◆第1話 「訪問者」
いつも通り、仕事用に与えられた部屋で依頼者と話をする。商品ボードに書かれているだろう、簡素な文字列のかみ砕いた説明。誰かへの呪いや魔物の使役、よろしくない薬の調合やら、その際の副作用、準備してほしい物、つらつらと何十回、何百回と繰り返した定型文を舌に載せ、目をぐるりと動かす。
お客様は入室時と変わらずやたらきょろきょろ、何かを気にしていた。これは相当僕と気が合いそうだ。特にこの説明が頭の中に入っていなさそうな緊張ぶりとか。舌が回らなくなったのを確認して一拍、相手に準備をさせる。ここからが本題だ。
「さて、本日の御依頼はどちらでしょうか」
返事はない。ボードを蝋燭の傍へやり、なんとなく想定通りに事が進んでいきそうな予感をごまかした。依頼者はボードをちらりとも見ず、視線を部屋の隅から隅へと星座を作る。
「ええと、ここにない、他のもの。その、あなたにしか依頼できない、特別なものがあると聞きました」
ほんの少し、本当に少しだが、自分の顔が引きつるのを感じる。とっさに鏡で確認したくなる。がしかし今は客前だ。顔の引きつりをフードで隠しながらも相手の要望に応えてやる。
「となると、願いの成就ですか」
他の言い方もあるが、それらを試す前に依頼者のうなずきを確認。
「......ご存じでしょうが願いには対価が必要です。対価によっては叶いませんよ」
対価を聞けば、依頼者は掌ほどの袋を取り出した。開けられたそこにはぎしりと詰まった金貨。しかしちらりと動いた金の下は銀だ。先ほどまでの挙動不審の原因はこれだろう。
先走るなと己を制し願いを聞き出す。机に上がる指輪に、一目でその気高さがわかった。到底値段とは釣り合わない。裏に名と祈りが込められており、一点物なのだろうと予測する。
「この指輪を、完璧に、複製して欲しいのです」
「対価次第です」
金貨が机に2枚増える。別に増やせと言ったわけでは無いのだが。言い方が悪かったかな、と思いながらもありがたくそちらは頂戴することとした。対価は以上で良いですね、と確認をする。了承の返事を聞き入れ、そのまま複製を始める。とはいっても指輪を隣に、手を対価にかざすだけではあるのだが。そうしてうっすらと意識がぼやける。
次にはっきりと覚醒した時、指輪はその場に2つ、あった。1つは掌の隣、そしてもう1つは袋の上に。依頼者に確認をさせ、依頼達成が確実であると契約書にサインをしてもらう。このまま依頼者の感謝の言葉を聞き流しながら口元を意識することで、今日の仕事の1つは達成したことになる。
あの後、依頼者は自分の雇い主にこの硬貨と同じ、いやそれ以上のものを手渡すのだろう。指輪の料金がこんなものではないことはわかっていた。しかし、自分のこの生活も併せて考えれば十分すぎる物でもあった。
きっとこんなことを思ってしまったから指輪は作れてしまったのだろう。つくづく自分の性格が嫌になる。
効果をいじりながら思索にふけっていると、静寂を切り裂いて扉の堅い音がした。嫌なことを考えていると時間が早く過ぎる。これはこの椅子にこの身が慣れてきてから知ったことだった。返事を出来る限り、不気味に、まるで自分が中華街の占い師のように、相手を見透かしているかのように、殊更意識した。
光の中から現れた男の瞳は冷やりとしていた。氷のような青さ。そしていつものように、目がこちらをなめるように見つめる。
こちらも負けじと相手を見つめ、あたりを付ける。なるほどこの男、豪華な意匠が施された鎧をそのまま着てやってくるとは。戦いがよほど近いのか、なめられているだけか。あるいはとんでもなく人目を気にしないずぼらか。腰元の剣は、あまり良い客とは言えない。かつての刺傷沙汰を思い出す。
要件を聞いて、面倒ごとになる前に帰ってもらおう。これが僕の下した評価だった。こんな相手には商品の説明はいらないだろう。そう思いつつも安全策を取ってしまう体を恨む。こういう時、下手に動いたらすべてが台無しになることを今まで散々実感してきていた。
勝手に席についていた男を確認し、商品を丁寧に、震えそうになる手や口に気付かれぬようにゆったりと説明する。そうして、隙間ができて、特別な商品を紹介する。
「……こちらにご希望のプランが無いようですか?それでしたら」
「願い事ではない」
口から出かけた間抜けな音を必死に抑える。なんてこった、完全に予想外!忙しく動く手が改めて普通の商品ボードを掴む。そうして少し乱れた机上で男は首を振った。
「ここの呪いたちには興味がない」
もうバカなんじゃないかと。ええ。じゃ、お宅は何しに来たのよもう。高い紹介料出してただの冷やかし?高度すぎるだろ冷やかし方が。金の無駄遣いへたくそすぎるだろ。開いた口が塞がらない中で出るはずだった言葉たちが頭の中を回る。ギリギリ僕の体はこの罵倒たちを中に押し込めることに成功していた。
「買うのは君の頭だ」
「バカ?」
おっと。僕の体はどうやら冷たくなりたいらしかった。男が片眉を上げる。そうして腰の剣へと手が伸びて、まずい。僕の墓場が決まってしまった。とっさに目をつぶりつつ、口は脱出方法を探す。
「いや、本当に申し訳ございません!!!たまたま声が何かおかしな言葉を紡いでしまい......そう!最近飼った犬にほかという名前を付けていて、ずっと呼んでいたからいざという時に出てしまったんですよ!!何かしら侮辱する意図は全くなく」
「何がだ」
「いや、何が、って侮辱した意味ですか?いや、ですから侮辱したわけでは一切なく」
「目を開け」
恐る恐る目を開く。もちろん口は謝罪マシーンとして稼働したまま。そうして、光り輝くものを見て取った。それは男の剣......ではなく、大量の金貨であった。
「へ?」
「訂正する。君を雇う」
「いや、え?」
「……契約書だ」
次いで出される光沢のある羊皮紙。見慣れた定型文ではない文字列に、目は知らず食いつく。
「えっと、臨時パーティメンバーとしての雇用、ですか」
肯定を示す言葉を耳にしながら目は次々と硬い文字列たちを柔らかく脳に届けていく。
……
(※読まなくていいよ!)
