◆第9章 「敵襲」
レオンはそのまま僕らの方へ駆けてくる。セシリアが僕の手を取った。レオンと僕はすれ違いそのまま位置を変える。
セシリアをかばうように小さな杖を手に、振り返った先。
そこには、白くて細長い人型の魔物たちが1、2、4体いた。ゆったりと歩いたと思ったら走り出し、そして獣のように四つん這いになって襲い掛かる。人のような形で、まるで獣のように振舞うその姿は異様だった。
まだほのかに明るいおかげでしっかりと認識できた顔は確かに人と似ていた。しかし黄色味がかった目は血走り、口は歯茎が見えてまるで笑っているかのようだった。
ニナが1体吹き飛ばす。しかし、魔物は吹き飛ばされて曲がった腕をしならせ、武器のように扱いながら再度とびかかる。
標的は、レオンだ。それをかばうかのようにニナが再度殴り飛ばす。レオンもニナの大ぶりな振りの隙間を縫っては魔物を打ち付ける。
2人がなんとかしのげていることを見て取り、僕は周辺にも潜んでいないか周りを確認する。どこにも白い影は見えない。
「セシリアさん、僕は明かりをもう1つ作ります。周囲の警戒をお願いしても良いですか?」
「はい、私に出来る事であれば何でもおっしゃってくださいね」
逼迫した状況であっても彼女はこちらに微笑みかけた。僕も彼女に安心してほしくて笑みを作る。そうして、非常用の明かりを探し出した。
小瓶に入れていた丸い石。呪いに浸けておいた内のいくつかを外に出して、そのまま言葉を4回入れる。ふわりと浮き上がったそれに触れて、セシリアにも触れるように指示を出す。
「初めに触れた人の近くに留まり続けるんです」
彼女の相槌を耳にしながら遠くの二人を見やる。この説明をするのは難しいだろう。はてどうしたものか。レオンたちは相変わらず完璧に攻撃を塞ぎ切っている。魔物たちもだんだんとその数を減らし、ていない!?むしろ数が増えていた。今は、6体。どこからやって来たのかは知らないが、このままでは数に押されてしまう可能性があるだろう。
「!ノア様!入り口に!」
セシリアの声に反応して入口にある門のあたりを振り返る。白い、魔物。
「セシリアさん、下がって!」
2人に渡そうとしていた石を持ち替える。2度石を叩き合わせ、言葉を1回。本来の使い道に戻された道具たちをそのまま振りかぶる。あたれ!
結論から言おう。だめだった。全然無理だった。僕の鍛えられていない腕は全力を発揮したが、的は動く。魔物の後ろを石たちは通過し地面に当たる。そのまま爆発。爆風で魔物は僕たちに勢いよく近づいてきた。
「ノア様!!!!!!」
悲鳴のような声が聞こえる。ごめんなさい!役立たずどころか、足を引っ張るくそ野郎は僕です!
「素晴らしいです!ノア様!さ、もう一度!」
え。セシリアさんが興奮した声で言う。
「私もお手伝いいたします!大丈夫、次は当たりますよ!」
言葉に突き動かされて慌てて石を出す。もう一度石を叩き合わせる。言葉はいらない。
「セシリアさんっ!」
「はい!」
2つとも渡そうとしたが1つだけで返された。僕も投げろという事か。
いや。そうじゃない。
「左へ!」
セシリアが魔物に思い切りよく投げつける。こちらに向けて犬のように走り出したそれは右で起きた爆風に吹き飛ばされる。そのままごろりと転がり、そして。僕は、石を投げた。
もう一度僕らへと向かって走り出そうと魔物が態勢を整えた瞬間、石が体に当たった。
「!やった、やったよ!セシリアさん!」
「はい!やってやりました!!出来ると思ってましたよ!ノア様!」
「まだだ」
レオンが魔物のいた場所へ向かい、蹴り飛ばした。もう一度吹き飛ばされた魔物はそれでもこちら、いや、レオンへと向かってくる。それをもう一度彼は突き飛ばす。
突き飛ばされた先、僕らが先ほどまでいた場所には既に数体の魔物がいた。
「おい!なんか増えてねーか!?」
ニナが魔物を引きつけようとしているのか、効率を求めたのか。魔物を武器のようにして振り回し他の魔物をけん制している。そんなことしていいのか。
興奮で周りが見えなくなっていたことへの羞恥を感じながらも、倫理観について惑わされる光景によって現実を見る。
