第十三話 佐伯水面 その1
話は少しだけ過去にさかのぼる。
俺がまだ高校生の頃、近所にとある家族、佐伯家が引っ越してきた。
その家の当時小学生低学年の一人娘の佐伯水面が学校で遊び相手がいないってことに両親は少なからず心配していた。
正直今の世の中、学校の自由度は高い。
義務教育までは形として残っているがその先は割と個人次第だ。高等教育のさらにその先に進む人もかつて同様一定数いる。
ただ、専門分野の重要性が叫ばれ続けた結果、プロフェッショナルの育成に国や世界が力を入れ出したのは事実だ。
その最たる例の一つが国際共同宇宙開発機構付属専門学校だろう。
高校1年生の年齢からは入れるコースもあれば、大学受験として、院試受験として、果ては畑違いの別分野の学位を収めた人も新たに宇宙分野を学ぶ場所として入学することもできる。俺の中学からも今までごくわずかだがその学校に進んだ。それが国内にも設置されてからは年々難易度が上がっており、特に大学受験と同時期に受ける際の難易度は単純なペーパーテスト能力だけではなく幾つもの適性試験をクリアする必要があるとの噂だ。
もちろん、工学・農学・医学・薬学・物理学・数学・経済学・経営学・社会学・文学・政治学・哲学etcなど昔からある学問も一定の需要があるし相変わらず伝統的に狭き門である場所もそのままだ。だが、他にも第二次IT分野から先進料理系、知的玩具開発専門などそれぞれの将来に合わせて柔軟に進路を選ぶことができるし別分野を学びたくなった場合は途中で切り替えることも年々寛容になってきた。
要するに従来の学びの場所の姿が大きく変わったのだ。
ただ、それはあくまで中学卒業時点での話。それ以前についてはやはり前までの感覚と近しい所があるのだろう。
転校してきたばかりだから友達がすぐできなくても別におかしくはないと思う。確かに当時は水面ちゃんは少々人見知りだし自分から誰かに積極的に関わろうとするタイプではない。それも個性や多様性の範疇だと思うががやっぱり越してきたばかりの佐伯家にとって一人娘の様子は気になるのだろう。
そんな折、まだ海外に行っていなかった俺の母親は水面ちゃんのお母さんと話すようになっていた。
ある日、水面ちゃんとそのお母さん、母さんが家でお茶をしていた。俺は帰宅後、挨拶だけして自分の部屋に行こうとしたら母さんが、
「ちょっと龍馬、お願いしてもいい?」
「何?」
今からレポートの資料を読み込んでそれからゲームしたいんだが、
「この子、水面ちゃんって言うの」
「知っているよ、魚崎中央小学校の子でしょ」
「そう、それでね、この子と一緒に遊んでみない?」
「え?」
「龍馬君、こんにちは」
「あ、こんにちは」
改めて挨拶を交わす。彼女のお母さんは本当に「母親」か?って思うほどほんわかしているしなんというか童顔だ。
水面ちゃんと姉妹だって言われても信じてしまう。
「本当に急なお願いでごめんね」
かくかくしかじか。
学校での彼女の様子の事、特に男子とは距離を置きたがっているようなので、それじゃあ同世代じゃなくてあえて少しだけ年上の男子と遊んでもらって慣れるのもいいんじゃないか。水面ちゃんもどっちらかと言うとインドア派だし波長が合うのでは?
要約するとこんな感じだ。
本当に急に言われてもって感じだ。
第一この子が何が好きで何に興味があるのかわからない。いや、それ含めてコミュニケーションを取るべきなんだろうが俺だってこの年の子と遊んだことはない。そんな二人が一緒に遊んだところで妙な空気が漂うだけではないのか。そんなことを思っていても両母親は俺が流れ的に了承すると思っているのが嫌なほど伝わる。
それに、
ジィーーーッ
この子むっちゃ見てくる。
本当に見てくる。でもこの視線はワクワクとかじゃなくてちょっと警戒している?それか見定めている?てか恥ずかしがり屋じゃなかったのか?思わず俺が顔を背けてしまった。
すると、
「お母さん、私この人と遊びたい!」
「あらあら、自分から言えたじゃない」
「ほら、水面ちゃんから言わせるんじゃないわよ」
「う、うん。じゃあとりあえず何か面白いものとかないか俺の部屋に行って二人で探してみていい?」
こうなったらこう言うしかないじゃないか。
「ごめんねぇ。部屋まで上げさせちゃって」
「あ、佐伯さんたちは6時になったら帰るから時間は確認しておきなさいよ」
「わかった」
そう言いながら彼女を引き連れようとしたら、
バッ
水面ちゃんが開いている俺の左手にしがみついた。
「お兄ちゃんの部屋どこ~」
「あ、えーと、この先の階段を上った一番奥の部屋だよ」
突然のことでびっくりしたが我ながらちゃんと答えることができたと思う。
俺が母さんたちのいる部屋を出た後、当人たちはというと
「あら、なんだかすっかり懐いちゃったみたいねぇ」
