第四十五話 帰宅と確認
23時32分。
家の前に着いた。水面ちゃんを送るために少し遠回りをしたがなんとか日を跨がずに済んだ。今日はとりあえず打ち上げとかそういったことはする気分ではなかった。それは花耶も同じで浮かれたという感じではなく内心ホッとし、でも一抹の不安を残すような表情で「また、明日」と別れた。
やっぱり最後の京極寺さんのやり取りは気になるんだろう。まあそれも明日になれば分かる事だ。認証をし、ドアが静かに開く。
(もう寝ちゃっているかな)
なるべく足音を立てないように歩く。来賓寝室というのは大げさな言い方だがお客さんが泊まるための部屋に行くためにリビングに入ろうとすると明かりが灯っているのを確認した。ドアを開けると……
「あっ お帰りなさい」
「あれ、ただいま。起きてたんだ」
「ええ、ちょっと今日はまだ眠れなくて」
と言いつつ、目元にはクマが見える。疲れているはずだがやっぱりあの試合はそれ以上に強い興奮というか刺激になったのかもしれない。ただ、クマ以外は調子が戻ったようで一安心だ。
「ははは、まあ未だにあのマップの光景とか頭に浮かんじゃうもんね」
「それもあるんですけど……あ、いえ、なんでもないです。落ち着くまでもう少し起きていますね」
「うん。あと何か飲み物とか飲む?」
「えっと、お構いなく。さっき果物ジュースとか飲んじゃって、これ以上飲むと寝ているときにトイレが近く……」
まずい、応えにくいことを聞いてしまったのかもしれない。
「あ、そうか。なら良かった。じゃあ風呂に入ってくるから眠くなったら昨日みたいにあの部屋を使ってね」
「はーい」
湯につかりながら今日見た光景が次々と明滅する。長かったようで短く、でもやっぱり長い一日だった。とりあえずしばらくはここに居るとしてでもアレを確認しておかなきゃならないんだよなぁ。そうなってくるとどっちみち目指す場所は、まあそれよりも……
のぼせる前に上がった。寝巻、と言っても動きやすい普段着と変わらないが着替えを済ませる。再びリビングに向かうと俺の姿を確認して寝室に入ろうとする。
「お休み、この後ちょっとやることがあるから上に行くけど何かあったらすぐに呼んでね」
「えっ? 2階に行っちゃうんですか?」
「ああ、うん。」
あれ、どうしたんだろう。
「それって1階でできたりしません?」
「まあこのテーブルでもできるにはできるけど……」
「あの……、わがまま言って申し訳ないんですけどその……まだ不安で。なので昨日みたいにあそこで寝ていただけないでしょうか」
マジか。でもアキラちゃんがここまで主張するのも珍しいな。うーん、大丈夫だよな。うん、大丈夫なはずだ。
「わかった。じゃあやることが終わったらそっちの方で寝るから」
「本当ですか、良かった!」
そして、寝室に入っていく、と思ったが最後に振り返って、
「あ、それと私は接近したりしないので安心してくださいね」
「え?」
どういう意味だ……
「じゃあおやすみなさ~い」
まあアキラちゃんも眠そうだしこのままゆっくりしたほうがいいか。さてと、小声で……
「俺だ、八雲龍馬。MAPOS起動」
シーン
(はあ、音声認証はダメか。手動だとどうだ)
テーブルの裏にあるスイッチを押す。すると軽快な音が鳴り起動するのが分かった。
(良かった、ちゃんと点くんだな)
自分のコードを打ち込み、生体認証を済ませる。かつてはパーソナルコンピューターと呼ばれていた多機能演算装置は今は様々な家具にも組み込まれている。このテーブルもその一つだ。俺の部屋にある処理特化の演算装置に比べるとスペックは落ちるが今から確認することについては特段問題はない。
ネットワークへの接続を試みると一応UWW(旧WWW)に繋がることはできた。ただ、かなり制限を喰らっている。
(しょうがない、1つずつ試していくか)
その後はいくつか確認したいことを調べていき、そろそろ眠くなったと思ったら深夜1時30分を過ぎていた。さすがにドリンクを飲んでまでやる事じゃないと思い、キリが良い所で俺も寝ることにした。
ゆっくり扉を開けるとアキラちゃんは寝息を立てていた。そういえばこの子についても手続しておかなければならないな。まあそれはまた明後日以降で大丈夫か。
寝るために目を閉じると真っ暗をイメージしたいのにさっきまでの戦いの様子が勝手に浮かんでくる。やがて自分もその中にいるような錯覚を覚え、自らの意識とは関係なくその中の自分が動き出し、これが夢かどうかなんてことを感じる前に寝てしまった。
*
ピピピピピピピ
他の人には聞こえないための耳栓型のアラームの音で目が覚める。8時に設定してあるのでまだ二度寝できる気もするが昨日の続きをしなければならない。
「あっおはようございます!」
「おはよう! ゆっくり眠れたようだね」
「はい! おかげさまで」
「それは良かった、朝ご飯まだでしょ? ちょっと待ってて、簡単なものしかできないけど……」
キッチンの自動調理機に食材を入れる。
グラッ!!
