TIPS10 槍の名は。
「ではこれよりアウェイキング作戦を決行する」
ロッキー山脈に作られた多目的地下基地。公にされてはいないが半世紀以上にわたってアメリカの軍事機密の集積所の一つとして機能している。
「アルバート特務中尉、元気がないな。思うことがあるのか?」
「いえ、そんなことは。ただ、いざ本当にやるとなるとどうしても……」
「いまさら何を言っている? これは明確な人類に対する敵対行動だ。すなわち大規模なテロと言える。本来の目的とは違うが今こそアレを使う時だ」
(本来の目的とは違う、か…… よく言うよ)
高度約1800kmの地点に浮かぶ[LEO特殊工作プラットフォーム]。
名目としては宇宙空間から飛来する物体から事前に地球を守るためということで新国際連合の承認の元、日本のとある特区から材料ブロックが打ち上げられ、宇宙空間で組み立てられた。地球への落下コースに入る宇宙ゴミや隕石を壊すことが目的とされているが空から地球を監視し、不穏分子に対する武力制圧を目的としているのは明白だった。反対運動が懸念され、ほんの一部の情報しか民衆には知らされてはいないが攻撃性能の高さは各国の関連軍や組織には周知の事実だった。
「目標は忌まわしき夢を見せている元凶、電子基板脳間無線接続ネットワーク、つまりはBEBWICONの中枢機関の一つ。全世界に20ある内のたった一つだけだがこれを破壊することがこの下らぬ混乱を終わらせる偉大な一歩となる。座標設定は59.956759, -15……」
指定された座標通り数値を入力した。幸いなことにLEO特殊工作プラットフォーム関連のOSの制御はメサイアとは独立した人工知能を用いている。その所在地は宇宙空間。なので未だにメサイアの管理下にはあらず、こちらの指令を送ることもできるから今回のような未曽有の出来事があっても問題なかった。
「それにしても1つだけに頼りっきりというのは脆いな。このコンピューターの演算能力は世界で5位。断トツ1位のメサイアとは天と地の性能だがそればかりに頼った世の中は見ろ! 慌てふためき文明は戻りつつある。この混乱を打破した暁には私達は間違いなく英雄として後世に語り継がれるだろう」
「ははは、仰る通りです」
「ええ、まさに人類にとってのヒーローです」
(だといいけれど……)
「入力終わりました」
「そうか、なら最終調整に移行する。シークエンス開始」
「「「「「了解」」」」」
「第一小型ブースタージェットソン、続いて第二小型ブースタージェットソン。30秒後に再計算に入ります」
「第二、第三制御装甲セパレート、異常無し。クラスノヤルスク級装填完了」
「コンデンサー充填、補助追尾レーザー同期。レール内及び回路の電圧、隔壁イオン濃度オールグリーン」
「大気内断熱圧縮予想正常、地場・重力・コリオリ相対速度ともに問題ありません」
「U-RCS動作継続中、各スラスター異常無し、光学管制及びテレメーター・レーダー追跡確認オールグリーン」
「再計算終了後、射出設定をする」
「了解」
「再計算終了、異常無し。これより操作はオートに移行、秒読み開始します。-58秒、57、56……」
秒読みが終わった後にプラットフォームから目標地点に向かって棒が発射される。棒と言っても実質は戦略質量兵器だ。レーザ加速と電磁誘導を用いて地中まで貫通する弾を宇宙空間から射出する。地球外に向けて放つこともできるが例えば隕石の破壊が中緯度でも間に合わずに地表すれすれまで接近を許してしまった場合などには最終防衛ラインとしての機能もあって地表に対しても射出することができる。
これから行わる攻撃は世界初となるだろう。クラスノヤルスク級を始めプラットフォームに装填されている質量弾はミスナイ・シャルディン効果を用いてはいないが一応は自己鍛造弾の一種ではある。5層になる複合金属と芯で構成されたこの15メートル以上の‟弾丸”は大気中で外側の金属が順に溶けていくことで流体力学的に理想的なフォルムとなって着弾する。
「さあ、いよいよ世界を我々の手で取り戻す時が来た」
まあそれもあるだろうが、ここでもしも作戦が成功したらこの准将はおそらく軍内での発言権が不動のものとなる。それはすなわち地球、そして宇宙での軍事行動に絶大な影響力を持つことにつながる。一時期は米国の大気圏外での存在感は絶対的だったが少し前から日本が台頭し始めてきた。友好を示しつつも焦っていた国と軍、その真意をくみ取るだけではなく組織として再び覇権を確固たるものにした時に自分個人としても実権を握りたい、おそらくこんなところだろう。野心家なところがある軍人だ、別に驚いたりはしないが。そんな事を思っているといよいよ運命の時間がやってきた。
「……3、2、1、射出します!!」
思わず身構えてしまった。離れてはいるが着弾を予想するとここまで衝撃が伝わってきてしまうかもしれない。そんな気さえもするのがこの作戦だった。しかし、予想は思わぬ形になる。
シーン。
空気の音があるならそれしか聞こえないとさえ思える。警戒音も鳴らず、点滅ランプもマイナス秒時点と変わらない。モニターも射出後の映像には切り替わっていなかった。
「おい! どういうことだ!? 射出はされたのか?」
「いえ……!? 秒読みは続いています。+3、4、 えっ!?」
「なんだ!?」
「それが…… 再計算に入りました。-280、279……」
「第七から第九制御装甲がセパレートしました! さらにマルチブースター再点火」
「どこが、誰が操作している!?」
「誰もしていません! ここに居る者しか2Aプラットフォームには指令を送ることができないはずです」
「じゃあこれはどういうことなんだ!」
「あの……」
「今度は何だ!?」
「装填されました…… キャニオン・ディアブロ級が2本、目標座標は……(44.232855, -109.392899)、ロッキー山脈内……、第七特殊基地、つまり……」
准将の顔が一気に青ざめる。だが、ここまでのし上がってきた判断力は健在だったようだ。
「全員退避だ!!! 急げ!!!」
「どういうこと!?」
「狙われたんだ!! ここが!! 山脈の下の基地だろうとキャニオン・ディアブロ級には関係ない! 発射までの4分、全力で逃げろ、何もなければそれでいいがもしも射出されたら終わりだ!!」
(‟狙われた”!? どうして? だって管制室はここしかない。コントロールを奪えばそれも可能だがそんなことができる人物なんて…… いや、人間……じゃ、ない……!?)
*
その後の彼らの行方は誰もわからない。
ただ一つ分かったことがある。この日、宇宙から質量弾が二つ地球に放たれた。衝撃波は容易に中東付近まで届き、核のような汚染は無いにせよ、着弾点を中心に同心円状の痛々しい破壊跡が形成された。美しい外の自然は吹き飛んだが地上については些細な変化でしかない。地中へのピンポイントの破壊力は凄まじく、地下にあった基地に向かって地面をケーキの中を弾丸が進むように貫通し、それでも止まらずに地下基地よりもずっと奥まで貫いたことが後々明らかになった。




