第8話 青牙蜥蜴と薬棚
青い毒は、石噛みの牙から出たものではなかった。
解体台へ並べた肉の一部だけが、翌朝には青黒く変色していた。表面に細かな泡が浮き、鼻を刺す甘い臭いがする。隣の肉は赤いままなのに、牙傷の近くだけ色が変わっている。
「食べる前でよかった」
ポロが青ざめて肉を見下ろした。
「昨日、ぼくが洗ったときは何もなかった」
「水が悪いのではない。傷へ残っていた何かだ」
俺は変色部だけを鑑定した。
【鑑定結果】
名称:青牙蜥蜴の毒液
状態:石噛み肉内で活性化
作用:筋力低下、呼吸阻害、発熱
由来:捕食時に折れた牙片と毒腺液
対処:熱だけでは不十分。毒吸着性の菌苔と清浄水を併用。
「石噛みが青牙蜥蜴を食ったのか」
ガンツは肉の中から細い牙片を摘み、石皿へ置いた。長さは爪ほどで、根元が空洞になっている。
「毒液はこいつから漏れた。石噛み自身の牙に付着して、俺たちが解体したとき移ったんだ」
ミーナが変色していない肉も一つずつ嗅ぐ。
「見た目が赤いだけじゃ駄目ね。傷の周りは全部分ける」
食料二日分のうち、半日分を捨てることになった。
グラウは入口側で固定翼を休め、悔しそうに肉を見た。
「毒腺が手に入れば、敵へ使える」
「その前に解毒法が要る」
俺が答える。
鑑定に出た菌苔は、水場近くの湿った壁に生えている灰白色のものだとポロが気づいた。だが効き目も量も分からない。毒を持つ青牙蜥蜴を探し、少量で試す必要がある。
「狩りは私が行く」
ミーナが言った。
左前脚はまだ完全ではないが、歩けるまで回復している。グラウは飛べず、ガンツの右腕も打撲が残る。
「一人では行かせぬ。俺も荷台で同行する。グラウは風で毒の方向を変えられる」
「骨折してるのよ」
「溜めずに短く使う。昨日もできた」
グラウが自分から言った。
「ガンツとポロは残れ。解毒剤を作る者が全員狩りへ出たら、持ち帰っても意味がない」
二班に分けることにした。
狩猟班はミーナ、グラウ、俺。青牙蜥蜴を見つけ、毒腺を傷つけずに一匹持ち帰る。生活班はポロとガンツ。菌苔を採取し、炉の低温で乾かし、薬へ加工できる形を探す。同時に残った肉を傷の有無で分け、保存食にする。
「何かあれば、炉の煙を二度止めろ」
ミーナがポロへ言う。
「外から換気の流れが消えるのを見たら戻る。三度なら拠点放棄」
グラウは退避の合図を追加した。
「狩猟班からの合図は?」
ガンツが問う。
「赤い布を通路へ一枚なら、獲物を得て帰還中。二枚なら負傷者あり。何もなければ予定どおり日暮れまでに戻る」
俺は荷台の側面へ布を結んだ。
班を分ける不安はあった。今まで五人が同じ場所にいても、何度も危険へ追い込まれた。だが全員で一つの仕事をすれば、水も薬も食料も同時には増えない。
「互いの仕事を信じるしかない」
俺が言うと、ポロが小さくうなずいた。
青牙湿地は旧鍛冶区画から西へ半日ほどだった。
通路を抜けると天井が急に高くなり、青白い光を放つ菌糸が網のように垂れている。床はくるぶしほどの泥水で覆われ、黒い石柱が何十本も水面から突き出していた。蒸し暑く、腐葉土と鉄の臭いが混じる。
荷台の車輪には石噛みの牙を添えた新しい車軸が入っている。ガンツは出発前、泥へ沈まないよう車輪へ幅広の皮板を巻いた。それでも一歩ごとに水を吸い、ミーナが引く力は重くなった。
「獲物より先に、帰路の重さを考えねばならんな」
