魔物になる代償は優しくない
模擬戦を終えた俺達は、再度ギルド長室へと集まっていた。
「はぁ……君の事を知ろうと思って始めた模擬戦だったけど、色々と予想外だったよ」
来た時と同じように座ると、開口一番ギルド長はそんな事を言いだした。
ちなみにレインさんも一緒に来ており、対面に座ったギルド長の後ろで静かに控えている。
「予想外、ですか?」
「うん、まずは一番確認したかった実力なんだけど、ほとんど見れなかったしね。それに最後の、あれはずるいよ……」
「えっ?」
ずるいって……あ、もしかして一瞬でも雪華がドラゴン化したのバレてるんだろうか?
それは困るな、勝敗は無効だとか言われたら、正直ちょっと反論し辛い心境になってしまう。
「だって私がセツカ君を攻撃したら、君は絶対本気で怒るよね?」
「へ? ……うーん、それはどうでしょう?」
と思ってたら違ったようだ。というか怒るってなんだ?
やってる事が模擬戦なのだから、怪我くらい普通にあるだろう。
「いや怒る、確実にね」
「えぇ、怒るでしょうねぇ……」
「おにーさんはきっと怒るね」
「ん、怒る!」
「えぇ……?」
だが周りの皆、さらには雪華にまでそう言われてしまい、俺はなんとも言えない気持ちになってくる。
人から見れば雪華に対し、そんな過保護に映っているんだろうか? うむむ、そんなつもりは無かったんだけどな。けど雪華はそれについてどう思ってるんだろう。
そう思ってさりげなく視線を向けてみると、ちょっと嬉しそうに口端が上がっていた。
良かった、嫌がっているわけではなさそうだ。
「だからあの時一瞬迷ったんだよ。普通なら向かってくる相手なんて迎撃一択なんだけど、これ攻撃したらまずいんじゃない? って思ったら咄嗟に防御張っててさ。でも私って防御の魔法をそんなに習熟してないから、防げたから良かったものの、何気に本気で危なかったんだよね……」
「あー、そうだったんですか……何かすみません」
……そういえば戦う前、この街の戦力になって欲しいとか言ってたし、実は結構気を使ってくれていたんだな。
なんと言うか、気づかなくてすまん。
「と、じゃあ小言を言うのはここまでで、早速本題に入ろうと思うんだけど、良いかな?」
「よろしくお願いします」
「っ、はい!」
ギルド長の言葉に、マカちゃんは緊張した表情で答える。
かくいう俺も、緊張を禁じえない。これから発表される内容によっては、最初から詰みな状況である可能性だって考えられるからだ。
「まずは吸血鬼の居場所なんだけど……運が良かったね。丁度依頼が入ってて残っていたんだよ」
「っ!」
「この依頼は4級指定で受けられる人も限られててさ、でも受けられる人は遠征で遠くへ行っちゃってたから私も困ってたんだ。最悪自分で行く事も想定してたからね」
「それじゃあ……」
「うん、けどさすがに2人は9級だから、依頼としてじゃなくて個人として行ってもらう事になるけど、それでも良いかな?」
ギルド長の話し方から最悪な状況でない事がわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
依頼が来ると言う事は、もしかして近場なんだろうか?
どういったシステムで依頼を受領しているのかは不明だけど、多分ここまで被害が無いのなら依頼としても来ないはずだ。
「分かりました。個人として向かう事に異存ありません」
「なら良かった。一応4級指定ではあるんだけど、君たちの実力なら安心して良いと思うよ。相手が吸血鬼とはいっても、私より弱いしね」
「……それは少し安心出来そうですね」
むしろそこよりも、ギルド長が4級の魔物より強いって方が驚きなんだけどな。
さっきの戦いでは本気を見せていないだろうが、それでも後半のあの魔法は脅威に感じた。……もしギルド長に本気でこられたら、少しやばいかもしれないな。
「話が脱線したね。それで、居場所だったか……えぇと、この街から2つ隣の街にいるみたいだよ」
「へ、街に? ……マカちゃん、吸血鬼って魔物じゃなかったっけ?」
「え? 魔物だよ? だから討伐依頼出てるんだし」
「いやでも街にいるって事は、人が暮らしている場所に一緒になって住んでるって事だよね?」
えっと、どういう事だ? もしかして吸血鬼って、共存出来る魔物なのか?