・甲が受任した魔物の討伐、調査その他これらに付随する任務のうち、黒魔術その他乙の有する専門的知識又は技能を必要とすると甲が判断したものについて、乙は臨時パーティーメンバーとしてこれに参加するものとする。
・甲は乙に対し、乙が参加した任務一件につき所定の報酬を支払うものとする。また、任務の難度、危険性その他の事情に応じ、追加の報酬を支給することがある。任務によって得られた討伐素材その他の取得物については、当事者間の協議によりその分配を定める。
・任務遂行に必要となる宿泊費、食費、移動費、消耗品費その他の必要経費及び任務に起因して生じた負傷の治療費について、甲はその八割を負担する。
・本契約は、乙が現に行う通常業務及び乙とその雇用主との間に存在する雇用関係その他の契約関係を妨げるものではない。
・乙が任務の遂行を著しく困難又は不可能であると判断した場合、乙はその旨を甲及び他のパーティーメンバーに申し出ることができる。協議の上、離脱が相当であると認められた場合、乙は当該任務から離脱することができる。
・任務遂行に伴い法的又は政治的な問題が生じた場合、甲はその解決に必要な責任を負うものとする。また、甲の指示に基づき乙が行使した黒魔術について、その行使が本契約及び任務の目的の範囲内である限り、乙に単独で責任を負わせないものとする。
・乙は、正当な理由なく甲からの招集を継続して拒否してはならない。
・乙は、任務上知り得た機密その他公にすべきでない情報を、正当な理由なく第三者に開示してはならない。
・乙は、正当防衛その他やむを得ない場合を除き、パーティーメンバーに対して故意に呪術その他の有害な黒魔術を行使してはならない。
・任務遂行中、乙は原則として甲の指揮に従うものとする。ただし、乙の専門領域に属する事項については、乙の判断を尊重するものとする。
……
「なる、ほど」
非日常の始まりを感じ、不思議と興奮を覚えたが、同時に湧き出す不安は消えない。脳のどこかが久しぶりに動いていることを感じながら不安を口に出した。
「なんだか、契約、僕に有利過ぎませんか?」
「対等だ」
「アッはい」
彼はかけていないのかもしれないが、不思議と圧のようなものに押されてついお利口な返事をする。まずいなこれは。もしかしたらこの圧に負けて契約を結ぶかもな。
「どこがおかしい」
「うぇっへ!?」
「どこを変えて欲しい」
思ったより、彼は優しいのかもしれない。人は見かけによらないものだ。自分がその最たるものであるにもかかわらず、今まで忘れていた事実を思い出す。
意外と、話が通じる人なのかもしれない。口と頭が一緒になってしまった僕は、男とより距離を縮めながら羊皮紙との睨めっこを再開した。
「その、八割負担とか、魔術行使について、とかのところが...」
「全額でも構わない。責任については俺というより、国が取る」
「オアッ」
予想外の返答に立ち上がり、そのまましたたかに膝を打つ。男の視線に、まるで契約書のように全身がくねりながらも着席。息を整え、そうして自分が敢えて放っておいた質問をする。
そういえば、昔はこれが友だちを作るための最初の儀式だと思っていた。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「?レオンだ。レオン・クーヴァ」
そうして耳が受け止めた言葉に対し、自分の名を口にしながらも頭の中はフル回転だ。久しぶりの非日常にテンションを上げている場合ではなかった。
これは一大事だ。この男の名はきっと、この国中が知っている。知らないやつはたぶん赤子かよほどの引きこもりしかいないだろう。詐欺に使われる率100%。そしてきっと検挙率も100%。
そんな名前だ。
この、なんてことない顔をした、ぶっきらぼうな男はこの国の希望、勇者なのだ。




