第49話 五つの才能、一つの戦場
五方向から、同時に警報が鳴った。
北に竜騎六。南に地上兵十二。東の工房へ爆薬隊。西の市場へ人質偽装。地下水路には数不明。
転生百十七日目の夜。負傷者五名は治療中、冬季備蓄七割、魔石二個。市場の煙すら消えていない。
「北壁は俺が行く! 南はミーナ! 東はガンツ! 西はセラ! 地下はポロ! グラウは――いや、北へ増援、違う、工房の爆薬を先に――」
領域知覚へ五十を超える敵の光が入り、頭の中で命令が絡まった。
誰がどこへ行き、どこが最も危険で、俺が何を見落としているのか分からない。全てへ指示を出そうとするほど、全てが遅れる。
グラウが俺の前へ飛び、両翼を広げた。
「命令を止めて!」
「敵が入っている!」
「だから止める。各班へ目的だけ渡す」
彼女は中央警報塔の鐘を五回鳴らした。
「北班、敵の高度を下げろ。南班、住民を中央へ入れるな。東班、工房を捨てても爆薬を主核へ通すな。西班、人質を見たら個体印を確認。地下班、水を守り、戻れなくなれば予備路へ!」
細かな手段は言わない。
各班から復唱が返る。
「アルドは中央上空。領域知覚で穴を知らせる。敵将が出るまで単独追撃しない」
「余に命じるな」
「復唱」
「中央上空、穴を知らせる。単独追撃しない!」
俺は翼を打った。
中央警報塔には、五班の伝声石をつないだ監視水盤がある。領域知覚で分かるのは敵味方の位置と大きな魔力変化まで。声、武器、負傷、各班の判断は、班長の報告と水盤へ送られる短い像で補う。俺は見えていないことを見たつもりにならず、各班へ状況復唱を命じた。
北から来た六騎は、昨日より重い装甲を着けている。火矢隊二、鉤縄二、盾役二。先頭の盾には、奪われた設備図が貼りつけてあった。
「北水塔、敵はお前たちの死角を知っている。固定射台を使うな!」
北班は射台を捨て、ポロが作った配水管を壁上へ向けた。水そのものは敵を落とせない。だが細い噴流が革翼へ当たり、翼膜を濡らす。
濡れた騎獣は高度を保てない。
火矢隊が反撃する。第一射で配水管が割れ、第二射が水塔の屋根へ刺さる。北班は消火せず、屋根板を外して燃える部分ごと城外へ落とした。
盾役が低くなったところへ、ミーナの風が横から来た。
南を任せたはずの彼女自身はいない。訓練していた翼猫二名が、風板を開いたのだ。北の噴流を受けた風が通路を曲がり、敵の進路を射線へ押す。
岩角トカゲの弩が放たれる。一射目は盾に弾かれた。二射目は同じ場所へ当たり、金具を曲げる。三射目で盾の縁が割れた。
敵は撤退するふりをし、北班を塔外へ誘う。
「追うな!」
俺の警告より先に、北班長が鐘を一度鳴らした。目的は高度を下げること。倒すことではない。誰も壁を出ない。
南班の伝声石が二度鳴り、ミーナが「避難民を名乗る十二名、個体印なし」と報告した。監視水盤が南門の短い像へ切り替わる。
南では、空賊地上兵が避難民の外套を着ていた。
「市場から逃げてきた! 入れてくれ!」
子どもを抱いた女までいる。門番が開けかける。
ミーナは屋根から降り、距離を保った。
「個体印を見せて」
「火で焼けた!」
「なら、昨日食べた配給を言って」
「干し肉だ!」
昨日の市場配給は土潜り鼠の香草焼きだった。
偽避難民が剣を抜く。抱いていた子どもは布を詰めた人形。女の外套の下から短弩が現れた。
一射がミーナの胸へ飛ぶ。彼女は風で逸らすが、二射目が右脚を裂いた。
「ミーナ!」
俺は南へ向きかける。
「来ないで!」
痛みに顔を歪めながら、彼女は後ろへ跳んだ。南班は住民を中央へ入れず、左右の空き倉庫へ分ける。敵も一か所へ集めない。
翼猫が屋根から網を落とし、空牙狼が足元だけを狙う。空賊は弩を三連射し、一頭の肩へ刺す。岩角トカゲが盾で前へ出るが、爆薬瓶が投げられた。
