◆第1話 「失せ犬探し」
「んじゃ、任務の達成を祝ってぇー!乾杯!!」
「かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
恐る恐るコップを持ち上げる。カツン、とグラス同士の音が響いた。そのまま周囲に合わせてグラスに口をつける。
「水じゃねーか!」
水だった。お酒か何かかと思っていたけど違うらしい。そういえば皆はもう成人しているのだろうか。年齢を知らなかったことを思い出した。
「当然だ」
レオンが居間へ戻ってくる。手には3つの革袋。平然とした顔で一人がけの椅子へ座った。僕の隣には座りたくなかったのかな。
ここはレオンの家だ。依頼の報酬と今後について話をしたいから、という理由で僕らは集められた。ドキドキしながら僕は書かれていた住所へ向かったが、ニナやセシリアがあまりに楽しそうにしていたのでついその雰囲気に流されてしまっていた。
これはいけないぞと顔を引き締める。僕の前に1つの革袋が置かれた。
「報酬だ」
行儀が悪いのかもしれないが一応袋の中身を改める。……うん。最初の話通りだ。確認できたので袋をしっかりと締めて顔を上げた。
皆の顔を見る。既に次の話題に移り変わったのかこそこそと笑いながら話しているセシリア。相変わらず大きな態度でどかりと椅子に座り相槌を打つニナ。全員が確認をするのを待っていたのか、言葉を発さずに周囲を見渡していたレオン。彼と目が合う。
たった数日共に過ごしただけではあるが、なんだか数年くらい共に仕事をしてきたように感じる。また依頼が来るまでどのくらいの期間があるのかはわからないが、それまであの薄暗い部屋で人の欲望を叶え続けるのだと思うと、なんだか憂鬱だ。ずっと続けてきた仕事の方が嫌になるだなんて薄情だと思う。でも、久しぶりに日の下で出来た仕事の喜びは他にはないものだっただろう。
「今日の任務を説明する」
やっぱり、部屋での仕事の方が僕には合っているかもしれない。日陰者の陰キャはこれ以上日の光に当たっていたら死んでしまう!
「テンポがいいな!今日は暇だし付き合ってやるぜ!」
「私もせっかくの外出日ですから一日中外にいますよ!」
なんだか他の人たちはやる気十分見たいだ。まだ記憶に新しい初任務を思い出す。血みどろの人々にむなしい結末。あんなの、一か月に一回、いや、一年に一回もなくて良いくらいだ。げんなりとする。ただ、今日一日僕もオフではあるから、嘘をつくのも申し訳が無くってしぶしぶ開いていることを伝えた。レオンに当然のような顔をされた。
「次は失せ犬探しだ」
「犬!?いいな犬!オレはちゃちゃっと見つけてやるから報酬上乗せ頼むぞ!」
「ワンちゃん様がいなくなってしまったのですね。きっとご家族も心配為されているでしょうし、早く見つけてあげないといけませんね」
「ええっ!?僕らの仕事じゃなくないですか、それ?」
なんで皆ノリノリなんだよ。明らかにそこら辺の探偵にでも任せておけばいい任務内容に不満が漏れる。いや別に人が死ぬみたいな任務をしたいわけじゃないけど、それにしたってこの内容は勇者と聖女を舐めすぎだろう。もし国民にこんなことで彼らの手を煩わせたと知られれば大ブーイング間違いなしだ。
「犬型の改造魔物だ」
「改造!?ますますアツイな!限界範囲はどこまでだ?オレがパッと行ってやる!」
「改造、ですか」
セシリアの眉がピクリと動き、笑顔のまま嫌そうな顔をするという凄い技術を見せてくれた。僕がもしこの表情を向けられたら悲しみで自殺するだろう。しかし向けられた張本人は全くもって気にせず、何なら彼女を見ずに話を続ける。
「範囲は城下町。4匹。傷をつけるな」
「傷をつけるな!皆様に大切に扱われていたワンちゃん様なのですね」
「面倒だな。パス!」
「不適当」
「4匹って多くないですか?」
「特殊能力に気を付けろ」
彼が示した一枚の紙に群がる。ふんふんなるほど。元は特殊大型魔物だったが、研究の際に分割。それぞれに能力が分けられたと。
