」
「おっ!」
はずれの方に食事もできる宿マークがある店が見つかった。中心地よりも人は少ない場所だがここは営業中のようだ。
「いらっしゃーい! 何名様で?」
「4人です」
「あいよー、そこのテーブルで」
「どうもー」
荷物を降ろし案内した席に着く。
「ふー、やっと座れた!」
水面ちゃんが喜ぶのも分かる。俺も座ると足の疲れをより一層実感した。
「あはは、冒険者ですかい?」
そう言いながら店員さんが水を出してくれた。
「ええ、これから立山の方に」
「そうかいそうかい、無軌条電車があるところまでは大変だと思いますがね、自然が豊かなんでハイキングだと思って楽しんでくださいな。あ、ただ……」
「え?」
「……? どうしたんですか?」
「あー、いや。無軌条電車が復活したのは良いんですがそこまでの道がどうやらダメになったようでしてね、ちょいと遠回りしなければならないんです」
マジか。それは困る。ただ、とりあえず今は何か腹に入れたいか、
「それ後で聞かせてもらってもいいですか?」
「ええ、まあ。自分の知っていることなら……」
「ありがとうございます。それと注文なんですが……」
すぐにできそうなものからまずは頼む。そして、しばらく待つと料理が出てきた。
「おっ!」
「この魚!!」
追加した料理も含めてどれも美味しかった。当たりだ。どうやらここは観光客向けというよりは地元の人達が中心になって楽しむ店のようだった。なので一気に観光客は来ないがどの時間になっても一定人数の人がいる。ここなら色んな情報が集まってきそうだ。
「ごちそうさまでした!」
「あいよー、そうそうさっきの話ですけど……」
ありがたいことに少しだけ俺達のために時間を割いてこちらの出した地図に沿って説明してくれた。それによるとロープウェイまで一番早く行くことができるルートがつぶれたらしい。代わりのルートは大回りになるがそこからちょっとした列車に乗って別方向からロープウェイを目指すというものだった。予想以上に人がこの場所に居るのも交通網の変化によるものだとか。
「はあ、マジか……」
「ま、まあそんなこともありますよ」
「そうだよ! それにこっちのルートのほうが時間はかかるけれど歩きやすいみたいだし」
「あ! そうだ」
「どうしたの?」
「宿よ、宿。ねえ、店員さん?」
「はい?」
「ここって宿泊できたりしますか?」
「確かにここでもできますが……、申し訳ありません、実は宿泊分は今日満員になっていまして……。もともとは料理屋一本でやってきたところなんで部屋がそんなに無いんです。他の宿もおそらく……」
「えっ、じゃあ今日は野宿?」
水面ちゃんの表情が固まる。
「風呂……風呂……」
花耶がぶつぶつ言い出した。
「あら、あんた達今日泊まる場所無いのかい?」
お客さんの一人が話しかけてきた。
「え、ええ、まあ、はい」
「それならあそこがあるわよ、ほら、ちょっと行ったところにある温泉宿」
「ああ、あそこ!」
「そうよ、あたしも若い頃はよく浸かったわ~」
「え? そこってどこですか!?」
どうやら、少し行った道を曲がると温泉宿があるらしい。ここの施設群とはまた違った場所にぽつりとあるからあまり知られていないとか。こうなったら、とそこが埋まっていないことを信じて俺達はすぐに店を後にした。
*
「あれ? でもアキさん、あそこって、ほら……」
「あ、そうだったかしら。でもおかしいわね、最近そんな話をしたばかりなんだけど」
「こりゃ、あの人ら……」
*
もうほぼ夜道だ。ところどころ現れるモンスターを退治しながら地図を頼りに進んでいくと、
「あれじゃん!!」
「こりゃ立派な……」
こじんまりした想像とは裏腹にかなり大きな宿に期待が膨らむ。
「ごめんくださーい」
「受付にはいないわね……」
コツンコツンコツン
すると足音が聞こえてきたと思ったら一人のおじいさんが姿を現した。
「ああ、こんばんは。どうなさいました?」
「あの、今晩ここに泊まる事ってできるでしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ。部屋も空いています」
「じゃあ、4人で1泊お願いします! あ、できれば二部屋で」
こうして無事、今晩の寝床は決まった……はずだった。
とりあえず荷物を部屋に置き、温泉に向かう。花耶達も温泉に入るとのことで上がったらロビーで待ち合わせることになっていた。
「どうでしたか、お湯は?」
おじいさんがそう聞いてきた。
「良かったです。なんというか疲れみたいなのが一気に出てくるようでした」
実際に疲れを引き出されて眠気も少しずつ感じ始めた。
「それは結構なことで。ところで今ご覧になっているのは……」
「ああ、討伐依頼です。この辺りにいるモンスターの確認にもなりますので」
「あの~、すみません。冒険者さんですか?」
声のした方を見ると女性が二人、浴衣を着てこっちを向いていた。
「ああ、この方達もお客様でして」
「そうなんですよ~。ところでお兄さん、私達と一緒に討伐に行ってくださらない? 実はこのモンスターを倒したくて」
掲示板の指さした先にはレッドワイバーン。まあ倒すのは問題ない。ただ、
「あぁ、ごめんなさい。せっかくのお誘いなんですがこの後連れが待っているので」
「あら、そうだったんですか」「残念だわ~」
そう言って、二人は二階に通じる階段を上っていった。
「ではあたしも失礼させてもらいます」
「ええ、おやすみなさい」
まだ花耶達は出てこないな、なんてことを考えながら何気なく新聞を手に取る。こういうのも趣があっていいなぁと思っていたら、
(あれ? これ……、どういう? 日付とかが……)
「待った~?」
花耶だ。水面ちゃんもいる。
「いや、そんなことはないよ」
「そう、じゃあ行きましょう?」
「は? どこに?」
「どこって討伐よ、討伐。ささ!」
「ねえ、早くしてーーー」
「ちょっと待って? 今日は早く寝るんじゃ……それにアキラちゃんは?」
「早く行きましょう」
「え、ちょっ」
花耶に腕を抱かれ強引に外に連れ出される。
「ああ、いってらっしゃい。お気をつけて」
いつの間にか受付にいたあのおじいさんが見送ってくれた。
*
「リョーマさん遅いですね」
「お兄ちゃんってこんなに長風呂だったっけ?」
「いや、そんなことはないと思うけど……」
「ねえ、おじいさーん、おじいさんいるー?」
「ああ、どうなさいました?」
「私達と一緒にいた男の人ってここに来ませんでした?」
「ああ、その人なら外にいますよ」
「えぇ……なんで? 涼んでいるのかな」
「いや、でも待ち合わせ場所には基本的にいるはずだけど……。あの、すみません、その私達と一緒にいた男の人なんですけど何か言っていましたか」
「いえ、特に。女性の方と一緒に楽しそうに出ていきましたよ」
「はああああぁぁぁぁ!!??」




