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勇者一行と食い違う評判  作者: OMOMO
第2章 「勇者一行」
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◆第4話 「猫」

 僕はパソコンから手を離す。そのまま両手を振って疲れをやわらげさせようとした。あまり効果はなく、手はじんわりとした疲れを伝えてきた。慣れっこになった疲れに対して湿布でもそろそろ張るべきなのだろうかと考える。

 通販サイトで一目惚れをした時計に目をやる。20時3分。デジタル時計はぴかりと輝いて時間を教えてくれた。初めて使おうとしたときは虹色に輝いて苦労したが、その対価に見合う程度の充足感を得られていたので不満はない。

 まだ見とれていたかったがそろそろ夕食をとらなくてはいけないと椅子から立ち上がる。狭い部屋だからぶつけないように少しだけ気を付けた。丁寧に椅子を戻し、身体を伸ばす。すっかり部屋は真っ暗だった。少し集中しすぎていたのかもしれない。

 スマホへ手をやる。顔認証は暗闇でもどうにかうまく反応してくれたらしい。メッセージアプリと登録したサイトからのメールが通知欄を埋めた。メールは無視してメッセージアプリを立ち上げる。

 友人たちからのメッセージを確認し、返事を打っていく。ギャンブルはやりません、壺は買いませんが宿題は教えて欲しいです、明日は帰り遊べる......いくつか打ち返してから、なんとなく一覧を下がっていく。

 企業からのメッセージに隠れるようにしてそれはあった。


「?父さんからか。珍しい」


 18時頃に送られたそれは他のものに追いやられていたらしい。普段はここまでしっかり見ていないから危うく見逃すところだった。父親の顔を思い浮かべる。でも別に会おうと思えばいつでも会えるのだし、そもそもあの人はスマホが苦手だった気がする。わざわざ何を送ってきたのやら。

 デフォルトのままのアイコン。その横にある父親の本名に触れた。そうして新しいメッセージを見る。

 見ようとした。

 なぜか見れない。いや、正確には見えているはずなのだ。しかしなぜかぼんやりと薄れてしまった言葉たちはその意味を読み取ることが難しかった。でもどうしても読みたい。もはや意地になっていたともいえる。僕は必死になって遠目から見たり逆に近づけて見たり、他のアプリに言葉を入れて判読しようとあの手この手を使ってみた。

 それでもたった一行がどうしても読めない。この言葉が大切なものだということはわかっているはずなのに、どうして!なんで読めないんだ!ふざけるなよとスマホを投げつけた。スマホはそのまま窓の向こうへと飛んでいく。

 は!?慌ててスマホを追いかけた。窓を開けて顔を出した。

 光だ。もう、朝だったのか。鳥の声が聞こえた。そうするとなんだか不思議なことに、もうどうでもいいやという気持ちになった。スマホの文字なんて、また父さんに会った時に聞けばいい。あの人、最近アニメにハマっただなんて母さんがぼやいていたのを知っている。きっとその話だったんだろう。僕もアニメは見るから。そうだ。きっとそんなくだらない話をしようとしていたんだ。週末に会った時に謝って、それでその話をしよう。

 すがすがしい気持ちが心を満たす。おかしなことだった。でも僕はその気持ちに突き動かされるように体を窓の外へと放り投げた。

 本当にどうかしている。


「っいたぁ!?」


 目が覚めた。薄暗い部屋からちらちらと光の筋が踊る。背中の痛みを感じながら上体を起こせば、そこは見慣れてしまった僕の部屋だ。無駄に大きな室内を見渡す。さっきのおかしな夢のせいでまだ変な気持ちだった。

 そんな僕の心を置き去りにして体はすっかり沁みついた朝のルーティンを始める。だんだんと心も晴れていくことを願っていたが、結局そんなことはなく。未だ夢の中にいるような気持ちのまま仕事部屋へと向かうことになったのだった。


 暗い室内をぐるりと回る。机に来客者用のソファ、そして僕のための椅子。あとは雰囲気づくりのための本棚に、もしもの時の魔術用道具たち。全てが一昨日出ていった時と同じだ。昨日は結局犬探しでこちらの部屋の掃除が出来ていなかったから少し不安だったが、この程度であれば少し整える程度でも良いだろう。

 今まではこんなこまめに掃除なんてしてこなかったのに、今では少しの汚れすらも許されないと雑巾でほこりを集めていく。……こんなもので良いだろうか。最後にソファを確認して、僕は椅子に着いた。

 時刻は10時になる少し前。そろそろ初めのお客様が来る頃だろうと今朝、主人に言われた時間を思い出す。

 時間がやけにゆっくりと進んでいる気がしながら、僕はお客様を待った。1人だけの室内はやけに物音がはっきりと聞こえて、だからか僕は扉が開くその寸前にお客様が来たことに気付いた。立ち上がる。

