◆第3話 「帰り道」
すっかり夜の気配が空気に充満しだしたころ。僕らは南の林に来ていた。光がジャカジャカ灯った通りへ向かうのかと思っていたので肩透かしを食らった気分だ。
よく知らないが、この区域の奥にはいわゆる迷宮があるらしい。魔物なんかも棲みついているそうだが、この迷宮で重要なのはむしろ建物の方なのだとか。建造された当時の姿を色濃く残しているため歴史的な価値が高く、討伐なんかでうっかり壊されないようにと現在は国の管理下に置かれている。
そんな林には当然というべきか人の姿はない。迷宮の方には見張りの人がいるだろうが、僕らの目的は迷宮では無いのでそちらへ向かう事はないだろう。僕は明かりを付け、それぞれに渡す。レオンとニナは初めてだからか少し驚いた飯能を見せていた。自然気分も良くなる。さぁ頑張るぞと子犬を見やるが、子犬の方はやる気がなくなったらしい。枝を咥えたまま転がった。おい、もう少しなんだ、頑張ってくれよと立たせようとして見るが、この毛むくじゃらスライムはどうやったって立ってくれなかった。諦めて持ち上げる。満足気に鼻を鳴らされた。コイツ......
「ノア君おいていくぞ!」
「えっ!?」
皆進み始めていたらしい。早足で追いつく。どうやらこのまま林の奥の方へと向かっていくようだ。迷宮の中に入っていったら面倒だ。魔物を相手にしながら子犬を探す姿を想像して身震いをした。
想像は想像のままに済みそうだった。レオンが足を止めた、というか子犬に止めさせられたのは林の中ほどまで行ったところだった。子犬たちはお役目は果たしたとばかりにばうばうと吠えながらころころ2匹で遊びだす。君は良いのかと抱いた子犬を見れば半分寝ていた。必死に枝を咥えようという執着のみが子犬を起こしているようだ。
「行くぞ」
レオンが林の向こうを指す。向こう側はちょうど木が部分的に生えておらず、ぽかりと広い空間が出来ていた。きっとこの暗闇の中ではきれいに見えるであろう星を想像して地面の方を見やる。白い何かがいた。
こっそりと忍び足で近づく。レオンが首輪を用意し始めたのを見る。僕も何かあった時用にと鞄を漁ろうとしたが子犬を抱えなおすだけで終わった。今回は役に立てないかも。
僕らは忍び足が役に立っていたのかよくわからないくらいにあっさりと子犬、にしては少し大きい白い犬の傍にたどり着く事が出来た。白いフワフワはいびきを立てている。そこにレオンが忍び足で近づいて行く。
とさっ
音にすればそんな些細なものだった。腕にいた子犬がついに眠気に負けたのだ。棒が傍に転がってくる。
「ぐぅぅうぅぅ......」
そんな些細な音でも起きてしまったらしい。威嚇しながら飛び起きた子犬は、かなり大きい。今までの子犬がひざ下よりも小さな小型犬のようなサイズだったのに対して、今回の子犬はひざくらいはある。しかし他の子犬とそっくりな見た目だからやっぱりこの犬は僕らが探している子犬で相違ないのだろう。
子犬が思い切りとびかかってくる。狙いは僕だ。慌てて下がる。犬を交わすこと自体は難しくなかった。
どんという音とともに土が抉れた。威力が子犬のそれではない。当たっていたら僕の貧弱な体は簡単に骨折していたであろう勢いに冷や汗が流れる。僕は冷や汗を流したまま子犬から十分に距離を取り、そのままレオンの後ろへと下がった。セシリアもこちらへと駆け寄ってくる。
ニナが子犬の方へより、レオンは剣を抜こうとしてとどまっているのかなんだか偉ぶりかけている人みたいになっていた。
「うらぁっ!」
ニナが思い切り拳を子犬へと向けた。子犬は当然かわす。両者の目が見つめ合った、ような気がした。実際に見つめ合ったのかは当事者のみが知るだろう。
「ニナ様!傷を付けてはいけません!」
「わーってるよ!」
再度たたきつけられた拳を子犬はやはりかわす。そして反対から迫ってくるもう片方の拳を迎え撃とうとする。
がいんだか、どかんだか。ともかく大きくて鈍い音が広がる。任務失敗の音がした。
白を視界にとらえた。子犬は尻尾をぶんぶんと振りながら元気よくニナへと突進する。あの攻撃も避けていたらしい。拳同士を打ち付けた形になったニナは今度は逆に迎え撃とうとしていた。
「ニナさん!?戦ったらだめですよ!」
「だぁーっ!ちょっとくらい気づかねーよ!」
んなあほな。ニナの適当な返事に腹が立つが僕にあの戦いを仲裁することは難しい。どちらの攻撃も一撃でも当たれば即病院送りだ。お互いが攻撃を仕掛けたり、避けたりと繰り替えすのを見ることしかできない。どんどんと土が掘り返されて歩きづらそうだ。レオンはいつの間にか静観の姿勢に入っていた。
もうどうなっても知らないぞと腹をくくり始めたころ、子犬が再度突進をしかけようとしていた。しかし、なんだか様子が違う。なんだろう、とその疑問を確かめる前にニナへと突進していく。対する彼女は今度は避けようとせずにゆったりと構えていた。
「ニナ様!」
そのまま子犬はニナの頭へと思いきり激突した。それを機械の腕が捕らえる。頭を舐め回す子犬をぐちゃぐちゃにかき回して、こちらへと戻ってきた。