(あれ? なんだ……)
「どうかしました!?」
「いや、なんでもないよ。昨日の疲れみたいなのが残っていたのかな、ははは」
(分量は、これでいい、ん?、いいんだよな。よし)
「できたよ~」
「わあ! ありがとうございます!」
「では召し上がれ、って言っても俺が作ったわけじゃないけどね」
「いえ、そんな、とってもおいしいし嬉しいです」
「それは良かった」
食事と片づけを済ませてしばしの自由時間だ。この後の予定はアキラちゃんにも伝えてある。彼女も今日のギルドの集まりには行けるようだ。
「リョーマさん、昨日から何やってるんですか?」
「ああ、これね。株とかを確認しているんだよ」
「株……ですか?」
「うん。この隔離金庫と隔離財布って言う小さな装置にいろんな資産を保存しているんだけどまだネット上の口座に残ったままのものもあるから」
「えっ? そういえばリョーマさんって何をやっている人なんですか? えーっと1型でしたっけ、それではないですよね?」
「お、もうそういうのは習ったのか。そうだね俺はいわゆる5型や第5種って区分になるね」
人間の労働力が機械と人工知能に大きく取って変わられたことで人々には膨大な自由時間ができた。産業革命の時も自動化はしたし人の生活にゆとりができるのではないかと言われてはいたが結果は逆、それ以上に大量生産大量消費の時代につながり、より多くの時間が労働に充てられるようになっていった。だが、それは自動化が中途半端だったゆえの結果だ。人間が管理できる範囲での弱めのシンギュラリティーに達したことで18世紀に幻に終わったその社会は現実となった。ただ、そうなると困ったことに職にあぶれる人も大勢出てくる。一方で代替機械とAIの所有者、世界的企業の一員やそれらに出資する資本家はより多くの富を得ることがすでに21世紀初頭には予想されていた。そのままではとてつもない格差が広がり人権的な見地から問題視はなされていたのでベーシックインカムを導入する国家も誕生した。現時点では28か国。いずれも先進国で日本もその内の一つだった。
国家間の格差はまだ様々な問題を抱えている一方でそれらの国内での格差は問題ないと楽観視する意見もあったが現実はそうではなかった。確かにベーシックインカムによって利益の分配はなされた。その際に個人識別も徹底して不法侵入対策や犯罪歴によっては減額などの措置も取られはした。ただ、問題はここからだった。結局、そのベーシックインカムの受給額が0の基準になっただけなんだ。物価もインフレとまではいかなくとも上がり、その中でより富を得ようとする者は知力を働かせた。これだけなら資本主義と社会主義の良いとこ取りのように聞こえるがやはりベーシックインカムだけでは贅沢できるとまではいかないしそれはある意味当然だった。だからこそ、最初にお金を出せば後はずっと楽しめるようなROADが大人気になったわけだが現実世界の方は相変わらず不平不満の声が上がってしまった。
一方で金余りの状況も生まれはした。そういったものは貯金して蓄えられる時代もあったがやがては投機的に様々なものに莫大な金額が流れていった。そのうちの一つはやはり株や外国為替などの金融商品だった。そして、金が流れれば価値は上がる、そうなるとこれからも上がると思われて新たな金を呼び込むループに入る。かつての反省から日本も規制はしたがその規制が追い付かないって事態も起こってしまう。それは他の国でも同じだった。
ついには俺が中学生の時にその価値は崩壊した。いわゆる金融危機が起こってしまったのだ。第一次世界大戦後の教訓を生かそうにも経済体制が新たなステージに達したことで対策はどうしても限界があった。ただ、世界の崩壊のように思われもしたその金融危機だがベーシックインカムは相変わらず続けられたし、むしろ行き過ぎた物価の上昇も抑えられた。また、人間には新しい場所が必要だという気運も高まった。人々の経済状況も多様化しつつも大きく5つに区分された。
その一つが第5種。個人投資家だった。




