◆第5話 「結成」
「違うのか?」
「セシリアは聖女だ」
「だからこそ、居てくれたら助かりそうですけど……」
「動けない」
「こいつ言葉パズルでもやってんのか?全くもって意味不明だ!」
「うーん……王室付きって言ってましたし、ここで病人たちの治療をしないといけない、とかですかね」
「ああ」
言葉を圧縮しすぎだろ。面倒だな、と思ったのは全員だったらしい。同時に全員ため息をつく。何でこいつもため息ついてんだ。明らか負担はこっちだっただろう。
「すまん」
「えっ別に大丈夫ですよ!」
「オレはこいつをくれるのなら一向に構わん!」
ニナが来客用菓子を指さす。許可はセシリアに聞くべきだと思うけど...あっ食べた!他人の振りでもしておこう。
「お待たせしました。彼女、今は安静にして貰っていますよ」
「女性は無事か!なら良かったな」
「出るぞ」
レオンが立ち上がったのを見て慌てて僕も立ち上がる。セシリアに感謝を告げ、そうして扉へと向かった。扉の前にセシリアが立ちはだかる。
「お待ちください!少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「無理だ」
「少し!ほんの少しですから!」
「ちょっとならいいんじゃねぇか?別にギリギリってわけでもないんだろ」
どうなんだろう。僕らは件の相手との待ち合わせの時間を知らないし。
「ギリギリだ」
ギリギリらしい。
「じゃ無理だな!セシリア君、通してくれ!」
「すみません、僕ら、待ち合わせをしていて...」
「…そうなんですね。それでは仕方がありません」
セシリアは謝りながら扉を開く。瞳はレオンを見つめていて、なんだか僕らは眼中にないようだ。ていうか、見つめるというかほぼにらんでるなあれ。なにしたんだ。もしかしてあまり仲は良くないのかもしれない。
噂の聖女に見送られ、僕らは静謐な空間から喧騒へと身を戻した。
*********
「ごめんなさい~無理です~!」
「なにが」
「なにもかもです~!」
ところ代わって、研究棟。面会の予約をしていた相手はおっとりとした男性だった。どうしてこの人、動くたびに物を落としているのだろう。彼は大きな身振りでバツマークを作り、拒否の姿勢を崩さない。こんな状態が数十分は続いていた。凄いな、僕より時間が長い。
「本当に~無理なんです~研究が~できなくなる~」
「…召集に応じるかは君に一定の権利がある」
「きっと~集まり~ません~」
「なぜ」
「気づか~ない~ので~」
ぐにゃりと男が身じろぎをする。いや、身動ぎ程度ではない!彼が謎のダンスを披露したと思ったその瞬間、玄関へと猛ダッシュし始めていた。
「なので~これ以上は~無~理~で~す~」
「おい逃げるぞ!追え!」
「いや、いい」
ニナを制してレオンは名前のない契約書を丁寧に戻す。
「解散だ」
「他に候補とかいないのか?」
「ない」
「行き当たりばったり過ぎません?」
「外れた」
そうだね。慣れ始めた謎の圧縮言語に頭で相槌を打ち、身支度を始める。といってもカバンを持ち直すくらいで、準備はすぐに整った。
「これ、誰のだ」
ニナがブローチを掲げる。全員が首を傾げた。誰の持ち物にも該当しない、らしい。というか見覚えがあるぞこれ。少し考え、持ち主を思い出す。
「それ、今日倒れていた人のブローチじゃないですか?」
「そうなのか!?」
レオンもそうなのか!?と僕を見る。むしろあんなに目立っていたのに印象に残らなかったのだろうか。僕は頼りにならない二人を見ながら、男性の顔を思い出そうとする。血にまみれ、つらそうな表情をした...
「どんな人でしたっけ」
誰も答えない。そりゃそうだ。全員意識は血の方に向いていたんだろう。僕も、ブローチの動きで息を確認してからはレオンの後をついていくことしか意識していなかった。その後は言わずもがな。
「落とし物センターはどこだ!レオン君!」
「治療棟に行け」
「まだあの人、居ますかね」
いなくてもいいのかもしれない。僕らはこの、面倒な落とし物を早くどこかへやって責任から逃れたいのだ。ニナが飛び出していくのについていく。レオンはもう帰るのかもしれない。ついてこなかった。扉を出てすぐ、ニナが急カーブする。僕も急カーブして、そのままさっきの部屋に戻ってきた。
あれ?
