◆第7話 「証言」
「隣町の、取引、をよくしていたヤツの顔だったんだ。憎たらしい顔をしていたから、よく覚えてる。アイツ、おれから野菜をギリギリの値段で買うんだ。あいつしか、いないから。その時の、あのおれを見る顔!そうだ、そうだ!あの顔!笑ってた!!アイツ、おれの腕を掴んで、引きちぎろうと、おれ、おれを馬鹿にしていやがった!!アイツ!!」
「おい、興奮すんなって!今、ソイツはいないんだろ!」
ぐい、と肩を引かれた男は、そこでようやく、気づいたかのようにニナを見た。自分の息の荒さに気づき、僕は彼に感化されていたことを知る。
「ああ。す、すまない」
「んで、次。お前はどうし、いや。話さなくてもいいが」
「いえ……話します。あいつらを、見つけてほしいんです。そのためにおれは、ここに居ます」
男は、今までの様子が嘘のように強く言葉を述べる。
「すみません、気が動転していて。要領、得なかったですよね」
彼自身がつらいだろうことはわかっていたが、それでも男は前を向いて話を続ける。ふと、先ほどまで震えていた腕が止まっていることに気づいた。その代わり、セシリアの手を握る指には、まだ力がこもっている。セシリアもそれを振りほどこうとはしなかった。
「おれが戻った時。母さんは、既に連れ去られていました。おれ、困って、隣の家に助けを求めに走ったんです。それで村の人達にも話が伝わって。全員で探すことになりました」
その後、特に調査に進展はなく。近隣で頻発している事件の関連性を重く見た重役たちによって城の方に伝わったらしい。ただ、勇者が来るとは思っていなかった。これはそんなに恐ろしい事件なんですか。その質問には、誰も答える事が出来なかった。
「これからだ」
いや、答えた。しかも悪い方向に。
「えっ大ごとになるってことですか!?」
「いえ。まだ大変な事態になるかはわからないです」
安心させられなくてすみません、と続ける。
「ただ、話してくださったおかげである程度の目処はつきました。きっと解決、出来ますよ」
「そうです!大丈夫ですよ、お父様もお母様も。私たちが必ず!見つけ出して見せます」
セシリアが僕の誇張に続く。彼女はきっと本心で言っているのだろう。にこやかな微笑みが、未来が明るいものだと証明してくれるかのようで、気まずくなった。慣れないことはするもんじゃない。どうにか彼を安心させたくて誇張してしまった。じわりと汗が背中を伝う。僕の手に負えなければどうしようか。責任の取り方を、僕は知らない。
今日はこちらにお泊り下さい、と村長宅の二階へ通される。そこからが問題だった。
「まさか、3部屋とはな!」
「1部屋足りませんね」
「えっと、部屋割り、どうしましょうか」
「オレは荷物が多いしな!相部屋は譲ってやる!」
「私は相部屋で良いですよ、お話ししたいですし」
「えっ、あっ、えっ!?」
非常に大変なことになった。勝手に意見を述べ、そのつもりなのか荷物を二階へと運び始める女子二人。困ったのは男子、いや。僕。レオンは相変わらず話さないで、こっちを見ている。こっちを、見ている!?
「なんですか?」
「合わせる」
これは、僕の意見に合わせる、ってことだろうか。まさか僕の意見を聞いてくるとは。そりゃ、相部屋は勘弁願いたい。だからと言って、レオンとセシリアを共にするのは、大変、外聞が悪いんじゃなかろうか。そしてそれは僕もだ。聖女様と一夜を共にした不審者。大変まずい。主に僕の将来が。既にお先真っ暗だが、刺される理由をいたずらに増やす趣味はなかった。
「ロボ、入らんな!」
「行けますよ!えい!!」
「うわーーーーー!!!!!聖女様!!!!おやめください!!!!」
事件の音がする。家全体が一度大きく揺れ、ニナの大荷物は入らなかったらしい。
「納屋とか、あるか!そうか!じゃ、そっちだ!」
納屋にあれが収まれば良いが。面倒ごとに眉を寄せ、そして気付く。ニナの荷物が無いという事は、相部屋を断る理由が消えたという事だ。ニナとセシリア。うん、いい感じだ。馬車でも楽し気に話していたし、相性は十分に良さそうに見える。少なくともレオンと僕よりはましだ。女性同士が相部屋で、僕らは一人。完璧なんじゃないかな。よし、二人が帰ってきたらこの計画を伝えよう。
2人分の足音、というより話し声が近づいてきた。納屋にいた馬の話をしている。多分、馬がいるならそこは馬小屋だったのだろう。しかし今は納屋の訂正より先に言う事がある。
「ふぃー、疲れた疲れた!よっ!部屋、決まったか?」
