第五十三話 アップデート ver:class2
「準備は大丈夫そう?」
「はい、昨日の内に済ませたので。でもリョーマさんいいんですか?」
「え、何が?」
「いえ、こんなに早く出発して。皆とお別れとか……」
「ああ、そういうことか。大丈夫だよ、昨日挨拶はしてきたし。まあいつ帰ってくるかはわからないけどここに戻らないわけじゃないからさ」
日が昇ってすぐ。暑さを感じさせない空気が漂っているうちに俺達は目的地に向かうための長旅に出る。昔なら2時間あれば行けるはずだが今は何日かかかるかわからない。それに目的を済ませたからと言ってもすぐに帰ってくるつもりもなかった。
玄関のドアを開け、二人そろって外に出る。
「では短いような長いような、でもしばらくお世話になりました」
アキラちゃんが誰もいなくなった家に向かってそう言った。結局3週間近くここにいることになった。数字で思い返せば長いようだがあっという間にこの日を迎えたと感じるのはアキラちゃんも同じなんだろう。庭に生えていた虹色の花びらを持つゲーム特有の植物も今となっては見慣れたものになっていた。
「さてと、じゃあ行こうか」
「はい!」
まずは南に向かうために大通りに出る。そこに通じる道を歩き始めたら、
タッタッタッタッタ
「ちょっと待ったーーー!!!」
「え?」「なn!?」
そう言いかけながら振りむこうとしたところで腰らへんに衝撃が伝わってそのまま倒れそうになった。でも今度は踏みとどまる。
「水……面ちゃん?」
「どうしたんですか……?」
「私も連れて行って! 名古屋方面に行くんでしょ!?」
「何で知ってるの?」
「あ、ごめんなさい。私が前にそんなこと言ってしまって……」
「そうなの? いや、まあそれはいいとしてどうして一緒に?」
「それは私からもお願いするわ」
水面ちゃんの後ろに三人の人影。京極寺さん、佐伯さゆり、そして花耶の姿があった。
「どういうこと?」
京極寺さんと水面ちゃんの両方に訊くような感じになったが先に口を開いたのは水面ちゃんだった。
「私が前にいたところ、東海特区に連れて行ってほしいの。みんながずっと気になっていて……」
東海特区。愛知ー静岡の臨海地域において30年前から企業主導で急速に発展し新たな産業についていけなくなりつつあった日本の再興の起爆剤になった経済産業特別区域の一角だった。その場所の特徴の一つが世界初の大型のチューブ・リニアマスドライバーが設置されたことで世界中から物資が集まり、宇宙に向かってそれが飛ばされた。莫大な利益をもたらした東海特区は様々な海外資本の企業も集まったがその出資者・従業員の子女が通う学校のある学園都市は外とは交流がしにくくなっていた。水面ちゃんも学園都市の生徒の一人だったが本来は春学期の真っただ中のこの時期、あの混乱が起こったとはいえ皆に会いたいしなにより安否が気になっていたようだ。
そのことはずっとさゆりさんにそれとなく言っていたようだったが俺は全く知らなかった。心配する顔を見せまいとしていたようだ。ただ、俺達が名古屋に向かうと聞いていても立ってもいられなくなったようだった。
「いや、でも今日突然言われても……」
「それは本当に申し訳ないわ。佐伯さん達からは少し前から相談を受けていたんだけど正直判断をしかねていて。もう少し後なら交通も整備して近くのギルドと連携もしてさゆりさんと一緒に行けると思うんだけど……」
「でも、そんなの待てません! お願い、私も連れて行って」
「そこで八雲君、無理を承知でお願い、いえ、ギルドとしての任務を言い渡します。佐伯水面さんを東海特区に連れて行ってください。それでいいですか、さゆりさん?」
「はい、私からもお願いします。龍馬君、」
いつも、水面ちゃん関連の事ではどこか申し訳なさそうな顔をしているさゆりさん。別に俺にとっては困る事でも何でもなかったのだが今回はちょっと事情が違ってくる。そのことを意識しているように今まで以上に申し訳なさそうな口調、でも力強く、
「いつも無理を言って本当にごめんね。でもどうか、水面をお願いします。彼女にとってあの学校で仲良くなった子達はとても大切な存在なの」
それは分かる。実際に度々連絡を取っていた水面ちゃんはあの時よりもずっと活き活きとしていた。どういう生活をしているのか詳細は知らなかったが少なくとも初めて会った時の彼女とは全く違っていた。それは水面ちゃんのそばに友人がいたことが確実に影響しているのだろう。ただ、二人の強さは十分わかっているとはいえどういう旅になるのかわからない。何事もなくあっさり目的地に着くかもしれないし、危険が多く潜んでいるかもしれない。もしも、後者なら無事に二人を守れるのか……
「あなたが不安そうな顔をする理由もよくわかります。だから、もう一人同行をお願いしたわ。ね、水鳥川さん」
「リョーマ、私も行くから」
「花耶?」
「私じゃ不満?」
「いや、そんなことはないが……」
「それにあなた一人だと絶対に無茶するでしょ」
う……。それは否定できない。実際にこの間の対抗戦ももしも現実世界だったら俺は確実に命を落としていた。
「だからさ、互いに互いを助け合って守り合って進むの。それでいいんじゃない?」
「でも花耶はいいの? せっかくここに戻ってきたのに」
「私は家族のみんなが元気だったのを確認したからそれでいいわ。でもこの子はそうじゃないでしょ」
水面ちゃんの顔を見る、次に花耶、そしてアキラちゃん。アキラちゃんは何も言わないが特に拒む理由は無いという表情をしている。
深呼吸。そして、意を決する。