1匹目は高速。
2匹目は怪力。
3匹目は読心。
4匹目は擬態。
以上の能力を持った個体が不手際により逃げ出したらしい。なんか変な感じの能力ばかりだ。
僕も参加するという事はもっと魔術とかが関わるのかと思っていたがそんなことはなさそうだ。いや。慢心は禁物!もしかしたら魔術師による支配を受けている可能性も考えておかなくてはと気を引き締める。
「なんだかポメラニアンのような姿をしていらっしゃいますね。かわいらしい……」
「サモエドじゃねーのか?もっと恰好良いかと思ったら拍子抜けだな。簡単に捕まえられそうだぞ !」
「気を付けろ」
「期限の目安とかってあるんですか?」
「今日中だ」
「は!?早くそれを言え!さっさと向かうぞキサマら!!!」
ニナが素早く駆け出していく。時間はちょうどお昼前。さっきまでお昼を共にしようかという話しが上がっていたが、これは流すしかないだろう。
断る口実を見つけられた安心と仕事の期限の近さへの焦りにぐちゃぐちゃになりつつ、僕も外へと出る。
「まずどこ探すんだ!」
部屋に戻った。なんだか前にもこんなことをした気がする。
「まずは西に向かう。そのまま時計回りだ」
「西ですか?ワンちゃん様たちもお腹がすくでしょうし、ご飯街の南へ先に向かうべきではないでしょうか」
「最初に北じゃねーか?あっちは治安が悪ぃからいるなら早めに回収するべきだ」
「うーん、犬ってどこに行くんでしょう。東は物が多いので隠れやすそうですけど。あ、発信機とかはないんですか?」
「ある」
それを最初に言ってくれ。先ほどまでのピりついた空気はすぐさま気の抜けた空気に変わる。変えた本人だけが相変わらず真面目な顔で受信機を出した。
それは、レオンの家からある程度離れた場所でピコピコ、と赤い点を4つ表示していた。
北を上とするならば確かに西が一番近い。そこから近い順で辿って行けば時計回りに回収していくことになりそうだ。
結局僕らはレオンの策の通りに動くことで満場一致した。
*********
「本当に、ここで反応があるのですよね?」
「ああ」
ここから、探すのか。西の方は国一番の大きさを誇る市場がある。そして今いるのはそんな市場の先の部分。これ以上は貴族の住宅があるからと区切られ、大通りのようになっている場所。
人は皆市場に向かうからここら辺はあまり人がいない。そしてあまり物もない。これは行ける!と僕らは簡単に辺りを探してみたのだが見つけられなかった。
「ノア君、キミの魔術で見つけ出したりはしないのかい?」
「うーん、会ったこともない生き物を見つけ出すっていうのはなかなか難しいですね。せめて縁のある物品があれば話は別ですけど」
「ない」
ないか。僕は役立たずになった。元からそうだったと言えばそうだが、それでも今魔術が使えないとなれば僕は足を引っ張るお荷物にしかなれない。
「ではやはり、地道に探すしかなさそうですね。お名前があれば良かったのですが、仕方がありません」
セシリアは地道な作業へと再度挑み始めた。そんな彼女を誇りに思う。今、僕はあまりこの作業をしたいとは思えなかったからだ。
「僕、なんで今回の依頼に呼ばれたんですか?」
言外に魔術が関わっていなさそうなのに、とレオンに言う。不満を表明したいわけじゃないが、早めに僕の役割を知りたかった。
「4匹いる」
「数合わせですか!?」
そっぽを向かれた。こっち見ろよ、おい。この唐変木が。
「木の上にいたぞ!」
僕がレオンに喧嘩を売りそうになったその時、言葉を塞いだのはニナの吉報だった。彼女の方へと急いで向かう。
「逃げた!追え!」
木の根元にいるニナが何だか中途半端な姿勢で大通りの方を指す。そこには壁を登るポメラニアンが。もしかして壁の奥、貴族の住宅街へ行くのだろうか。あっ落ちた。
大通りにポメラニアンが帰ってきた。急いで駆け寄り捕まえようとする。まって、早すぎないか!?