ミーナは痛む脚で跳び、風を下から当てた。瓶が半歩浮き、敵側へ戻る。爆発で二名が倒れ、隊列が割れた。
「殺すより武器を遠ざけて! 住民の道を空ける!」
南班は倒れた敵を追わず、空き倉庫の戸を閉じて封じた。
南の像が消えると、東工房の伝声石からガンツの尾槌が床を打つ符号が来た。工房監視員が、煙で途切れる像と状況を一文ずつ送る。
東工房では、ガンツが建物を守らなかった。
爆薬隊が奪った図どおり、北窓から侵入する。そこには炉と魔石庫があるはずだった。だが魔石二個は前話の反省で別々の地下箱へ移し、炉は冷えている。
ガンツは工房の中央柱へ切断楔を打った。
「全員、東扉へ」
「工房が潰れる!」と若い職人。
「目的は主核へ通さないことだ」
爆薬隊が奥扉を破り、主核通路へ走る。ガンツが楔を尾槌で叩いた。中央柱が折れ、工房の半分が敵側へ崩れる。
空賊は爆薬で瓦礫を飛ばす。一度目で穴が開き、二度目で通路が見えた。三度目の爆薬を置こうとした時、瓦礫の下から鉄帯が跳ねた。
分散製造で作った交換式拘束具だ。一本が足、二本目が腕、三本目が爆薬袋を締める。空賊は短刀で一本を切るが、切れた留め具だけが外れ、本体は残る。
若い職人が予備留め具を差し、もう一度締めた。
「壊れる場所を選ぶんだ!」
爆薬隊は自分の袋を捨てて退く。工房一棟の半分を失ったが、主核通路には一歩も入れなかった。
東の報告が「主核通路への侵入なし」で終わる。次にポロの携帯水盤が中央監視水盤へ接続され、水圧の線と七つの位置印だけが浮かんだ。地下水路へ入った敵は、音を消す装具をつけていた。領域知覚では七つの光。ポロ自身の水盤には敵の姿が映らない。
「見えないよ」
ポロの声が震える。
「戻ってもよい」と俺は伝える。
「水を守る。怖いけど、僕が道を知ってる」
彼は通常水路の門を閉じた。敵は設備図どおり中央管へ向かう。だが現在使っているのは、主核凍結後に掘った予備地下水路だ。図にはない。
ポロは通常管へ残り水を一気に流した。
空賊たちは膝を取られ、狭い管へ押し込まれる。一人が杭を打ち、流れに耐える。二人目が毒袋を水へ投げた。
「毒だ!」
ポロは飲用槽へ続く門を閉め、汚染水を廃坑へ流す。備蓄水を一割失うが、飲み水は守る。
敵は水が引いた瞬間に反撃した。鉤槍がポロの肩をかすめ、背後の水利班員を引き倒す。ポロは逃げず、足元の小門を開いた。
横から二本目の水流が来る。最初より少ない。だが敵の足首だけを狙い、杭を抜いた。全員が廃坑側へ流される。
予備路から水利班が撤退し、石扉を閉じた。敵を倒せなくても、水を渡さなかった。
地下班が予備路へ退いたという復唱を受け、西市場へ回線を替える。像は前日の煙で壊れたままだ。代わりにセラが敵の笛と肉声を伝声石へ拾わせ、一音ずつ中央へ送っていた。
西市場では、セラが敵の通信を聞いていた。
空賊は俺やグラウの声を真似て命令を流す。
『西班、中央へ退避せよ』
『負傷したミーナを救え。南へ全員移動』
昨日なら混乱していた。今日は全員が目的を復唱する。
「西班の目的は?」
返事がない。偽命令だ。
セラは敵の通信笛へ、わざと本物の撤退音を混ぜた。西の空賊は三人が退き、二人が進む。隊列が割れたところへ市場の可動壁が起きる。
壁一枚目を敵が爆破。二枚目は倒して橋にし、敵は越える。三枚目は起こさない。床に寝かせたまま留め具を外し、敵が乗った瞬間に片側を落とす。
二人が穴へ滑り、穴栗鼠族が下から武器を奪った。
五方向の攻撃は止まりつつあった。
その時、上空の雲が割れた。
敵将が現れた。
他の革翼竜の三倍はある黒鉄翼竜。全身を黒い甲板で覆い、胸に通信核を埋め込んでいる。騎手は赤外套。昨日、俺を谷へ誘った男だ。
左右に盾騎四、背後に火矢騎四。部隊全体の魔力が通信核で一つに繋がっている。