「今さら?」
「確認だ」
俺は赤い布を結ぶ場所と、荷室を切り離す蔓を確かめた。昨日の戦いで学んだことだ。
グラウは荷台の後ろを歩き、泥へ残る足跡を見ていた。
「三本指。尾を引きずってる。二匹以上」
「青牙蜥蜴か?」
「知らない。ただ、右の石柱を回って同じ跡が戻っている。縄張りを巡回してる」
ミーナが風下から匂いを確かめる。
「酸っぱい臭い。変色した肉と同じ」
俺たちは風上へ回り、荷台を浅瀬の硬い場所へ止めた。退路には赤い布を一枚ずつ低く結び、霧の中でも戻れるようにする。
最初の一匹は、石柱の側面に張りついていた。
全長はミーナの倍。青灰色の鱗が濡れた岩と同じ模様を作り、口の両端から青い牙が下へ伸びている。喉の下だけが淡く膨らみ、透明な液が皮膚越しに揺れていた。長い尾は水面へ垂れ、先端だけがゆっくり左右へ動く。
距離は十五歩。
こちらにはまだ気づいていない。
「殺すの?」
ミーナが囁く。
「毒腺を傷つけず確保したい。頭を潰すな。尾と四肢を縛る」
「簡単に言うわね」
「俺が鑑定する。動きを見てから決める」
【鑑定結果】
種族:青牙蜥蜴(個体ランクD)
レベル:5
HP:61(ランクD)
MP:42(ランクE)
攻撃:16(ランクF)
防御:15(ランクF)
速度:17(ランクF)
技能:毒牙:ランクE Lv2、擬死:ランクF Lv4、尾切り:ランクF Lv3
状態:待ち伏せ
「眠っていない。死んだふりをする技能がある。尾も切って逃げる」
「なら正面から近づかない」
グラウが石柱の配置を見る。
「ミーナが左から匂いを流す。俺が右の水面を叩き、注意を分ける。出てきたら荷台の蔓を前脚へかける」
「お前は風を使いすぎるな」
「水を一度揺らすだけだ」
「俺は?」
「荷台で動くな」
二人が同時に答えた。
王への扱いとして不満だが、毒牙へ噛みつける体ではない。
ミーナが左へ回り、泥へ腹をつけて進む。グラウは右で健全な翼を水面へ一度だけ振った。
水音に青牙蜥蜴の目が開く。
同時にミーナが風を送り、洞鼠肉の小片の匂いを石柱の下へ流した。蜥蜴は頭を下げ、ゆっくり壁を降りる。
一歩、二歩。
前脚が水へ触れた瞬間、ミーナが蔓を投げた。輪が右前脚へかかる。彼女は石柱の反対へ走り、蔓を巻きつける。
青牙蜥蜴が暴れ、尾で水面を打った。泥水がミーナの顔へ飛ぶ。グラウがもう一本の蔓を後脚へかけようと近づく。
蜥蜴は突然、全身の力を抜いた。
水へ横倒しになり、動かない。
「死んだ?」
ミーナが蔓を引いたまま息を整える。
「擬死だ。近づくな!」
俺が警告する。
グラウは止まったが、ミーナの側で蔓が緩んだ。青牙蜥蜴は閉じた目の隙間から彼女の位置を見ていた。
次の瞬間、体を半回転させる。
長い尾が鎌のように水を切り、ミーナの前脚を払った。彼女が転ぶ。青牙蜥蜴は跳ね起き、縛られていない左前脚で彼女の肩を押さえた。
青い牙が首へ迫る。
グラウが健全な翼を振り、短い風を蜥蜴の顔へ当てる。牙の軌道がずれ、ミーナの肩を浅く裂いた。
「離れろ!」
俺は荷台を揺らした。固定していた楔が外れ、わずかな斜面を車輪が下る。荷台の前端が青牙蜥蜴の横腹へぶつかった。
敵がミーナから離れる。
だが荷台も泥へ片輪を取られ、横向きに止まった。俺は敵の正面へさらされる。
青牙蜥蜴の喉が大きく膨らんだ。
「毒が来る!」