「うわぁっ!?」
「ノア君!!!!!!」
顔を踏まれた!?なんてすばしこい奴なんだろう。あっという間に先ほどいたであろう木の上に座ったふてぶてしい子犬を見上げる。レオンは剣を抜いていた。なぜ。
「何をしているのですか!?剣を収めてください!」
怒られてやんの。セシリアに注意されてレオンは大人しく納刀していた。本当になんだったんだ。
セシリアも集い、僕らは子犬の周囲を固めた。これでどこから逃げても捕まえられるだろう。子犬は不敵に笑う。
「うがぁっ!!」
ニナがやられた!彼女の大きな体は素早い動きには弱いらしい。明らかに1テンポずれた回収作業に子犬は余裕そうだ。ニナの後ろに回り、彼女はそれを当然追う。
そうしてぐるぐると何度か同じことをしていた。僕らもそのすきを縫って捕まえたいがいかんせん彼女の鉄の腕に当たったらただでは済まない。
入る隙を見失っている間に子犬はニナの頭をがっと蹴り、また遠くの木へと移ってしまった。
「あいつ!!許さねぇ!」
「暴力はいけませんよ!」
でもよ、だってよ、だなんて言うニナにセシリアが容赦なく言葉を浴びせているのを横目に、どうやって捕まえるべきか考える。視界をぐるりと回して。
壁の突起を見つける。地下を作った貴族の人が窓を付けたんだろう。ちょうど市場が見えるようになっている。あそこから見る景色は随分と楽しいことだろう。
「レオンさん、壁って登れます?」
「可能だ」
「そうしたら、あの窓の上に隠れていてください」
「ああ」
何かに納得したかのようにもう一度ああと言ってレオンは壁をよじ登る。随分簡単そうに登るものだから勘違いしそうになるが、絶対に僕には登れない代物に感心した。
「ニナさん!セシリアさん!あの位置まで子犬を追いたてられますか?」
「もちろんだ!」
「はい!」
「そうしたら追い込んで捕まえましょう!あとニナさんは鎧脱いでください!」
「えっ」
ニナは意味が解らないながらに返事を返し、とりあえずと言うように鎧から出てきてくれた。セシリアも勢いよく頷いている。数日を共にした僕らは、すでに意味の解らない指示にとりあえず従う精神が育まれていた。
まず細かい動作が苦手なニナが大きく追い立て、セシリアと僕で微調整をおこなう。子犬は何度か別方向へ抜けようとしたが、そのたびにセシリアやニナに進路を塞がれた。
子犬はどれだけ早かろうがやはり子犬。僕らの意図には気づかず、愚直に壁へと寄っていく。
そのまま追い立てれば子犬は僕らと壁に四方を囲まれ逃げる場所を失う。ニナは鎧から出ているから先ほどより素早く動ける。
それを子犬もわかっているのか、じりじりと迫る僕らに威嚇をしつつも下がっていく。
「っあ!」
子犬が壁を駆ける。その先は、
「レオン様!」
レオンが子犬をがっしりと捕まえた。そのまま首輪をかけている。キャンだかなんだか聞こえるがよく見えない。
「痛めつけないでくださいね!」
「無事だ」
降りてきたレオンにセシリアが駆け寄る。彼の無事よりも子犬の方が気になるのだろう。お怪我はないですかと敬語で子犬に接していた。
「とりあえず一匹目は完了だな!」
いつの間にか鎧姿のニナが傍にいた。視線は合わない。あっているのかもしれないが僕にはわからない。いきなり指示をした僕に彼女がどう思っているのか全く分からなかった。
「ノア君お手柄だ!いつの間にあんな作戦考えていたんだ?」
ばしりと強く、それでも手加減されて背中が叩かれる。僕はその衝撃にふらついた。もやしを舐めないで欲しい。彼女は成長したな、だなんて勝手に保護者面をし始めた。
先ほどの行為に気を悪くしていないのだと感じてほっとする。もしかしたら僕が気に病んでいるのを感じてきてくれたのかもしれない。
「んじゃ、さっさと次行こうぜ!そいつどうすんだ?」
「持ってく」
「はぃ?」
僕に子犬が手渡される。ん?セシリアに手を動かされ、犬の正しい持ち方を教わる。なんで僕がこの子を持っているのだろうか。
うごうごと動く小さな体温に困惑する。撫でてやればいいのだろうか。
毛並みに沿って何度か恐る恐る手を動かす。出来る限り衝撃が伝わらないように歩き出す。
「何もそこまでなさらなくても大丈夫だと思いますよ」
「ははは!ノア君、へっぴり腰になってるぞ!」
やりすぎた。




