説得(物理)はあまり気が進まない
俺達が訓練所に来ると、既にレインさんが待機していた。
あれ? 受付してるって話だったんじゃないのか?
「……残念です。こうなってしまいましたか」
「どういう事ですか?」
「その前に……マカさん、申し訳ありませんでした」
「へ?」
突然謝罪を受けたマカちゃんはきょとんとする。
「あの件をギルド長に報告したのは私ですから」
「あっ! そういえばそうだったね……けど別に、私は気にしてないよ?」
「ですが……」
「いいの、本当に気にしてないし。だってこんな身体だから、本来は見つかったその場で殺されると思ってたくらいだもん。むしろ逆に、あんまり言いふらさないでくれて感謝してるくらいだよ」
そう笑顔で言ったマカちゃんを見て、レインさんの顔が少し歪む。
その様子から、レインさんも本意でなかったか、あるいは別の意図があって伝えたように見えた。
「さて、始めようか」
そこへ、何の気負いもないギルド長の声が響く。
「ギルド長」
「あぁレイン君、きみは審判をしてくれないかな。それと、他に訓練している人達が巻き込まれちゃいけないから、一旦隅に退避してもらうように言っておくのも忘れないでね」
「彼らになぜ情報を渡さないのですか?」
レインさんの質問に対し、ギルド長はとても面倒くさそうな表情を見せる。
「はぁ……あのねレイン君、君が何を考えているかは知らないけど、その行動は助ける事と全く逆なんだよ? それにもし運悪く全てうまくいけば、彼女はもっと可哀想な事になってしまうからね」
「それはっ、ですが!」
「わかったわかった。模擬戦が終わってからちゃんと説明してあげるから、まずは審判してくれないかな?」
「……分かりました」
レインさんはギルド長の話に納得したわけでは無さそうだったが、それでもその言葉に従って他の人が居る所へ声掛けしに離れる。
どうやらレインさんはただ告げ口をしたわけでなく、俺達の助けになるようにお願いもしてたみたいだ。
だけどギルド長にはそんな気は無い。といった状況か。
まぁいいか、どうせもうあとの話は単純で、これからギルド長をぶっとばせば何かしらの手がかりが手に入るんだ。
今は戦いに集中しよう。
「よし、そろそろ準備は良いかな? あ、武器は模擬戦用のを使ってね。私もこの杖は模擬戦用のものだから」
「わかりました、では取ってきますね」
「はい、おにーさんっ」
「え? あ、ありがとうマカちゃん」
俺が武器を取りに行こうとすると、既に先回りでマカちゃんが持ってきてくれていた。いつの間に? とも思ったが、多分ギルド長とレインさんが話をしている時だろう。
マカちゃんは俺に武器を渡してくれた後、くるっとギルド長へと向いて口を開いた。
「あ、それとギルド長」
「何かな?」
「戦いはギルド長対おにーさんでしたよね? そして、ギルド長は確か魔導師のはずです」
「うん、それがどうしたの?」
なるほど、ギルド長は主に魔法を使う戦い方をするのか、マカちゃんさり気ない情報提供ナイスだ!
と思っていると、マカちゃんはそれ以上の事を提案し始めた。
「でもおにーさんはモンスターテイマーです。皆さんご存知の通りモンスターテイマーといえば、魔物を使役して戦うはずですよね?」
「……そうだね」
「それならおにーさんと模擬戦をすると言う事は、セツカちゃんも参加すると言う事で大丈夫ですよね? でないと公平じゃありませんし。それとも……ギルド長が魔法なしで戦うって事ですか?」
「はぁ……君は目敏いね。仕方ない、ドラゴンになるのは黙っててもらう意味がなくなるからダメだけど、人の状態のままなら認めるよ」
「だってさ、おにーさん、セツカちゃん」
話を終えたマカちゃんはこちらに振り返ると、そう言ってウィンクをした。
「あ、あぁ……」
「ん、セツカもやる」
マカちゃん凄いな……言われるまで気がつかなかった。
俺は俺だけでギルド長を倒す算段を考えていたのに、思わぬ援軍だ。これで負ける要素が確実に減っただろう。
だが1つ問題があるとすれば、ギルド長がそれを簡単に認めたことだ。
これで俺が9級冒険者だから侮っていたという線は消える。つまり雪華も併せて敵に回しても大丈夫だろうという自信があるという事だ。
「ギルド長、準備が整いました」
「ありがとう。それじゃルールだけど、最終的に私かリューヤ君のどちらかが倒れれば終了。判定勝ちとかそういう複雑のはなし」
「それで構いません」
ルールには特に問題が見当たらないので、頷いて答える。
俺達は簡単な取り決めると、距離をあけるためにそれぞれ逆方向へ離れていく。
「……雪華」
「ん?」
「基本的に前衛は俺がやるよ。だから雪華にはフォローをお願いしたい」
「ん」
「それと作戦なんだが、俺が合図を出したら――」
そうして相手と離れるまでの短い間で簡単な相談も終え、お互いある程度距離のあいたところで向き直り、開始の合図を待つ。
周りを見てみれば、俺達が来るまで訓練所を利用していたであろう冒険者の姿がまばらに見えた。その誰もがこれから始まる模擬戦を、注目している事がわかる。
そんな中、レインさんの声が響く。
「それでは、始めてください」