グラウが叫ぶ。
蜥蜴は口を開き、青い液を霧状に噴いた。
グラウの風が正面から押し返す。毒霧は一度止まったが、石柱へ当たり、左右へ分かれる。片方がミーナへ流れた。
彼女は翼で顔を覆った。毒が右翼の先と肩の傷へ付着する。
「ミーナ!」
「まだ動ける!」
彼女は痛みをこらえ、縛った蔓を引く。青牙蜥蜴の右前脚が石柱へ固定され、頭が横へ向いた。
グラウは風を連続で使ったため、固定翼の根元を押さえて膝をつく。
敵が喉を再び膨らませる。
次の毒を許せば終わる。
俺は荷台の切り離し蔓を自分の体で引いた。前の固定板が外れ、車台がもう半歩滑る。
青牙蜥蜴の顎が目の前に来た。
「何してるの!」
ミーナの悲鳴。
俺は殻を前へ倒し、開きかけた顎の間へ尖った頭を押し込んだ。
上下の牙が殻の左右へ食い込む。亀裂とは別の場所だが、凄まじい圧力がかかる。
「今だ! 顎を縛れ!」
青牙蜥蜴は俺を噛み砕こうとする。殻が軋み、意識が白くなる。だが俺が挟まっているため、口を閉じきれず毒を噴けない。
ミーナが蔓を顎へ二重に巻く。グラウも痛む翼を使わず、前脚で結び目を締めた。
敵が首を振る。俺は顎から放り出され、泥へ転がった。
「アルド!」
「無事だ。先に敵を見ろ!」
青牙蜥蜴は顎を縛られたまま、尾で蔓を切ろうとした。ミーナが尾の根元へ別の輪をかける。
敵は自分から尾を切り離した。
切れた尾が激しく跳ね、ミーナの脚へ絡む。彼女が転んだ隙に、蜥蜴は三本脚で石柱へ走る。
「逃がすな!」
グラウが追おうとするが、骨折した翼では速度が出ない。
俺は殻響探知を石柱へ広げた。敵の爪がどこを踏むか、硬い振動で分かる。
「右へ回る! 三歩先の窪みだ!」
ミーナが尾を振りほどき、先回りする。青牙蜥蜴が石柱の裏から出た瞬間、彼女は正面へ爪を見せた。
敵が左へ避ける。そこにはグラウが待っていた。
彼は風を溜めず、健全な翼を盾のように押し当てる。青牙蜥蜴は方向を変えられ、泥の深い場所へ足を入れた。
三本脚では抜け出せない。
ミーナが後脚へ蔓をかけ、グラウが石柱へ結ぶ。敵はなおも体をひねり、頭突きで二人を狙う。俺は踏み音を読み、向きが変わるたび知らせた。
「左! 次は右へ振る!」
二人が交互に避け、蔓を一本ずつ増やす。
最後に首を左右の石柱へ固定し、青牙蜥蜴は動けなくなった。
すぐには近づかなかった。擬死をもう一度使うかもしれない。長い棒で前脚、瞼、喉を順に触れ、反撃の有無を見る。顎の蔓が緩んでいないことも確かめた。
「殺さずに運べる?」
ミーナの声が掠れていた。
「駄目だ。荷台は泥へ沈み、こやつは重い。毒腺を傷つけず、ここで仕留める」
俺は判断を変えた。
グラウが首の位置を確かめ、ミーナが背後から太い骨槍を延髄へ刺す。一度目は鱗へ弾かれた。敵が暴れ、蔓が一本切れる。
「角度が浅い!」
俺が鑑定で骨の隙間を示す。グラウが風で羽根飾りを揺らし、刺す位置を伝えた。ミーナは二度目、全体重を骨槍へ乗せる。
青牙蜥蜴の体が大きく震え、やがて力を失った。
それでも呼吸、瞼、脚の反応を確認した。完全に動かなくなるまで、誰も蔓を解かなかった。
戦いが終わった途端、ミーナが座り込んだ。
「脚が、重い」
肩の傷の周りが青く染まり、呼吸が浅い。毒が回り始めている。
「赤い布を二枚。すぐ帰る」
グラウが迷わず指示した。