「龍馬にしては珍し…いわけではないのかな。あの子(龍馬)はよくわからないところがあるから。でも第一印象は良かったみたいね」
そんなことを言いながら談笑を続けていた。
階段をのぼりながらチラッと水面ちゃんを見る。
色素が若干薄いくせ毛を肩あたりまで伸ばしている。この髪は母親譲りっぽいな。
そんな俺の視線に気づいたのかこっちをチラッと見た。
「どうしたの?」
俺の視線が気になるようで尋ねてきた。
「いやごめん、なんでもないよ。階段がちょっと急だから落ちないように注意していただけ」
「私そんなドジじゃないよ!」
「あぁ、そういう訳じゃないよ。でも万が一ってこともあるから」
「え?何それ? ふふふ、変なの~」
こっちを向いた顔は整っている。
うつむき加減だからあまりわからなかったがこの子はいわゆる美少女だ。同級生も距離を取っているというかどう接していいのかわからないところがあるのかもしれない。
佐伯家のお父さんって確か海外の凄いメーカーのエンジニアだよな。俺の父親もそれを聞いて珍しく驚いていた。
「オーラ」というものはあるんじゃないかと思う。別に凄さとかそういう意味じゃなくて「異質」さだ。彼女からはそれがどうしても漂っている。それは容姿故か家庭での空気故かわからないが転校生って立場も加わってクラスの子達は様子を見ざるを得ないんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると部屋の前についた。
ここにきて初めて気づく。
やべ、そういえばしばらく片付けしていなかった。
しまった、今から部屋を移すのは……
「ねえ、ここがお兄ちゃんの部屋?」
「あぁ、うん……そうだよ、そうだけど……」
「じゃあ入っていい?」
「いや、ちょっと待って!ごめん!」
「なんで?」
「その、結構散らかっているから恥ずかしいっていうかこんなところに水面ちゃんを連れ込むのは気が引けるっていうか」
「そんなの私気にしないよ?」
なんてあどけない顔で見つめるんだ。でもこれ以上引き伸ばすのは……ええい!!
ドアを開けた。
部屋は片付いていた。
「別に散らかってないじゃん!」
「あぁ、そうだね……」
(なんで?)
(いや、理由は分かる)
(母さんが片付けたんだ)
(あれ?でもゲームの位置とか俺がこだわっている趣味のものの整頓もちゃんとしてある)
(母さんってそんなことまで知っていたか?)
(助かったが)
(助かったがちょっと不安がよぎる)
「ちょっとごめんよ」
そう言って先に部屋に入る。
秘蔵のアレだ。頼むどうか、手が付けられた痕跡がありませんように!!ある引き出しを開ける。ホッと胸をなでおろした。いや、よく見るとこんな位置だったか?それにこの長い毛は俺のじゃない?いや、でも母さんってこんな髪だったか?
考えがこんがらがっているが後ろに気配が迫っているのでとりあえず戻す。
「どうしたの?」
「あー、いや、なんでもないよ」
「高校のレポートの資料が変な位置にないか確認しただけ」
きょとんとした表情を見せたが続けざまに、
「じゃあとりあえず何か面白そうなものは、っと」
「水面ちゃんって普段どういうことして遊んでるの?」
「うーん、前までは友達の家に行ったり家に来てくれたりしてアクセサリーを作っていたの」
「でもあまり楽しくなかったかな?」
あぁ、なるほど。
皆に合わせた遊びか。
それはそれで重要なんだけどなぁ、でも……
「じゃあ本当にやってみたかったことじゃなかったんだね」
「うん……」
「そうか、とりあえずこの部屋を見回して興味あるものってある?」
「それ!」
あの引き出しを指さした。
「これはダメ! これ以外!」
「えーー!! じゃああれは?」
「あーあれね」
あれはプラモデルだ。
人型の大型ロボットに乗って互いの理念や利益を掲げ、国同士や組織同士で戦う伝統アニメ、それの主人公機などだ。
プラモデルと言ってもただ組み立てて終わるんじゃない。
それで終わってもいいが、プログラミングを打ち込むことで自分で自由自在に操作できる高等ラジコンとして遊ぶこともできる。
ただ、プログラミングがめんどくさくて今まで2機は作ったが、3つ積んでしまっている。
「これはね、プラモデルって言ってこういうパーツを切り出して絵に描かれたロボットを作るんだよ」
「それと、ちょっと待ってて」
パソコンを起動して、無線をすでに作ったプラモに接続設定した。
「こうやって操作することができるんだ」
「あ、これ面白いかも!」
「本当!? 良かった。ロボットとか好きなの?」
「んー別にー?」
えぇ……
「なんかそうやって操作するのが楽しそう」
「あ、そうなんだ? じゃあやってみる?」
「うん!」
そう言って操作法を教えて操作に慣れてくると退屈そうな顔をしてしまった。
(マジか……これも違ったか?)