これまでは勝手に悪いイメージばかり抱いていたが、人と暮らしていけるんならそうでもなかったりするんだろうか。
「……まさかリューヤ君、吸血鬼の事知らないのかい?」
「え、えぇ、まぁ……」
そう思い始めていると、ギルド長から驚いたようにそう言われ、居心地悪く頷く。
「えっとねリューヤ君、吸血鬼っていうのは人の血を吸うんだ」
「はぁ、まぁそれは何となくわかります」
「それで吸われた人はどうなると思う?」
どうなるって……うーん、あっちの世界では眷属を増やすとか、同族にするとかいったイメージだな。
「吸血鬼になる、とか?」
「違う、全然違うよリューヤ君。はぁ……君はよくそんなので討伐に行こうと思ったね」
「うっ、無知ですみません……」
ギルド長は心底あきれたような顔をして腕を組む。
そう言われても……まだここに来て日が浅いんだから、そんなピンポイントで魔物の情報を持ち合わせているわけが無い。
とはいえ言われてようやく、討伐しようとしていた相手の情報確認すらしていない事に気づいたのも事実なので、何も言い返せない。
「いいかい? 吸血鬼の主食は人の血だ。で、噛まれて血を吸われた人は、マカ君と同じように必ず血晶化現象が起こる」
「え、それってマズいんじゃ……」
「あぁマズい、非常にまずいさ。ちなみに血晶化現象だけどね、これは血色魔法の1つで、ある程度だけど吸血鬼側でコントロールが出来るんだよ」
「早めさせるのも、遅らせるのも吸血鬼の気分次第って事ですか……」
「そういう事だね」
そこまで言われて、俺にもようやく吸血鬼の厄介さを理解できた。
「と言う事は、実質その街は吸血鬼に支配されてる状況なんでしょうか」
「多分そうだと思うよ。やつらは街を襲う時、決まって身分の高い相手を最初の食事に選ぶんだ」
「知能も高いって事ですか」
「うん、ほとんど人と変わらないと思うよ」
つまり、こういう事だろう。
吸血鬼は街にきて、まず偉い人の血を吸って血晶化させ、殺生与奪を握る。
その後は脅すなどして最初に感染させた偉い人の権限を自由に振るい、血晶化を街中にばら撒く。それを進めていけば、街1つが丸ごと食料庫となるわけだ。
……先ほどまで抱きかけていた良いやつなイメージ、完全に吹っ飛んだな。
だが待てよ?
血晶化をコントロール出来るんだったら、ある程度吸血鬼をボコって、マカちゃんの血晶化を止めたり治したりも出来るんじゃないのか?
「ふふっ、君の考えている事は大体わかるよ。血色魔法を使わせて、マカ君を治せないか考えていただろう?」
「えぇまぁ、その通りですけど……難しいんですか?」
「理論上は可能だとは思う……でも無理だね。あの快楽主義者どもは、死んでもそんな事はしないだろう。やったとしても、そう見えるようにするだけだろうね」
「そう、ですか」
俺はそれを聞いて、期待していた反面小さくないショックを受ける。
普段ほんわかしているギルド長が、言葉を崩して吐き捨てるように言っているのだ。理屈じゃなくそうなんだろうと理解してしまった。
「だから私は、本当ならそんなクズを1匹でも増やすのは反対――」
「ギルド長」
「っ!」
「それはもう終わった話ですよね?」
「……分かってるさ」
だが続く言葉に、俺はそれまでの感情の一切を排除し、目を細めてギルド長を見据える。
いくら相手の気持ちを考えない発言をすると言っても、さすがに限度がある。
「はぁ、やれやれ。私も悪気は無かったんだけど、ちょっと熱くなってしまったみたいだね、悪かったよ。だからそう、睨むのは止めてくれないかな」
「失礼しました」
「……ありがとうね」
俺が謝罪を口にすると、ギルド長も力を抜いて椅子にもたれかかる。
それを横目に、隣にいたマカちゃんは俺に小さく礼を言って手を重ね、落ち着かせるようにぎゅっと握ってきてくれた。
ふぅ……俺の方も少し冷静になろう。
「それで、場所なんですが」
「おっと、また脱線していたね。この街からだと徒歩で10日くらいかな。1つ隣街までの距離が4日ほどで、その次の目的地までは5日くらいだと思うよ」
「徒歩、ですか……何か移動手段って、他にはありませんか?」
「馬車とかあるけど、ちゃんとした正規の道を進んだ場合では倍かかるんだ。今提示したのは最短ルートの方だから、歩き以外は無理だね」
直線距離を突っ切って近道をするって事か。でも俺は地理とか知らないし、地図を見たところで分からないぞ?
そう考えていると、意外な事にギルド長が提案をしてくれた。
「どうせ君達は街を言われても、場所なんて分からないかな?」
「マカちゃんはどう?」
「ごめん、私まだ別の街に行った事無くて……」
「だと思った。でも心配しなくて良いよ、当日は案内人つけてあげるから」
なん、だと……?
おかしい、ギルド長が何だか良い人に見えてきた。
どうしたんだギルド長、お前はそんなヤツじゃなかったはずだ!
「何か失礼な事を考えていないかい?」
「滅相もないです」
「そう? まぁこれで後は吸血鬼を倒すだけだね」
「とても助かります」
俺はそう言って、頭を下げる。
……ふぅ、当初はどうなるかと思っていたけど、これで目処は立ったな。
隣にいるマカちゃんも具体的な道筋が見えたのが嬉しいのか、顔を綻ばせている。
「良かったねマカちゃん、これなら間に合いそうだ」
「本当に良かった……これも全部、おにーさんのお陰だね」
「それは全て達成した時に改めて聞くよ。絶対、間に合わせようね」
「うんっ!」
こうして見れば、結果的にレインさんのお陰でもあったな。
ギルド長にこの事を知らせてくれたのもあって、ここまでの話に漕ぎ着けたのだ。本人には後で改めてお礼を言っておこう。
そんな風に俺達が空気を緩ませていると、そこへギルド長の少し固くなった声が響いた。
「で、それはそうと……君達は本当にそれで良いのかい?」
「?」
「そういえば模擬戦の前に、レイン君にも説明すると言っていたよね。今から話すから、その上で君達の考えを聞かせてくれないかな」
その言葉にマカちゃんと顔を見合わせるが、お互い何の事かわからない。
俺達はギルド長へと向き直り、続く言葉を待った。