【鑑定結果】
名称:竜騎空賊将ヴァルガ隊
騎獣:黒鉄翼竜(個体ランクA)
部隊脅威:S級
装備:積層甲板、従属通信核、爆裂槍
戦法:偽命令、撤退再突入、損傷分散
弱点:装甲、翼関節、騎手、通信核を順に切り離す必要あり
「逃亡王家の子!」ヴァルガが叫ぶ。「都市を渡せ。北方の龍王へ献上すれば、配下として生かしてやる!」
「断る! ここは誰かへ献上する巣ではない!」
俺は上昇した。
今度は一人で突っ込まない。
「グラウ、全班へ目的を」
「敵将を都市から離さず、高度を下げ、五つの機能を一撃ずつ繋ぐ!」
北水塔から噴流が上がる。黒鉄翼竜は盾騎を前へ出し、水を防ぐ。ミーナの風板が開き、横風を重ねる。盾騎二騎が隊列から外れた。
俺は正面から爪を振るう。積層甲板へ火花が散り、傷は浅い。ヴァルガの爆裂槍が胸へ来る。翼で受けると爆発し、骨まで痺れた。
二撃目を尾で払う。槍の爆風が尾鱗を剥がす。俺は痛みに耐え、同じ甲板の継ぎ目へ三度爪を入れた。
装甲が一枚浮く。
「東班、拘束具!」
半壊した工房から、ガンツが射出器を放つ。鉄帯が浮いた甲板へ食い込み、地上の杭へ繋がる。黒鉄翼竜が引き、杭一本を抜いた。二本目、三本目が別方向から刺さる。
高度が下がる。
ヴァルガは盾騎へ命じ、鉄帯を切らせる。セラが通信笛を真似て、反対の騎へ同じ命令を送った。二騎が一つの帯へ重なり、翼をぶつける。
「通信が乱れた!」
グラウが急降下し、黒鉄翼竜の右翼関節へ骨翼を打ち込む。一度では鱗が欠けるだけ。ミーナが負傷した右脚を引きずりながら市場屋根へ上がり、同じ場所へ風刃を重ねた。
二撃、三撃、四撃。
関節膜が裂ける。
敵将は黒鉄翼竜を回転させ、グラウを尾で打った。彼女が墜ちる。俺は受け止めようとするが、ヴァルガの槍が進路を塞ぐ。
「私を見るな! 敵を見ろ!」
グラウは自分で翼を開き、低い屋根へ落ちた。
俺は槍を爪で挟む。爆発。前脚の鱗が裂ける。それでも離さず、ヴァルガを鞍から引く。足鎖が彼を繋ぎ止めた。
「騎手を切り離せ!」
北班の弩が足鎖へ飛ぶ。一射目は外れ、二射目が鎖を欠けさせ、三射目で切った。
ヴァルガが宙へ投げ出される。彼は予備翼を開き、通信核へ手を伸ばした。
『全隊、王を殺せ!』
偽の俺の声が空環城へ響く。
誰も動かない。
「目的を復唱しろ!」と住民たちが叫び返す。
通信核が命令を繰り返す間に、ポロが予備水路の圧を一気に上げた。地上の破裂口から水柱が立ち、黒鉄翼竜の腹を打つ。
身体が傾き、胸の通信核が露出した。
ガンツの鉄帯が核を固定し、セラが警報で位置を示し、ミーナの風が俺の背を押す。グラウが叫ぶ。
「今!」
俺は竜息を一点へ吐いた。
核の外殻が赤くなる。まだ壊れない。黒鉄翼竜が水柱から抜け、俺へ爪を振るう。肩へ四本の傷が走る。
俺は退かず、熱した核へ尾を打ちつけた。
一撃目で亀裂。
二撃目で光が乱れる。
三撃目。全班の警報、風、水、拘束が同じ瞬間を作った。
通信核が砕けた。
空賊隊の連携が切れる。盾騎は互いにぶつかり、火矢隊は撤退方向を失う。ヴァルガは予備翼で逃げようとしたが、グラウが投げた拘束縄を俺がつかみ、空中で引き戻した。
「昨日は追わせたな」
「殺せ、逃亡卵!」
「殺さぬ。奪った設備図と、北方の情報を話してもらう」
俺は彼を市場の石床へ降ろした。
グラウとガンツがヴァルガの予備翼、足鎖、通信具を外し、両手と首を交換式拘束具で別々に固定した。セラは喉元の黒い従属刻印を見つけ、供述を強いれば刻印が本人を焼く危険があると止めた。
ヴァルガは地下監査房へ収監した。房の扉は王鍵、住民代表鍵、外部監査鍵の三者式。監視は二名二交代とし、俺一人では開けられない。通信核片と捕虜を同じ区画へ置かず、地下水路とも切り離した。