魔物は数十体にまで増えていた。完全な暗闇の中、ランタンたちの光によってその数を何とか数える。
「来い」
「どこ行くんだよ!!!」
レオンに僕らは慌ててついていく。彼は入り口側にある1つの家の扉を開けた。
急いで僕はランタンをそちらに向ける。光は敵がいないことを伝えてくれた。
「立てこもる」
慌てて防御のための道具を取り出す。亀の甲羅にノックを2回。裏返さないように気を付けながら部屋の中心へ。何回か言葉を入れて、ニナが生身で部屋へ飛び込んできた瞬間に床に置いた。
「扉閉めるぞ!」
一緒になってテーブルを扉の前に置く。窓は気休め程度だがカーテンを閉め、認識されないようにする。
ガンガンという音は時間がたつにつれ、消えていった。
「……大丈夫そうか?」
珍しくひそめた声でニナが告げる。さぁ、と他の者は首を振ったり傾げたり。
「鎧はどこに置いたんですか?」
「鎧?扉の前だぜ。だから出るときはオレからな」
ガンガンという音は彼女の鎧のものだったらしい。
「術は何だ」
「あ、今かけているのは強度特化のバリアです」
「ま!私も何度かバリアにはお世話になったことがありますが、この術は初めて目にいたしました!」
「オレも初めてだ!魔術師のやつら、大体ビー玉かでかい杖ぶん回してるよな!」
声を抑えてはいるが興奮が隠しきれていない。ワクワクしています!というように2人がにじり寄ってきた。僕は了承を得るためか、助けを求めたのか、よくわからないままにレオンを見る。
「警戒はしろ」
雑談の許可をいただいたので、と僕らは情報交換の前に魔術について、少しだけ話を始めた。
「どうして亀の甲羅でバリアを張っているのですか?」
「亀なのは僕の趣味ですね」
「んぇえっ!?おい!!」
「触ったら崩れちゃいますから気を付けてください」
「悪かったって!」
なおも甲羅を覗き込んでいるニナを牽制しつつ、このバリアの中にいる皆に向けて説明をしていく。
「僕の術も、他の皆がしている魔術と基本的には同じです。ただ、僕はもっと昔の方法を使っているだけなんですよ」
「昔の方法ですか?」
「はい。元々皆、術を使う時はこんな感じで媒体と言葉を使っていたんです」
「全員、亀の甲羅とかでやってたのか?ビー玉の方がビジュいいな!」
「甲羅は媒体ですね。媒体は、力を借りるための対価であり、同時に魔術を行使するための媒介でもあります。そして言葉は何をするか指示として。僕らは魔の力にお願いをして魔術を行使しているんです」
だから甲羅以外にもいろいろとありますよ、と付け足す。ニナはふーんだかほーんだか、あまりわかっていなさそうな返事をした。
「ですがノア様は手で打ち付けたりと他にも色々なことをしていらっしゃいませんでしたか?」
「それは言葉を省略するためのものですね。事前に媒介に文字を入れておくんです。この衝撃が来たらこの言葉の意味になるぞって」
「そうでしたのね!でしたら全て文字を入れておいた方が便利ではありませんか?」
「出来たら楽、ではあるんですけどね。文字の方が言葉より複雑になりやすくて。結局、その場で行ってしまった方が楽なんです。それに大きなものを持ち歩くわけにもいきませんから」
「あ!だからあの木偶の坊どもはビー玉転がしてやがったのか!」
「?ビー玉も、そうですね。最近はそういう小さなものに入れる技術が出てきたので、道具は出来る限り小さくするのが流行りみたいです」
「ノアも小さくしたらどうだ?死にそうな顔して歩かなくて済むぜ!」
「うーん。やっぱり、昔の方法の方が威力が出やすいからな。小さくすると本当に死んでしまうかもしれないし、頑張って歩くしかないですね」
レオンが輪の中へと入ってくる。そのまますとんと座ったので、僕らは彼の方へと視線を向けた。
「いなくなった」
「よっしゃ!そしたら早速奥の家に行こうぜ!」
「だめだ」
「ですが、もしかしたら誘拐された皆様がいらっしゃるかもしれません」
「だめだ」
「うーん、とりあえずこの村について情報を交換しませんか?」
このままでは誰も引かないと悟ったのだろう。やんわりと僕の提案に皆の話が流れていく。
