◆第2話 「北へ東へ」
やって来たのは北の喧嘩通り。喧嘩通りというのは通称だ。どこでもいつでも喧嘩をしている人がいるというそのままの意味。
いつの間に名付けられたのか、この通称は人々になじんでしまい誰もこの通りの正式名称を知らなかった。区長も確か喧嘩街って言ってたから本当に誰も知らないのかも。
「ワフン!」
腕の中の子犬が何かに気付いたように騒ぎ始めた。落としてしまいそうになり、慌てて持ち直す。意外と重いから手がしびれてきた。
「下ろせ」
子犬がしゃべったかと思ったがレオンだった。長い紐を持っている。もしかしてリードかな。彼が子犬の首輪に紐をかちりとつけるのを待って犬を下ろす。
思い切り走り出すかと思ったが、そんなことはなく。ぶわわわと身体を振り回したと思ったらこちらを見上げてきた。う、かわいい。
「リードがあるなら最初に言ってくださいよ……」
「おい、この犬何か役に立つのか?」
「探知する」
レオンが?それとも子犬が?彼が受信機を持ち出さないから子犬の方なのだろう。
「お友達様のところへ案内して下さりますか?」
セシリアは子犬に話しかけ始めた。歩いている最中も話しかけていたから余程の犬好きなのだろう。撫で始めた彼女を横目に僕らはとりあえずと周りを見渡す。
どこから探そうか。犬はまばらにいるが、そのどれもが目的のものではない。人も威嚇をしているかのように歩く者や下を向いて歩く者、とあまり声はかけられたものではなさそうだった。
「んぐっ!?」
手元が引っ張られ、つんのめる。勢いに負けて転びそうになるのをなんとか踏みとどまった。
「ワウン!」
子犬の視線を感じる。尻尾をぶんと振り回すこの子犬が原因らしい。そのままぐわりと引っ張られ、走り出した。
この子犬、やっぱり早すぎないか!?裏路地へと連れ込まれる。がくんとまわって、まわってまわって……おいしそうな匂いがするどこかのご飯屋さんの裏へと来たらしい。
大人しく子犬は座った。お腹がすいているのかな。ちょっと休憩をさせてくれとしゃがみ込む。
「ノア様!お待ちください!」
セシリアたちが追い付いてきた。後ろからの声に返事が出来ていなかったせいで心配をかけたのかもしれない。彼女のお決まりのような言葉に大丈夫だよと伝えた。立ち上がり、追いついた皆を見やる。
「狭すぎないかここ!道開けていいか!?」
「だめだ」
挟まっているニナがいた。あれは大丈夫なのか?セシリアは声をかける人物を間違えたのかもしれない。もしくは僕だ。ちゃんと顔を見て返事をしておけばよかった。
「こちらにワンちゃん様のお友達様がいらっしゃるのでしょうか?」
「みたいですね」
僕らはそれぞれ思い思いに裏路地を探していく。子犬は僕の背中にアタックしてきたり手元を邪魔したりと忙しない。リードが欲しいのかな。あげられないよ。
「あ、いました!」
何かが入っていたのであろう木箱を持ち上げて、白いもふもふを見つける。声を出したら4つの黒い目がこちらを見上げた。早く、捕まえなきゃ!