「セシリア君!怪我がないか見てくれ!」
「ニナ様にお怪我はございませんか?」
「オレは大丈夫だ!でも証拠隠滅しねーとな!」
「……もう!」
セシリアは気が抜けたのかへにゃりと笑ってニナの傍へと寄る。大きな子犬は嬉しそうにセシリアに撫でまわされていた。
僕もなんだか気が抜けて二人の元へ駆け寄った。後でレオンも来るだろう。あの、少し大きな首輪を持って。それまでは僕もこの達成感に浸っていようと子犬たちを見やった。
夜だから気づきにくかったが、フワフワだった子犬は土で汚れてぐしゃぐしゃだ。これは引き渡す前にお風呂だろうか。子犬も気が付いたのか身震いをした。飛んでくる汚れから逃げるために足をずらして、躓きかける。足元を見ればそこには木の棒が刺さっていた。
随分と見覚えがある木の棒だ。持ち上げる。腕の中の子犬は寝息で返事をした。一応持って帰ろうか。施設に持って帰れるのかは知らないが、起きたらお気に入りのおもちゃが無いのはかわいそうだった。
その後はレオンが後ろからいきなり首輪をつけて驚かれたり、ニナの鎧を少しでもきれいにしようとして子犬にまた土まみれにされたりと大騒ぎだ。確かに、布で吹いているのを知っていて子犬に木の棒を取ってこさせた僕も悪かったとは思っている。
最後はもう汚れたままでも構わないと無理やりレオンが研究棟へ向かいだして、皆しぶしぶと後をついて行くことになった。
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研究棟は城内の北側にあるから僕らは大変な大回りをしていかなくてはならなかった。こんなことになるのであればやっぱり北は最後に残しておいた方がよかったのではないかと言いたくなるが全ては後の祭り。まるで遠足の後の帰り道のようにげんなりとした雰囲気の中歩き続けた。
城はこんな時間でも起きている者がいるらしく、光がちらほらと灯っている。邪魔だからと消させられた明かりを疑問に思っていたが、理由は何とも悲しいものだった。お疲れ様ですと推定残業中の皆さんに心の声をかけて研究棟へと歩みを進める。
子犬たちは実家を思い出したのか先ほどから足元を行ったり来たり、友達と遊んだりと元気が増している。
光が目を突き刺す。研究棟内部は人の気配が多く、入った瞬間からいろいろな音がした。レオンが受付に何かを伝え、そのまま客室のようなところへと入っていくのを追いかける。
担当者を呼ぶのでこちらでお待ちください、と言われるがままに僕らは客室で休憩をしていた。茶請けのお菓子はニナが全て食べ、セシリアは悲しそうに子犬を吸っていた。多分半分泣いている気がするし、子犬もきゅんきゅんと悲しそうに顔を彼女に向けようとしていた。1人と一匹によって悲壮感に包まれる室内に居心地が悪くなる。
そろそろトイレとでも言って抜け出してしまおうかと思っていたころ、どたどたと音がした。
「す、すみません!」
ガンと扉を叩きつけて室内に入ってきたのは一人の女性だ。おそらく彼女が今回の依頼者という事なのだろう。酷くやつれて見える。
彼女はレオンと何度か言葉を交わす。そして子犬たちの様子を確認した後に僕らを見た。
「急な依頼でしたのに、達成して下さった本当にありがとうございます!」
ぐわりと直角に曲がる腰に度肝を抜かされる。何もそこまでしなくともと思ったのかセシリアがなだめれば、腰の角度は多少は緩和された。
「なんとお礼を申し上げたらいいのか……」
半分泣きかけている女性とセシリア。なぜか感動の再会と別れが同時上映されている中、子犬は引き渡された。
まだあの人たちは作業を続けているのだろうかと明りの灯った研究棟を見上げる。夜風は冷たく、懐は暖まったが足元が物寂しかった。子犬の声がいまだに聞こえる気がして足元を確認する。ただ暗闇だけが体を包んでいた。
「それでは、私は自室が近いのでこちらでお暇させていただきますね」
「ああ」
「セシリアさん、お疲れ様です」
目元をぬぐい、彼女は笑顔で城内へと踵を返した。金色の髪は人工的な明かりに照らされていつもよりも存在感が強い。その姿が見えなくなるまで見送って、さて僕らも解散しようか、という話になる。
「あ!レオン君の家に財布忘れたわ!」
嘘だろ。先ほどから言葉が少ないとは思っていたが、財布を探していたのか。
「来い」
そして今から回収しに行くのか。レオンは少しだけ嫌そうな顔をしたが、すぐに真顔に戻って早足で歩いていく。ニナもそれを追う。
「んじゃ、お疲れさん!」
「はい、お疲れ様です」
僕は二人とは別の方へと踵を返した。東へと向かい、門番に伝えて扉をくぐりぬける。帰り方を教えてもらっていて良かった。非日常に早まる心臓を押さえつけて帰路へとつく。
道は真っ暗だから道具を出して明かりを灯す。1人は落ち着いた。暗闇は何とかなったが肌寒さだけはどうにもならず、身をすくませて早足へと変えることにした。
そういえば、ニナに出身を聞くのを忘れていた。