毒腺と必要な肉だけを切り出し、残りは目印をつけて後日回収する。切れた尾も荷台へ積んだ。泥へ沈んだ車輪の下へ平石を入れ、三人で引き上げる。
俺は反省を口にする暇もなく、ミーナの状態を何度も鑑定した。
毒は傷から広がり、前脚の力を奪っている。まだ呼吸阻害は軽い。だが日暮れまで待てない。
帰路ではグラウが荷台を引き、ミーナを荷室へ寝かせた。俺は固定枠を外し、彼女の脇へ置かれる。動くたび肩の傷から青い液がにじんだ。
「寝るな」
「寝てない」
「では俺の王族らしさを十個挙げよ」
「一個も……ない」
「元気ではないか」
ミーナは笑おうとして咳き込んだ。俺の内側が冷える。
「すまぬ。俺が顎へ入る前に、二度目の毒を止める方法を決めるべきだった」
「止めたでしょう」
「お前が先に浴びた」
「私も、擬死だって聞いたのに蔓を緩めた。お互い様」
「それでも俺は王だ。全員が生きる策を――」
「完璧な策なんてない」
ミーナは重い瞼を開けた。
「だから帰る道を作ったんでしょう。今は、それを使って」
俺は黙り、彼女の呼吸を数え続けた。
拠点では、生活班の仕事が進んでいた。
ポロは灰白色の菌苔を四つの状態に分けていた。生、洗浄、低温乾燥、粉末。ガンツは石噛みの外皮を炉の上へ棚状に組み、熱が直接当たらない乾燥台を作っている。
二枚の赤布を見た二人は、説明を待たずに動いた。
「傷を洗う水、ここ!」
ポロが洗浄用の器を出す。
「毒腺は石皿へ。床へ置くな」
ガンツが荷台の周囲を片づける。
ミーナを熱源から離れた寝床へ移し、肩の傷を清浄水で洗った。青い液は簡単には落ちず、毛へ粘りつく。
ポロが乾燥菌苔の粉を水へ混ぜる。最初は量が多すぎ、泥のように固まった。
「これじゃ傷に入らない」
「水を増やせば、飲用分が減る」
ガンツが残量を見る。
「生の菌苔を布へ包み、毒だけ吸わせられぬか」
俺が提案する。
ポロは首を振る。
「生のは、別の汁が出る。皮膚が赤くなった」
彼は自分の前脚に小さな赤みを作っていた。既に試したのだ。
「低温で乾かしたものを薄く水へ溶き、傷へ流す。流した液は別の石皿で受ける」
二度目の調合は薄すぎ、青い色がほとんど変わらない。
ミーナの呼吸がさらに浅くなる。
焦りで、俺は「もっと入れろ」と言いかけた。炉のときと同じ失敗だ。強くすれば効くとは限らない。
「毒腺から一滴だけ取り、石皿で濃度を試せ。ミーナへ使う前に、色が消える量を測る」
ガンツが細い骨管で毒を一滴ずつ落とす。ポロは乾燥菌苔の粉を爪先ほど加え、水を混ぜる。
一杯目は青いまま。二杯目は白く濁るだけ。三杯目で、青が灰色へ変わり、泡が止まった。
「これ」
ポロの声に確信があった。
同じ比率で新しい薬液を作り、傷へ少しずつ流す。ミーナの肩から落ちる液が、青から薄い灰色へ変わる。
残りは布へ含ませ、傷へ当てた。
すぐには治らない。半刻経っても前脚は動かず、発熱が上がった。俺は失敗したのではと何度も鑑定する。
毒の広がりは、わずかに遅くなっていた。
「効いている。だが体内へ入った分が残る」
「飲ませる?」
ポロが問う。
「菌苔自体が腹へ安全か分からぬ」
「石噛みの肉で試す」
ガンツが健康な肉片と毒入り肉片へ薬液を垂らし、炉の低温で温める。毒入りだけに灰色の泡が出た。臭いが消えるまで三度洗い、ほんの小さな肉片をガンツ自身が口へ入れようとする。
「待て。なぜお前が」
