説得(物理)はあまり気が進まない2
魔法が発動した瞬間――
「――『魔呪無力化』」
「え!?」
俺は生まれて初めての魔法を使い、緑の玉から受けていた風の束縛を解除する。これで赤玉の魔法も、風に巻き込まれて広域になるといったことが無くなり、避けやすくなった。
そしてチラっとこちらに向かってくる火の玉を確認すると、次の手を打つ。
「君も魔法を使えたの!?」
「あれ、いってませんでしたっけ?」
余裕ぶってそんな事を言ってみるが、本当は出来るかどうか冷や冷やもんだった。
一応『竜の瞳』のお陰で魔法の構成が見えていたので、何となくやれそうだと思っていたのだが、実際に発動できるまでは賭けだった。
「ならもう1回――」
「させませんよ、『閃光』」
「――あうっ!?」
世界が白く染まったタイミングを見計らって雪華へと視線を送ると、据わった目つきでコクンで頷いたのが見えた。
その事に若干の不安を覚えつつ、先ほど前もって確認した火の玉の弾道から避け、その場を離れる。来る弾道をあらかじめ『竜の瞳』で予測し終えているので、前もって読んでしまえば見なくても回避は余裕だ。
逆にこちらを魔法で狙っていたギルド長は、俺が魔法を使った事に面食らっていたようで、バッチリ『閃光』に目をやられていた。
……今更だが『竜の瞳』って本当万能だね、魔力の視認と未来予測って、字面で見れば簡素だが、使ってみた実感としては正直、チート以外の何者でもないと思う。
「あぁもう、『異常回復』」
ギルド長は目元を押さえながら魔法を唱えると、即座に回復した視界で俺を探し始める。
だが俺は避ける際に距離を取った後から動いていないので、未だある程度距離が開いている。それを見て反撃が来ないとわかったギルド長は、焦っていた表情から平静を取り戻した。
「今のタイミングで来なかったのは失敗だね。それとも本当に一杯一杯だったのかい?」
「……どうでしょうね」
「いいさ、次で勝手に見極めさせて貰うからね」
ギルド長の言葉に、全ての玉がギルド長の手元に戻ってくる。
そしてまずは黒と緑の玉が発光を始め、ワンテンポ遅れるように他の玉も輝き始めた。
「今度こそ逃げられないようにしないとね、『下降気流』、『拘束する影」
先ほどの風の戒めに加え、今度は地面から黒い手のようなものがいくつも伸びで来て、俺の足をガッチリと掴む。緑色以外でも拘束系魔法があるのか。
それらを俺は避けようともせず、棒立ちで受けながらチラっと視線を向けて確認する。
「さて、4色を同時に受けて、果たして無事で居られるかな?」
「……」
「おや、黙ってしまうなんて、もう諦めたのかい?」
「あー……ギルド長、そろそろ本格的に身を守る事を推奨しますよ」
「うん?」
ギルド長には聞こえないのだろうか、この風切り音。
このまま受けてしまうと、相当にひどい事になりそうだ。何も殺すつもりはないので、何とか分かってもらいたいのだが……。
「ふふっ、もしかして言葉で私を惑わす気なのかな?」
「気づきませんか? ……ほら」
「? ……っ! セツカくんがいない? なっ!?」
俺が先ほどまで雪華がいた場所に視線を送ると、ようやくギルド長も状況を把握したようだ。
そしてそのまま上を指す事により、ギルド長の視線を誘導して、高くから天使のように舞い降りてくる……と言うには些かスピードが付き過ぎている雪華に気づいてもらう。
「いつの間に! っていうかセツカくん、正気かい!?」
「いやほら、雪華は見た目が天の使いでも、中身はアレですし……そんな事より、雪華の重量を甘く見ないほうが良いですよ」
「中身? ――っ!」
話している最中も、どんどん雪華が落ちて近づいてくる。しかもさらなる加速を付けて。
ギルド長も事態を察したようで、全ての魔法を一旦解除すると、防御に専念してくれた。
うん、しっかり防ぐように。
雪華の重さは半端じゃない。何せ俺も一度圧死しかけたほどなのだから。
ちなみに雪華がなぜ遥か上空から落ちてきているかと言えば、さっきの『閃光』で視界を潰している間に、俺の合図で一瞬だけドラゴン形態になって一気に上まで飛んでいっていたのだ。俺や雪華に輝度の明暗による視界潰しが効かないのは、マカちゃんダイブ事件の時に実証済みだったからな。
……でも本当はそんな事を頼んだわけじゃなかったんだが、それほどギルド長の挑発は腹に据えかねたらしい。
「『火の』――あぁもう! 『衰退空間』、『浮遊する水泡』、『上昇気流』、それからえと、『害撃拒絶』!」
へぇ、凄いな。状況を把握して即座に4つも魔法を張っている。
咄嗟の行動であそこまで動けるのは、普段からイレギュラーも対処できるように身構えているからなのかな。
「ん、とう」
気の抜けそうな掛け声とともに、雪華はまず、『衰退空間』と呼ばれた黒いもやみたいな魔法に突っ込んだ。そこから抜け出す頃に、ほんの僅かに落下速度が緩和されたように見えたので、あれは勢いを殺すような魔法だと思う。
