◆第12話 「変質」
別にのんびりは帰れなかった。女性を前にして歩いていくレオンの後を僕はえっちらおっちらと始まった筋肉痛に苦しみながら歩く。ニナが去った後、僕らは他に何かないか確認してからやっと洞窟を出た。
煙に倒れていた魔物たちはニナがとどめを刺していたらしい。魔物の急襲に怯えなくて良いのは助かった。
そうして、迎えに来てくれていた村人たちに拉致された人々を託して僕らは徒歩で帰った。レオンが馬車を拒否したからだ。2時間もあれば着く、だなんて言って。ちなみにセシリアは馬車だ。
結局、女性を連れた僕ら3人が村に着いたのは夕方になり始めたころだった。4時間ぐらい経っていたらしい。僕があんまりにも遅いせいだった。
もう夕飯は皆食べてしまっていたらしく、頂いた簡単な食事を死に物狂いで食べ、そして体が半分壁と同化しながらもなんとか部屋に着き、そこで記憶は消えている。
*********
僕らは次の日も依頼を出した村にとどまっていた。セシリアが治療のために残りたいと言い出したのだ。また女性の監視も必要だろうと結局全員が国の迎えが来る2日後までお邪魔することになったのだ。
正直、僕はもう家に帰りたかった。というか2人部屋から抜け出したい。それに、何も役割がない僕はここでぼーっと過ごしている時間がいたたまれなかった。
未だに痛む足やら腕やらをさすりつつセシリアを探す。少しでもこの痛みを和らげてくれる術を彼女は知っているかもしれないので。今日は筋肉痛のせいで何度も夜中に起きてしまったせいか非常に眠たい。こんな状態が数日も続いては生活に支障が出るだろうし、痛みがなくなれば何か仕事が出来るだろう。
村全体を探し回ったが彼女の姿は見えなかった。僕の歩みは亀以下なのですれ違っていたのではと言われれば引き下がるしかないのだが、誰に聞いてもわからないという答えしか返ってこないのは僕の歩みのせいではないだろう。
さて。ということは探し漏れがあるということだ。では、どこ?とりあえず、もう一度探しなおそうと自室へ戻る。そして、奥の部屋を確認していないことを思い出した。
2階の最奥の客室。そこは僕らが2人部屋ずつになったせいで使われなくなった部屋。
元は村長たちの息子が使っていたらしい。今、彼は王都におり、たまに連絡を取っているのだと朝食の時に村長たちが嬉しそうに教えてくれた。
皆、そんな部屋だからか寄り付かず、入ったとしても丁寧に扱っていたためか息子の部屋は当時の面影を色濃く残されていた。
そんな愛情の感じられる部屋に彼女はいた。聖女と言われていても傍から見ればただの年若い女性だ。声をかけようとして、どうかけようか言葉に詰まる。
笑顔の無い彼女は初めてだった。ぼうっと室内をベッドから見つめているようにも、自分の考えに耽っているようにも見える。そんな普通の光景。誰にだってあるだろう、光景。
なんだか、泣いているようにも見えて。彼女らしくないな、と思った。元の彼女に戻って欲しくなって、でもそれは、許されるのか。
迷っていれば、目が合った。途端に彼女はみるみる顔を赤らめていく。
まずい!
「ノア様、そんな、ちょ、見ないでください!」
「っえ!?あ、え、ご、ごめんなさっ!ぐぅっ」
慌てて顔を隠す。ついでにしゃがもうとして、激痛で座り込む。
「!ノア様!どこかお怪我をされていらっしゃるのですね!?私、申し訳ございません!」
彼女の手が足元に触れたのを感じる。ああ、かわいそうに。
「いや、大丈夫、です。セシリアさんこそ、邪魔してしまって、すみません」
彼女の手を押しのける。そして笑顔をみせれば、ひどく傷ついたような表情をされた。何か失敗したようだ。
「そんなこと......!お願いです、傷を見せてください!」
「えっと、いや。ただ、ちょっと筋肉痛なだけで、怪我はしていませんよ」
「嘘をつかないでください」
嘘なんてついていなかった。なんかおかしいな、セシリア。涼やかな香りがして、彼女の近さに驚く。
「顔、小さいですが傷がいくつかあります。それに、手にも」
なにそれ。知らない情報に驚く。感情があまりにも顔に出ていたのか、セシリアが、気づいていらっしゃらなかったのですね、と優しく笑った。
「お恥ずかしながら......」
「痛くないのであれば良いのです。ですが、私が気になってしまって。治療、させてくださいますか?」
お願いします、何て言いながら部屋の中へと入る。ベッドは木枠のみだが、椅子の代わりにはちょうど良い。
じっと、彼女が治療するのを見ていた。大丈夫、大丈夫。傷は綺麗に治りますよという声は、僕に錯覚を与えてくれる。
彼女の声は子守歌の様だった。筋肉痛の痛みが消えていくにつれ、意識が薄れていく。
「っうわぁ!」
自分の声に驚いて目が覚める。嫌な汗が背中を伝った。悪夢の名残か、それとも治療中に眠ったことへか。慌てて周囲を見回せば、セシリアはまだそこにいた。
「ノア様、おはようございます」
「あ、お、はようございます?すみません、僕、」
「大丈夫ですよ。目の隈が心配でしたから一安心です。それに、眠っていたのも少しでしたから……次はきちんとベッドで寝てくださいね」
羞恥が募る。ほほえみから隠すように顔をそらした。まるで、最初のセシリアと同じような状態になっていたことに気が付いた。
「そういえばセシリアさん、何か困りごとが?」
「?困りごと、ですか。いいえ、とくにはありませんよ」
「あっ、そう、ですよね。すみません」
「いいえ。ノア様のお気遣いがとてもうれしいです。よければどうしてそう思われたのか、お聞きしても良いですか?」
「いえ、ただ、ちょっと、セシリアさんが、あまり見ないような顔をしていて、気になった、だけです」
