◆第2話 「契約」
「いやむりむりむりむりですよ!!!!!」
「どこが悪い」
「あなたほどの方が、どうして僕を!?」
「条件を絞ったら君が適任だった」
はぁ!?口からそのまま否定のような言葉が飛び出す。なんてことを言っているんだ。それに自分の身分を否定するような言葉が無いってことは、この男はあの、勇者...ってことでいいんだろうか。いいんだろうな。
今更確認なんてそんな恐ろしいことは出来ない。もし、肯定の返事をされてしまったら、それはもう自分で自分の逃げ場を塞いでいる馬鹿と同じだろう。
「俺は勇者としての使命を果たすため、君にメンバーへの参加を求めている」
「ぐぉうっ!!」
おい、平気かなんて言葉を聞きながら言葉のブローに耐える。なんとか耐えきって、その後に言葉を反芻。多分、男が勇者なのは事実。
うちの上司様が詐欺をするようなヤツをこの仕事場に入れるわけがないし、男はかなり裕福そうだ。きっと、男がここに居るということは上司様もこの契約に問題が無いと判断しているのだろう。
机の金貨を見やり、二人にどう話を付けてお引き取り願うべきだろうかと考える。
「試用期間は3か月。君には黒魔術についての知識、及び技能を提供してほしい」
「ナルホド...」
契約内容は良い。良すぎるほどだ。そうして信用も出来る。後ろ暗い仕事に不安を感じていた僕がこれを逃すのはかなり惜しい気もする。
「君しか条件に当てはまる黒魔術師はいなかった」
男は口下手かと思われたが意外と喋ってくれた。どうやら、任務の中で黒魔術を用いたと思われるような痕跡をたびたび発見していたことから黒魔術師の需要が発生したらしい。そして勇者がチームを作るとなると一定の信頼が欲しい。もちろんしっかりとした実力も。
そう考えると城付きの魔術師たちが思い当たるが、彼らは戦闘や遠地へは行けない。で、民間の黒魔術師は、自分で言うのもなんだがアングラが多いし技術もピンキリだ。
そんな博打は打っていられないといろいろ町中を走り回り、(それくらいなら博打打てばいいのに……)そうして貴族の後ろ盾がある僕を見つけた、らしい。
「君にパーティへの参加を頼みたい。不服点があれば都度相談の下改善していくことも誓う」
男は、初めに感じた冷やりとした印象はそのままに、それでも人並みの温かさでもって僕の手を掴む。目を合わせられて、男が銀色の瞳であったことに気が付いた。
勇者ってただの人なんだ。この両手、洗えないな、だなんて有名人と出くわした一般人のような現実逃避とともに僕の頭は上下に揺れていた。もしかしたら抱え込み切れない現実にキャパオーバーしていたのかもしれない。
その後は、正直、あまり覚えていない。持たされたペンに、指示された署名。それにおとなしく従って、そうして自分の名前を書いた。たった3つ書けば完成する名前。
実際に書いた時間は瞬きの間もないくらいかもしれないが、それでも僕にとっては永遠のように、いや、逆にいきなり名前が現れた、そんなふうにも感じられた。
「ノアか。これから頼む」
予定の確認を始めた男、いやレオンの言葉を耳にしながら、どうしたって自分の押しに弱い性分を呪うことしかできなかった。
そうして、いやに耳につく心臓の音をごまかした。
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「おはよう」
「おはようございます」
レオンに向けて歩を進める。もちろん早足だ。いつから待っていたのか、彼は特に待ちくたびれた様子も見せずこちらを待っていた。おかしいな、40分前にはついていたはずなんだが。なぜこの男がいるのか。
結局昨日はやたら興奮しすぎた結果、朝日が昇るのをベッドで眺めることになってしまっていた。そのせいか今日は少し頭が重い。レオンに何か契約で変更したい部分はあるかと聞かれ、ないと答える。