次に『浮遊する水泡』、これは水玉がそのまま壁になっているようなもので、簡単に突き抜けてしまった。
その後に構える『上昇気流』は、多分さっきまで使っていた『下降気流』の逆版だろう。風の力によってだいぶ勢いが弱まっている。
そして最後に砦となったものは『害撃拒絶』。攻撃を防ぐ白色魔法だが、果たして止められるのか。
「くっ、うぅうううう!」
「ん、避けた方が良い」
「出来ないからこうしてるんだよ!!」
雪華は眠そうな目をしながら、ギルド長へそうアドバイスをする。……煽ってんなぁ。
対するギルド長はさっきまでの余裕を崩し、顔を真っ赤にして耐えていた。
ぎりぎり『害撃拒絶』で雪華は止まったのだが、それでもまだその威力は残っており拮抗しているようだ。
その光景を感心した気持ちで眺めながら、気軽な足取りでギルド長へと近づく。
「あの、お取り込み中すみません」
「なんだよ!」
「今ガラあきの体を攻撃……いや、『害撃拒絶』を『魔呪無力化』しても良いですか?」
「き、君、なにを言ってるの?」
俺の言葉に、何を言っているのか分からないといった表情で大量の汗を流しながら答えるギルド長だったが、更に追撃をかける。
「だってまだ、模擬戦終わってませんよね? となれば、絶好のチャンスではないかと思うのですが」
「……」
「大丈夫ですよ。しばらく動けなくなるくらいですし、我慢しましょうね」
ギルド長はぐっと歯を食いしばると、力なく口を開いた。
「……は、はは、意趣返しのつもりかい?」
「はい!」
「………………わかったよ。私の負けだ」
「ふぅ、ありがとうございました」
俺はギルド長の言葉で安堵の息を漏らすと、次は雪華へ視線を向ける。
「雪華、おいで」
「ん」
雪華はその場からぴょんと重力を感じさせないように跳ねると、胸の中へと飛び込んできた。俺は当然優しく受け止めるが、いくらか勢いが減衰していたとは言え結構な衝撃を感じ、気づけば足が地面に5cmくらい埋まっている。
……多分これ、元の勢いなら俺でもペシャンコだったな。
胸中でそう思いながら、そのままいつものように抱かかえなおすと、背中を優しく撫でながらねぎらってやる。
「お疲れ様。雪華の大活躍で、何とか勝てたね」
「ん、よゆう。セツカとリューヤなら、負けるはずない」
俺の言葉に、雪華は誇らしげな表情でそう返してくれた。うんうん、俺もそう思うよ。
それと少しずつだが、雪華の話す言葉もたどたどしさが取れてきた気がする。多分俺達との会話で学習しているんだと思うけど、この調子ならきっとすぐにうまく喋れるようになりそうだ。
そんな風に雪華の成長を喜んでいると、勢いよく走ってくるマカちゃんが見えた。
「おにーさーん!」
「あ、そこらじゅう地面ぼこぼこになってるから気をつけて」
「いや、それより結果は――うひゃっ!?」
あーあ、言わんこっちゃ無い。
ギルド長が結構派手に魔法を使ってい結果、そこら中に凸凹が出来ている。
そしてある意味予想通りマカちゃんが躓いたので、俺は雪華を抱えながら近くへと移動し、倒れこむ前に空いている手で抱きとめた。
「っと、気をつけないと」
「あっ! う、うん、ごめん……じゃなくて! 結局どっちが勝ったの?」
マカちゃん恥ずかしそうに俺から離れつつ、しかしすぐに思い出して大声を出す。
その言葉に相手へと視線を向けると、見られたギルド長はムスっとした表情で答える。
「私の負けだよ。でも勘違いしないで欲しいんだけど、あれはまだまだ本気じゃないんだからね?」
「つまり……」
「うん、俺達の勝ち」
「……」
「えっと、聞いてる? まだ本気の一部なんだよ? 本当だよ?」
俺がそう言うと、マカちゃんは一瞬ぽかんとした表情となるが、理解が追いつくと次第に口元が綻び始める。ちなみにギルド長の負け惜しみみたいな発言は、完全にマカちゃんへ届いていないようだ。
そんなマカちゃんを見た雪華は、何かを察したかのようにぴょこんと俺の腕から降りると、少し口元を緩ませながらマカちゃんを眺めている。
そして次の瞬間、完全に理解できたマカちゃんが再び俺の胸に飛び込んできた。
「やったぁぁ!! 良かった、良かったよう……おにーさんを信じてたけど、それでもやっぱり、不安で、私……」
「よしよし、これで頼りになるって分かって貰えると嬉しいんだけど、どう? 少しでも安心できたかな?」
俺は抱きついてきているマカちゃんの頭を撫でながらそう言うと、マカちゃんは顔を上げて、とびっきりの笑顔で答えてくれた。
「……うん!」
さて、これでようやく最初の一歩を進められた。
後はギルド長から情報を貰って、本格的に吸血鬼退治を行うだけだ。
……絶対に間に合わせよう。
俺はマカちゃんの笑顔を見ながら、改めてそう決意を固めた。