「それのことなんだけど、その、僕らとセシリアさんだと外聞が悪いからさ」
「ま!でしたら私、一人部屋でも構いませんよ」
おっと。計画は聖女の一声で瓦解した。なるほど、そういうのもあるか。どうしよう。このままでは僕とレオンが相部屋だ。
「オレもなー、部屋なー、うーん」
いつもの勢いは鳴りを潜め、こういうの、難しいよなとニナは腕を組んだ。もう話し合いに参加するつもりはないらしい。成り行きを観戦するスタイルになった彼女を諦める。
「ニナ、セシリア。相部屋だ」
レオンが告げる。皆が彼を見やった。えっ!まじか!やった!!我らがリーダーの強権支配に万歳!このまま、彼の一党独裁でも構わないかもしれない。散々、彼に意味なく振り回されたこともこの一言で全てが消え失せた。では、早速準備を始めよう。
「ノア、来い」
えっ、えっ、えっ。フードが引っ張られる。荷物を抱え、向かおうとした隅の部屋の逆、階段脇に入れられる。女子たちにレオンが後で集合、と指示を出したのを聞き入った耳のそばで扉の閉まる音がした。
「あの、なんで」
「夜襲(急襲?)対策」
「はい...」
ベッドと、マットレス。どうやら相部屋想定の部屋だったらしい。ここだけは運が良かったか。全身を脱力させ、絶望に浸る。普段はこんなことしないが、相手はレオンだ。どうせ気にも留めていない、なんならこちらを見もしないだろう。ぼんやりと今後を思う。
「大丈夫だ。オレがいる」
何がだ。セシリアの口癖が移ったのか。変なことを言い出した男を見やる。彼はこちらを見ていた。久しぶりに、視線を交わした気がする。
「先ほど、君は被害者を安心させようとした、だろう」
選ぶような言葉遣いに驚く。なぜ。そんな言葉が知らず出ていたのだろうか。
「あの情報だけで特定は無理だ」
言葉足らずが戻ってくる。どういう意味だろうか。励まそうとしているのか、無策に伝えた言葉を叱責しているのか。
「だが適切だ」
そう思う、とレオンは短く付け足した。不安定な言葉を、僕は彼の口から初めて聞いた。うっすらと、腕を怪我していた男に掛けた言葉の重みを思い出す。きっと彼は安心、させたいのだろう。あの時の僕と同じで。だからこんなにも不安定で、どうしようもない言葉を口にする。世界がぼやけた。
「お邪魔するぜ!」
「邪魔なら帰って下さーい、ですね!」
そう、世界がぼやけた。それは、背後からドアか何かに蹴り飛ばされ、久しぶりの前転を披露した、ということだ。早回しでぐるりと回る世界に意識が追い付かず、止まるのを待つしかない。
「きゃぁっ!!」
「お!!!!!」
ようやく止まった体を起き上がらせる。背中を中心に体がじんじんと被害を訴える。訴訟相手は、もちろんニナだ。彼女は大きな荷物を抱え、こちらを見ている。何でそんな荷物を持ってきているんだ。ロボットは馬と一緒にいるんじゃないのか。
「すみません!お体、苦しいところはございませんか?」
泣きそうな、もう半分泣いていそうな声でセシリアが僕の背に手を当てる。
「うっ、痛いです」
「ああ、そんな!!本当に、ごめんなさい。治療しますね」
「悪い!というかノア君、キミ、貧弱だ!鍛えろ!!死ぬぞ!!!!」
「始めるぞ」
治療を?言いかけた言葉を止める。変な空気が消えたのはいい事だ。まだ、色々な衝撃から抜け出しきれていない僕は、変なことを言わないように口をつぐみ、痛いですと口に出した。
その後は特におかしなこともなく。セシリアが僕に治療と謎の根性論を押し付けている中、作戦会議は終わることとなった。会議内容もまだ全容が見えていないから、と夜襲の警戒、そして明日は現地調査になる、そんな話のみで即解散。セシリアは僕の怪我を心配して残りたがっていたが、レオンたちがマットレスを移動させているのを見て、その援助に向かった。僕は部屋で安静にと言い渡され、レオンを待っている間に寝落ちしていたらしい。
夜中に起こされ、不寝番を交代する。ぼんやりとレオンを見る。金髪は動かない。そんなことはないが、まるで死んでいるみたいだ。夜だからこそ、変な考えが頭をよぎる。死人といえば、今回の事件。白い体に、赤い口、ひょろりとした体躯。そんな魔物について、僕は一切知らなかった。他の皆もそうなのだろう。いや、そもそも、魔物ではないのかもしれない。到底人とは思えない姿をしているのに、それは確かに人の形を作り上げていたらしい。
不気味な想像を打ち切るように視線を上げた。ああ、暇だ。