「では予定変更だな」
「え!?」
「少し予定が早まったが、次のパーティメンバーとの契約に向かう」
いやそれ僕いります!?なんか、そういうのってリーダーと入るメンバーがするものではないのか。慌ててレオンに追いつく。彼は特に歩みを緩めずそのまま進んでいくものだから、周りの通行人に僕が謝りっぱなしだ。
何でこの人こんな人混みで人とぶつからずに進めるんだよ。やっぱり、身体、鍛えるべきかな。そんなことを彼の背を見つめながら考える。
「あの!僕も一緒でいいんですか?」
「?当然だ」
「いや、こういうのって僕いたら邪魔じゃないですか?」
「これから命を預け合う仲になる相手は君も信頼できるような相手の方がいいだろう」
君も、一緒にメンバーを探すんだ。そう、背中がしゃべる。なるほど?あまりこういった事に慣れていないからよくわからなかったが、そういうものなのかもしれない。結局、僕が彼についていくことはもう決まっているようだった。
必死になって置いて行かれないよう足を動かす。そうして人混みを泳いでいくのに慣れてくると今度は頭が暇を感じ出す。レオンとはさっきの質問以外、話していない。歩くのに必死というわけでもなさそうだし、話は最小限のタイプなのかもしれない。
これからメンバーになる相手はどのような人物なのだろうか。僕は遠くからの攻撃しかできないし、やるつもりもない。だから遠距離系は却下。そしてレオン、彼は噂によるとすべてを一人でこなしてしまうとんでもない英雄とも聞くから、オールマイティなのだろうか。
なかなか予測が立てづらいな。
「今回はどんな人を誘うんですか?」
「……戦士を雇う」
なるほどねと感謝の言葉を口にする。なんだだかレオンが鬱陶し気に返事をしていた気がするので、もう質問はやめた方がよさそうだ。もともと陰キャである僕も会話が少ない方が助かるが、それにしたってこれは会話が少なすぎる。
そうだ、次にメンバーになる人はもう少し口が軽いタイプだとありがたいかもしれない。戦士というと粗暴な人というイメージがある。あまり、関わりたくないタイプ......だが、レオンが誘うならある程度の保証は出来る人物なのだろう。
もし僕にも選択が可能なのであれば、そうだな、明るい人がいい。それに、こういうパーティでの戦士は兄貴分が多いイメージだ。僕の中で妄想は膨らみ、戦士の像が立っていく。
頼れる年上の兄貴分。彼が前線に立ち、そして僕らの固まった空気をほだす。僕はきっと内心で歓声を上げ、彼の参加を喜ぶのだ。
兄貴分に歓声を送っていたら、より大きな歓声に頭を打ちぬかれた。
ハッと頭を上げる。気づいたらかなり歩いていたらしい。城下町の中でもはずれの方、闘技場の近くまで来ていた。冒険者が集まるギルドは確かにはずれのあたりに多く存在しているが、はて、闘技場の近くにはあっただろうか。
少し遠くなったレオンに追いつくため小走りになる。闘技場、会場と契約した闘士たちが生死をかけて争い、それを観戦したり、賭けたり......とりあえず物騒な場所の代名詞みたいな施設だ。
確か少し前に命を奪うことまでは禁止されたと聞いたが、それでも四肢欠損なんてものは日常茶飯事の恐ろしい場所だ。今まで決して近づいて来なかった場所。そして今、どう考えてもこのまま直進した場合ぶち抜いていくことになる場所。
どうかここでメンバーを探すわけではありませんように!
そんな僕の不安をよそに、レオンはそのまままっすぐ曲がることなんて知りませんとでもいうように直進を続け、そうして闘技場へと入っていった。
「まじか」
知らず声がこぼれる。闘技場はすぐ目の前だ。僕に今から踵を返してベッドにくるまりにいくだなんて選択は残されていない。
ええいままよと小走りの勢いのまま、血と肉で彩られた、世にも恐ろしい闘技場へと突っ込んだ。




