◆第8章 「廃村」
「ボロボロじゃねーか!」
「きゃぁっ!っふふふ、人の気配はありませんね」
ニナが笑うセシリアを抱えながら駆けていく。数時間歩き続けた僕らは、今回の依頼において非常に重要な鍵を握っているであろう村へたどり着いた。
セシリアが抱えられている理由は知らない。僕が必死になって歩いていたらいつの間にかニナがセシリアを抱えていたのだ。理由は疲れたとか靴擦れをしたとかそんなところだろう。
僕のことも抱き上げようとして来たので疲れていたから、が有力候補だ。
「ここが全員失踪した村、ですよね?」
「任せる」
僕らも二人を追いかけて村へと近づいていく。近づくほどにその異様さが伝わってきた。もうすでに一か月は経っているから当然ではあるがボロボロだ。異常なのは、草や蔦に建物がほぼ浸食されていない点だろう。そして何より匂い。腐敗した何かの匂いがうっすらと村全体を漂っている。
あまり植生について詳しくないが、それにしたっておかしい。この村へ近づく村人はいないと聞いていたからこそ、なぜか人の手が入っているような村の様子は不気味に映った。
セシリアがニナから降りて僕らに近づく。さすがにおかしさを感じ取ったのか、表情のこわばりを感じた。
「二手に分かれて調査しましょう。もしおかしなもの、一般的に村にあるべきでないもの、悪感情を煽るもの、そういうのを見つけたら動かさないで僕に教えてください。」
説明不足にならないよう色々と付け足しつつレオンを見やる。特に何も言ってこないという事はここは僕に任せてくれるらしい。
少し緊張しながらも説明を終え、さっと二手に分かれた。自分の興味を優先した結果二手に分かれられただけだが。
「んじゃ、探索開始だな!」
くぐもった声が開始の合図を告げた。僕らはふらふらと気になる物を探し始める。
*********
「おい!これはどうだ!?嫌なものだろ!」
「ちょ、気になったものは持たないでくださいってば!危ないです!」
食器棚からニナの機械仕掛けの手へ目を移す。彼女はその大きさのせいで室内に入れず、基本は僕が中を。そして彼女が外を調査していた。
大きな掌に置かれたそれは、確かに嫌なものだった。
「うわ。骨ですか」
「裏手の方に大量にあったぜ!」
僕は骨を見ただけで何の動物かとか、死因とか、そういうのは判別できない。足か腕か、はたまた首か。これは何だったのだろうと二人で骨をじっと見る。
わからないな、やっぱり。頑張ればいけるかと粘ってみたが無理そうだ。いつの間にかニナは飽きたのだろう。別の方角を見ていた。
「骨のあった庭に案内してくれませんか?」
「いいぜ!」
裏手へと回れば、明らかに異常なほどの骨が積まれていた。ニナの鎧とほぼ同じ高さにまで山のように積み上げられたこれは、全て同じ種族の物の骨なのだろうか。
せめて人ではありませんようにと願いながら、頭のようなものを探し出す。
見つけた。掘り出してすぐ、正体がわかりそうなものを見つける。湾曲した角のついた頭蓋骨。
「なんだか羊っぽい?」
「確かになー。村だし、羊じゃねーか?」
「ぎゃっ!?なんでそんなにいっぱい持ってるんですか!」
「あったから」
すぐそばで鳴らされる骨。ニナの意味がわからない行動に距離を置きながら、骨を戻す。戻しておいてくださいねと言いながら、先ほど調べていた家の隣家へと向かった。
そのまま、同じようにこちらも家具を確認。ニナが扉から室内を見つめる。もう外にめぼしいものはないようだ。
「ここもか」
つい、言葉が漏れる。なぜか家具が無いのだ。今まで見てきた家、そのほぼすべてで椅子が消えていた。普通あるべき場所に椅子はなく、ひどい場合はテーブルも消え去っていることがあった。
またシーツが消えていたり、ベッドが引きずられた跡だけを残して姿がなかったりと、他の家具も消えていた。そのくせ価値のありそうな蠟燭台や食器、貨幣には手をつけられておらず、盗賊の仕業にしては意味が解らない。
「やっぱり魔物じゃないのか!?」
「魔物っぽいですけどね。ニナさん、こんなことをする魔物って知ってますか?」
「.......キヌスミザル!!」
「そいつら、黄色い物だけ盗んでいくんじゃないですっけ」
「んじゃ知らん!」
そうだよな。僕も家具だけ盗んでいく魔物に心当たりはない。盗みを働く魔物たちは大抵、一つのルールに執着している。
それは色、光、大きさ、巣作り、求婚、といろいろあるが、家具を盗むという話は聞かなかった。
「こいつらの拠点はわかりそうだし、んなもん別にもうよくねーか?」
「えっ!?わかるんですか?」
「いやまだ調べてねーけど。ベッドの引きずったあと追いかけりゃ行けるだろ」
ニナはそのまま外へ出ていく。ベッドの後を追いかけるのだろうか。それが出来れば万々歳だが拠点へ行く前に対策はしておきたい。
そのためにも事前にある程度の目星を付けられるよう、僕は調査を続けることにした。
一番奥の家へと向かう。少しの上り坂を上り庭を通る。扉に手をかけた瞬間、ここだと思った。ただの勘だが、なによりも確信があった。今までよりもゆっくりと、慎重に家へ入る。
異様に暗い。鼻を突く異臭にマントを引き上げた。玄関から地続きの大きな一室。ここは広間だろうか。明かりは玄関からの光しかないが仕方がないだろう。後で明かりを借りてこようと思いつつ、今調べられそうなものは調べてしまうことにした。
部屋の中はおかしな程乾燥していた。少ししかいないのに喉が張り付くような感触がして、長居は無理だろうと予測をつける。おそらく窓は打ち付けられているのだろう。ちらちらと漏れる自然光を頼りに室内を見る。
視認できる限りでは、この空間は血と臓器、そして小さな手や目玉等、異様なもので床が無造作に飾り立てられていた。この様子では壁も同様だろう。
唇を舐め、血の味がすることを確認する。乾燥は、少しの空気の入れ替えでは収まりそうもない。
おぞましい光景の中、きらりと光るものがあった気がした。
「っおい!何してんだ戻れ!!」
ぐいと腕を引かれる。抗わずに後ろへ引いた僕の目前で何かがぶんと振り下ろされる。白い、腕だ。
「うわぁっ!?!?!?」
「くそっ暗すぎる!撤退するぞノア君!!」
手を掴まれて再度光の方へ引かれる。でも、まだ、確認が出来てない!