「道がわからん!」
そういうことか。とはいっても僕も道はわからない。なぜなら城に入ってからほぼ風景はレオンの背中だったからだ。こんなことになるなら覚えておけばよかった気もするが、結局一度しか来ないであろう城の道を覚える気はなかった。
「ノア」
「僕もわからないです」
首を振り、答えながらレオンの後に続く。背中を見て、話さなくても良かったかもしれないなと思う。彼はどんな形であれ答えさえあれば良い、のかも。
いつも通り、背中を負いかけるのに必死になる。ニナは歩幅の差が大きいから大変だろうと思っていたが、体力は僕よりもあるらしい。楽しそうに後ろを歩いていた。何なら興味があるものに視線を取られたりもしている。さすが戦士。いや僕に体力がないだけだこれ。二人に置いて行かれないように気を付けていれば、すぐ涼やかな空気を感じる。この、不思議な感じは午前にも感じたものだ。木を打ち付ける音。透明な声が響く。
「失礼する」
声を聞き、扉をくぐる。そこにはにこりと完璧な笑みを携えた聖女、セシリアがいた。
そこから2度の言葉の往復により、落とし物は男性の所属先を知っているらしいセシリアが引き取ることになった。大切な任務を終え、ではそろそろお暇しましょう、そんな空気が流れる。しかし、彼女はそうではなかったのだろう。
「今、お時間ありますよね?」
「ない」
「あるだろ!セシリア君、オレはあるからな!」
「あー、僕もあります」
「おい」
しかめ面を無視し、不安気な女性に向き直る。今この瞬間だけは、厚い団結により我がチームのリーダーはいないこととなった。本当に時間が無ければ勝手に出ていくだろう。
「では、私に少しお時間をくださいな」
「いいぜ!/ですよ」
決まり切った肯定文を口にする。まるで示し合わせたかのようにタイミングはぴったりだ。
「ありがとうございます。単刀直入に言いますと、私を皆さまのチームに入れて欲しいのです」
勝利。この言葉がこれほどまでに合う瞬間があっただろうか。また僕らは示し合わされたかのように同じ言葉を口に出す。
「だめだぜ!/いいと思いますよ」
だめだった。だめなんだ…仲が深まったと思っていた相手からの裏切りに少し落ち込む。
「オレは良いが、レオン君がダメっぽいからな!」
「ですが、ニナ様はよろしいと思ってらっしゃるんですよね!」
「そうだな!」
にこり。先ほどと全く変わらない笑顔のはずなのに、なぜだろう。圧がある。何が何でも押し通して見せるという、強い圧。
「レオン様」
「変わらん」
「不安?」
「面倒」
彼女は両手いっぱいの書類を差し出す。レオンがそれを読んでいくと眉が中心によっていく。読み終わった時にはまゆ毛が左右逆になりそうな勢いにドキドキしながらも、セシリアに内容を聞いてみた。書類は読めそうにもないので。
「セシリアさん、あの書類って...」
「あれは、私が自由にチームに参加するための許可証みたいなものです」
「おお...」
おおだろこれは。聖女様ってこんなに大変なのか。そんなことを思う。参加するだけでも薪にしたら数分が燃え続けそうな書類たちが必要とは。これはかなり大ごとなのかもしれないと感じ始めた。
「ふーん。聖女サマってのは大変なんだな」
「皆さま、私のことを思ってくださっているのですよ」
「ま!安心しろ!オレが聖女サマには傷一つ付けさせないぜ!」
「頼もしいですね」
「でも、セシリアさんがいない間、治療が出来ないんですよね…それって大変なんじゃないですか?」
「そんなことはありませんよ。私、基本予約制ですから」
そんな病院みたいな感じなんだ。
「基本的にお城の皆さま、特に病気にかかったお方を治療することが多いのですが、最近はもうこのお城にご病気の方がいらっしゃらないのです」
「でも急病人とかけが人は、それこそこの城下町にはじゃんじゃんいるだろ。今日みたいな急患とか大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。私は難病を解決した実績が多いというだけで、能力は他の城付きと同じです」
じゃ大丈夫、なのだろうか。脳卒中とかはどうするのだろう。でも脳卒中とかって聞いたことないな。この世界、そんなものはないか、急死で終わっているのだろうか。僕も保険とか入っておいた方がいいかな。
「治療が優先だ」
レオンが書類から目を上げる。どうやら読み終わったようだ。早いな。というか何がだろう。今、けが人なんていたか?