開始の合図と共に俺は走り出す。
ギルド長は魔導師らしいので、距離が離れれば離れるほどこちらが不利になると思ったからだ。
「さすがに2対1は辛いからね、少し本気で行くよ。『六色の魔宝玉』」
ギルド長がそう言うと、赤、青、黄、緑、白、黒の玉が出現した。
合計6つの玉は出現したと同時に、赤、青、緑の3つがこちらへと向かってきて、残りの黄、白、黒はギルド長の傍に待機する。
「お、おいあれって……」
「あぁ、最初から6つ全部って、ギルド長本気じゃねぇか」
ギャラリーの声が聞こえてくる。どうやら彼らにはあの玉の効果が分かっているようだ。
そういえば随分とスムーズに模擬戦を始められたと思ったが、彼らの様子からこういった事は結構頻繁にあって、慣れているのかもしれない。
さて、玉を無視してこのまま突っ込むべきか否か、どうするかな。
そう思っていると、近づいてきた玉の中で、赤の玉が輝きだした。
そして次の瞬間、炎の槍のようなものが出現し、俺に向かって射出される。
「っ! おわっと!」
俺はそれを見て咄嗟にかわすが、順番を待っていたかのように今後は緑の玉が輝きだし、風切り音が聞こえたと思うと、すぐその場を離れる。
すると、先ほどまで俺のいた場所に突然鋭利な斬り込みの跡が一文字につく。
「これは……」
恐らくこのいずれも魔法によるものだろう。
魔法の名前は分からないが、炎の槍に不可視の刃、そして――
「――はっ!」
死角になっている所から水で作ったような球体が迫ってきていたので、持っていた模擬戦用の剣で叩き落とす。
ここまで見れば俺にも大体わかってくる。この玉はそれぞれが属性に対応する色を持ち、発光したタイミングで魔法を放ってくるものなのだろう。
「ふふっ、どうだい? これで1対2から、7対2だね。『火の矢』」
「っ、本体も使ってくるのか!」
俺は打ち込まれた火を躱しつつ、その間にまたもや不可視の刃、炎の槍と打ち込まれてきた事を察して、雪華を見る。
「ん」
次の瞬間、俺に向かってきていた魔法は突如出現した光の盾に遮られる。雪華の『害撃拒絶』だ。
「へぇ、やっぱりセツカくんも白色魔法が使えるんだね」
やっぱりと言うことは、種族名から予想されていたのか。それに感心しているようにも見えるが、特に焦りは見られない。
現状はお互いダメージを負っていないが、まだギルド長は3つの玉を控えさせている。出来ればそれらを向けられる前に、この玉をいくつかは破壊しておきたいな。
「ん、『魔呪無力化』」
俺がそう思ったときにはもう雪華が動いていた。
名前からして魔法を解除させるようなものだろう。これで玉のいくつかが消えてなくなれば、だいぶ戦況が楽になる。
「甘いよ」
その言葉と同時に、赤と緑の玉が発光を始め、キンと澄んだ音が聞こえてきた。
「私にとって『魔呪無力化』は確かに脅威だけど、当然対策は用意しているよ。といっても簡単な話で、『魔呪無力化』が『六色の魔宝玉』へ届く前に、解除されても良い別の魔法を纏ってるだけだけどね」
「……むぅ」
「ふふ、どんどん行くよ。『火の矢』、『風刃』」
ギルド長は次々と魔法を生み出しては、俺に向けて放ってくる。加えて浮いている玉も隙あらば魔法を撃ってくるので、息をつく暇も無い。
「ふふっ、セツカ君は手詰まりかな? だったらあとはそこで、彼がやられるのをゆっくり見ていると良いよ」
「……」
攻撃の手を休めずに雪華を挑発してきた。それに対して雪華は――お、怒ってらっしゃる。
いつもの拗ねるようなむくれ方でなく、眠そうな目をさらに細めて、じっとギルド長を睨んでいた。
「雪華? まだ大丈夫だからちょっと落ち着こう?」
「……というかリューヤ君、随分と余裕そうだね」
「これでも一杯一杯ですよ」
「軽口を叩けないようにしてあげるよ!」
言葉ではそう返しつつも、俺はギルド長の見立て通り、現状にそこまで焦りを感じていなかった。
理由として、ドラゴンの身体能力が凄すぎたからだ。
前後左右、さらに上からも飛んでくる魔法に対し、この優秀すぎる身体能力では視覚や音、空気の流れからすぐに飛んでくる方向や速さを察する事ができ、いくら今のような攻撃が続こうと当たる気がしない。
それにもし当たったとしても、ドラゴンの防御力なら大丈夫な気がする。
そんな事を考えていると、ギルド長はほんの僅かに焦りを見せ始めた。
「君の体力は無尽蔵かい? 既に5分くらいは避け続けていると思うんだけど」
「いえ、だから一杯一杯ですって」
「それはもう良いって。けどこのまま体力と魔力で根比べをするのは……こっちの分が悪そうだね」
ふむ、予想はしていたが、やはり魔法を使うには、幾らかの魔力を消費するみたいだ。
この世界で魔法と言えばいつまでも撃てるもの……と言った心配もあったのだが、どうやら使ったら使った分だけ消費してくれるみたいなので、少し安心した。
「はぁ……仕方が無い、もうちょっとだけ本気を出すよ」
その言葉から、これまでが様子見だった事がわかる。
困ったな……小手調べの状態でも今の速さでは近づけていないのに、それ以上となるとどうなるんだろう。
これは俺も少し本気を出して、人外レベルの身体能力でさっさと終わらせるべきか?