 強い光が室内に差し込む。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへおかけください」


 そんな定型句を口にしながらお客様を観察する。白髪がちらほらと見える髪は几帳面にまとめられ、常は微笑みを浮かべていたであろう口元はかみしめられている。そして重ねた年月を感じさせる手は抱きしめるように大きな鞄を持っていた。

 彼女は優しく鞄を机に置く。要望はこの鞄の中身が関わっているのであろうことはすぐに察せられた。

 そのまま定型句を続けていくが、彼女は僕の話をぶった切る。


「単刀直入に言わせてもらいますわ、魔術師さん。この中の子を助けてあげてくださいな」


 いきなり話の腰を折られた僕の態度なんて全く気にせず、彼女は鞄を開く。柔らかい革でできた鞄はその中は僕の衣服よりも高いであろう布たちが収まっている。そのぐしゃりとまとめられた布たちの中心にそれはいた。


「この子、マリちゃんは病気なんです。動物は治癒士にも治すことが出来ないそうで誰もこの子は助けられないと言うのです」


 酷い話でしょう。これこそ悲劇だと思いませんか、言外にそう共感を強いられるような強い声に僕はたじろぐ。ああ、そうなんですねととにもかくにもその目に押されるように口から言葉が出た。布の中心でまるでお姫様か何かのように丸くなっていた猫はこちらをちらりと見やり、そして興味なさげに、あるいは最も余計な物でも見つけてしまったかのように目を瞑った。


「どのような物でも差し上げますわ。この子を元気にしてやれるのであれば」


「ああ。ええっと、そうですね。はい、承知しました」


 強い言葉に押されたまま頭を動かす。対価は何が適しているのだろうか。そもそもこれはセシリアの仕事じゃないのか。治癒士には無理であっても彼女は聖女だ。人の骨折をぱっと元に戻せる彼女であればこの程度出来そうなものだが。しかしこの女性の言う通り、動物はまた話が違うのだろう。僕は治癒士じゃないからその言に納得をするしかない。

 気を取り直して対価を考える。あんまり僕自身が対価を考える事はないから困ってしまう。猫、猫か。猫の病気を治すために必要なものは何だろう。手っ取り早いのはお金だろう。それ相応、つまりは大体人の病の治療代と同じ位を取ればいいはずだ。この国の動物の医者の相場なんて知らないし。

 あとはこの女性にとって猫の命とほぼ対等である物品だ。死んでいるわけでは無いから猫自体との等価というわけでは無いが。それに物品は嵩増しが出来るから便利だ。

 それ以外は?他は、うーん。どうなるかはわからないが、行動で払う事も出来るはずだ。その場合、どんな行動を取ればいいのか。他の猫への施しとかかな。あとは病人への支援とか。

 だいたいここら辺があれば出来るはず、というものたちを述べていく。今度は最後まで聞いてくれた彼女は考えるまでもなく、いくつかの硬貨をこちらへと差し出した。


「無理そうであればまだありますわ」


「……はい、おそらく大丈夫でしょう。この子に手を触れても?」


「構いませんよ」


 硬貨を手にしたままゆっくりと猫に触れる。鼓動がとくとくとなっているのがわかる。それと激しい息の音。さらりとした手触りがどれほど愛されているかを伝えていた。いけそうだ。ぼんやりと意識が薄れ始めていくのを感じる。手から伝わるぬくもりだけが確かなまましばらく目を瞑っていれば、まるで眠りから覚めたかのようにぱっと意識が覚醒した。

 猫の呼吸が激しくなくなっているのがわかる。うまくいってそうだ。


「これで治ったはずです。もしご自宅でも体調が悪そうであれば再度いらっしゃってください」


「これだけで、ですか……わかりましたわ」


 少し不服そうな様子を女性は見せていたが仕方がない。僕は別に医者じゃないし、接客業にも就いていたわけじゃないんだ。彼女を安心させる方法なんてわからないけれど、もし次来た時はお代は大丈夫だと伝える。多分、問題はここではないと思うけれど僕に出来るのはこれくらいだろう。

 やっぱり女性は不安な顔をしながらも契約書に名前を書き、猫をまた優しく包んで帰っていった。

 なんとも微妙な終わり方だが、僕の仕事は大半がそんなものだ。成果がはっきりとわかるものであれば良いが、そういう目に見えるものではない場合皆微妙な顔で帰っていく。いちゃもんを付けられないのは僕の雇用主の手腕によるものが大きいだろうととりあえず感謝の念を送っておく。


 猫と女性が去ってから30分ほどの間をおいて再度扉が開かれる。

 いつまでも慣れない光の差に目を細めつつ立ち上がった。

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