言葉にして、セシリアにもそんなことは普通にあるだろう、と思う。何を僕はそんなに不安になっていたのか。別に笑顔だけが表情のすべてではない。
疲れるし、人がいなければ動かさなくても構わない筋肉の使い道なんてその人の勝手だろう。凄く申し訳なくなってきた。
そうだ。謝って、それで、何もなかったことにしてもらおう。傷の治療を僕はしてもらった。それでいいじゃないか!人のプライバシーに踏み込むべきじゃない。
「そう、ですね。少し、今回の任務のことを考えていました」
ああ、どうしよう。踏み込みたくない。
「いや、苦しいでしょうし、お話しなくとも」
「いえ。きっとこの悩みは誰かに打ち明けないと解消されません。ノア様、もしよろしければお話しに付き合っていただけませんか?」
先ほどまでの透き通るような笑顔ではない。しっかりと、強い意志のこもった笑顔。
まずい。まずいぞ。僕が、なんて返事をするのか。そんなものはもう、決まっていた。
「いい、ですよ」
「ありがとうございます」
言ってしまった。言ったもんは仕方がない。話を聞く態勢に移る。
「私、先ほどまで事件を起こした女性の方とお話をしていたんです」
セシリアは僕の方より少し右下を見た。その視線の先に何があるのかわかった。女性が囚われている部屋だ。
「レオン様からもお話を聞いて。どうしてそんなことをしようと思ったのか、気になってしまって」
彼女は指同士をぐるぐると回してみたり組んでみたりと忙しない。指同士が絡まってもがいているように見えて。まるで、この話に彼女自身も結論が出ていない、そう言っているような気がした。
「彼女から、話は聞けましたか」
わかり切った質問をする。僕にも、彼女にも、もう一度、覚悟を決める猶予が必要だと思ったから。
「はい。お話し、してくださいました。」
セシリアは僕を見つめた。これ以上のもがきは許さないとでも言うかのように。
「彼女は元々、村の人ではなかったそうです。旅をしていた中で親が殺されてしまって。それで、たまたま心優しい人に拾われた」
それがあの村。
「それからは村全体で育て上げられた、とおっしゃっていました。全員の大切な娘として大切に。優しく、愛情に富んだ素敵なお話でした。ですが」
一度、息をついた。セシリアにとって聞いた話はきっと心を揺さぶられるような喜びをもたらしたのだろう。だからこそ、苦しみが大きくなる。
「ですが、彼女は村人たちに願われます。より裕福な暮らしと、頑健な肉体を。そして彼女自身もそれに応えたいと願った。お亡くなりになったご両親は魔術師の方だったのでしょうね。彼女に魔術書を残してくださっていたそうで、それを読みながら魔術を学んでいったそうです」
そこからは、ノア様もご存じですよね。セシリアの問いにうなずく。
「私は、そのお話を聞いて悔しかったのです。こんなにも愛情深く、他者に尽くせる人がなぜこのような苦しみを負わなくてはならないのでしょう」
「……それは、他の村の人にした仕打ちを考えれば当然、じゃないですか?」
つい言い返すように告げてしまい、後悔する。こんな言い方、するつもりじゃなかった!
「はい。それはもちろん、責められるべきでしょう。ですが彼らの願いを叶えようとした部分は悪いことでは無いはずです」
セシリアは一度、か細く震える息を吐いた。肺の隅々まで出し切って、その奥にあるものを出す。
「時間が戻らないように、死者は蘇りません。だからこそ、過ちは取り返しがつきません。それが、悔しいのです。被害に遭った方々を考えればこれは間違っているのかもしれません。それでも。思う事は許されますよね?」
僕は曖昧な返事しかできなかった。セシリアもあまり返事は期待していなかったのだろう。疲れた様子で、それでも笑ってくれた。その笑顔が彼女にとっては時間を戻す魔法なのかもしれない。僕も笑顔を返した。
そこからはいつも通り。村で触らせてもらった犬の話や朝食の好み、ニナの荷物が食べられていた、と普通の会話を数度重ねてそれじゃあ、またと解散した。
自室に戻って振り返る。 セシリアとの会話は、大切な秘密を教えてくれるのではなく、おぞましい事実を共有させている、そんな空気を感じさせた。
どうしてあんな会話でそう思ったのかはよくわからない。ただ、彼女にとって非常に重要な部分だという事はわかっていたから、下手な事は言えなかった。
なぜなら僕はこの事件について、女性の背景を知ってもセシリアのようには思えなかった。彼女に同情できなかった。これを伝えても彼女に悲しい笑みを浮かべさせるだけだろうと分かっていた。
もしかしたら、彼女がそう思った理由について深く知る機会があれば、僕も僕自身から出た言葉を伝えられるのかもしれない。ま、そんなことはないだろうが。そういったことはニナやレオンに期待しよう。
僕はただ、秘密を抱えるだけだ。これしか彼女への誠実な返し方を今は知らないから。出来る限りを以て答えるしかない。
非情なヤツ、なんだろうか。
恐ろしかった。多分、僕は彼女に同情しようと頑張れば出来るだろう。
そしてきっと、そうして生まれた同情はいつの間にか本心になってしまうかもしれない。それが恐ろしかった。
自分が本当はどう思っているのか、最近はよくわからない。チームに入りたくなかったはずなのに結局入ってこんなことをしている。
恐ろしかったはずのことを、している。人に、危害を加えた。
魔物だった、けど人だった。半分は人だった。
かつての自分と、今の自分。随分と変質してしまったように思えて、何かに乗っ取られているように思えて。
どうしようもなく、どこかへ帰りたかった。




