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第十四話 佐伯水面 その2

こうして3人は出会う。

「ついたよ」


 そのメッセージを受け取り玄関に向かう。

 ドアを開けると門の向こうに花耶が立っていた。


「えーと、いらっしゃい」と言いながら門を開けた。


「お邪魔します」

 花耶が家に上がろうとする。


 この日は二人でテスト勉強やそれぞれの課題レポートをしようという話になった。ただ、俺も花耶も今までそれらは個人で勝手にやっていた。別にそれで問題なかった。


「でも珍しいね、一緒にテスト勉強しようだなんて」


 真意を訊くつもりはなかったが、とりあえず無難な会話を振ってみた。

「まあ何となくね。たまにはこういうのも捗るかもしれないし」

 

そんな話を始めたところ、


「りょーまお兄ちゃーん!!!」

 門の向こうから最近知った声がする。


「水面ちゃん? こんにちは。学校帰り?」


「こんにちは! ううん、さっき家に帰ってこれからお兄ちゃんの部屋に行こうと思っていたの」


「は? どういうこと?」


「いや、知らん。今日はそんな約束していなかったし」


「‟今日は”? この子が前に言っていた近所の子よね。遊んだのって1日だけでしょ」


「え、あの日から昨日までって約束で遊んでいたけど……」


「はぁ???」


「あの、お兄ちゃん……」

 外で水面ちゃんが困ったようにこっちを見ている。


「ちょっとごめん。」そう花耶に言っていったん水面ちゃんに近づく。


「ごめんね、今日はあのお姉さんと一緒に宿題をやるって決めていたんだ。僕達も水面ちゃんと同じように宿題が出てるの。だから今日はダメなんだ」


「そうなんだ……」

ちょっと寂しそうな顔を浮かべるがすぐに切り替える。

 

「じゃあ明日は!?」


「明日は一応2時くらいから空いているけど……」


「じゃあ、教えてほしい所があるからまた部屋に行っていい?」


「水面ちゃんだっけ?ごめんね、明日も私は龍馬の部屋に行くってことになっているの」


「え?」

 いや、初耳なんだが。

 チラッとカヤを見たら(今決めた)と言わんばかりの表情。


「えーーー??」

「じゃあ日曜日は……確かママとお出掛けに行くから、月曜日! 月曜日は?」


「その日も彼に用事があるの」


「本当ですか??」

段々と水面ちゃんが疑いの目を向け始める。


「だってお姉さんそんなに毎日お兄ちゃんと会っていないですよね?」


流石に小学生でも怪しむか……

このままじゃ埒が明かないと思ったので、


「分かった、じゃあ水面ちゃん、ちょっと日は空くけど、火曜日でいい?」


「ねえ、ちょっと待って。その日、私も行きたい」

 いや、この二人は何となく一緒に居合わせてはいけない気がする。


 ちょっと考えたような表情をした水面ちゃんだが、

「じゃあその日は三人で遊ぼう! ね、りょーまお兄ちゃん、それでいいでしょ」


「えぇ、そうしましょ。それでいいでしょ」


「まあ、うん。それで、あ、いやそれ‟が”いいよ……」

 なんか最近折れることが多いなぁ、なんて思いつつも今はこの返事が最適なんだろう。


「じゃあねー」

 斜め向こう側のマンション、と言っても1階全てがその世帯の借り物なので世帯数は10個しかないが、そのマンションに入っていく水面ちゃんを見送って俺達も家に入る。


 それからは約束通りそれぞれの勉強やら課題を進めたがどうもピリピリする。時折休憩もしたし、花耶が好きな飲み物も用意していたんだがこのどうしようもない緊張感は続いた。




 そして、迎えた火曜日。


「ついたよ」

 花耶からのメッセージが届いたから玄関に向かう。


 そして、部屋に案内すると、

「あ、お姉ちゃんだ!」

 すでに来ていた先客が彼女を確認した。


「ふーん、もう来ていたのね」

 う言って最初に水面ちゃんを見た後に部屋全体を確認した。何か変わった様子はないはずだが心なしかこの行動に不安を覚えた。


「っていうか、リョーマとあんた、いや水面ちゃんは何して遊んでるわけ」

「趣味とか合わないでしょ」


「まあ、そう思っていたんだけどこの子がプログラミングにハマったようでね」

「こんな感じでどんどん打ち込んではこのプラモや自作ゲーム内の物や人を動かしているんだ」


「え?でもこの内容は……水面ちゃんって何年生なの?」


「小学校三年生!」

 ちょっと花耶が絶句した。無理もない。明らかに小学校で習う範囲を超えつつあるからだ。俺も自分である程度独学して教育範囲以上の知識は身につけていた。ただ、そんな俺でもすぐに抜かされてしまうだろう。


 少しだけ水面ちゃんが越してきてからの事情、前まで皆に合わせてきた趣味が実は楽しくなかったこと、そして俺と話をするうちにプログラミングの楽しさを覚えたことなどを花耶に話した。


「そんなことがあったんだ」


「まあこれはこれで学校で習う内容につまらなさを覚えないかちょっと不安だけどね。彼女には自分の知識を周りには教えないようにって言ってはいるけれど」


 すると花耶が水面ちゃんに話しかける。


「ねえ?」


「うん?」


「私もリョーマも中央小学校に通っていたの」

「リョーマとは元々近所同士だったけど、小学校に上がるまではあまりお互いに関わらなかったわ。でも同じクラスになってからは話すようになってそれから今もこういった関係が続いている」


