◆第3話 「ロボ」
「おおー」
周りの歓声に合わせ、とりあえず口を開く。もう帰りたい。隣の男をちらりと見るも、ヤツは顔色を変えることなく涼しげだ。こんなスプラッタを見せられているのに平気とか、どんな人生だ。
比較的、スプラッタやらグロやらに慣れてきたと自認してはいたが、あまり進んで見たいものではなかったな、と改めて思う。
勧められるまま買ってしまったポップコーンもどきが周囲の歓声、椅子の動きにつられて地面へ落ちていく。それを拾う気にもなれなくて薄目のまま空を見上げた。
別に本命が来るまでは見ていなくとも良いとは言われていたが、しかしその本命がヤバいヤツだった場合僕は他の当てがない。だから仕方がなく、僕を闘技場へと連れてきたレオンとともに試合を見ていた。
本命、まだかな。雑談で時間を紛らわせたくとも、彼があまり雑談を好みそうにないのはなんとなくわかっていたので手持無沙汰だ。観客たちの興奮に揺られながら時間をつぶすこと幾許か。
「おい、起きろ」
揺り籠が大嵐になり、慌てて目を開く。目を開く?僕は眠っていたらしい。昨日眠れていなかったつけがまさかここで来るとは。少しの気まずさを隠すようにポップコーンらしきものを手に抱えなおす。抱えなおせない。なかった。レオンの手に握られていた。
「あいつだ」
瞬間、一段と大きな歓声が体を包み込む。今までで最も大きいかもしれない。さすがに意識が覚醒し、慌てて周囲を見渡す。そうして一番に目に入ってきたものは、
「ガンダム?」
いや、ちがう。ガンダムではない。こんなデザインのは見たことがない。なんだろう、これ。ロボット、かな。多分、ロボットと評するのが一番いいのだろう。
なんか、カードゲームとかでもこんなの見かけた気がする。赤いきらめきに黒が引き締まった、2m、いや3mはありそうな巨体が光を反射させながらのしのしと会場へ出る。
流線形の頭部がゆったりと会場を見回す。おそらく目、にあたる部分は暗くどこを見ているのかまでは判別がつかなかった。
「……魔導鎧だ」
「ああ、」
なるほど。彼との会話ではおなじみになりつつある相槌をまた打つ。なるほどね、魔導鎧。そんなものがあるのか。
「いや、どう見たってあれ、ロボットでは!?」
「静かに」
「はい」
「あれが今回メンバーに入れる予定の男だ。」
何かポーズをとっているガン、ロボ、鎧の男をレオンが示す。その他にも説明をしていた気がするが、僕の脳内では適切に処理をすることが出来なかった。
だって、どう見たってあれは日本のものだろう。違くとも、この世界とは明らかに異質だ。もしかしたら、僕以外にもこの世界に来てしまった人物がいるのかもしれない。そんな期待に頭が占領されていく。
「君もどうやら気に入ったようだな」
「……ああ、うん」
頭を使わず、口だけが現実との懸け橋になる。そんな生返事botを気にも留めずレオンもまた試合を見つめていた。
*********
「いや、彼!格好良かったですね!」
「ああ」
「大剣使って横なぎに魔物を払ったの、あれまさに起死回生!って感じで本当凄い!」
レオンの後をついていきながら興奮を外に出し、脳の平静を求める。はけ口にされたレオンにはかわいそうだが、彼もこちらの話を聞いていなさそうなので良しとしよう。
あの後、ドブラと紹介された魔導鎧の男は3体の大型魔物相手に勝利を飾った。大型の討伐は1対に対して最低3人が推奨されている。それを3体も同時に相手にしてみせた。
それだけでも異常だが、彼の最たる魅力はパフォーマンスだろう。まさに手に汗握るような試合の中、彼は所々で豪快な所作で敵を屠り、また攻撃をものともせず突っ込んでいく。
観客を意識したような動き。それは鎧への信頼と自分の強さへの自信がなせる業なのだろう。今までよりスプラッタが少なかったことから比較的観戦が出来た僕は、闘技場の魅力に惑わされ始めていた。
「こっちだ」
関係者オンリーの扉をくぐる。ドブラ、ドブラと大きな影を探しながら僕も関係者通路へと進み入る。
「部屋を見つける」
だから探せ、ということだろう。視線を巡らせ、この部屋にはいないことを確認する。はてさて、試合が終わった闘士は一体どこへ向かうのか。
全くこういった事と関わって来なかったからわからないが、わからないなりに頭を悩ませてみる。興奮覚めやらぬ脳味噌はろくな結果を出さなかった。仕方がない。口を閉じ、視線は室内図を探す。