「俺が一番体が大きい。異変が出ても耐える」
「俺が鑑定で見る。飲み込まず舌へ触れるだけだ」
彼は肉片を舌先へ置き、すぐ吐き出した。痺れはない。鑑定でも活性毒は検出されない。
薬液をさらに薄め、ミーナへ少量ずつ飲ませた。
夜までに熱は頂点を越えた。前脚の力は戻らないが、呼吸が深くなる。
「助かったの?」
ポロが泣きそうな顔で尋ねる。
「まだ二日は戦わせられぬ。だが毒の増加は止まった」
俺が答えると、ポロはその場へ座り込んだ。戦いへ行かなかった彼が、誰より先にミーナを救った。
「ぼく、戦えなかったけど……役に立った?」
「お前が菌苔を試していなければ、間に合わなかった」
ミーナも寝床から手を伸ばし、ポロの頭へ触れた。
「ありがとう。あなたの薬、効いた」
ポロは顔をくしゃくしゃにし、何度もうなずいた。
「群れも咳をしてた。この薬を持たずに見つけても、また助けられない」
ポロは残った乾燥菌苔を見つめた。今すぐ痕跡を追うのではなく、ミーナが歩けるようになり、解毒剤を増やし、塞がれた道とは別の退路を見つけてから探す。延期を決めたのは俺ではなく、ポロ自身だった。
翌日から、拠点の一角を薬棚にした。
上段は清浄な薬。中段は調合途中。下段は毒物。青牙蜥蜴の毒腺は青い石皿へ入れ、同じ色の布を結ぶ。乾燥菌苔には採取日と乾燥時間を、ガンツが石札へ刻んだ。
保存肉も、無傷、牙傷あり、要検査の三つへ分ける。狩猟から戻った者は、獲物の傷、変色、匂い、使った薬を先に報告してから解体する。
「面倒だな」
グラウが石札を見た。
「一度面倒を省けば、全員が毒で倒れる」
「分かってる。順番が長い」
彼は報告項目を並べ替えた。最初に負傷者、次に毒の有無、獲物の数、残りの場所。急いで治療すべきことを先へ出す。
「これならどうだ」
「よい。お前に狩猟報告の確認を任せる」
「治るまでだ」
「それでよい」
三日目、ミーナはまだ戦えないが、自分で水場まで歩けるようになった。解毒剤は二回分残った。青牙蜥蜴の肉は毒腺周辺を捨て、炉で十分に加熱し、乾燥肉へ回す。
狩猟班が得た毒と肉を、生活班が薬と保存食へ変えた。生活班が作った薬が、狩猟班を生かした。二つは別の仕事ではなく、一つの輪だった。
俺たちは勝ったが、ミーナを被毒させ、グラウの翼へ負担をかけ、荷台をまた泥へ沈めた。擬死を知っていたのに接近を許し、毒の反射経路も読み切れなかった。
「次は風を当てる前に、毒が壁でどう返るかを見る」
俺が言う。
「私は敵が動かなくても、蔓を緩めない」
ミーナが続ける。
「俺は二度風を使ったら後退する。三度目は骨がずれる」
グラウは自分で限界を決めた。
「ぼくは帰ってきた人の傷を先に見る。薬を作ってから聞くんじゃ遅いから」
ポロも胸を張った。
「荷台には泥板を追加する。現場で外せるようにだ」
ガンツが締めくくる。
反省が次の道具と手順へ変わっていく。
その夕方、薬棚の青い布が微かな風で揺れた。
洞窟内の風ではない。上から、規則的に大きな翼が空気を押す振動が降りてくる。
俺たちは旧鍛冶区画の外へ出た。
青牙湿地のはるか上、天井の裂け目から差す光を横切り、巨大な影が旋回している。翼を広げれば荷台三台分。尾の先に、血のように赤い羽が旗のように揺れていた。
一周するたび、その影は少し低くなる。
こちらの火と、乾燥肉の匂いを見つけたのだ。