「ん?」
抱え上げたのは子犬だ。それは良いが首輪をしている。この子犬は西にいた子だ。確かに見つけたほうを抱え上げようとしたのに、なぜだ。首を傾げれば子犬も傾げた。君もわからないなら僕にもわからないよ。
「ま!かわいらしいですね」
セシリアの嬉しそうな声がする。いやこんなことをしている場合じゃないんですよ、とは口に出さず子犬を下ろした。
後ろを向けば何かが起きていた。さっき起きたこと以上によくわからないことが。
少し整理しよう。レオンが子犬を捕まえようとしている。それはわかる。しかし、なぜか腕を子犬とは違う方向に出し、そして子犬も明らかに行こうと構えていた向きとは全く違う方向へと進んでいた。何をこいつらはしているのか。わからない。わからないが、何か高度なことが行われているということはよくわかった。
おかしな動きを両者は飽きることなく繰り返している。レオンがちらちらとこちらを見ているのでまだ余裕はありそうだ。増援はむりだとこちらもアイコンタクトで答える。だって今手を出したらレオンの腕に吹き飛ばされそうだし。
「!レオン様、わかりました」
「セシリアさん、危ないですよ」
彼女の無謀を止めようと声をかける。しかし、彼女は視線をあの激闘からそらさずに柔らかく微笑む。
「あの中に入るわけではありません。ご安心ください」
ならば良いか。本当に良いかどうかはわからないものの今のままではいけないのも確かなので、彼女の策に乗る。
セシリアはしゃがんでゆっくりと子犬に近寄る。レオンが動きを止めた。子犬は警戒して下がりつつもセシリアを見やる。
「驚かせてすみません。私たちは貴方様をおうちに送り届けるために参りました。決して危害は加えませんよ」
ご安心ください、とセシリアは手を低く差し出して子犬の傍で止まった。子犬はしばらく考えるようにうろうろとしていたが、彼女の手を嗅いでそのまま膝へと乗り込んだ。
「!ワンちゃん様、ありがとうございます」
セシリアはぎりぎり耐えたらしい。レオンが行き場のない手を引っ込めたところまで見守って、僕はリードの先を見た。子犬は相変わらずのんびりとこちらを見ていた。思ったより君たちは賢いのかい?口に出さなかった言葉はそれでもテレパシーのように伝わったのか、タイミングよく子犬は耳をぱたたと動かした。
僕らは2匹目の子犬を捕まえ、大通りへと戻って来ていた。しっかりと首輪をつけた子犬は満足げにセシリアの腕に収まっている。君も来る?と聞いたものの、僕が見ている子犬は歩きたいらしかったのでそのままちゃかちゃかと爪を鳴らしている。
「お疲れさん!うまくいったみたいだなー」
ニナがやって来た。彼女は挟まった状態から抜けられたらしい。
「東だ」
「?なんかめっちゃ疲れてないかレオン君」
「行くぞ」
*********
僕らはやっぱり急いで東へやって来た。日は傾き始めている。今日中に捕獲をしてさえいれば良いとは移動中に言われたことだが、それでもぎりぎりだ。
どたばたと踏み込んだ東。ここは僕が今住んでいる区画という事もあり、急いた心を一息つかせてくれた。そもそもが住宅街でもあるからノスタルジーを感じさせるような光景がここには多いことも原因だろう。
少し心を落ち着かせながらたどり着いたのは大きな公園。丁度子どもたちが遊んでいる時間帯らしく、僕らは部外者として遠巻きにされていた。
「子どもが遊んでいる光景は心が満たされますね」
「僕は警戒されてて心が死んでいきそうです」
「はは!ノア君、キミ小心者だな!隠してやろうか?」
遠巻きにされている理由が僕を馬鹿にしてきたが気にしない。早く目的を達成して次の場所へと移ろう。子犬がまたリードを引っ張る。ちょくちょく引っ張られてはいたが、今回はきっとお友達を見つけたそれだろう。希望的観測をして、引っ張られるがままについていく。
皆も思う事は同じなのか、ぞろぞろと歩き出した。セシリアの子犬は寝ていた。僕が見ていることに気付いて彼女は子犬の手をちょこりと動かした。
「うわ!!避けて!」