「ええ。もちろんこちらでの業務を優先させてはいただきます。その打ち合わせも込みでレオン様は予定を組んで下さりますよね?」
「ノア、転移は?」
転移術を習得しているか、という事だろうか。
「あまりに遠ければ無理ですが、出来ますよ」
見慣れた契約書が書類の山に並ぶ。何かあってもすぐに帰れるなら良い、という事なのか。ちゃんと話せよ。
他にもいろいろと
話しているのを耳に流しながら、転移方法をなんとなく考えてみる。城下町内からであれば一発で城への転移は出来る。城外なら、何度か繰り返さなくてはならないだろう。場所によっては魔法石に頼らなくてはならないし、補填をしておいて損はないか。これも補償に入るのだろうし、あとでお金を請求しておこう。ついでに新しくペンでも買おうか。セシリアが使っているペンは書き心地がよさそうだ。さらさら、とまるで魚のように動き回るペンを見やる。なんか宝石っぽいのついてるな。高そうだからやめよう。
「では、これで私も皆さまの仲間、という事ですね。改めて、よろしくお願いいたします」
「おう!頼むぜ!」
「よろしくお願いします」
「帰るぞ」
普通は懇親会とか始まりそうなものだけれど、やはりそんなもの勇者には関係がないらしい。颯爽と玄関へ体を向けている。しかしもう彼の扱いは手慣れたもので、僕らはのんびりとセシリアさんと握手をしながらこれからの結束を誓い、レオンを無駄にいら立たせていた。
扉が開く音。騒がしい足音へセシリアが駆ける。レオンがこちらへ戻ってくる。
「すみません!体調不良者です!」
唐突な急患の登場に慌てる。邪魔だろうし、どこかへ移動するべきなのだろうが、他に行けるのは治療室のみだ。そちらへ向かって患者がいたらそれも邪魔になるだろう。そうやって考えるうち、僕らは部屋の隅に縮こまっていた。押し込めた当事者は扉の方を見て、早く帰りたそうだ。ニナと顔を合わせ、このまま静観するしかないだろうかと相談する。
急患の人たちは入り口の近くに座っている。話しを聞く限り、患者が大丈夫と言い張り、他のものが宥めているようだ。
「大丈夫です。安心してください、私が治して見せますから」
力強い声が聞こえる。それはこの部屋の騒めきより静かにも聞こえたが、それでも全員の耳に届いた。
「こちらを向いて...そう。苦しいところを、教えてください」
静まり返る部屋に透明な声が体に響く。伝えなくては、と、そういう気持ちになる。まるで脅迫だと、そう思う。
声が聞こえる。内容は聞き取れないが、患者が答えたのだろうか。
「大丈夫です、大丈夫。頭の中には何もないですよ。目を閉じて...痛くないです。痛くない」
「頭は痛くないです!耳鳴りなんてしません!ちゃんと聞こえてます!このくらい、なんです!痛みの内にも数えられません!」
しばらく、声のみが響き渡った。知らず閉じた瞼に言葉がくるくると、回り出す。暗示?
「…もう平気ですね?大丈夫、もう痛くないでしょう?」
さぁ、目を開けて。声に目を開く。何で僕も閉じてたんだこれ。ニナはまだ目を閉じていた。開けなよ。肩をたたく。青い瞳に安堵して、レオンを見やる。彼はやはり扉の方を向いていた。大きな声に扉へ視線を向ける。患者、だった男が立ち上がったようだ。
「本当に、治してくれてありが——うわぁっ!?勇者!!!」
ドスンと音がする。大きな声で感謝を述べていた男はすぐに見えなくなった。
「…邪魔した」
レオンはいたたまれないのか、面倒なのか。急ぎ足で彼らのそばを通り過ぎようとし始めている。まだ行動していないが僕にはわかる。これは今すぐ帰ろうとしている顔だ。
「うっ...腰が抜け...」
「大丈夫です!!この程度、貴方様なら歩けます!」
「いや、ちょっと、休憩...」
「立ってください!」
「え」
「立てます!大丈夫ですよ!気持ちが立ててないだけです!」
ガンガンまくしたてるセシリアの声が響く。声がでかいやつしかここにはいないのか。それに、僕の知っている治療では立てないと言っている患者を「立てます!」で立たせたりはしない。たぶん。
勇者に驚いた男は、セシリアのまくしたてに弱り果てた声を上げる。しかし、すぐに彼女の手を借りて立ち上がった。えっ立ち上がれるんだ。根性論が勝利した。
「大丈夫ですね!」
「えっアッ、はい...」
大丈夫ということになったらしい。本人の意見はあまり関係ないようだ。それではお部屋までお送りいたしますよ、いやそこまでは...なんて言葉を聞きながら、僕は勇者様を見る。彼はセシリアを見ていた。もう帰ろうという勢いは感じないが、何を考えているのかわからなくて、さっきの方が良いな、なんて思う。
「完全に有名人と会った時のファンボーイ、だったな!」
「違う」
「そうか?」
「怖くて驚いた、とかですか?」
「…違う」
怖く思われることに心当たりがあるのか、少しの沈黙とともに帰ってきた否定に知らず笑みがこぼれる。今日の鬱憤が何だか一気に晴らされたような気分だ。
彼の歩調に合わせ、ともに部屋を出る。セシリアは扉の外で見送りをしていた。偶然か必然か、僕らが出た瞬間に男は去ってしまった。やっぱり、レオンが怖いのかもしれない。
「もうお帰りになられるのですか?」
「おう!長居しちまったからな!」
「今日はありがとうございました」
ぴったりの会話のリズムで僕らはそれぞれお暇の言葉をかけ、られなかった。
「ありがとう」
!?!?レオンが!?感謝!?勝手なイメージが壊れる。そういえば謝れてたし、べつにそういうことは言えている人だった。でも、今までの傍若無人な態度が忘れさせていた。
「はい、それではまた後日お会いしましょう」
「また会おう!」
「…!では、またよろしくお願いします」
言葉をとりあえず発する。他の皆は特に気にした様子もなく、そのまま背を向ける。僕も遅れてついていく。変なレッテルを張り始めていた事を少し、後悔した。