残る空賊は退いた。追撃しない。負傷者を収容し、火を消し、水路の毒を調べ、工房の瓦礫を支える。
退く敵の一騎が、最後に市場へ火矢を放った。
矢の先には火ではなく、捕らえた人間の上着が結ばれている。昨日の交易者と同じ色だ。屋根の上で助けを求める声まで響いた。
「人質だ!」と北班が追撃姿勢を取る。
俺も翼を開いた。だがセラが矢を嗅ぎ、首を振る。
「血の匂いがない。声は通信核片の反響です」
グラウが全班へ問う。
「行方不明者は?」
治療、交易、警備から人数が復唱される。全員確認済み。空賊は最後まで、こちらが人を見捨てられないことを武器にした。
「矢を落とせ。騎手は追うな」
北班の弩が布だけを射抜き、市場外へ落とす。敵騎は速度を落として待ったが、誰も来ないと分かると雲へ消えた。
勝った直後ほど、追いたい気持ちは強い。仲間を傷つけた敵が背を向けている。今なら倒せる、と血が叫ぶ。
俺は爪を石床へ刺し、飛ばなかった。
「昨日の俺なら追っていた」
「今日も顔は追ってる」とミーナが寝台から言う。
「身体は止めたぞ」
「それが成長でしょ。格好は悪いけど」
悔しさを消す必要はない。国の目的より前へ出さなければよい。俺は敵が消えた方角、追撃を切った時刻、使用しなかった水と弩弾まで戦後記録へ残した。
さらにヴァルガを別室で問いただした。彼は北方龍王の名を言わず、通信核を壊した俺たちを「寄せ集め」と笑った。
「寄せ集めに負けた感想は?」と俺。
ヴァルガの顔が歪む。
「次は本物の軍が来る。水と空を同時に止めれば、貴様らは互いを責めて崩れる」
脅しの中に情報がある。セラが水路・空路同時封鎖と記録し、ポロは予備地下水路の地図を伏せた。勝利の興奮より先に、次の弱点が見えた。
空賊主力を撃退したのは、俺の必殺技ではない。
ポロの水圧が高度を下げ、ミーナの風が射線へ送り、ガンツの拘束具が装甲を止め、セラの警戒が偽命令を分け、グラウの指揮が五つを一つの瞬間へ繋いだ。
俺はその中心にいたが、中心だけでは何も倒せなかった。
夜明け。こちらの代償も大きい。
俺は魔力枯渇。ミーナは右脚裂傷で立てず、工房一棟が半壊。飲用水一割と修理部品八組を失った。空賊の騎獣二頭、装甲、爆薬、通信核片は回収し、冬の皮、燃料、工房材へ回せる。
治療班はミーナの脚を洗い、裂けた筋を縫った。前線復帰は転生百二十八日目まで禁止。彼女は不満そうに牙を見せたが、自分で作った負傷者規則を破れず、寝台へ戻された。
「王命で休め」と俺が言う。
「その命令だけは受けてもいい」
珍しく素直な返事に、胸の奥が熱くなる。
工房では、黒鉄翼竜の積層甲板を三枚に分けた。一枚は市場の防火壁、一枚は予備水路の蓋、残る一枚は半壊工房の梁を支える継ぎ板へ。爆薬は解体して燃料石五個分を回収し、通信核片は封印箱へ入れた。
戦場で敵を倒した瞬間ではなく、素材が住民の暮らしへ戻った時、ようやく戦いが終わる。皆がそれを当然のように行う姿を見て、俺は疲れた身体を誇らしく起こした。
遠く北から、空そのものを押す圧が届いた。
ヴァルガ隊より遥かに重い。SS級の何かが、通信核の破壊を感じ取ったのだ。
人間援軍は戦いの終わりに城門へ到着した。接近中、外環から北班と南班の後半を観測し、到着後には五班の伝声記録も確認した。俺の命令が途切れても各班が戦い続けた証拠を、戦場と記録の両方で見ていた。
援軍隊長は剣を収め、焼けた市場へ膝をつくのではなく、正式な礼をした。
「ここは、もはや魔物の巣ではない。命令系統と救難規則を持つ一つの国として、本国へ報告する」
「まだ国名がないぞ」と俺。
住民代表の老いた空牙狼が前へ出た。
「だから決めたい。次は王の国ではなく、私たちの国として」
広場に、賛同の声が広がる。
建国会議が求められた。




