第五十一話 旅支度はワクワクするけど・・・
暑い。でもカラっとしていて潮風が気持ちいい。晴れた日は特にそう思う初夏に入りかけたこの時期。今年はどうやら空梅雨らしくこれらかも雨の心配はなかった。
目の前にあるのは昔見たころと変わらぬ海の景色。強くなってきた日差しを存分に反射した海が眩しい。この辺りに出入りする小型の船の安全を確保するためにギルドとして港湾に派遣されたがやることは相変わらず出てきたモンスターを退治するだけでもうルーチンと化していた。だから体は忙しいが頭の中は実は暇だったりする。まあそんな事を思っているといつ不意にやられてしまうかわからないから注意は怠らないがどうしても退屈さからは逃げられない。ただ、そんな気持ちを初夏直前の日本海の風景が晴らしてくれた。
「おーい! そっちいったぞーーー!!」
「はーい!」
海の近くに出没する怪力ガニの一種。強大なはさみと硬い甲羅を持つが背と腹の間、少し隙間になっている部分を切ればすぐに倒すことができる。
「これで最後」
出現した怪力ガニをすべて倒したことを確認する。
「よう、調子はどうだ?」
昨日一緒だった前嶋さんが様子を見に来てくれた。
「あ、お疲れ様です。問題ないです、そちらは?」
「俺達もさっき仕留め終わったところだ。まあそれはいいんだ。じつはちょっと頼みごとがあってな。交代の時間までまだあるが他事をやってもらっていいかな?」
(?)
「あ、はいなんでしょう」
「実はな、今日港に運ばれた荷物を倉庫に一旦置かなくちゃならなくてな。そのために車両を運転するんだが参ったことに運転できる奴が今日休んで代わりのメンバーもいないんだ」
「はあ」
なんとも気の抜けた返事を返してしまう。
「ってわけで運転を一緒に頼む、どうしてもあと1台トラックを使わなくちゃならないんだ」
「え? いや、確かに免許はありますけどレバーをガチャガチャなんてやる運転の仕方はやったことがなくて……」
「まあそうだろうな。だからこれから教える、持っている免許は自動運転限定か?」
「はい、そうです」
「まあそれなら基本的な理屈は習ったろうし、あとはクラッチとアクセルらへんを実戦で覚えてもらいたいんだが、大丈夫か? 何、今の時代こういうのを動かせて損することなんてないぞ、それにもう練習時間を特別に貰ってるんだ。一応運転する範囲は全て港内って規定されているからその免許でもなんとかなる」
おいおい、強引に話が進んでるぞ。ただ、前嶋さん一人で荷物を運搬したらそれこそ時間外もいいところだしこれからの物流にも影響が出る。
「……わかりました。やってみます」
「いいな、そうこなくちゃ。ゲームも得意なんだろ? それだと思えばへっちゃらだ」
そんなものかと思いながらいざ車、ではないな、運搬用だから普通の車よりもずっと大きい。
「じゃあ今から2時間教えるから全力で覚えてくれ、これを理解すればバスでもある程度応用が利く」
2時間か、マジか。短い。ただ、たった1kmの間を往復するだけだ。たったのそれだけ。それに必要な技術・知識をここで全て理解して身に着ける。
「じゃあ行くぞまずはエンジンをかけて……」
*
「あっおかえりなさい!」
「ただいま……、夕飯は食べた?」
「はい、頂きました。それにしても遅かったですね、というより凄く疲れていませんか?」
「ああ、まあね。ちょっと今日は慣れないことをしたから」
「え? 港湾警備の任務なんじゃ……」
「そうなんだけどトラックの運転もしていたんだ」
「えー!! 昨日乗ったああいった感じの車ですか?」
「そうそう、それ」
「大丈夫でしたか? その、昨日の様子を見る限り初めて見たようだったので」
「まあ予定よりも時間がかかっちゃったけど何とか事故とかは起こさずに済んだよ。でも未だに運転しているときの妙な感覚が体から離れないや」
「それはそれは、お疲れさまでした」
「ああ、ありがとう。じゃあちょっと食べてくるから、あっそれと明日の買い出しは直売所ね」
「わかりました!」
*
「それ新しく買うんですか?」
「うん、今持っているのだと小さすぎるからね。このバックパックくらいならちょうどいいかな」
「なんだか旅行の準備をしているみたいですね」
「あながち間違っていないね。少し歩かなくちゃいけないところもあるけれどなるべく動く乗り物で乗り継ぎながら進むつもりだし」
「向かうのは名古屋方面でしたっけ?」
「うん、安全そうなルートを確認したら名古屋が一番辿り着きやすそうだったからね。まあ立山を突き切るからちょっと遠回りにはなるけど」
「そのルートだとダムとかありますよね」
「そうそう、知ってるんだ! 観光名所ってことで昔ながらの移動手段が健在だからそれを使う予定」
「なるほど、ますます旅行みたいですね!」
「ははは、まあね」
彼女の言う通り本来なら1世紀以上にわたって治水と電力供給をし続けたロマンあふれる観光名所を楽しむ旅行って捉え方もできるんだが今は正直不安も大きい。通行が確保されている以上人が多く、それ故プレイヤーも多いとは思うがそれでも何があるのかわからないのが今の世の中だ。
そんな事を考えながら、しかし、旅行前のワクワクを抑えられずにはいられない会話を繰り広げているこの場所。
海と陸両方からの荷物が集まる集積所の近くの直売店。今日はここで旅支度を整えるために様々な用品を買いに行った。
「えーっと雨具と服も新しく買った方がいいな。それと冷却アイテムも時期的にいるか。アキラちゃんはなにか欲しいのは見つかった?」
「うーん、いざ来てみたら何かあると思ったんですけどどれも一応間に合っていて……、あっこれ!」
「ん? あー地図か、確かに今はちょっと不安定だからなぁ。紙の地図もあって損はないな、それに、うん、発行された年もちょうどいいな」
「発行された年……ですか?」
「そう、どうやら景色が前とはちょっとずつ違ってきちゃったんだって。そういう時に目視が当てにならないから暴走が起きる前に発行された地図を見て今自分がどこにいるのかどうかってことを確認すると役立つみたい」
「そういうことですか」
「この地図は暴走前だし、かといって古くもない、ちょうどいいね。掘り出し物だわ、これも買っておこう」
「あれ? リョーマ」
声のした方に俺とアキラちゃんがほぼ同時に視線を向ける。
「カーヤさん!」「お、花耶も買い物?」
「うん、ここに来ればほら、日用品は揃うし。でもリョーマは日用品ってわけじゃなさそうね……」
「いや、一応そういうのも買うには買うけど他にも揃えたいものがあるから」
「やっぱり行くんだ」
「もともとその予定だったからなぁ。むしろ思ったよりもここに居る時間が長くてちょっと自分でも驚いているよ」
「ふーん。いつ出るの?」
「4日後かな。なになに、見送りとかしてくれるの?」
「どうしよう、ちょっと考えておくわ。じゃあね」
「あ、じゃあ、また明日」
あれ……なんだか思った返しとは違っていてちょっと困惑してしまったぞ。俺自身もちょっとしみじみしてしまいそうな気持ちが出てきたから軽い冗談を言ったつもりだったんだが。
「うーん、「考えておく」ですか……」
アキラちゃんも俺と同じような反応をしていた。すでに目的のもの買い終わっていた花耶が帰るのを確認しながら俺達は引き続き必要そうなものをカートに入れていった。