「オレたちの方は羊の骨が大量にあったな!」
「あと家具が中途半端に盗まれていましたね」
「そうだ!あの家具、痕が付いていたから辿ってみたが、裏の山で途切れちまってたぜ」
「私たちの方も家具が盗み出されていましたね」
「山の方に洞窟があるのは確認した。昼でも明かりが必要だった」
え。明かり、持ってたんだ。僕の頑張りは一体。
「あの魔物どもそこから湧いてきてんだろ!」
「昼間は見かけていない」
「では、私たちに気付いてやって来たという事はありませんか?」
「確かにな!じゃ、ここが本拠地ってことかぁ!は!?!?」
「ニナさん、落ち着いて。いきなりキレないでください。山であってますよ」
「襲撃は夜だ」
「今までの報告では皆様そうおっしゃっていましたね」
「夜に魔物たちが増えてきてましたし、夜行性、あるいは日の光が苦手なのかもしれないです」
「そういやオレらが逃げた時も外までは追いかけてこなかったな!」
「とりあえず、夜行性か何かの魔物。そして失踪した村人の姿をしていた」
「肉食の可能性」
「この村のおかしな臭いも、要素としては入りそうですね」
「オレには興味なさそうだったぜあいつら。多分生き物、もしくは人を襲うんじゃないか?」
「肉食」
「ええ、そうですね。魔物の皆様、怪我をされてもお気になされていませんでしたし、痛覚はないのでしょうか」
「体は柔らかい箇所と硬い箇所が点在していた」
ここまでの要素を並べて考えてみる。死人のような顔や痛覚のなさ、腐敗臭。そして夜行性。分類としてはアンデッドが当てはまるだろう。
ここは黒魔術が強く関わる分野でもあるから専門のはずなのだが、この条件、そしてあの姿に当てはまる魔物を僕は知らない。
「アンデッド系なのはわかるんですが......」
「やっぱり家か!?」
「もう一度あの家を探しに行ってから洞窟へ向かう、という事ですか?私、反対です」
そうだ、あの家。いやに乾燥した空間に、強い腐敗臭。そして肉と血、小さな手のようなもの。
「なぜ」
「囚われた皆様は洞窟にいる可能性の方が高いのでしょう。二手に分かれるか、洞窟から。ここは譲れません」
あれが術式であれば。何に使われた?媒介は血肉じゃない。何か幼い生物を媒介に、そして埋め込んだ術式は血肉。いや。
おそらくすべてが媒介、なのかもしれない。いくつもの命、そして術すらも贄として差し出すほどの強い呪い。それで出来るのは何だ。そんなに力を与えて、何をしようとした?
そして部屋が荒れたままなのは術は継続しているという事か。それとも消す暇がなかったか。
魔物が部屋に居て、その後僕らは襲われた。術は継続中なのだろう。一度きりのものでない場合、対価を常に必要とするはず。その対価が連れ去られた人々として、いや、それなら、
「なんで、連れ去られた?」
「それはきっと食料として、ではないのですか?」
「術は、もう力が要らない?」
「?そりゃ、アンデッドは人とか生き物食うだろ」
ならば術式は、あちらではない。魔物自体が術式だ。
「魔物が術式なら、魔物に力を与えている?」
「強化術式」
「強化術式だ!?だからあいつらあんなにタフだったのか!」
「まぁ、では術者がいらっしゃるという事ですか?」
「そうだ、術者!いるはずだよ!」
術者のことを完璧に忘れていた!やっと見えた解決の糸を掴む。掴んでいたのはレオンだった。糸じゃない!びっくりして手を離す。うわーびっくりした。
「……では術者を最優先」
「んで結局家か?洞窟か?」
「多分、家の術式はもう役目を終えている、です。だから僕たちは洞窟の方に行くべきだと思います」
「明朝、洞窟」
「はい!では、私から時計回りに不寝番を決めましょう。それと皆さま、お怪我はございませんか?」
少しの不調でも良いんですよ、と笑みを浮かべた彼女の瞳はギラギラとしていた。治療をするまで誰も寝かせない、そんな声が聞こえた気がする。完璧な治療中毒者。
「「「ない/ぞ!/です」」」
僕らはどうにかセシリアのごり押しを振り切り、洞窟での動きだけ簡単に確認してから眠ることになった。