「すまない、ドブラがどこに居るか知らないか」
レオンの声に振り向く。どうやら彼は自分で考えるより他者を頼った方が速いと考えたらしい。この場では最適解だろうな、と陰キャは思う。あんなムキムキで恐ろしげな男たちに声をかけられるのも一種の才能だろう。
話だけを小耳に挟みつつ、見つけた室内図を読み解く。あった。これがドブラの自室だろう。控室と現在地を確認する。
「ノア、ドブラは武器庫に居るらしい」
短い努力が水泡に帰す音がした。レオンは相変わらず不愛想な顔のままこちらへ歩み寄る。そうしてそのまま僕を追い越して、扉を開いた。閉じかかった扉に慌ててつかまり、奥へと侵入する。
ふらふら、歩き方とは正反対の移動方法でもってなんとか武器庫へ着く。レオンは意気揚々と歩き出したはいいが道順はあまり知らなかったらしい。僕の努力はすべてなくなったわけでは無かった。
先導していた僕はガチャリと重いドアを開ける。少し涼しいここはなるほど、武器庫だ。大きさに種類も色も、何もかもが様々な武器のようなものたちが部屋いっぱいに保管されている。見渡して、その部屋の隅に先ほどの魔導鎧を見つけた。
「!あれじゃないですか?」
「ああ。本人は......いなさそうだな」
鎧へととりあえず近づく。いやはややはり、どう見たってアニメとかでよく見るタイプのロボットだ。人が入るヤツ。知っているのはもっと大きなものだが、小さくともその格好良さは失われていない。
「うわー!すごいですね、やっぱり」
手先が器用な人なのだろう。細かく部品が分かれているのを確認する。それにしてもこの光沢、そしてあの動き、
「恰好よかったなぁ……」
「おいおいそんな褒めんなよな!」
何も出ねーぞ!低く幾重にも反響した声が響く。そしてキュイィーーという起動音。鎧が、動いた。驚いてそのまま腰を打ち付ける。レオンはすでに剣を抜いていた。
「恥ずかしくってな!出てきちまったわ!」
「ドブラか」
「おう!そういうキサマはレオン君、だな!?」
うお、でっか......ひっく......腰をさすりつつ会話を聞く。どうやらもともと鎧に入って整備していた時に僕らが来てしまったらしい。
そんなことを快活に話すその鎧姿はなかなかに珍妙だった。しかし、見た目さえ考えなければ明るく気前が良さそうな男だ。レオンは何事もなかったかのように契約書を出し、僕のときより改善された誘い文句を突きつける。
「ドブラ、君を俺の臨時パーティメンバーとして雇用したい」
「おっ!面白そうだな!」
契約書を奪うように取り、そのまま読み始める。展開が速い。僕が遅いだけだったのだろうか。というかその鎧、紙を取れるくらいには繊細に動けるのか。そして脱がないのか。
いろいろ言いたいが、きっと話を遅らせてしまうだろうし、何よりこれは二人の問題だから、息をひそめて壁に徹する。
「うーん安い!むり!」
結論は早かった。
「わかった。報酬を上げる」
対応も早かった。わんこそばでもこんなに早くはないだろう。自動餅つきのようなテンポ感で話は進んでいく。
「......では保障の分配を上げる。討伐素材も同様の率にする」
「よし!ならいいぞ!よろしくなぁ!!」
がしっと握手。5分もせずに決まったらしい。僕とは正反対すぎる契約締結の瞬間を眺めていたら、そのまま機械の手が伸びてくる。
「キサマ!名前は?」
「えっと、ノアです、よろしく...」
あまりの勢いに少しよろめきながらもなんとか自己紹介をする。手が痛い。握力強すぎないか。彼の勢いに振り回されて、身体が大きく動く。
「おっと悪い!脱ぐの忘れてたぜ!」
彼は僕の背中をさする。ほぼ叩いていたが多分さすってくれたのだろう。
「鎧のままですまなかった。オレはドブラ!名前はニナだ!」
ん?
何かがおかしいな。いや、そんな名前もあるか。異世界だしな。
「今脱ぐぜ!待ってなぁ!!」
ガチャガチャという音とともに鎧の胴の部分が開く。細い手が縁を掴む。赤い機体に似つかわしくない青と白。
そうしてドブラの正体が露わとなった。
「ドブラってのは闘技場でのコードネームみたいなもんだな!こいつにぴったりだろう?」
ま、どっちで呼んでくれたっていいぜ!そう快活に笑う、少女を目にして、
僕はまた、ひっくり返ったのだった。