「でも別に向こうから話しかけたわけでもないし私もそんな自分から話しかけるようなタイプじゃない」


 花耶が急に身の上話をしたが水面ちゃんは作業を止めて真剣に聞き入っている。


「それでも、今となっては覚えていないけれども多分ひょんとしたことから少しずつ話したり一緒に遊ぶことが増えたし学校で楽しさも覚えた。だから、別に何か、なんていうか、無理に急いで色んな事を心配する必要はない、、、と思う」


 少し不安な声色を覗かせつつ、彼女なりの考えを水面ちゃんに伝えた。俺達がこうした仲になったのはただ単に偶然だと思う。だから、同じようにしていれば必ず卒業後も俺達みたいな関係になる子と出会う保証はない。それでも花耶は彼女なりに、少し不器用だけれども背中を押したかったように思えた。


 そういえば花耶の小学校の頃、いや今もそうだが確かに凛としていた。今思えばサバサバしているところもあった。でもどこか水面ちゃんと重なる部分もあるような……


「まあだからあなたもその内、学校が楽しくなると思う」


「うーん、」

 水面ちゃんは返事に迷ったようだ。こればかりは花耶も確信を持って言えたことじゃないだろうししょうがないか。

 でも、

「分かった!」

 空気を読んだのか花耶の想いが少しは通じたのかそう返事をした。



 最初は花耶も水面ちゃんも互いに壁を作っているようだったが段々とそんな苦手意識もなくなった。



 やがて、半年が経とうとした頃だろうか。相変わらず3人で集まることもあった。ただ、そんなに頻繁ではない。あの頃がちょっと多すぎたのだ。そして俺の知識じゃあ段々と水面ちゃんの学習スピードに対応できなくなっていった。


 そんな時に彼女の父親が助けてくれた、というか引き継いでくれた。その人はある程度、といっても一般的に見たら相当凄い、だがあくまで片手間だがプログラミングにも精通していた。水面ちゃんがお父さんに教わる事が増えたと喜んでいたこと、専門的な学習書を一緒に読む時間が増えたこと、少しずつ他の子とも関わるようになっていって楽しくなっていったことなどを彼女のお母さんが教えてくれた。


「ありがとうね! あの子も龍馬君や、あと花耶ちゃんだっけ、二人と遊ぶようになってから明るくなったわ」

「いえ、そんな、僕は本当にあの子とたまに遊んでいただけですよ」


 そうなんだ、水面ちゃんが楽しくなったのは彼女がそう行動した、ただそれだけなんだ。俺はそんな大層なことはしていない。


「でも残念なことがあって……」


「え?」


 そこからの話はちょっと暗いし不安になるし、もう少しいえば喪失感もある。佐伯家はまた引っ越してしまうそうだ。今の時代単身赴任の辞令は一生にそう何回も下されるわけではない。でも彼女の父親は仕事柄ちょっと特殊だった。せっかく水面ちゃんにとってキラキラした日常が来たと思ったらこれだから両親も心を痛ませているのはよくわかる。



      *



 そして、引っ越し当日。


 俺は佐伯家を見送りに行った。そこには花耶もいた。


「りょーまお兄ちゃん、花耶お姉ちゃん、今まで本当にありがとう」

 精一杯の笑顔で振舞っているが泣き腫らした跡は消えていない。


「私、私ね……」

 そう言いかけたが途中から涙ぐんで言葉にはならなかった。


「水面ちゃん、これ」

 花耶が小さな手紙を彼女に渡した。


「私の連絡先。まだ水面ちゃんは登録できる携帯機器を持っていないと思うけれどもあなたの使っているパソコンからでも私と連絡を取ることができるから」


「うん゛、あ゛りがとう……」

 そう言って、まだ泣き声のままだがしっかりと受け取った。


「すみません少し時間いただいていいですか?」


「あ、ええ。全然いいわよ」

 その様子を見ていた水面ちゃんのお母さんがこっちに意識を向けた。


 速攻で部屋に戻って紙とペンを取り出し、俺も可能な限りコンタクトが取れる連絡先を書き連ね、再びみんながいる場所に戻った。


「はい、これ、俺も連絡先」


「うん……お兄ちゃんもありがとう、、、」


 少しは泣くのが収まったようだ。


「ねえ、リョーマお兄ちゃん、しゃがんで」


 ?

 なんだろう、って思いつつしゃがんだら、彼女が迫ってきてそのまま抱き着いた。

「ちょっと!!!」

 花耶がびっくりしたが、水面ちゃんの次の言葉を聞いてまたしんみりした空気になった。


「もう会えないかもしれないから、ぎゅーってしたい……」


 水面ちゃんなりにかなり強く抱き着いてきた。

 俺も驚いて体をこわばらせたがやがて力を抜いてちょっと無理な腕の動かし方だが彼女の頭を撫でた。


「お姉ちゃんもしゃがんで!」

 少し元気になった水面ちゃんは花耶にも同じことをやった。


 そして、駅まで付いていって彼女たちを見送った。ここで俺の母親も合流して水面ちゃんの両親と話している。


 俺達も残された時間を使って話をした。

 と言っても、ほとんど彼女の溢れる言葉を聞くばかりだが。


 その後、彼らはホームの向こうに消えていった。








 あれから度々連絡も取り合った。

 ただ、少し前も連絡をしたとはいえ、その頻度はどんどん少なくなっていったし今はその連絡もできない。

 連絡の少なさはそれだけ向こうで充実した日々を送っているんだと思って安心したが今となってはそれがどうかも分からない。

 水面ちゃんを立体映像会話で見てから久しくだが、その顔はリアルタイムで俺のすぐ近くにある。立体映像では決してわからなかった体温や重さが十分に伝わる。

 彼女は飛び掛かった後に今俺の上に乗っかかっているのだった。


「久しぶり! また会えたね!!!」

あらあら、あの子ったら、急に走り出してどうしたのかしら。


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