TIPS13 とある地域の伝承
「スンダマ様なんて嘘っぱちだ」
祭囃子が聞こえ、至る所が橙色の灯りで照らされ、少し離れたところからは出店のいい匂いがしている。祭りの雰囲気を大勢の人が楽しんでいる中、一人の少年は不機嫌そうに一言呟いた。
「こら! 滅多なことを言わないの!」
「だって、一哉は……」
「なにか面白そうなことを話していますな、いや失敬。面白いというのは不謹慎ですな、藤堂さんの息子さんも早く意識を取り戻して元気な姿をまた見せて欲しいものです」
「ああ、これは…… ごめんなさい、うちの子も反抗期を拗らせちゃったようで……」
「反抗期じゃないって、何度言えば……」
「もう静かにしなさい。本当にごめんなさい、せっかくのお祭りだって言うのに」
「いえいえ、いいんですよ。私も小さい頃は疑問を持っていました。でもね、」
次は少年の方に視線を向ける。
「スンダマ様がいてくれるから私達は平和に暮らしていけるんだって再確認せざるを得ないんだよ。このお祭りも今までにないくらい盛大にやって歓迎しなきゃならない。それがここに住む私達の使命、もとい暮らしの一部だ」
初夏に差し掛かろうとしたこの時期、昼間の直射日光に当たれば暑さを感じてしまうが陽が落ちれば関係ない。急に涼しくなり、一枚羽織らなければ外に出る気がなくなるような人もいる。
ここは北陸にある村、と言っては大きすぎるが町と言うには小さすぎる、それくらいの規模の国内有数の巨大ダムが近くにある中山間地域だった。
「では私はまだ準備があるのでお暇させてもらいます」
「こんな日なのにお疲れ様です、ほらあんたも挨拶」
促され、しょうがないような態度で少しだけ頭を下に向ける。
「本当にあんたは……」
「ははは、まあこの時期の子供はそういうこともありますよ。では」
祭を取り仕切るうちの一人の男性を見送ったあと少年は待っていたかと言わんばかりに、
「なあ、俺ちょっとその辺歩いてくるわ」
「勝手にどこか行かないの!」
「別にいいだろ? つーか、一緒にいるの見られたらその……」
「あれ、お兄ちゃん恥ずかしいの?」
「ユズはここぞってばかりに……、ああそうだよ、そんな感じ。だからいいだろ?」
「もうしょうがないわね。でも演舞はあと20分くらいしたら始まるからね」
「わーったよ」
スンダマ様。
この地域に伝わる妖怪だか神だか、とにかくそういった存在がいるという伝承。
龍のような長い体に四肢。
牛のような角。
ワニのような顎を持ち、まるでその大部分を隠すように白い面を付けている顔。
体半分は黒く長い毛におおわれている。
形容については多種多様な情報があるが真意は定かではなく様々な生物の特徴を持つらしいしそもそも決まった姿ではないとかなんとか。この祭りもスンダマ様をもてなし人々とその生活の安全を祈願するためのものとして行われていた。
ただ、ここまで盛大になったのは今年からだ。今まではそもそもスンダマ様なんてのは地域に住む一部の人しか知らなかったし図書館で埃をかぶっているような古い文献を調べまくってようやく探し当てるような存在。つまりは忘れかけられていた伝説だ。まあそりゃそうだろ。現代は不可思議なことがあればどこからでも察知できる。だからこういった得体の分からない存在というのは不思議さも怖さも無い。ただ、状況が変わった。
今までの監視システム、って言っていたっけ? それが大部分機能しなくなったようだ。だから守ってくれたものが急に無くなったという恐怖に人々は包まれつつあった。そういう背景のもと、とうとう現れたのだ。
「私達はスンダマ様を見たの!」
そんなことを言う人が。しかも一人や二人じゃない。こんな状況だから自分達の地域の伝説が守り神になった、だから今こそ加護にあずかろう。そのような意見が出始めてあれよあれよとこれまでは行われない年も普通にあった祭りが盛大に行われることになった。
「馬鹿らしい……」
人混みを離れながら思わず独り言がこぼれる。確かにスンダマ様らしきものを見たことがある。でも他の人よりも俺‟達”はより近くで見た。見てしまった。かなり巨大だから全体像までは確認できなかったがあの造形は間違いなく……
ガヤガヤガヤガヤ
人混みを離れていても聞こえるくらいに急に話し声が大きくなり人々の動きが活発になったのが分かる。演舞が始まるのだ。さすがにそろそろ戻るか、そう思いながら母と妹の下へ向かった。
歩きながら神社の舞台に出てくる一人の巫女に目が奪われた。同級生、たまに話す程度の地味な女子。彼女は神社の家系らしく、その姉は華やかで美しい容姿とここら一帯では語り草だった。その姉は今、巫女姿に身を包んで舞を行おうとしている。
値段は高いが空気と合わせて喰えば格別の屋台の食べ物、にぎやかな参道、憧れで美しい女性の舞。本来なら1年で1度きりの特別な日なのにどう頑張っても楽しめない。
「誰か、誰か…… このままじゃきっと、この状況を変えてくれるような、そんな人が……」
もやもやとした気持ちも実現はされないだろうとあきらめ、でも言ってみたくなるような願いも祭囃子と一緒に満天の星空の向こうに吸い込まれていった。