「分かった。でも今から一緒にすぐ行くわけにはいかない。どういうルートを進むのかとかを改めて二人に知ってもらいたいから一旦家に入ってもらっていい?」
「え、じゃあ……」
「うん、一緒に行こう。京極寺さん、その任務を必ず完遂するね」
「そうこなくちゃ」
もうしばらくは来ないと思っていた家に再び入るのはちょっと不思議な気分になる。簡単に俺達のまとめた計画を新たに加わった二人、そして京極寺さんとさゆりさんに説明した。
「真っ直ぐ南に向かう訳じゃないのね」
「うん、どうやらここがちょっと危険の連続みたいで」
「おそらくそのルートで問題無いわね。確かに悪い噂は入ってくる場所は回避している。ただ、ここはちょっと気を付けてね」
「ここは……、ダム付近?」
「ええ、初めて見るモンスターが出るそうなの」
「うーん、見たことがないモンスターか……」
初見のモンスターも武器もそこまで驚かなくなった。用心するに越したことはないがかといってそればかり気にしてはいられないからなぁ。
「まあ最近は今までの知識外のことも普通にありえるから珍しいものが珍しくはないわね。ただ、4人ともこれだけは守って」
何だろう。さらに真剣な雰囲気を作り出した。
「危険だと思ったらすぐに引き返すこと。何があっても安全優先ね」
「ああ、わかった。約束する」
そして、ほんの一時間ほどの話し合いは終わった。まだ気持ちは落ち着かないがどうやら当初の予定よりも様変わりした旅になりそうだ。
「あ、すみません。一旦中に戻っていいですか? 忘れ物したかもしれなくて」
「わかった。じゃあ俺達はここで待っているよ」
外に出た直後、アキラちゃんが再び家の中に戻った。それにしても、いよいよこの場所ともお別れか、そんな事を思っていたら、
「あっ! アレ!!」
水面ちゃんが上空を指さす。なんだろう、空を飛んでいる。どんどん近づいてくるそれが何かわかるまで時間はかからなかった。
「うそ、こんなところに!!」
「紅竜か」
出現頻度は極めて少ないレアモンスター。それが俺たちめがけて迫ってくる。
「にぎやかな門出になりそうね」
「本当にね」
花耶がテンペストを取り出し、俺も武器を取り出そうとした瞬間……
「えっ!?」
「何々?」
どういうことだ。
さっきまで目の前にいた紅竜が突然消えた。それに花耶の持つテンペストも。取り出して出現させたはずの俺の竜も。それだけじゃなく、庭に生えていたゲーム由来の植物もない。あたりが殺風景だが同時に懐かしく感じてしまう。これじゃあまるで……
「元の……景色?」
京極寺さんがそう言う。その通りだ。あの日以前に見えていたであろう風景だった。ただ、それも束の間。
ギャォォォォォォオオオオオ!!
咆哮が聞こえた。さっきいた紅竜が空中にいた。花耶も刀をいつの間にか構えているし、何より俺が出現させようとした双竜(AA)も空を飛んでいた。
よくわからないが今はあの襲い来る紅竜を倒す。空中で2体の竜はぶつかり、繰り出される炎の息を機械状の翼が防ぐ。そして、尻尾で紅竜を突き刺した双竜はそのまま腕の力で地面に向けて投げた。空中での三次元操作もだいぶ慣れてきた。
間合いに入った相手に花耶のテンペストのスキルが当たり、上空からのAAの突進でそのまま紅竜を倒した。
「お見事ね。それなら大丈夫よ」
「お待たせしました! あれ、どうしたんですか」
「ちょっとモンスターが現れてね。でももう倒したから」
4人が揃った。これから何が起こるのかはわからない。でも、それぞれの目的のために歩き出した。
「あれ、どうしたの?」
「あれさ、いえ、なんでもないわ」
さきほど倒した紅竜がいた地面をじっと見つめていた花耶だがすぐに一緒に歩き始めた。
「じゃあ京極寺さん、お世話になったよ」
「それを言うなら私もよ。色々助けてもらったわ。でもあなた達にとってはこれからが本番。まあそれについては私も同じだけどね」
名残惜しさを覚えてしまう前に別れを軽く済まし、俺達は歩き出した。
*
「行ってしまったね。いいのかい?」
「何がよ」
「うーん、別に」
4人を見つめる京極寺慧香の隣にはいつのまにか少しに笑いをこらえている京極寺徹獅、そして須加聖慈が姿があった。
「ところでさっき一瞬だけ戦っていたモンスターも武器も消えたんだがそっちはどうだった?」
「ああ、なんかそんなことあったわね」
「ここに紅竜が現れたんだって? 情報が入って駆け付けたが……」
「もう倒したわよ、あそこで彼らが」
「ははは、相変わらずだな。ん?」
「聖慈、どうしたんだ?」
「倒してからどれくらい経った?」
「さあ、3分、いやもう少しかしら」
「おかしいな」
「え?」
「じゃあ普通なら戦闘跡は戻っているはずだが」
「言われてみれば…… 修復しきってないわね」
先ほど勢い余ったAAの攻撃が地面を抉ったがそれはあくまでゲームとしての演出のはずで人間相手だとまた違うようだが地面などは大抵の場合はその痕跡は修復される。だが、そうではなかった。
「なあ、これってもしかして……」
*
「あらお二人さん、ちょっといい?」
ある者は森の中で二人の美女に誘われる。
*
「なあこんなところに洞窟なんてあったか」
「いや、演出だろ。実際に穴があるわけじゃ……、え?」
ある者は今まで目にしたことが無い場所を発見する。
*
「しょうがねえよ、新しいシェルターに行くしかないって」
ある者は今まで住んでいた場所が一瞬で壊されてしまう。
*
世界の変化はさらに加速していった。
当初の予定よりも1章がずっと長くなってしまいました。