「ニナさん!アイツを一回倒せませんか!?」
「無理だ!!!」
「お願いです!光なら多分、何とかできます!」
「場所が悪すぎる!」
「でも、荒らされるのを止めないと!」
強く手を掴みなおされ、ぬくもりを確かめる。そして気付く。彼女は今、鎧を着ていない。
青い髪が眼下で揺れた。彼女がこちらに向き直る。僕らは奥の家から出て、村の中心へと戻ってきていた。
「鎧っ!なんで、生身なんですか!?」
「今更過ぎるぞ!!」
「どうしましたか!」
セシリアが駆けよってくる。夕焼けに照らされた彼女を見て、ようやく日が傾きかけていたことを知った。息が荒く、乾燥していたこともあって喉がひどく痛む。
「一番でかい家に白い魔物がいたぜ。多分オレ達の目標だ」
「まぁ!では、この村の皆さまは帰ってきたのかもしれませんね。きっと今まで迷子だったのかもしれません」
「?あんま友好的ではなさそうだったぜ。襲われたからな!」
「ですが、追いかけては来ていないようですね」
言われて気づく。あの魔物は、追いかけては来ていないようだった。では、今も家にとどまっているのだろうか。それとも別の場所へ逃げ込んだのか。一度咳をし、考えをまとめようとする。
「鎧、家の前に置いてきちまったし、ちょっくら取りに行くついでに魔物いるか見てくるわ!」
「えぇっ!?ちょ、ニナさん!危なっごほ、っぐ、うぇ」
僕の制止を聞かずに彼女は飛び出していった。痛めた喉に掛けた負荷のせいか咳き込む。
「痛くないですよ。大丈夫。喉、苦しくないです」
追いかけてくれ!セシリアはニナよりも僕を優先したらしい。正直、置いていってほしいがそれも伝えられず、僕は早く治れ、早く治れと強く思うしかなかった。
そうして喉の痛みが治まったころ。もうすでに日は沈みかけてしまっており、機械鎧とレオンの影がいち早く僕らのもと集まった。二人の顔を見て無事を確認し、ほっと息が抜ける。セシリアも同様に安堵のため息をついた。
「帰る」
「魔物はまだいたぜ!ま、オレにビビッて家の外までは来れなかったみたいだがな!」
「お二人ともご無事で何よりです。レオン様、追いかけてくださってたのですね」
呆れたようにレオンはセシリアを見たが何も言わなかった。彼の中ではもう解決しているのだろう。呆れた顔をしたまま僕を見る。
「もう一度、あの家に入りたいです」
「駄目だ」
「.......明日ならいいんですか」
「ああ」
考える。あの家は異様だった。今回の事件で鍵を握っているのは明らかにあの家だ。そうでなくとも重要な手がかりはあるだろう。そういえば二人の調査の結果を聞いていなかったことを思い出した。
「あの、この村について何かわかったことってありますか?」
「帰る」
「もうずいぶん暗くなってしまいましたしね。ノア様、お話は歩きながらいたしましょう」
「うーん、腹減ったな!昼何も食ってねーし、夜はがっと脂っこいもん食いてーな!」
「ふふ!では私はシチューのような温かいスープが飲みたいですね」
完全に空気が談笑ムードになってしまった。レオンは既に村の外へと向かっているし、ニナはセシリアを抱え上げようとしている。まて、灯り役はもしかしなくとも僕か。魔術師だしそういうもんなのだろうか。適当に理由を付けて魔術の準備をする。二人は待ってくれているようだし、とのんびりとバッグの中身を確認し、ランタンを取り出した。3回、言葉を吹き込んで。仕込んでいた術式が動くのを確認。手でメモリを動かして光を調節した。
「おおー!」
「何度見ても灯の魔法は素敵ですね」
何やら感動している風の2人。こんな簡単なものでも喜んでくれるなんておかしいことだ。身体が熱くなるのをごまかすためにもう1度ランタンに言葉を入れる。手を離した。
「「おおおーーー!!!!」」
浮いたランタンに触ろうとしているニナにやけどを注意して歩き出す。ランタンはしっかりと僕らの道を照らしてくれた。
入口付近にいたレオンに手を振る。駆け寄る最中、彼がなぜか剣を抜いていることに気付く。
「敵だ!」