……いや、それはそれで問題ある気がする。
俺自身もまだこの身体能力を持て余している所があるので、下手に攻撃へ出てしまえば、相手が怪我ですまなくなる可能性も考えられる。
となれば勝ちを急ぐよりも、このまま避け続けて魔力切れを待った方が安全だろう。目的はあくまでも情報を貰う為なので、ギルド長に重症を負わせる事は避けたい。
そう考えていると、近くに展開された赤玉が輝きだしたので、身構え、そして目を剥いた。
赤玉がより強く光ると、拳大くらいの大きさはある火の玉がざっと100以上現れ、こちらに殺到してきたのだ。
「な!?」
俺は驚愕しつつも、なんとか紙一重で避ける。
向かってくる弾道がほとんど直線的なのが幸いした。『竜の瞳』のもう1つの力、未来予測によって大体の着弾場所が見えたからこそ成せた技だった。
だが避けると同時に、俺は再び驚かされる。
火の玉が着弾した場所に、突如火柱が立ち上っていたのだ。
見渡す限り、何本もの炎の柱が訓練所を埋めていて収まる気配がない。これでは回避に専念していても、徐々に逃げ道を塞がれていくだけだ。
「あぶな……さっきまで1本ずつだったのに」
「ふふっ、やっぱり避けたね。でも、そろそろ終わりかな?」
先ほどまで1発ずつ撃ってきていたのにこの変わりよう……もしかしてさっきまでの様子見で、俺がどこまでなら大丈夫なのか推し量っていたのか?
いや、考えている余裕は無い。このままいけばギルド長の言葉通り、いつかは被弾してしまうだろう。
「ちっ」
突然状況が大きく変わってしまい、俺は思わず舌打ちする。
もう魔力切れまで避け続けるのは難しいか。攻撃を受け続けるという選択肢も無いではないが、あの威力の魔法を何度も食らって、俺自身無事でいられるかも分からない。
……仕方ない、ギルド長には悪いが、攻勢に出る事にしよう。
うまくいけば、相手の防御魔法とかで魔力切れを狙えるかもしれないし、最悪の場合、ギルド長に怪我を負わせてでも負けだけは何とか避けたい。
「ま、そう来るよね。被弾覚悟での突貫は、確かに恐い……でも、それも予想内だね」
「っ!」
いつの間にか俺とギルド長の間に緑玉が移動しており、目視できた瞬間に強く輝き始める。先ほどの赤玉と同じだ!
それに気づいたと同時に何とか横へと移動しようとしたのだが、急に足が止まる。
「くっ」
「……『下降気流』、ふふ、身体が重くて動けないでしょ? 後は……」
ギルド長の言葉に続き、今度は赤い玉が再び光始めたのが見えると、俺は少し混乱した。
このままあの火柱が立つ火の玉を投入されれば、この風の魔法も手伝って広域に被害を及ぼすだろう。
そうなれば相手だって被害を受けて無事では済まないはず。
……そう思うのは、考えが甘かったらしい。
視線を周囲に向けると、そこには青玉と白玉が発光を始めており、俺を中心として少し離れたところで旋回を始めていた。
青色魔法と白色魔法で、周りの被害をキャンセルする意図のようだ。
俺がその考えに至る頃にはもう準備は整っていたようで、ギルド長は余裕を見せてながら口を開く。
「しばらくは動けなくなるだろうけど、我慢してね」
言い終えると、浮遊していた赤、青、緑、白が強く発光し、それぞれの魔法が発動した。