「ねぇ、これってなんで私がここを押すと動くの?」
キーボード射影域を指しながら尋ねた。
「これはパソコンから出る指令を家の中の無線って言って、見えない糸があるの。それを伝って操作をこのロボットに教えているんだ」
「??? ロボットには私のこういう動きが伝わって動くって変じゃない?んんーー」
言いたいことが上手く言い出せない様子だ、それでも言葉にした。
「ロボットも何かこれ(パソコン)みたいなのが埋まっているの?」
あぁ疑問はそこだったか。確かに当たり前のものとして受け入れていたがよくよく考えたらパソコンを操作してこのロボットを動かすってことは受け入れにくいかもしれないな。
「あぁ、これはプログラミングっていってね、ちょっとまって、中を見せるから」
そう言って装甲の一部を剥がした。
「この関節、あ、動かす部分に基盤って言う「動け!」って指示を動きとしてロボに伝える部品があるの」
「こういうボタンを押したらこういう動きをしなさいよーってことをあらかじめ教えるのがプログラミングでそれを前もってこの基盤に入力したんだ」
うんうんと水面ちゃんは頷く。
「例えば僕が水面ちゃんに「山」って言ったら、水面ちゃんは「川」って答えて、じゃあいくよ」
「山」
「あ、川!」
「そうそう、今あらかじめこういったらこうしてね、って言ったよね。それがプログラミング」
「それで「山」って僕が言ったのがさっきから水面ちゃんがやっている操作で水面ちゃんが「川」って言うのがロボの動きなんだ」
「あーそういう事!なんとなくわかってきた!!」
よかった、伝わった。
「私もそのプロ、グラミング?ってことできる?」
「え、いや、そのうち習うけれどもこれはもう少しめんどくさいっていうか難しいやりかただからちょっと早いかなぁ」
「でも、やってみたい!!」
マジか、とりあえずやらせてみるか。そう思ってパソコンでプラモの操作設定からプログラミング設定に切り替えて少しずつ教えていった。
……
早い!呑み込みが凄く早い!
もう、小5相当で習うことをどんどん進めている。
その吸収力に驚きつつも時間が来てしまった。
「水面ちゃん~、そろそろ帰るわよ~」
「えぇーまだいたいーー」
「ダメよ~、最初にそう言って約束したでしょ~」
かなり駄々をこねたがようやく帰る決心がついたようだ。
「えーと、りょうまお兄ちゃんとそのお母さん、また来ていい?」
「ええ、水面ちゃんいい子だし大歓迎よ。ね、龍馬」
「あぁ、またおいで」
「うん、ありがとう。ばいばーい」
そう言って玄関まで見送った。
疲れた。
でもなんだか変わった子だったなぁ。それにこのコードは…… あっ、いけない。レポートがあったんだ。
あれ、メッセージが届いている。
机に表示されたメッセージは花耶からだ。
音声通話を選択する。
「もしもし」
「あ、もしもし、どうしたの?」
「ねえ、今日あなたの部屋に誰か来た?」
「うん、来たには来たけど」
「誰?」
「近所の子だよ」
「そう、わかったわ。じゃあ」
「あ、じゃあね」
何だったんだ。
するとまた着信が来た。
「その近所の子って女の子?」
「そうだけど……」
「ふーん」
「とりあえず明日あなたの家に行っていい?」
「え?なんで?」
「別にいいでしょ?明日が不都合なら都合がつく日を教えてよ」
こうなった花耶は折れないんだよなぁ。
「えーと、3日後の金曜日なら空いているよ」
「そう、わかったわ」
そう言って、今度は追加の着信が来なかった。
「あー花耶ちゃん居らっしゃーい。そうか、今日は午前授業だったわね」
「こんにちは。これお母さんの実家から送られてきたものです。良かったらぜひ」
「あ、本当、悪いわねぇ、ありがとうね」
「いえ、どういたしまして」
「そうだ、ちょっと家に上がらない?」
「お返しって言っちゃあなんだけどおいしいチョコレートがあるの。花耶ちゃん好きだったでしょ」
「いいんですか!」
「えぇ」
家に上がって少し時間が経つと。
「あ、いけない。龍馬は今日少し遅れるって言っていたけどその前に部屋を片付けなきゃ」
「リョー、龍馬君って何か今日部屋で何かあるんですか?」
「近所の子とそのお母さんが家に来たいって言っていたの。多分大丈夫だと思うけれども一応掃除、あの子ってあまり片付けが得意じゃないから」
「一人じゃあ大変じゃないですか?」
「まあ大丈夫よ。あ、でもなんか触るな!って言っていた置物とかあったわねぇ」
「良かったら手伝いますよ。あの、そういった趣味の事も多少知っているので」
最初はいえいえ、の応酬だったが結局彼女も部屋を片付けることになった。