ボールがこちらへと飛んできていた。丁度、軌道はセシリアに向いている。彼女は自身が抱いている子犬にしか意識が向いていないらしく、まだ僕に子犬の手を振らせている。振らせてる場合じゃないよ!セシリアさん右!右!言おうとして、間に合わなくて、ボールが、頭へ。
「きゃぁっ!?」
レオンがボールを手にしていた。そのまま大きく振りかぶって男の子の手へとボールは移る。
「ありがとーございまーすー!!」
「オレらも悪かったが気を付けろよなー!」
子どもの声に返事をせず、彼は早く行くぞと僕をせかした。ニナが子どもの相手をして何かハンドサインを送っている。なんか子どもたちが湧いてないか。なにしたんだ。
「あの、ありがとうございます」
「行くぞ」
困りましたと言わんばかりにセシリアがこっちを向く。僕は同情するように笑った。
「セシリアさん、怪我がなくて良かったです」
「はい、気を付けます……」
セシリアは明らかに落ち込んだ様子で子犬を抱きなおした。まだ寝てるぞコイツ。よだれを垂らして幸せそうな顔に落ちた影。緩やかに止まった歩み。そこでようやく僕は目的地に着いたことに気付いた。
公園の奥の物置だ。いろいろとものが置かれている。ゴミ捨て場も近くにあるらしく、独特な匂いが鼻を突いた。
「ここ、みたいですね」
僕はとりあえずと子犬の代弁をしてみる。やはりというかどこにも子犬の姿は見当たらない。どうかゴミ捨て場のあたりにはいませんようにと誰かに祈って僕らは物をひっくり返し始めた。
どれだけ探しても子犬は見当たらなかった。結局、ゴミ捨て場の方にも居るかもしれないと木の枝やらなんやらを使って調べてみたが一切気配はなし。
「君、本当にここらへんで合っているの?」
どこからか見つけてきた枝を咥えてご機嫌そうな子犬を見やる。もしかして枝が欲しいだけだったんじゃないのか、この子犬。
「!こんにち、あ!」
セシリアの大きな声に逃げたんだろうなと思いつつも視線を移した。確かに僕にも一瞬見えた子犬はしかし次の瞬間ふっと姿を消してしまった。
「「「え/はぁ!?!?」」」
三人の声が重なる。うるさいよとでも言うようにセシリアに抱かれた子犬があくびをした。
「擬態型だ」
なんだか聞いたことのある台詞を口にして、レオンが棒を振り回す。危ないよ。何か考えがあるのであろうことはわかっていたので誰もそのことは口に出さず撤退した。
しばらく彼の好きなようにさせておけば、彼は何かに気付いたのかそのままぐるんと振り返る。そして棒を捨て、持ち上げるように手が空を切った。本当になんなんだ。そのまま彼はまるで子犬がそこにいるかのように首輪をつけ、白い毛をこの世界に生み出した。
「!ワンちゃん様!レオン様!やりましたね!」
「超絶技巧過ぎません?まぁ、お疲れ様です」
「あー、景色との差を使ったか?なんにせよいかれてんな!面白れぇ!!」
子犬が言ったとおりでしょうと自慢げにこちらを振り向く。棒、持って振り返ると危ないと思うよ。レオンをねぎらいながら子犬から棒をもらう。投げないからね。投げないよ。
「一度くらい、遊ばせて差し上げてもよろしいのではありませんか?」
「いや、子どもたちにぶつかったら危ないですし」
「もういねーぞ」
指を指されて公園の中央を見る。ほぼ誰もいなかった。夕暮れも過ぎて夜一歩手前の公園。ブランコが物寂し気に揺れ、砂場は誰かの落し物がそのままに闇の中へ溶け込む準備を始めていた。
「本当だ、誰もいませんね。なら、」
「南へ行く」
レオンがすたすたと歩きだした。子犬も一緒だ。駄目みたいだ。皆が残念そうにしながらも彼についていくのを見送って、ちょっとだけ枝を投げてみた。嬉しそうに尻尾を振って子犬は持ち帰ってくる。良い子だ。
わしゃわしゃと毛並みを乱し、少し整えてから急いで皆に合流する。レオンはもう行ってしまったようだ。セシリアだけが笑顔で公園の出口付近に立っている。
謝罪をして、彼女とともに夕焼けの消えかけた空の下を走った。
場所は南。いわゆる高級街へと僕らは向かう。




